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血の契約  作者: 吉村巡
49/148

48:それぞれの状況と恐ろしい笑顔

 今回は途中から視点が3つに変わります。

 部屋から出たレイを待っていたのはマリ達だった。

「レイっ!どうだった?」

 マリアが先ず駆け寄って来てレイに対して不安そうに聞いてくる。レイはニッコリと笑ってその腕を掴んだ。次に近づいて来たセイジの耳も摘んである場所に向かって歩き出した。

 因に二人を掴んだ理由は、強いて言えば一番と二番目に近づいて来たからだ。性格が関係しているんだろう。

「レイ?」

 マリが戸惑ったような声をレイにかけるがレイは立ち止まらない。残された3人は何時もと様子の違うレイの後を慌てて追いかけ始めた。

「レイちゃん!?痛い!痛いっ!そんなに引っ張らないで!?」

 セイジが叫ぶのをレイは無視する。確かに背的にはレイの方が小さく耳を引っ張るのなら下と前に引っ張られて痛いだろう。マリアはいまだに状況が理解出来ず、レイのされるがままになっている。

「レイ?どうしたの?」

 3人が追いつき、サラが怖ず怖ずと聞いてくる。レイはそれにも答えず、ただニッコリと笑って返しただけだった。

 次の行動が予想出来ない何を考えているのかわからない恐ろしい笑い顔にカナタまでもが背中に冷や汗をかいた。だが、目的地は何となく予想がついていた。部室だ。

 部屋の前で二人から手を離すと貰った合鍵で鍵を開けた。今度は隣に居る二人を無視して部室に入り自分の分だけお茶の準備をする。

 今までと今の行動の意味が分からず取り敢えず室内に入りカナタが最後に鍵をかけ終わる頃にレイは席に着きカップにお茶を注いでいた。勿論一人分だ。

 ちなみにティーポットは魔法がかけられていて水がお湯になるようになっている。

「レイ?どうかしたの?一言も喋ってないけど・・・」

 マリが躊躇いがちに聞いてくる。レイはその問いにもニッコリと笑いを返しただけだった。本格的にレイの笑顔が恐ろしくなり目を逸らすと自分達も席に着いた。

 レイがカップの中身を飲み干すと漸く声を上げた。

「まず、マリアの質問。許可は出されるとおもう。結構手応えはあったし、最後の会話を聞く限りは私がへまをしない限りは平気」

 マリアはレイの言っている言葉の意味をすぐには理解出来なかった。

「次にセイジさんの要求ですが直ぐ終わります、という言葉を今になって返します」

「さん付けなんて良いよ。なんか堅苦しいし」

 という何となく噛み合っていない会話でセイジがレイに返した。

「ではセイジさんの事はセイジと呼び捨てにさせて頂きます」

 レイは口調が他人行儀になっている。その事を突っ込みたいが突っ込むべき状況ではない事を理解したセイジは取り敢えず気になっていたさん付けだけを止めてもらった。

「最後にサラとマリの質問ですが、話さなかったのはずっと喋りっ放しだったからです。そして二人を引っ張って来たのは皆さんにこれから話があるからです。セイジの耳を引っ張ったのは御愛嬌です」

 淡々としていながら顔は笑っているレイに全員が違和感を感じた。

「取り敢えず、話ってなんだ?」

 カナタが冷静に聞いてくる。レイから見るに彼が冷静さを失うのはサラに関してだけの事だろう。先程の先生からの問いに関してサラの事を限定的に挙げた事からファラルと同タイプ、と結論を出した。

(まあ、違いはあるけどね)

 レイは笑いながら冷めた頭でそんな事を考えていた。

「取り敢えず、許可は今日中に出るだろうし少し話し合い。これからの計画について」

 レイはその言葉も笑って言った。

「今週末か来週の始めには私と同行の人と一緒に旅に出てくるけど、その間に渡したメモの材料を4分の1でも良いから集めておいてね?学園の森とかにありそうな物ばかりだから。保存法や下処理なんかは明日まとめて渡しとく。旅の準備もしておいてお店の人に聞けば分ると思うから、多分中距離用の装備で平気だと思う。でも学園の規定課題の中では12年生だとS級ランクだから身を守る装備は大目で構わないと思うし、寧ろ多く持って来ている方が良い」

