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血の契約  作者: 吉村巡
51/148

50:久方ぶりの再会と〔トリグル〕の子供達

 今日が材料を受け取りに行く旅の出発日だ。


 旅の宣言をしたレイはマリ達に後の事を任せっきりにした。昨日はさっさと帰ろうと帰宅の準備を誰よりも早く終えて帰ろうとした所をマリアに腕を掴まれて強制的に先生の所へ連れて行かれ書類記入等で少し時間をとられてしまった。

 解放されたのはその10分後でそれから【蓮華館】に帰ったがファラルはまだ帰って来ていなかった。

 レイは早く準備をして出来るなら今日のうちに出かけたいとも思っていたのに、と思いはしたがアル達がそれを許さないだろう。と考えて例えファラルが帰って来ていたとしても今日出発するのは無理だろうな、とも考えた。

 レイの予想は的中した。

 期待するのを諦め、ファラルが帰ってくるまで各先生方から出されている休暇明けが提出期限の宿題に手をつけた。

 結局ファラル達が帰って来たのはレイが全ての宿題を終わらせた頃だった。それでも外は少しだけ夕日が除いていた。因にレイが帰って来たのは夕日が沈み始める少し前だった。

 ファラルはレイの部屋にやって来て旅の準備を促した。そうは言ってもファラルの転移魔法を使うつもりなので荷物は少なくて良いのだ。

 準備が終わる頃、館のお手伝いさんに伝言を貰いアルの部屋へ向かうと外出許可などを書いたりした。その頃には陽がもう完全に沈んで辺りには闇が満ちていた。

 そこでレイの予感が的中したのがアルとファラルの会話での事だった。

「明日はいつ出発するつもりなんだ?」

 ファラルとレイに聞いて来たアルの質問にファラルは何時もと変わらぬ表情で、

「出来るなら今日中がいいんだがな」

 と答えたのだ。アルは笑顔で反対して穏やかに明日の8時を提案した。そしてその提案は受け入れられた。




「そろそろ出立の時間になるね。関門まで送ろう、見送りもしたいしな」

 アルの言葉にレイは「いえ、お見送りなんて」とやんわりと断ったので少し残念そうな顔になったが「そうか」と言って納得してくれた。

 レイとファラルは【蓮華館】を出ると関門へと向かった。

 関門は城下を囲む防壁にある幾つかの出入り口の事で過去は戦の目的で造られていたのだが現在では帝国を中心に国が出来て今では大陸全土が帝国に制圧され言語・文化も統一されている。それはかなり昔の話で現在の目的としては魔獣の被害を防ぐ為だ。

 つまり、関門を出てもすぐに帝国外と言う訳ではないのだ。主要な町や都市には関門があるが無い所も多い。

「その制服は小隊の物だな。許可証は?」

 関所でも少し手続きがいるらしい。一般人・旅人なんかは特に許可は必要ないらしいが大規模な集団や商隊、騎士や隊員、兵士等の軍人は制服を着ていれば仕事と言う事になって許可が必要らしい。

「・・・・・・」

 ファラルは無言でアルから渡された紙を渡した。門番はそれを軽く読むと通行許可らしきバッチを渡して来たがファラルが動くよりも先にレイが受け取ってファラルの制服に付けた。

「早く行こう。皆きっと待ってるよ?」

 レイは微笑んでファラルの手を引っ張った。ファラルは朝レイが自分で括った髪を解いた。風にレイの髪の毛が広がる、まるで一枚の絵のような2人の光景に門番は見惚れた。

「フードを被れ、行くぞ」

 レイが大人しくフードを被ったのを見るとファラルはレイの歩幅に合わせて歩き出した。

 門番は2人の姿が見えなくなるまでその後ろ姿を目で追っていた。


「十分離れたかな?」

「周りには特に人の気配はないな」

 レイの言葉にファラルが答えてくれる。2人はそこで立ち止まった。

「・・・うん。特に視線も雑音も無い」

 レイが呟くと「そうか」とファラルが相槌を打ってくれる。そしてレイを両腕で包んだ。

「何処までだ?」

「そうね・・・夜には着く位の距離の所」

 レイが答えるとファラルは心得たりと言う風に頷いた。ファラルは何も呟きはしなかったが2人の体は薄い光と闇に包まれた。

 程なく2人の姿は掻き消えて光も闇も跡形も無く消えてしまった。

 


