45:課題の提出
セイジはマリに頭を掴まれて部屋の中に引き入れられると相変らずレイを見つめていた。マリは扉を閉めて厳重に鍵をかけるといまだ固まったままのセイジを笑顔で怒った。
「何考えてんの?ここが一般生徒には知られてない場所だって言ったよね?さっさと入ってくれないとこっちが困るんだけど。幸い他の生徒が居なかったから良かったものの、注意力散漫!警戒心皆無かっ!?」
セイジは凄みのあるマリの説教に冷や汗をかきながら弱々しく「ごめん、マリ・・・」と謝っていた。
「二人とも、早く座りなよ」
マリアがそう言うとマリは大人しく怒るのを止めてセイジはホッとした顔で女神様がそこに居るかのようにマリアの事を見つめた。そんな様子を見てマリは少し不機嫌になっている。
「レイちゃん、13歳って言ってたよね?普通科のマリア達と居るってことは同じ12学年?」
セイジが席に着いてレイに問いかけてくるのにレイは笑って頷いた。
「改めまして、普通科12学年のレイです。唐突ですが、ここに居るという事は貴方が課題の最後の一人ですか?」
レイがセイジと握手を交わしながらそう質問した。セイジはレイと握手をしながら、
「俺は武闘科12学年のセイジ・コルセール。いまいち状況が把握し切れてないけど多分そうだと思う。・・・あっ、今度もう一回手合わせしたいな?」
と言って来た。レイは微笑み「喜んで」と答えた。
一頻り善人同士が仲良くなり微笑み合っている風の空気が流れたあと、セイジは思い出したかのようにカナタの方を向いて、
「それで、今結局どんな状況なの?」
と本当に今更な事を聞いて来た。
セイジが課題届に名前を書くとカナタが面倒くさそうにセイジに今の状況を説明し、課題が決定した事・レイがメンバーに入る事・旅の必要があるという事、などを説明した。そして、
「まあ、実験や解毒薬の作り方、その他諸々なんかを完全に把握しているのはレイだけだがな。はっきり言って他の者には分っていないと言っても良い」
と締めくくるとレイの方をちらりと見た。その視線にレイは説明を止めた理由を語った。
「別に言っても良かったですけど、面倒だったんです。それに説明していた事もその当時の情勢・流行を把握していないと解毒薬の作り方の謎を解く事は出来ないし、何と何を混ぜればどんな効果をもたらすか?という事を考えたりしないと書かれている事が本当に解毒薬に繋がるのか?という事も分らない。それをキッチリ完全に把握出来るように話すなら休み無しで三日はかかります」
と良い笑顔で語った。その顔を見てマリアが、
「ねぇ、レイってさ・・・もしかして、結構いい性格してる?」
と聞いていた。年齢に見合わない外見と性格、頭の中身。それはここに居る全員が思っている事だ。レイは笑って、
「私としては普通だと思いますよ?私は私一人ですから。でも・・・今更ですか?それ」
と答えた。自覚していてやっているのだと全員が愕然とする。
「じゃ、じゃあ、昨日の私を窒息死させそうとしたのっ・・・」
「殺すつもりはありません。不慮の事故です。教室の半分くらいまで進んだ所で気付きましたが放っといただけです」
と答えた。マリアが口をパクパクとさせる。次にマリが、
「唐突に消えて現れた理由は?」
と聞いて来た。レイはそれにも、
「ああ、窓が開いてる事に気付きませんでしたか?樹があったのでそれを使って。旅で獣に襲われた時とか木に上れない獣だった場合上って過ぎるのを待ちますから割と木登り得意なんです」
と答えてあげた。マリは頭を抱えて「消える筈だよ・・・」と脱力して呟いていた。だがレイは対照的に、
「木登り位出来ないと、旅になんか出られませんよ?獣・魔獣・盗賊・人攫い等、色んな可能性があるしそれら全てを考慮して対処出来るようにならないと本当の旅なんか無理ですよ?自分の身は自分で守るしか無いし例え仲間が居ても何時でも助けられる訳じゃ無い。その覚悟が出来てないと旅は無理です」