 レイが何でもない事のように言った言葉に全員が目を丸くした。

「S級ランク?」

 サラが震える声で言った。レイはあっさりと頷いた。

「小さいけど魔界との道があるらしくって、魔獣退治の課題選択した人が良く利用する所らしいけど、こっちも一つだけ魔獣の毛が必要でね。まあ、それは私がとって来るから気にしなくていいよ」

 レイはそれ以上の反論が来る前に、

「取り敢えず、保存が必要ない材料はメモにの最初にマルしてるから今から集めといた方が良いよ?裏庭で薬草集める人もいるんだろうから早目にしてた方がいい」

 レイはそう言って立ち上がると資料室に入って行った。残された者はどう行動するべきか悩みつつもレイの助言もあり早速材料集めに取りかかった。

 まだ許可は出ていないが、待って誰かに先を越されるよりも集めておくに越した事はない。





「行ったか・・・」

 レイは一言そう呟くと資料室からでて来た。その手には特権で資料室から無断で借りた本が抱えられている。机に置いている紙とペン、そして本を持ってレイは部室を後にした。

 レイは階段という階段を上り続けていた。ただ上に行きたかったのだ。片っ端から階段を上ると生徒が多く居た階もあれば現在のように人の気配の少ない階もある。もう一度階段を上ると今度は廊下が狭くなり三つの部屋があった。レイはその中で一番遠い扉に迷う事なく進むと、ノブに手をかけた。

 軽く回すと鍵がかかっているのが分ったので、一瞬力を抜き軽く指先に力を入れて手を離した後、もう一度ノブを回した。すると鍵がかかっていなかったかのようにアッサリと扉が開いた。

 一歩扉の中に足を踏み入れるとそこは外だった。緩やかな風ががレイの髪を軽く揺らし、惜しむように去って行く。

 扉は、屋上に続いていた。階段で上り続けていればその階段が永遠でない限り一番上に着く。レイは扉を閉めると片手を高く空にかざした。

 鳥の鳴き声が聞こえたと思ったら既にレイの手には手の平サイズの茶色と白の色をした鳥がちょこんと乗っかっていた。

「今日は君なのね、ティタ。他の皆、元気?」

『うん。今回は僕が勝ったんだ。皆元気だよ?僕に負けて悔しがってたけどね!』

 他の人にはティタはちゃんと鳴いているように聞こえるだろう。

「皆元気そうで安心した。早速だけど、その内そっちに行くから知らせておいてくれる?薬作りに必要な材料取りに行くから。集められるだけで良いからこれから言う事全部伝えてね?まず、銀狼の毛数本・パルバ鳥の眼球一個・・・・・・以上間違えないようにね?じゃあ、皆にもよろしくね」

『了解!来るんならお土産よろしくね?レイ手作りのお菓子!」

「はいはい。沢山作って行くね?」

 必要な事を伝え合うと、ティタはレイの頭上を数回旋回すると遠くへと飛び去って行った。

 小型の鳥とは思えない程の速度で飛び去って行く。レイは暫くティタを見送っていたが視線を外すと後ろを振り返った。

「笑ってみて」

 唐突に後ろにいた人物に対してレイが言い放った。

 後ろにいた者はその誰をも引き込ませる顔に死の危険を感じる恐ろしい笑顔を作った。

「うん。私の方がまだマシ!何を考えてるのか分らないと死の危険をただ感じるのとでは私の方がまだ良いでしょう?」

 レイは既に笑顔を消し去っているファラルに対して結構失礼な事をズバズバという。

「質問の意味が分からない。こっちは心配してここに来たんだが?」

「あ、ただ鍵開けただけ。心配する程の事でもないよ。因に笑ってって言った理由は皆に怖いって思われたから。まだファラルの方が迫力あるのにねぇ、私なんてまだ足下にも及ばない。あと、ちょっとの異常なら来なくていいって言ったのになんで来るの?それに雄だからってティタにまで敵意出す事無いでしょう?」

 最後には呆れて物も言えない、と言う態度をとってみる。ファラルは顔色一つ変えずただ口元だけで笑った。

「直す気無し、と・・・」

 レイはファラルの顔を見て呟いた。

 急にファラルが近づいて来てレイに顔を近づけ額を合わせた。

「何?別に熱は無いよ。何時もより情緒不安定なのは自分でも自覚してるけどね、理由はあるの。ここ、周りの声がうるさい。色々人が巣くってて、後少ししたら慣れるだろうけど集中するか少しずつ発散するかしないとコントロールがきかなくな・・・・・・」