「これはまた、結構な山奥。馬車で移動してるくせに道の悪い所まで馬を使うのは相変らずねぇ、よく死人が出ないこと」

 レイは転移した場所に対してそんな評価を下した。道幅は狭く周りに木が生い茂り日が当たらないため地面がぬかるみ、所々に大きな石と出っ張りがある。

「まあ、仕方がない事かもしれないけど・・・」

 隣にいるファラルは何も言い返さない。レイも会話をしたくて話している訳ではないので気にしない。

 2人の足取りは普段歩いているよりも速度が速いくらいだ。何時もは周りに合わせているとも言えるが、伊達に何年も旅をしていない、と言った所だ。

「それでも、一回位は来るのよねこんな最悪な場所でも・・・」

 レイの少しうんざりした口調にファラルが反応する。レイはそれに気付きファラルに顔を向ける。

「別に何時もの事だからいいよ。剣だって渡してくれてるでしょう?」

 レイはそう言って自分の右手首を見つめる。

 そこには様々な形をしている飾りが所々に取り付けてあるブレスレットだった。実は飾りの所はレイが引っ張れば簡単に鎖を切らずに取る事が出来、なおかつ飾りは取れた瞬間、剣・ナイフ・弓・棍棒そして銃がある。因に現在のこの世界ではいまだ銃は開発されていない。

 つまり、レイが銃を持っているのは特別なのだ。

「準備はしておけ」

 不意に口を開いたファラルの忠告通りレイは無造作に飾りを取った。取ったのは棍棒だった。

「撲殺ね・・・」

「手を痛めないようにな」

「痛める訳無いでしょう?そんな柔じゃ無いよ」

 ファラル言葉にレイは自信満々に返す。

 それからどれ程の距離を歩いただろう。会話も無く休憩もせずに黙々と歩き続ける。

 転移してから長い時間、長い距離を歩き続け2人は森を抜けた。

「なんだ、森で襲われる訳じゃないのか」

 拍子抜けしたようなレイの口調にファラルは口元だけで微笑んだ。

 レイは何となくファラルに近づいた。ファラルはそれに気付きレイの手を握った。

 冷たくひんやりとした感覚がファラルの手からレイの手へと伝わる。そして近くに誰かがいる、という感覚に安心する。その雰囲気は家族のようだった。

「ねぇねぇ、今度作りたい薬があるんだけどアルに館の研究室とか貸してもらえるかな?」

 レイの言葉にファラルは少し顔を顰めた後「知らん。頼んでみればいいだろう」と答えた。

 素っ気ないファラルの答えにレイは少し上目遣いをしてファラルを見る。効果がないと分っていても。と言うよりはどちらも無意識の反応だ。

 そんな会話が成り立って来た頃、不穏な気配が漂い始めた。

「来るね。今回は人攫いに一票!」

 レイが賭けをファラルに持ちかける。ファラルは、

「盗賊。準備をしておけ」

 ファラルは盗賊に一票らしい。今の所勝率は五分五分だ。


 馬の駆けて来る音が聞こえる。割と人数は多い。

 レイはファラルと握っていた手を解いた。

 2人はその場で立ち止まりレイは棍棒を軽く振り回す。ファラルは腰に差していた剣に手をかける。

「オイッ!あそこに誰かいるぞ!」

 正体不明の濁声が叫ぶ。

 レイは取り敢えずフードを下ろして顔が見えるようにした。囮になるからだ。そうして気持ちファラルの後ろへ下がり棍棒は隠すように持つ。

「へぇ、後ろに居るガキは売れるんじゃねぇか?」

 その言葉にファラルは軽く舌打ちをしてレイは満足げに微笑んだ。

 その内に周りを囲まれる。馬車もあるが中に人の気配はない。売った後かこれから調達しに行くのだろう。

 下っ端らしき男がレイとファラルに近づくが半径3mに入った瞬間“首が飛んだ”レイもファラルも顔に何の感情も浮かんでおらず、逆に驚いているのは相手の方だ。

(逃げるなら逃げればいい。追いかける事はないから・・・)

