54:週明けの学校
「おはよう、2人とも」
「おはよう。その荷物、何?」
「本当に週末だけで行って来たの?」
マリアとマリの言葉にレイは順序よく答えて行く。
「荷物は材料。日持ちする様にと直ぐ使える様に下処理はして来た。一昨日行って一泊させて貰って昨日帰って来た。他に質問でもある?」
2人は首を横に振って答えた。
「そっちは材料集まったの?」
「うん。取り敢えずリストにあった分は全部揃えて一昨日一杯使って、下処理に昨日一杯使った」
マリの言葉にレイは微笑んだ。それが何を意味するのかは分らない。
「後は二度目の旅だけね。揃えるべき物は揃えたし、後は材料だけか・・・。呆気無い」
最後のレイの呟きはとても小さく誰の耳にも届かなかった。
「ねぇ、レイ。材料取りに行ったんでしょう?どの位費用掛かった?」
レイはその言葉にその時の事を思い出して呆れた様に苦笑した。
「全部貰った。私からお金を受け取るわけにはいかない、そんなモノ有り余ってる。という主張らしい」
レイは笑いを噛み殺しながらそう答えた。払える額であったのに・・・。
「えっ、でも聞かされた材料だけでもタダで貰える物じゃ無いよ!?」とマリア。マリもレイの言葉を訝しんでいる。
「ホント、ホント。ちなみに全部で宝石が小さいものなら買える値段だった。太っ腹だよね〜」
レイは暢気にそう言った。過去にも何度かそう言った事はあったのだ。払うと言うのに断る。逆に処理に困る宝石なんかを貰う事もあった。(処理に困る、と言うのは呪いの掛けられた物だ)
「まぁ、気にしないで。何の不利益もないから。寧ろ利益だけがある。さあ、部室に行こう」
何か疑問をぶつけられる前に、レイはさっさと荷物を持って教室を出た。そしてふと思う、
(そういえば、教室で教師と両サイドの2人以外話した事無いな・・・まあ、いいか)
レイの思った事は直ぐにどうでもいい事としてレイの脳内から処理された。
「うん、流石だね。文武両道な人が多いから下処理キッチリ出来てる」
レイは部室の戸棚から材料を取り出してチェックを入れていた。軽く全てを確認するとレイも持って来た材料をバッグの中から取り出して行く。バッグはロリエとヘルスに用意してもらった物だ。
「凄いね・・・これがタダ?」
カナタとサラは驚きを隠せない様子で先程レイが掻い摘んで説明した事を確認して来る。レイはただ頷いただけだった。
「初めて見た物が多いです。高等機関や専門機関で無いとあまり実物を見る事の出来ない物です。稀少で高いから学生に実験に使われる事は少ないし」
サラの言葉に、レイは軽く微笑んだ。
「それでも使うよ。勿体無いとか思わないでね?」
サラは図星を突かれたのか「うっ」と言葉に詰まっていた。
「あと、こっちの瓶には絶対に触らない事。取り扱いが危険だから。絶望と死の恐怖を味わいたく無ければ触らないでね?」
レイは何時もと同じ微笑みで恐ろしい言葉を口にした。表情と口調が全く違う印象でそれがよけいにその瓶に対する恐怖を植え付けられた。
瓶は厳重に巻かれ、袋の中に入れられて他の物とは別の場所に保管されカナタはそれに鍵の魔法を掛けた。
「それじゃあ、出発は来週の頭、丁度休暇に入った日にね。今週はもう授業も無いし休みも出席のカウントに入らないから明後日、町に買い物に行く。集合は学校の正門前に9時。服装は制服でお金もね」
全員が頷くと会議は一応終了となった。
各々が自由に過ごしているが、全員の注目はどうしてもレイに行く。その中でも、セイジの視線は頻繁にレイに向かう。
レイはいい加減嫌になって、
「なんか言いたい事でもあるの?」
と全員に聞いた。無視しようと思えば出来るが現在はそこまで冷たく無い。
「・・・一つ、良いか?」
セイジが口を開いた。レイは鷹揚に頷く。
「何で俺が、囮役なんだ?反撃するなってどういう事だ?」
レイは顔を顰めて「もう理由は言った筈だけど?」と答えた。