 レイの呟きをファラルは口付けによって止めた。

「わ〜楽になった」

 ファラルの顔がレイから離れた途端レイは嬉しそうに感謝の気持ちと共にファラルに抱きついた。ファラルはされるが侭になっている。

「許可取れたの?」

 レイの全く主語の無い言葉でもファラルは理解したらしく、淡々とした声で「ああ」と呟いた。

「そっか、良かった。あの人に会うのも久々だよね」

 ファラルは全く表情を動かさなかった。

 鐘の音が聞こえた。

「そういえば、来てよかったの?仕事は?」

 レイが一番最初に聞くべき事を聞いた。

「人形を残しておいた。平気だろう?一応私の血を混ぜた」

 レイは「それならバレないか」と無表情な顔で納得した。

「やってる、やってる。言われてからするなんて、主体性は無いのか?」

 裏の森に入って行くマリ達を見てレイが辛辣な言葉を呟く。ファラルはその言葉に口の端を上げて笑う。

「手厳しいな。・・・音や言葉には言霊が宿る、その量は人によって様々だ。レイは言霊の数が多いんだろう」

 ファラルが推測を述べる。レイは「じゃあ、ファラルもだね」と無邪気に笑って呟くと森の中に入って行った皆を見て、自分の手を見つめる。

「そろそろ、戻った方がいいんじゃ無い?細部にまで拘って作ってないんでしょう?」

 そう、普段通りに作っているのならそろそろレイの元に来るタイプの人形になっているだろう。

「まあな。そろそろ戻るが、異変を感じれば来る」

 レイが呆れた顔を作って振り向くとファラルはレイの頭を一回優しく撫でると、撫でられたせいで足下を見ていたレイが顔を上げる頃にはファラルはもう消えていた。

 急に突風が起こった。レイの髪を舞い上げるがレイは髪を抑えたりしない。髪が宙に舞い上がるのを微動だにせず見つめている。無意識の内に強く抱きしめたのか腕の中に本があったのを思い出す。

 裏の森がよく見える位置に移動すると壁に寄りかかって抱いていた本を漸く開く。

 暫く本を眺めるように読んでいたが、程なく読み終えてしまった。

「・・・忌々しい」

 無表情に、淡々と呟いたレイの言葉を聞く者はいなかった。レイは本を閉じて脇に置くと、そっと瞼を閉じて踞った。





 木々が風によって擦れる音、鳥の鳴き声、階下の人々の喧騒、薄暗闇の中でピクリともせずレイはその場で同じ格好を続けていた。

 瞼を閉じてから、どれ程の時が経っただろう。レイは急に顔を上げたがその時の顔はわかる者にしか分らないが先程よりも幾分かスッキリしているように見えるだろう。

 ゆっくりとした動きで立ち上がると固まった体をほぐすために軽く体の各部を伸ばすと傍らに置いた本を持ち上げて片腕に抱いた。裏の森からも見える位置に移動するとレイの予測通りマリ達が髪に木の葉や顔に泥をつけて森から出て来た。

 全員まだレイの存在には気付いていない。サラの汚れをカナタがカナタの汚れをサラが取っている。マリは全く汚れていないがマリアの髪に付いている木の葉を取るのを手伝っている。セイジは一人で何とかしている。

 ふと、漸くレイの視線に気が付いたのかカナタが上を見上げた。つられて、もう完璧に汚れを取り払ってもらったサラも見上げてくる。

「「「・・・・・・」」」

 因に、レイが現在居る校舎は地下合わせて10階建てで屋上は地上から25m程の所にある。会話をするのは不可能だし、鍵が掛かっていた事から普段は立ち入り禁止なのだろう。

 つまり、立ち入る事の出来ない場所に居るレイを見て二人は驚いて声もでない状況なのだろう、とレイは推察すると意味も無く微笑んだ。25mの差があれば表情等よく分らないだろうがそれを理解していてもレイは微笑んだ。