 レイは少し顔に散った男の血を軽く拭う。

 相手の集団はファラルの強さに圧倒されながらも仲間を殺された怒りが湧いて来たのだろう、全員が剣を構える。

 そして襲いかかって来た。

「オオオォォ!!」

 雄叫びを上げながら襲いかかってくる。レイに対しては拘束しようとする。

 ファラルは圧倒的な強さで相手をどんどん薙ぎ倒し辺りを血の海に変えて行く。返り血を浴び、全身を真っ赤に染めながらも眉一つ動かさず相手を殺し続ける。

 周りにはヒトのモノであった肉塊が転がっている。小さな血飛沫がレイにも掛かるがレイは少し不快そうに眉を顰めるだけで直ぐに諦めたような表情になり無表情へと変わっていく。

 レイの方にも襲いかかってくるが長い棍棒を取り出し相手と距離をとりながら相手の剣を落としたり弾いたりした後、首や鳩尾、目、頭部を強く叩いたり突いたりして相手を倒して行く。血はあまり出ないが馬から転落する者が殆どの上抑える者のいない馬が落ちた者の頭を踏みつける。

 程なくして2人の敵はいなくなった。逃げた者が数人で死者が一番多く、重傷者が二番目に多い。一番軽傷なのがレイが鳩尾を突いて気絶させた者だろうか。

「終わったね。先を急ごう、後は獣が何とかしてくれるだろうし」

 レイがファラルに向かって微笑んでそう言うとファラルは頷いて剣に附いている血を拭うと鞘に納めた。レイは飾りに戻してから血を拭う。

「血だらけで気持ち悪い。ベトベトするし服重い・・・」

 レイがうんざりと呟く。ファラルはレイのマントを脱がせ預かってくれる。

「そろそろ着くかな?髪洗いたい。制服に附くと面倒だろうし・・・」

「あと数キロだと思うが?」

「ふ〜ん。近くまで来たんだね」

 レイは少し嬉しそうに呟いた。皆の所まで後少し。




「オオワシ!2人はもうすぐ着く」

「そうか・・・。予想ではもう少し遅いと思ってたのに。2人とも血塗れか?」

「うん、かなり。固まって紅いと言うよりは赤黒い」

 普通会話で血塗れな事を問う者は少ないだろう。だが2人が来る時には必ずと言って良い程交わされる言葉だ。

(血だらけで来なかった事なんて2回位だったかな?)

 オオワシ、と呼ばれた男は自分が当たり前のように交わしている会話を振り返って冷静に分析する。2人に対しては普通の反応だが他の仲間に対してはこんな反応はしない。

「では風呂の用意でもしておけ。お湯は旦那が何とするだろうから他の準備とかをね。料理係にもスピード上げるように伝えてくれ」

 外観は質素なのに反して内側はとても豪華な内装で絨毯の上に柔らかく肌触りのいいクッションが敷き詰められ昔ファラルに貰った魔法がかけられているランプが天井から灯りを降り注いでいる。

 そんなテントの中央でオオワシは不備が無いかを確認していた。レイとファラルは仲間だが恩人でもある。今現在オオワシが生きていられるのも〔トリグル〕が機能しているのも2人のおかげなので普通の依頼人達への対応よりも皆、力を入れるしそれは当然の事なのだ。

(皆、浮き足立ってるな。まあ、他人の事は言えないが・・・)

「ああ、デルタ!服が洗濯出来るように用意しておけ」

 オオワシが最後につけ加えた言葉にテントから出て行こうとした鳥、デルタは笑うように鳴いて「わかっています」と答えた。

「オオワシ。頼みの品、先程全て届いた。レイとファラルにも会うらしく手土産を持って来ている、関係ない者達までだ。今日は宴になりそうだ」

 今度は鳥ではなく細身でスレンダーな体型をした涼やかな双眸の鶯色の髪をした女性だった。顔には楽しそうで面白がっている表情が浮かんでいる。

「情報が回るのが速いな。それに2人が来る度に宴が開かれる・・・。ま、お金は十分過ぎる程あるし、いいけどね」

 〔トリグル〕は情報屋として多くの人々に知られている。他にも依頼されれば運び屋・薬屋等にも変わる。そしてどの仕事にも定評が有り時には王侯貴族からの依頼も受ける。その時の報酬は一回だけでも数十年は豪遊出来る程のモノだった事もある。