レイは真面目な顔で厳しく言い切った。全員の顔も自然と真剣なものに変わる。
「・・・でもまあ、未熟な生徒が旅をすると言っても危険地域には行けないでしょう。護衛として兵士なんかも同行するらしいですし」
と真面目な顔も口調も無くして面倒そうにレイは言い切った。その変わり様に皆の緊張感も削がれた。
「取り敢えず、旅はどんな準備をすれば良いんだ?」
カナタの言葉にレイは少し考え込んで、
「取り敢えず、木登り・泳ぎ・護身術・体力作りなんかですね。足を中心に鍛えた方が良いですよ?山登りがあるので。あとは、嵩張らない程度に武器や護符、聖水なんかを持っていけば良いと思いますけど?」
と投げやりな感じにレイは答えた。そしてつけ加えて「一朝一夕で何とかなる物でもないので鍛えてもあんまり意味はないでしょうが」と言った。
「取り敢えず、課題は決まった。先生に届を出して審査に通ったら授業は免除になる。旅の準備もしないとね」
マリがレイの言葉にそう呟くとマリアが、
「そう言えば、旅ってどんな物持って行けば良いの?」
と聞いて来た。レイは内心、
(そんな事も知らずに旅に出ようとしてたのかねぇ。この子は)
と思いながらも、
「一般的な短〜中距離の旅には着替えを2~3着、下着も同様。武器は腰に差せる物や嵩張らないもの、すぐ取れるようにしないと使えない。その土地の地図。調理用のナイフなんか用途に合わせて2・3本。調味料を少し。薬草や薬。簡易テントと寝袋。携帯食料なんかですね。あとは目的に合わせて採集道具やなんかを。重さにすれば最低でも4〜5kgにはなりますね」
とあっさりと答えた。だがこれは一般的な安全な旅用の物であって、危険な旅などは総合して考えればこれ以上の重装備をしなくてはならない。
最もレイとファラルの旅は荷物なんぞ1〜2kgで済んでいた上に料理なんかはファラルの魔法なんかで刃物要らずの調理が出来るし、転移魔法なんかもあるのでやろうと思えば移動が速い。
薬草なんかは治癒魔法を使ったりそこらにある薬草でどうにか出来るし、地図が必要ないので一般とはかけ離れている。それでも、一般的な旅も出来るし寧ろそれ以上に危険な旅もしてきた。
「因みに言っとくけど、荷物背負って山道登ったり走ったり何kmも歩いたりするから覚悟しておいてね?」
レイはにっこりと笑ってそう忠告しておいた。
「サラとマリア、レイの分の荷物はどうする?やっぱり寝袋なんか重い物は俺等で持つ、とかの方が良いよな?」
「そうだな」
「じゃあ、サラの分」
「僕はマリアの分を持つ。セイジはレイの分」
「了解。簡易テントなんかはどうするんだ?」
「持つ」
「じゃあ、僕も。セイジは剣で僕等を守ってもらわないとね」
男共が顔を突き合わせて相談している。重くなる物を持って女子の負担を減らそうとしている事から紳士的なのかどうなのか・・・。
女達の方では、
「聖水なんかは私が用意します。一応魔術科で聖水作りを選択しているので」
「それじゃ、私は携帯食料と調味料なんかを。レイ、相談に乗ってね?」
「別に構わないけど。薬草や薬なんかは用意出来る、と思う」
レイ達の方も相談を進めていく。
鐘の音が聞こえてくるまで、それは続いた。
「出すの速いな・・・まだ期限あるぞ?」
苦笑しながら届出を受け取ったヘルマン先生はザッと書類に目を通すと渋い顔をした。
「本当に、これにする気か?よりにもよって『ヴァルギリ』の解毒薬開発か・・・。希望は薄いと思うがな〜。必須とされている材料は殆どが危険地帯に住んでたり、個体数が少なく見つけにくい物だったり、獰猛な獣だったり、山奥の限られた所でしか手に入らなかったりするんだぞ?休暇中の前半だけで行って帰れる距離でもない。買うのだとしても金が掛かるし」