「レイの言った通りだね。もう採集してる生徒が何人か居る」

 マリは生徒に自由に貸し出されている採集セットを手にしながら呟いた。後ろに居る4人とマリの視線はまばらだが既に採集を始めて居る生徒の姿を捉えていた。

「あれ、リストに無かったけ?」

 マリアが何かを見つけたらしく木の根元にしゃがみ覗き込んでくるマリとカナタの為に見つけた草を指差す。

「サラ、リストに載ってる?これ」

 レイの書いたリストを持っているサラは紙の上を目で辿り、

「あるよ」

 と言った。その言葉を聞いてマリアは草の根を千切らないように引き抜き、採集物を容れておく袋の中に入れた。

「でも、5人で一つの物を探すのは効率悪い。二手に分かれよう。カナタとサラはリストの上半分で残りが下半分。サラ、それ破いて」

 サラはマリに言われた通りに真ん中で半分に折り目をつけると紙を破いて片方をマリに渡した。

「それじゃ、鐘が鳴ったら森に入って来た所に集合って言う事で」

「分った」

 カナタがマリの言葉に返事をする。カナタ・サラは東に、マリ・マリア・セイジは西に向かって歩き出した。




〜カナタ・サラ〜


「あ、あった」

 サラが小さく呟くと一本の木の方へと近づいて行く。カナタはその半歩後を歩く。

「この木の実なんだけど・・・上の方にしか、まだなってない」

 困ったように呟くサラを見てカナタが動こうとするがそれよりも一瞬早くサラが動いた。躊躇無く丈夫そうな枝を掴むと木に登り始めた。どんどんと着実に登って行く。

 カナタはあまり表情には出さないが内心冷や冷やしながらその光景を見ていた。すぐ動けるように準備もしておく。

「取れたから、そっちに落とすよ?」

 宣言した少し後数個の木の実が落ちてくる。カナタはそれを落とさずにキャッチし予め準備していた袋に入れる。

「危ないから、早く降りて」

 カナタがサラに告げるとまた枝を伝って降りてくる音がする。カナタは内心ホッとしながらそれでも油断せずにサラが降りてくるのを待っている。

「きゃっ!」

 サラの悲鳴と一緒に足を踏み外す音が聞こえた。カナタは考えるよりも先ず反射的に体が動き落ちてくる体を受け止めたが体勢を崩して背中を強かに打つ。

 下の地面が柔らかく、濡れていなかったのが幸いし強く打ったにしては背中に痛みを感じなかった。土と葉っぱだけで汚れは済みそうだ。

「大丈夫?サラ」

 カナタが本当に心配そうな声音で聞く。体勢が崩れた時に一瞬前に倒れそうになったのを根性で後ろにしたのだ。

 サラは反射的に閉じたらしい瞼をゆっくりと開く。二人の顔はとても近くにある。

「カ、カナタ?何で・・・」

 全てを言う前に現在の体勢が分ったのかサラは顔を真っ赤にして慌ててカナタの上から立ち上がった。今にも泣き出しそうな顔でカナタに謝ってくる。

 カナタはサラがちゃんと立ち上がる事が出来ることと、顔を痛みに顰める事が無い事、全体を見て汚れが髪に付いた葉っぱだけと言う事からサラに怪我は無い、と言う判断を下した。そして、安心して微笑んだ。

「謝んなくていいよ、サラ。見た目程酷くも無いし。それよりも、サラが無事で良かった。痛い所とかない?」

 立ち上がって心配顔でサラの顔を覗き込むと、サラは「うん」と頷いた。

「本当に良かった。今度は俺が登るからサラは下で待ってる事」

 サラは引っ込み思案で大人しいくせに、妙に無謀で大胆な所がある。だから、カナタは目が離せなくなる。

 いまだに泣きそうな顔をしているサラの手をカナタが握り、歩き始めた。

「こうでもしてないとサラ転けそうだし、目を離した隙にどこかへ行きそうだしね」

 戸惑っているサラにカナタは他人から見れば蕩けそうな、長い付き合いのサラから見れば意地の悪い笑みを浮かべた。





〜レイ〜

 

 レイは瞼を閉じていながらもその光景を見ていた。意識3分の1は周りを気にし、3分の1で皆の様子を気にし、残りの3分の1で神経を休めていた。

(・・・・・・)

 レイの心には何の感慨も浮かばない。今の所考える事を拒否している状態なので何かを考えられる状態ではないのだ。昂った神経はそう簡単に体を楽にしてくれず、頭を上げる事さえも億劫な状況だ。