 だが、特にお金には困らないし本心を言えばお金等何の価値も無いと一族郎党全員が思っておりその頭であるオオワシもそう思っている。

 有り余る程の金銀財宝・お金は必要分だけを手元に残し、集団ごとに山分けして余った半分以上をそれぞれの集団の隠し場所に入れる。〔トリグル〕の歴史は長く、そんな事も繰り返されて来ているので隠し場所は一つの集団につき何カ所もある。その総額は割と裕福な国の1年の収入よりも遥かに多いだろう。

「そうだね。今夜も前みたいに騒がしくなりそうだね。手土産はお酒や珍味とか?」

「はい。調理した方が良い物は調理させていますが・・・。一応舞の準備なんかもしています」

「そうか。ご苦労様、これからまだお客は増えると思うから頑張ってねぇ、タカ」

「予定にはオオワシからの挨拶も入れてますので、覚悟していて下さいね?」

 他人事のように客=御老体の対応を全部押し付けてくるオオワシにタカは悪戯めいた笑顔を作り応戦する。

 無言の争いが起きる。

 折れたのはオオワシだった。

「分りました。挨拶もするし、2人が来るまで皆の相手もするよ」

 両手を挙げてオオワシが降参の意を示す。タカは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 昔からそうだった。

「では、行きましょう。実は先程から長老達が貴方に挨拶をしたいと言って来ているんです」

 そう言ってオオワシの手を掴むとタカは笑顔でその手を引っぱりテントを後にした。


「2人が来たっ!!」

 先ずそう騒いだのは2人を待ち切れず少し離れた所まで2人を迎えに行っていた子供だった。

 帰って来たのは数人の子供達だったが他にも数人いた筈だ。

「ほらっ!」

 子供達=小鳥達が帰って来た道を振り返ればレイの肩や頭に乗り、周りに飛んでいる小鳥達を侍らせているレイとファラルの姿があった。

 2人の格好は血がそこかしこにこびりついてはいたがレイは顔に優しい微笑みを浮かべている。ファラルの無表情は何時もの事で今更誰も気にする者は居無い。2人の格好についても皆が既に慣れてしまっている。

 思いっ切り歓迎ムードが漂う中、オオワシが立ち上がる。レイの近くに居た子供達はこれからの事を考えてレイから離れて行った。近くにいる親の元へ戻りその姿を小鳥から人間に変える。

