53:彼女に対する謎
「あっ、レイー!早かったね」
ロリエが館の庭にある木になっている果物を籠に集めていた。ロリエの声にアルも自室の窓から顔を出す。
「ファラルの力もあったし、距離も近かったから。今日からは材料の下処理をしないと来週には学校に持って行くので」
レイはフードを外しながらロリエに近づいて行った。アルは窓から飛び降りて庭に降りて来た。
「アル、館にある地下室の1つ使っても良い?」
降りて来たアルに、背的にしょうがない上目遣いで地下室の実験室・研究室・保管室など、研究や薬を作る部屋を借りたいと頼む。
アルは少しの間悩みながら、最終的には許可を出してくれた。
「ただし、物音のしている部屋には近づくな。面識は無いだろうが、10小隊の変態研究員がいるから。実験台にされる。もしも会ったらその前に逃げろ」
(変人を変態と表記したのは何の意味があるんだろう?)
アルの台詞に少し疑問を抱きながらも敢えて言及はしなかった。
許可が出たので荷物をおいて、休むのもそこそこに地下室に向かった。
「フフ・・・ここでこの血肉を・・・・・・毒草は・・・・・・どんな反応が起きるかな〜・・・これで・・・・・・」
降りて直ぐの部屋から人の声が聞こえて来た。何かの生物の断末魔の声、ゴポゴポというドロドロとした物が煮立つ音が途切れる事無く聞こえて来る。
ブツブツと呟かれる声に生気はなく、これが肝試しに来た恐がりだったら一目散に飛んで帰る程の怪しさだった。
「「・・・・・・」」
レイとファラルはさして気にした風も、怖がる風も無くその部屋の前を通り過ぎる。狂った人間にも断末魔の声も、そして煮立つ音にもそれ以上の事にも慣れている。
「ここ、使われた形跡はないね」
渡された鍵の束から鍵穴に合う鍵を選び差し込む。
「うん。埃っぽいな。何年も掃除されてない感じ。掃除よろしく〜」
レイは暢気にファラルに頼んだ。ファラルは少し肩を竦めると指を軽く動かすだけで埃とゴミとカビの塊が空中に出来上がる。
ファラルはその塊を少し顔を顰めて消し去った。
「机の上の物、退かして。それと帰りに買った材料入れる瓶と道具。その後、材料出して」
レイの言葉が終わるや否や、直ぐさま行動に移した。机の上の壊れた道具や紙の束を部屋の隅に固めて置き、ついでに中身が既に腐っている戸棚に入った瓶やホルマリン漬けなんかを机の物と一緒に固めて置いてくれる。
机は割と大きく、戸棚も大きく使いやすそうだった。机の上に次々と材料が出現して、瓶と道具も同時に現れる。
「さて、血漬けと汁を搾ったりを先にしないとな」
レイはただ只管に、慎重に、一度も集中力を切らす事無く。だが、ファラルと関係のない会話をしながら下処理を進めて行った。
同時に複数の違う事を行ないながら、ファラルと他愛の無い会話をしていると、地下室のどこかの部屋の扉が開かれる音と足音が聞こえる。
ガチャッ
扉が開かれ、焦げや染みのついた白衣を着た髪を伸ばし放題で眼鏡を掛けた男が入って来た。まだ20代後半の男性だった。眼鏡の奥の瞳は鈍色で髪は飴色だった。髭が生えっ放しになっている。背は高くは無いが低くも無く、体型はかなり細いだろう。足取りはフラフラとしている。
「ダレ?」
男の開口一番の言葉はレイとファラルに対する疑問だった。
「12小隊所属の者だ。こっちは私が保護している娘だ」
ファラルの言葉に男は顔色の悪い顔に暢気な笑顔を作ると、
「そういえば、そんな事言ってたね〜。初めまして、僕の名前はピオス・スクレーです。皆には変人とか学者とか変態野郎とか呼ばれてるけど・・・ピオスと呼んで頂けると嬉しいです」
「私はレイです。それで保護者がファラル」
レイは無愛想なファラルの代わりに名前の紹介をした。
「うん。一つ屋根の下に住む者同士、よろしくね〜」
握手は交わさずに、レイも手は動かし続けながら言葉だけで初対面の挨拶を済ませた。
「凄い芸当だね。同時に下処理終わらせるって、僕には3つが限度だよ。・・・ちょっと、実験体になってくれない?」
自然に会話に織り交ぜられた言葉に、レイとファラルは騙されずに「無理です」と答えた。ファラルの場合は無視だ。
「えぇ〜、少し位いいで・・・・・・これ貰って良い?少しだけこの瓶の血。今すぐじゃ無くていいから」
ピオスは下処理の終わった瓶を入れていっている戸棚を見て目を輝かせてレイに問いかけて来た。
「別に、使い終わった後なら構いませんが。最低でも三週間は待って頂く事になりますよ?」
「良いよ!それ位喜んで待つ!・・・ああっ、この木の実も余ったら頂戴?」
「それも先程の台詞を返します」
「やったー!!注文しても来るのに二ヶ月近く掛かる上に、高いんだよね・・・。君はどこで、こんな入手困難な材料手に入れたの?買ったんなら高かったでしょう」
ピオスは実験馬鹿らしいが周りの事にも正気の時には気が付くらしい。