(・・・勝手にしてろ)

 漸く頭をもたげた二人に関する感想はそれだけで、それ以上の事は考えられなかった。








〜マリ・マリア・セイジ〜


 西の方向へ進んでいる三人はマリとマリアが見つけマリの言葉にはセイジが、マリアは自分が見つけたのを無言で嬉々として採りに行く、セイジはマリアの方を気にして材料探しに目がいかない。マリは材料を見つけるとセイジに聞こえるように声に出して言ってその間にマリアの事を見ている。

「・・・・・・」 「待った!マリア!」

 マリが材料を探している時にセイジがマリアを止める声が聞こえる。マリはセイジの声にマリアの方を見るがマリアは今まさに小さいが崖の下に降りて行こうとしてる。

「だって、途中にあるんだもん」

 マリアの声が聞こえる。セイジが「俺が行くから!」と叫んでいる。マリも走って二人に近づく。

 セイジはマリアを追い一緒に崖の下に降りて行く。

(二人で行くなよ・・・、ただでさえ足場悪いのに)

 マリは崖の下を覗き込む。手を伸ばせば届く場所に二人は居た。マリアが採集しているのを後ろから支えるような形でセイジが位置している。

「マリア、手伸ばして!」

 マリが崖を登って来ようとするマリアに手を伸ばして声をかけた。マリアが上を見て手を伸ばす。

 その時、足場にしていた出っ張りが崩れた。人2人分の体重を支えていたのだ、何時崩れてもおかしく無い。

 落下して行くマリアが先程よりも手を前に出す。マリも体を乗り出してマリアの手を掴む。セイジはそのまま落下して行くがちゃんと受け身をとっている。

 マリは腕一本で宙吊りのマリアを支え、揺れが治まるとゆっくりと引き上げた。

 セイジは砂塗れになって崖を登ってくる。

「マリア、怪我は無い?」

「うん、平気。・・・助けてくれて、ありがと」

「どういたしまして」

 腰が抜けたらしく、へたり込んでいるマリアにマリはポケットの中を探って常備している飴を取り出してマリアの口に入れる。

 マリアは驚いて目を見開くが飴が甘くて顔を綻ばせる。

「怪我無いか?」

 一番被害が甚大なセイジに言われたく無い。

「セイジは大丈夫なの?」

 マリアがマリの言葉を代弁してくれる。マリは呆れた目でセイジを見る。セイジはマリの冷たい視線をもろともせず、

「うん、咄嗟に受け身とったし何時も鍛えてるから体は丈夫だし」

 笑顔で答えてはいるが、汚れは酷い。

「まあ、そろそろ鐘が鳴るだろうから最初の所へ戻ろう」

 マリの言葉に2人は素直に従った。





〜レイ〜


 神経の疲れはどんどんと癒されていく。思考も雑多でぼんやりとした物では無く、整理されしっかりとした物に変わる。体の疲れも取れてきた。

(マリ以外、皆凄い格好。まあ、何時かの私よりマシなんだろうけど・・・)

 そう思って瞼を上げると自分の手を見つめる。自分でも全く焼けない肌だと思う。その原因はわかっているがどうする事も出来ない。

(人間味ないな・・・。当然だけど)

 先程、瞼を閉じる前に呟いた「忌々しい」という言葉の原因は、混沌とした重く纏わりつくような思考に呑まれて手が血に塗れている幻覚を見たからだ。鮮明なので服につきそう、と思ってしまう。

 分っているがどうにも出来ない。

(本当に、忌々しい記憶だ。だが、こんな記憶が私は愛おしい・・・)

 そんな狂った考えが頭を過った瞬間、レイは立ち上がって体の各部を伸ばして本を掴みマリ達が出てくる場所から見える位置に移動する。





〜カナタ・サラ・マリ・マリア・セイジ〜


「二人とも、凄い格好・・・」

 カナタに髪に付いた葉っぱを丁寧に取り除いて貰っていると、程なくして残りの三人が帰って来た。サラが戻って来た二人を見て言った第一声がそれだった。

「マリは汚れてないな」

 カナタが呟く。マリは笑って「当然でしょう?」と答えた。

「カナタの方は、私と変わらないじゃ無い!」

 マリアが自分で服の汚れを払いながらカナタに対して言い返す。その途端サラが俯いて泣きそうな顔になる。

「カ、カナタのは、私を庇って・・・」

 サラが震える声でマリアに事情を説明しようとする。マリアは泣きそうになっているサラを見て触れては行けない所に触れた事を悟った。マリアがどうやってサラの動揺を鎮めるべきか悩んでいると、カナタがサラを後ろから軽く抱きしめて、