「久方ぶりの再会ですね。嬢さんに旦那。〔トリグル〕一同歓迎いたします。ささやかですが歓迎の宴を用意しました、楽しんで頂けると幸いです」

「本当に久々だけど、こんなに大仰な歓迎は必要ないんだよ?少しの滞在だし・・・」

 レイは困ったように笑って言った。

「気にされなくていいんですよ?皆自分の意思でここに来て宴を開いているのだから。もっと早くにわかればちゃんとした歓迎が出来たんだけど・・・今回のは即席の宴よ」

 タカがオオワシの後ろで微笑みながら本当のことを言う。タカだって歓迎している者の一人だ。

「歓迎してもらえるのは嬉しいんだが、私達の為だけに来てもらうのは心苦しい」

 本当の事を話すと皆が笑って、

「歓迎するのは当たり前よ。貴方は仲間で命の恩人でもあるわ」

 タカの言葉を筆頭に口々に皆が同意する。頭が固い、と何時もオオワシが愚痴を言う長老達までもが頷いている。全員がレイとファラルを歓迎していた。

 レイは未だ困ったように笑いながらも「そんなに偉くは無いですよ」と謙遜した。

「まあ、まだ準備は完全じゃ無いからその血を落として来なよ」

「そうね、お言葉に甘えます」

「旦那、お湯は間に合わないと思って用意してませんよ?」

「予想はしていた」

 オオワシの言葉の後にタカが2人を先ずテントに2人を案内し、次に簡易的に作った風呂場に案内する旨を伝えて移動する。

 その間に宴の準備は着々と進み、レイの偉業を何度も子供達に語る大人にもっともっと、とせがんでいる。

 大人も子供も話や遊びに花を咲かせ始めていた。オオワシは長老達と席を外していて宴は完全には始まっていないが舞の準備も始められつつある。



「ここが泊まって頂くテントです。必要な物があれば遠慮なく申して下さい。御二人同室でいいんですよね?」

 タカの言葉にレイもファラルも頷く。【蓮華館】では別室なので、繋げてはいるが少し物足りないのだ。レイの場合は安心して眠れない、だが・・・。

「次に風呂場に案内します。ファラルさん、お願いしますね?」

 そう言われて荷物を置いて風呂場に移動するとお湯だけがはられていない他は完璧な準備がなされている光景が見えてきた。

 ファラルが無言で立ち止まると軽く手を上に上げた。何も無い所からでて来たお湯は湯気を上げながら元々そこにあったかのようにその場を完璧にした。

「何かあればお呼び下さい」

 タカがその場を離れるとファラルは男共にはレイの姿か見えないように結界をはった。レイはそれを確認するとファラルの目の前で躊躇なく着ていた服を脱ぎ夕日にその雪のように白い肌を曝した。

 軽く体に附いている血を洗い流し髪の毛も洗い流す。透明だったお湯はレイの体を流れ紅く染められながら地面へと吸い込まれて行く。

 レイは先ず髪を洗って、次に体を洗う。そして顔を最後に洗ってゆっくりと湯船につかる。

 ファラルはそんなレイの様子を見ながらただ無言で見守るように立っていた。ファラル自身も血塗れであった筈だが今はそんな面影が一つもない。ファラルは汚れを既に何とかしていた。

「ねぇ、ファラル?着替えお願い出来る?」

 レイの細やかな願いにファラルは直ぐさま服を空間から取り出した。薄葡萄色のシンプルだが細かい所に軽くレースがあしらわれいるワンピースで、動きやすいような作りになっている。靴の色は萌黄色でヒールのあるものでは無かった。

 レイはお湯から上がるとファラルに差し出されたバスタオルで頭から水滴を拭いて行き、下着を着ると頭を乾かしに掛かったが、頭を思いっ切り拭こうとする前にファラルの力で一瞬で乾いてしまった。

 手間が省けた、とも思いながらファラルの手にある服を着ているとファラルはいつの間にかレイの後ろに回り込み髪を櫛で梳いていた。梳く度に艶をます髪は元々の髪質とファラルの努力によって枝毛一つ、見つける事は出来ない。

 ファラルが軽く結わえているとレイも服を着終えて外していた装飾品を着ける、2人同時にやるべき事を終えるとファラルが下に置いていた靴を手に取りレイの足に履かせていく。

 全てが完了するとレイの手をとってエスコートしながら宴が始まりつつある会場へ向かって歩き出した。




「お嬢!旦那!ここ、ここ。御二人の席です。取り敢えず座って」

 オオワシが座っている隣を指され2人はそちらに向かう。

「まあ、目的は明日にして今日は歓迎の宴を楽しんで。色々料理も用意してるし色んな国の珍味もあるし、大人にはお酒。各種取り揃えてるから。欲しい物があれば言ってね」

 そう言うとオオワシが立ち上がった。周りは全てオオワシに注目する。

「皆の者、今日は良く集まってくれた。我が一族の恩人がここに来てくれた、今日は歓迎の宴だ。仲間であり恩人でもある2人を退屈させぬ宴にしよう!今日位は羽目を外しても良いだろう。皆が楽しめ!」