ヘルマン先生の言葉はもっともで、マリ達もその事に気付き一度は諦めかけたのだ。沈み込んでいた五人にレイはいつもと同じ笑顔で「ツテがあるから大丈夫。さっきそう言った筈だけど?」と余裕綽々で言い切ったのだ。
「そもそも、どうやって効果がある事を証明するんだ?『ヴァルギリ』を作るにしても教科書には絶対に載ってないぞ?だいたい『ヴァルギリ』を作るのにも材料は掛かる」
レイはその話を聞いてにっこりと微笑み、自信満々に「大丈夫です」と請け負った。
その堂々たる態度と何となく感じた言いようのない威圧感にヘルマン先生は反論出来ず、
「取り敢えず、委員会には申請してやるが呼び出しくらう可能性は大だ覚悟しておけ。あと、もう一つ位課題を考えておいて損はないぞ」
と忠告をした。そこでレイは口を開いた。
「来週から私だけ旅に出ます。早目に課題に取りかかろうと思っているので許可を早めに出して頂けるようにつけ加えて頂けますか?」
レイなりの課題を変えるつもりはない、と言う意思表示。ヘルマン先生は眉間に皺を寄せて、溜め息を吐くと「言うだけは言ってやる」と答えてくれた。
その言葉にレイが意地の悪い笑みを浮かべると、
「初日のお前に騙された・・・」
とヘルマン先生は呟き、頭を抱えながら教室をあとにした。
「よく教師にあそこまで楯突けるね。僕には絶対に無理」
マリが呟く。セイジ、カナタ、サラは学科が違うのでレイ達とは一緒に居ないし、マリアは同じ教室に居ても届出の提出には付いて来なかった。
レイに関しては課題の内容を理解出来ているのがレイだけなので必要性があって提出に付き合っている。責任者はカナタだが如何せん課題の内容が理解出来ていない。かといって編入2日のレイに任せるのも心許ない、という事でマリが居る。
「別に、そこまで態度に厳しい先生でもないでしょう?それに、私には元旅人っていう事実がある。元々教養も躾も出来無い者という認識を持つ者が少なからず居る。だからこそ少々は平気」
レイはマリの言葉に淡々と言い切った。マリは呆れたようにレイを見つめる。
「うん、レイの性格が最初の印象と違うっていう事はさっき認識したばかり、一々驚いてたら身が保たない」
「そうそう、身が保たないよ〜」
マリがボソリと呟いた言葉にレイは同意する。
「二人共どうだった!?許可貰えそう?」
マリアがレイとマリに近づき不安そうに問いかけてくる。マリアは困ったように眉を寄せてヘルマン先生の言葉を思い出した。
「呼び出しされる可能性大だって。暗に、諦めろ。とも言われたかな?」
マリがもう少しソフトに伝えようとした事をレイは包み隠さずマリアに伝えた。
「そうなの!?」
マリアはマリを問いつめる。マリは率直なレイの言葉に頭が痛くなりながらも頷いて答えを返した。
つまり、ハッキリと言って、課題は始まる前から障害にぶつかっているのだ。
前途多難な予感のする今回の課題にマリは内心、本気で頭を抱えたくなっていた。
(安易にこの課題を選ぶんじゃなかった・・・)
今更な事を思いながら、堂々と課題が成功するという事を信じているレイの態度にマリは一縷の望みを残した。
何となく、レイの性格が変わってきています。これからも色んな人の性格がどんどん変わっていくでしょう。
ちなみに、レイ・マリア・サラ・マリ・カナタ・セイジの中で一番責任感があるのは今の所マリです。そしていいように使われる苦労人がセイジ。我関せずがカナタで、気弱なのがサラ(カナタはサラにだけは関わっていく)。ムードメーカーはマリアで、一線を引いて腹の中で何かを考えながらマイペースに自分勝手に行動するのがレイ。
といった所ですね。