「ツテです。ただで貰った物ですから周りに分けてもこちらに損は無いんです」
「気前の良い人だね。これ全部で小さい物なら宝石が買える値段でしょう?」
「そうですよね。お金取って貰った方がこっちも安心するんですけど・・・・・・。まあ、そうなれば学園側が五月蝿いでしょうね」
「学園の生徒なの?」
「異臭がするが?」
ファラルが唐突に口を開いた。レイもファラルが口にする前に気が付いていた。
「別に、臭いなんて無いけど・・・」
「ピオスさんの居た部屋からですよ。何作ってたんですか?」
「腐敗の呪いを掛けられた人の為に呪いが解けるまで進行を遅らせる為の薬を開発したくて」
言っている間にも臭いはレイ達の居る部屋にも漂って来た。
「わっ、本当の事だったんだ・・・。この臭いは酷いねぇ、逆に呪いを活性化させちゃいそう」
鼻を摘んで顔を顰めながらピオスは暢気にそう言った。その内に誰かが勢いよく地下まで降りてきそうだ。
「ピオス・スクレー!!この臭いは何だ!?一ヶ月に何度騒ぎを起こせば気が済むんだ!?」
階段を駆け下りる音と共に、アルの言葉が響く。複数の足音が聞こえたが、もう一人はベクターの物だろう。
「すみません。失敗したまま放っておいたから・・・。直ぐに掃除します」
部屋を出てアルとベクターに謝罪しているらしいピオスの声が聞こえる。アルとベクターの声には怒りが含まれていた。ベクターは鼻が良い分アルよりもキツいだろう。
「2人とも、大丈夫か?」
アルがベクターを引き連れてレイとファラルの居る部屋へとやって来てそう言った。
レイは既に下処理に一段落つけていた。それでもまだ4分の1は残っている。だが、元々一人で捌き切るのには多過ぎる量なのだ。それに、まだ半日も経っていない。
「これ位の異臭なら平気です。慣れてますから」
手元にある道具で乾燥させた草をすり潰している。天日干しにしてくれたのはオオワシの配慮だろう。
「こちらは大丈夫ですからお仕事に戻られては?」
レイの言葉にアルが苦笑して上に上がって行った。ベクターは部屋に留まったままだ。
「ベクターも、こっちは大丈夫だよ?」
「1つ、聞きたい事がある。血の臭いが充満している、課題に使う物かとも思ったがこれは人の血の臭いだ、そして元を辿ればレイに行き着いた。どういう事だ?」
アルの前では言いにくい事だったのかもしれない。レイも自身も少し驚いていた。
(予想以上の嗅覚)
そう思いはしても動揺する事は無かった。
「そうですね・・・。別に理由は言っても良いけど、後悔しない?」
レイの言葉にベクターは頷いた。
「結論を言うと、人の致死量以上の血を何度か浴びました。それ以上でもそれ以下でもない、そしてこれ以上の質問には答えるつもりは無いから言及しても無駄だよ?」
口元に笑みさえたたえながらレイが簡潔に答えた。確かに、血の香る理由だ。だが、ベクターは納得出来なかった。
渋い顔をしてレイとファラルを見つめ続ける。
「・・・レイ、何故血を浴びる事になったんだ?ファラル殿もからは香らない、何故そんな違いがある?」
「ノーコメント。その質問には答えられない。ただ、臭いが鬱陶しいなら払うけど?」
「別に、それは気にならない。血の香りには慣れている」
「血肉の焼ける臭いにも?」
レイの微笑みながら言った言葉にベクターは目を見開いた。掠れた声で「どうしてっ」と小さく叫んだ。
「秘密。・・・でも、その位なら私も慣れてるよ?相手はバラバラだったけどね〜♪」
何時になくハイな様子でレイは歌う様に呟いた。ファラルは他人から見れば珍しく呆れ、苦々しい表情をしながらレイを見つめている。
「レイ、君は・・・何者なんだ?」
「だって私の事を調べるのに知ろうとするのに私には何も教えないなんて狡いじゃ無い?だから自分なりに調べた以上何か質問は?無いね!ある筈無いよね!まだ下処理残ってるから旅の話はまた今度で良い?ちなみに今の話口外したけれしてもいいよ」
矢継ぎ早に、早口で、息継ぎ無しでそう言い切るとレイは作業に戻った。その姿は真剣その物で話しかけても答える事は無いと一目で分かった。
ベクターには今の会話を誰にも言う気はなかった。普通ならば言わなければいけない事かもしれないが何故か、言う気にはなれ無かったのだ。
ベクターはそのまま部屋から出て行った。
「何を言うつもりだったんだ?レイ」
「別に・・・。あれ位ちょこっと調べれば分るでしょう?私以外にも力を使える人も居たんだし」
「危険を冒してまで言うべき事か?」
「ノープロブレム。彼には言う気がないから大丈夫!」
ファラルはその言葉に瞼を閉じると口を閉ざした。もう何も言うまい、という意思表示だろう。
(彼女は・・・レイは、一体何者なんだ?)
階段を上がる手前ベクターは一度レイとファラルの居る部屋を振り返り、そう思った。
まだまだよく分りませんね。レイの事が。これから少しずつレイの力についても書いて行きたいです。