 その言葉を皮切りにお酒の蓋が開けられる。子供にはジュースだ。舞が緩やかに始まり料理が次々に運ばれてくる。

「及第点でしょう。今回の場合、話を手短に終わらせるのは良い事です。レイさんもファラルさんもこれから忙しくなると思いますが舞等も見て楽しんで下さいね?」

 タカがオオワシの隣でそう言うと、立ち上がって舞の中へ加わる。タカは踊り手の中でも一番の実力を持っているので中心になって踊るのだ。

 夜の帳が段々と下がってくる。皆が運ばれてくる料理を口にしながら舞に魅入る。最後の最後にタカがオオワシの所へやってくる。手には火のついていない松明を持って。

 オオワシがその松明に火を付ける。松明は付けられた火を大きくし赤々と燃え周りを照らす。腕を高く掲げて舞の中心へと入ると組まれている乾燥した木に火を入れる。火は大きくなりそれにつれて舞も最後にさしかかる。焚き火の火が完全に燃え上がると同時に舞は終了した。

 周りから大きな拍手が割れんばかりに起こる。レイもファラルも料理そっちのけで拍手を送る。全員がそんな状態だ。

「この舞は何度か見てるけど、何時もながらタイミングが完璧だね。状況判断力も良い」

 レイは少しずれた感想を述べる。だが事実だ。この舞は状況に応じ舞を遅くしたり速くしたり飛ばしたり長く続けたりする。それは夕日が落ちるタイミングで松明を点したり、火が完全に燃える時に舞を終わらせなければならないので状況を見据えて時と場合によっての判断が必要になる。

 他の人達も熱心に舞の事を褒めている。食事は再開された。

 ここでの決まりで食事の最中はあまり立ち上がってはならない、と言う事がある。残す事も御法度だ。だがお腹いっぱいになる訳にはいかないので料理の量がかなり少なめになっている。

 珍味やお酒、お菓子、果物がこれから続々出てくるのでそれに配慮した意味合いも強い。

「お疲れ様、タカ」

 オオワシがレイと話しているとタカが帰って来た。オオワシが労いの言葉をかける。

「オオワシも漸くタイミングが掴めるようになったようですが、まだまだです」

 タカの言葉は厳しい。

 突然だが、〔トリグル〕の頭はオオワシだ。オオワシの名前は頭に付けられる呼称で頭になった時からそれが名前になる。一族の中では一人しか持てない。タカはオオワシの下の地位にあたり、頭の妻か婚約者、もしくは二番手である頭の補佐がそう呼ばれる。その下に一定の年齢を超えた長老や各集団の長を呼ぶトンビ。一般の大人全部の総称のハヤブサ。子供を表すミサゴ。トンビからは個人に名前があるが、オオワシとタカはその呼称が名前となる。

「相も変わらず、完璧な舞だ。前よりも上達してる」

 レイはタカに対してそう言って微笑んだ。タカも顔を綻ばせて、礼を言った。

「レイ!」

 不意にそう言ってレイに抱きついて来たのは小さな子供だった。舞が終わった時点で自由に立ち上がっていいので礼儀違反にはならないが、不意に襲って来た衝撃を受け止められたのは一重にレイの能力だ。

「ティタ、いきなり抱きついてくるのは危ない。他の奴なら倒れるかもしれないだろう?」

 レイが苦笑して嗜めるとティタは素直に「ごめんなさい」と謝った。

「抜け駆け」「負けた〜!!」「独り占めすんなっ!」「離れろ」「私も〜!」「迷惑でしょう?」

 口々に今の状況を認めないとする声が響いた。

「またティタが一番だったのね」

 レイが状況をみて冷静に呟く。

「アルファにオミク、タウにイプス。ピー、デルタ。ティタとは違って久しぶり。さっきの迎えは小ちゃい子に譲ったの?姿が見えなかったけど」

 ティタを追って来た者達もティタと同じ背格好の子供達だった。レイが全員の名前を呼ぶと次々にレイに駆け寄って来た。柔な鍛え方はしていないので全員が縋って来てもレイは全く動じない。