「そう言う事を言ってるんじゃ無い。セイジは、僕たちの中で一番実力があるのに、僕とセイジは反撃出来てセイジは出来ないって事が疑問なんだよ」
マリが補足してくれる。レイは予測していてはぐらかした質問にゆっくりと目を閉じ、息を一つ吐く。
「確かに、実力で言えばセイジが一番だろうね。まあ、カナタが魔力使うならどうなるかは分んないけど。これはね、覚悟の問題なの。カナタとマリにはそれが出来てるから実践で反撃しても良いと私は判断した。でも、セイジには無理。覚悟が出来てない、練習・訓練以上の事が出来ないのよ?セイジは」
レイは言い切った。
「そんな事、分らないだろう!?数日一緒に過ごしただけじゃ、相手の実力は分らない」
レイは詰め寄って来るセイジに真顔で、
「分るよ。他の人がどうかは分らないけど・・・。私が言ってるのは下手に私と護衛の邪魔をするなってこと。只でさえ危険なんだから」
最後の言葉はとても小さく、近くに居たマリとカナタにしか聞こえていなかった。
「つまり、俺等が足手纏いだ、と?」
「最初からそう言ってる。旅について来ない方が良いと思っているのは事実だから」
レイはカナタの言葉にあっけらかんと返した。サラとマリアには聞こえない様に耳元で囁いた。2人は心配そうに4人を見つめている。
「でも、来ないと君たちも先生も納得してくれない。だから一緒に行くんだ。だって、本当ならもう材料なんて集め切ってるから。これはメンバーに対する精一杯の譲歩でもあるんだよ?」
レイの言葉にマリもカナタもセイジも絶句していた。
「私は別に、誰かを危険に巻き込んだり大怪我させたく無いと思ってるから。だから、君たちは足手纏い。下手に反撃されると庇い切れない所が出て来るから、止めてるの」
レイは淡々と言葉を紡ぐ。これは本心から思っている事だ。例え、過去に無差別に人を殺していたとしても、何の罪もない無関係の人を殺した事があったとしても。それがレイの本心だった。
「多分、皆が我慢し切れずに反撃する前に私も護衛も君たちを隔離すると思うから」
レイは言葉を紡げないでいる3人に対してそう言った。そこでマリとカナタとの会話は終了した。
「俺には、何故覚悟が足りないんだ?」
セイジがレイに問いかけた。レイはゆっくりとセイジの方を見上げると、
「セイジの中には矛盾がある。強くなりたい、でも人を傷つけたく無い。考えられるのは過去のトラウマ。それに踏ん切りをつけられなければ、君に剣士・騎士・兵士なんかの軍に入る事は無理だ。死んでしまった命は戻らない。だけどせめて、目覚めれば良いね彼女が。君の中の人を傷つけたく無い、という感情のベクトルを全てではなく特定の人に向ければいいんだよ」
レイの最後の言葉はセイジの耳には届いていなかったらしい。
「どうして、アイツの事知ってるんだ」
目は恐怖と驚愕に見開かれている。昨日のベクターと同じ反応だ。別にレイ以外に無い事例ではないので能力を大っぴらにする事は無いが周りに教えない訳ではない。だが、相手の過去に対する事を口外する事は無い。寧ろ、本人にしか言っていないのでそこの所では口が堅いとも言える。
「知っているから知ってるの。心配しないで誰にも言うつもりは無いから」
レイは全ての台詞をセイジの耳元で囁き、皆に漏れない様に配慮はしている。ただ、全員の注目は浴びているが会話は漏れていない。
「大丈夫!セイジだけじゃ無いから。矛盾とは誰もが抱えるもの。それがセイジに多くあるだけだから、時が来れば、きっかけがあれば悩みは振り切れる。振り切るしか無い時が来る、それまでは心構えも出来ていない時から壊れる必要は無い」
「壊れる?」
「精神がな。一位と二位は既に覚悟が出来ているからこそ、セイジより強い。だがな、セイジも強いんだぞ?踏ん切りがつけば誰よりも強くなれる。私が保証するし、それでも弱いなら師匠を見繕ってやるから、だから今は耐えろ。力を誇示しようとするな、今でもセイジは十分強い」
レイの口調は少し高圧的だ。上から物を言っている。これは意識しての事だ。