「これはサラを守れた証だ。俺はこの証を誇りに思う。だから、サラは気にしなくていい」

(御馳走様)

 マリは顔を真っ赤にして弱々しく抵抗しているサラと、面白がって微笑んでいるカナタを見て心内でうんざりとそう思った。もう何度も見ているやり取りだ、端から見ていれば飽きる。

(でも・・・)

 マリは汚れを落とそうとしているマリアの髪に付いている葉っぱをカナタのように取り除き始めた。頭を動かそうとするマリアに「動くな」と言うと、マリアは簡単にマリの言う事を大人しく聞いた。

(僕も、飽きないな。これは)

 マリは甲斐甲斐しくマリアの世話を焼いている。何時もの事だが、飽きる事は無い。

 セイジは体中についている大量の砂を払っている。

 ふと、カナタとサラが上を見上げて固まっているのに気が付いた。マリアも気付いたらしく不審そうな顔をしてマリと顔を見合わせる。セイジも遅れて気付く。

「何見てるの?」

 マリアがカナタとサラに聞きながら二人と同じ方向を見上げた。マリとセイジも一拍遅れて見上げる。

 そして、唖然とした。

 強い陽の光に目を細めるが、見上げた先には宙に自身の長い髪を風に舞わせて明らかに5人の方を見下ろしている。遠くでよく分らないがマリアはレイが微笑んでいる気がした。

「レイ、よね?」

 サラの呟きにカナタが「多分」と答える。

「屋上は、許可が無ければ立ち入り禁止で鍵がかけてあるのに・・・」

 マリの言葉にマリアが頷いて「鍵、どうしたのかな?」と呟く。

 その疑問が解かれない内に、レイの姿は柵の向こうへと消えた。





〜レイ〜


 遠くからでもわかる5人の唖然押した顔にレイは笑いを堪え切れずに小さく吹き出した。目を細めて楽しそうに笑っているがよくよく見れば細められた瞳は全く笑っていない。

「薬草採集に行くだけであんなに汚れるの?」

 笑った顔で冷徹に感じた事を吐き出すと制服の胸ポケットに手を入れて粘土状の物体を取り出す。ファラルがキスしてきた時にレイの手に渡した物だ。一応大した事で力を動かしたのではない、とわかってはいたのだろう。

(これを作ってくる余裕は、まだあったんだからね)

 扉に近づくと鍵穴に、手にしていた物体を突っ込むと十秒程待ってから摘んでその物体を取り出した。柔らかく粘土状だった物は取り出すと既に固まっていた。

 まだ柔らかい摘んでいる部分は軽く練ってから形を作っていく、暫しの間指を動かし続けているとレイの指が作り上げたちょっとした細工が施されていた。

 出来た形は鳥と羽をモチーフにした空のイメージ=屋上を表している。

 扉を閉めて手作りの鍵を鍵穴に差し込むと、鍵は銀に変わった。それに驚く事も無く鍵を回した。扉が閉まった事を確認するとレイは踵を返しその場を立ち去った。







 

 

 今回は何となく皆のテンションが違いましたね。因にレイは5人の事を小馬鹿にしています。“主体生の無い連中”と思っているので旅ではどうしようかと考え中です。

 レイは常に何かを考えていますがその中には下らない事から旅の事もちゃんと考えています。取り敢えず、放っといても平気だと思っているのがカナタ、マリ。少し注意が必要なのがマリアとセイジだがマリアにはマリがいるので平気と考えてセイジも自分で何とかするだろう。

 一番心配なのがサラで、今回の様子を見る限りカナタがフォローするだろうが一番、運動神経とは無縁だろう。と考えているので、どうするべきか悩んでいるのです。(例え端からはそう見えなくても)

 サラの運動神経は凡人を少し下回りますが、度胸と無謀と大胆さを持っているので他の生徒よりもいざと言う時には肝が据わっています。

 

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