「皆、相変らず元気だね〜。前来た時はピーとイプスには会えなかったけど、元気にしてるみたいで一安心。見ない間に大きくなって行くね」

 レイの「大きく」と言う言葉に全員が嬉しそうに顔を輝かせる。

「ねぇねぇ、またお話聞かせて?」

 子供特有の大きく純粋で素直な瞳を輝かせ、一族の子供の中でも一番甘えん坊な少女であるピーがレイにお強請りしてくる。先程の台詞で「私も〜」と言った子供だ。

「そうだな、別に構わないけど皆もそれで良い?」

 レイの言葉にタウとオミク、ティタは「体術がいい」と答えた。小さくても既に男の子だ。デルタはあまり自己主張をしないしアルファとイプスはどちらでも良いと思っている。

「それじゃ、先ず話をしてからにします。話の中で出て来た技を実践するから。その後どこまで強くなったか見せて?」

 レイが妥協案を出した。そうすれば皆が納得するだろう。体術に興味が無くても話の中で出て来た技には興味が持てるだろう。

「悪いな。チビ達が迷惑かけて」

「いえいえ、楽しいですよ?小さい頃を思い出します。とても、小さかった頃をね」

 レイは口元に微笑みを浮かべる。そして考える。

(誰かに、純粋に楽しむ為だけに話を強請ったことなんて・・・何歳の時だったけ?三歳の時には既に目的を持って聞いてたし、二歳の時も純粋ではなかった気がする。良くて一歳の時だったかな?)

 はっきりと言えばレイは子供であった頃が極端に短い。言葉を話すのも早かったし成長も早かったと思う。そうなったのはあの時からだけど、

「それじゃ、飲み物持った?喉乾いたら遠慮なく飲んでいいからね」

 全員の手の中にそれぞれ好きな物を入れてきている。子供らしいジュースから大人でも敬遠する一応美味しい珍味だが匂いが酷いジュースまで多岐に渡る。

「これは異国の昔話です。昔昔ある所に、とても美しい少女が居りました・・・・・・」

 話し終えたとき、半分が無いていた。

「ほらほら、涙を拭いて。ハッピーエンドで終わったでしょう?話の中に出てきた技、実践してあげるから。広い所に移動するわよ」

 止めどなく溢れる涙を拭いているのはアルファとオミク、ティタの半分だった。

 因に他の半分は割り切って話を聞くし、感情移入も少ない。

「早く行こう!」

 催促してくる子供達にレイは泣いている子達の頭を優しく撫でると漸く落ち着いてきた。

「行きましょう?」

 その言葉に子供達全員が頷く。




「それじゃ、実践を見せます。相手はファラルお願い」

 そう言ってゆっくりと組み手を開始した。

「まあ、簡単にはこんな感じ。アルファ以外はペア組んでやってみて」

 アルファは運動音痴だ。走る事もあまり得意ではないし飛ぶのも苦手な程だ。その代わり頭は良い。

 アルファは運動自体をした事が無いので運動音痴なのだ。理由としてはアルファの体が弱い事が挙げられる。心臓の疾患で大人になれば治るとレイは診断を下したが子供の時には激しい動きをしないように言っている。

「アルファ、感情を出さないようにとも言ったよね?感情が発作に繋がる事がある」

 目線は習いたての事を実践している子供達に向けて、言葉は右手を繋いでいるアルファに向けて。アルファは月光に照らされた銀色の柔らかな髪を肩まで伸ばしている。瞳はとても薄いアイスブルーだ。

 レイの言葉を守り何時もは淡々とした口調と表情を守っているが本当はかなり感情の変化に富んでいる。だが、それでは彼女の小さな脆い心臓は幾つあっても足りなくなってしまう。

「・・・はい」

 とても小さな声でアルファが返事をする。一族が壊滅寸前にまで陥ったあの時の生き残りの一人であるアルファの両親はその時に亡くなっている。アルファ自身、レイの処置があっても生きているのが奇跡に近い。

 オオワシと共に行動している子供はトンビの子供であったり、親を亡くした子供であったりする。人数はオオワシの代で過去最高の人数で数年前の事件が原因になっている。(だがオオワシにまだ子供は居無い)

 子供の人数は最高の時で24人で、現在は17人。ティタ達もその中の子供で、両親がいないくて引き取られて来た子供がアルファ・ティタ・タウ・オミクでトンビの子供がイプス・ピー・デルタだった。

「落ち込まなくても良い。感情を押さえ込む事が出来るのなら、気付かずに過ごす事が出来るなら。心が受けた衝撃はそのまま体に影響してしまうから、それは命に関わるから、私はアルファを心配してる。でもね、感情は、何かを思う心はとても尊い物だから。それがどんな形をしていてたとしても、ね」