「レイ、口調変わってる?」
マリアの言葉に、レイは微笑みだけを返した。それだけで、勘のいいセイジを除く皆は全てを理解したようだった。
「それは、黙って言う事を聞けと言う意味か、それとも殴って強くさせるようなものなのか・・・考えどころだな」
カナタの言葉にセイジはまだ納得し切れていないようではあったが受け入れてはくれたようだ。
「そうそう、他の人達どうしてた?森に居た?」
レイの唐突な言葉にサラが頷いて、
「うん。すっごく沢山。裏の森は採集場所の規制があるし奥まで行くのは高等機関の生徒と許可のある生徒だけだから。薬草部とかあるけどお金払わないといけないし、こういう時だから高くなるの」
と答えてくれた。レイはその言葉の後、
「ふ〜ん・・・どうだった?材料探し。時間かかった?」
「確か・・・例年より少ないって思ったし、先生や他の生徒さんもそう言ってた。最近は帝国内の天気が安定してないから色んな所に影響が出てるって環境の先生が授業中に言ってたと思う」
「そっか。予想通り。早目に採ってて良かったでしょう?」
レイの言葉にマリアがコクコクと頷く。現在の裏の森は噂を聞いた生徒で溢れているだろう。近場で安全でお金が掛からず材料の調達が出来る場所なのだ。ややこしい手続きもいらない。
「あ〜あ、なんか嫌な予感がする。暫く薬草庫とか薬草育ててる所に近づかない方が良いよ?」
またしてもレイの唐突な言葉に全員が瞠目する。何故そんな事を言うのかは分らない。
「えっと・・・それは前後がどう繋がるの?」というマリアの言葉に、
「薬草泥棒が出そうだから気をつけろ、って言う事。因に私の予感的中率8割。場合によっては100%でもあるから。まあ一応予防だから近づきたければ近づけば良いし起こるかどうかは分んないけどね」
とレイは本を読み始めようとしながら答えた。
「意味が分からないけど?」
「分んないの?まあ、分らないとは思うけど。言った通りの意味ですよ〜」
レイは最後にそう言って微笑むと、レイ以外には意味の分からない記号の羅列がなされている本に目を落とし自分の世界に閉じこもった。
こうなると攻撃されたり、興味のある事が起きない限り人の言葉に耳を貸さない。
「・・・あれ、他国の本よね?」
読書家のサラの言葉にカナタが読めるのか、という顔をする。
「表紙の単語が一つだけ分るだけ」
サラは慌ててそういった。
ファルデン大陸には何国もの国があり、小国もあれば大国もある。内乱をしている所もあれば国同士で戦っている所も。それは大国では無い事で、争いをしている所には大国が干渉して行ったりする事も珍しくは無い。帝国は全ての国を統率する役割も兼ねているので戦をする訳にはいかない。
大陸全土の言語は大昔に統一されているが国ごとに文化は異なっている。だが、その国特有の言語もある。
簡単に言えば日本語と英語のようなものだ。違うのは大陸全土の人間が共通語を話せると言う事だ。
レイが読んでいる本はサラの言う通り他国の本で全てがその国の昔の言葉で書かれているものを忠実に複写した物だ。内容は、
(悪魔との契約・・・ね。300年くらい前の書物だけど、書かれてるのは悪魔も契約者も死んで倒した者は勇者となりその国の英雄となり第二王女と結婚し爵位を賜った、か。確かに、禁止されたのは3000年程前だったがその頃と比べて特に社会に変わりはないな。科学力の発展がゆっくりと言うか、バランスが良いというか・・・)
レイの思考は結局別の所へ行ったが読んでいる本は悪魔関係の物だった。
因に、サラが理解した単語は『騎士』だったが、正式名は『凍りついた国を救った騎士』だ。
(どうするかな。・・・今の所は止めておいた方が良いと言うのが見解だが、その内変わるかもしれないな)
レイはそう思うと読み終わった本を閉じた。
今回の話は少しレイが不思議ちゃんになっている気がします。
話の内容にも少し謎が多かったです。何故レイは悪魔関係の本を読むのでしょうか?その内書いて行きたいです。