「?」

 アルファは途中からよく分らないという様な顔を浮かべた。

「分らなくても良いの。今の私の言葉は、屈折してるからわかる人の方が稀有なのよ?まあ、屈折した人生を送ればわかると思うわ」

 アルファの方に視線をやりながらレイはニヤリと笑いながらアルファの頭を優しく撫でた。昔、自分の母にされた事を思い出しながら緩やかな手つきで優しく、優しく、アルファの頭を撫で続けた。

「ズルイッ!!」

 タウがレイとアルファの様子に気付くとそう叫んだ。よくよく見ると皆が指示した事は終えたらしい。

「ごめんね〜?アルファだけの役得よ。だってアルファは連絡係のチャンスが無いでしょう?」

 その言葉に全員が反論出来なくなる。アルファの体の事は周知の事実で、特にアルファの幼馴染みのデルタは過保護になっている。

「ほらほら、誰が一番強くなったか見せて。因に一位には賞品を持ってきました」

 そう言ってファラルがタイミングを読んで差し出した小箱を手に取る。

 因に〔トリグル〕では性別に関係なく戦いの技は覚える。小さい頃なら事情が無ければ男も女も関係なく組み手を行なう。力の配分は考えるが、ここに居る子供は同じくらいの力を持っている。

 賞品を争って戦いが始まる。只管に何かを追い求める子供がアルファには羨ましかった。アルファには追い求める事が出来ない体だからだ。

「へぇ、皆前よりも強くなってる。うん、タウは体柔らかくなったみたいだね」

「・・・毎日、レイに言われたトレーニング欠かさずしてる」

「そっか、負けず嫌いだからね。罵倒したのが良かったのか、やっぱり」

 レイは前回来た時にタウの体の固さをを思いっ切り罵倒したらその後少し涙目で一人練習を続けていた。そんな気骨ある彼にレイはトレーニング法を教えた。因にアルファはその場面を遠目に見ていた。

「あっ、予想通りピーとタウか。賭けでもする?どっちが勝つか」

「やりません。が、予想ではタウだと思います」

「じゃあ、私はピーね」

 ピーは以外と強いのだ。甘えたがりのくせに自分の身は自分で守る、と言う信念の持ち主である。

 2人の戦いの結果は、ピーの勝利だった。

「私の勝ち」

「・・・賭けではありません。ですが、レイの言葉に騙されました」

 レイはアルファの手を引きながらピーの所に歩いて行き、小箱を差し出した。

「おめでとう。賞品の髪飾り。ピーは今髪伸ばしてるみたいだし、丁度いいよね?」

 小箱の中身はピー好みの淡い明るい色の髪留めのセットだ。全部で6色で全てが違うデザインだが、どこか統一感があり、細工はとても繊細だった。

「ありがとうございます。すっごく気に入りました!」

 ピーは顔を破顔させてレイに感謝の意を述べた。

「どういたしまして。参加賞としては手作りのお菓子を差し上げます。日持ちはするから今日で全部食べないように。特に、夜中にこっそり食べないようにね?」

 そう言って全員に、アルファにもお菓子を手渡す。因に昨日マブゼラに厨房を借りてファラルと一緒に作ったのだ。

「さて、子供はそろそろ寝る時間だ。今のうちは良く寝てないと大きくなれないぞ?」

 レイは脅すように皆に忠告した。この位の歳だと早く大きくなるのが夢になっているのだ。

「「「「「「「はい。おやすみなさい」」」」」」」

 と全員が言うと、我先にと自分の寝床に帰って行った。この後の行動は軽くお菓子を摘みながらお風呂の順番が回ってくるのを待つのだろう。

 勿論、寝る前には歯磨きをして。

 アルファは走る事が出来ないのだが過保護なデルタがお姫様抱っこは出来ないがアルファをおんぶをして皆と一緒に付いて行く。

 その光景を見送った後、ファラルと共に宴の席へと戻って行った。

 

 



 色々登場人物が多かったですが、何度か出て来た〔トリグル〕の存続が危うくなった事件。その内番外で書けたら良いな、とは思っています。(本編でも少しは触れたいですが)

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