43:入学初日の報告
無事にクラブ入部を果たし、レイの年齢について全員に騒がれながらも初めての学生生活の一日が終わり【蓮華館】に帰って来たレイは迎えてくれたアル達に挨拶をすると自室に戻りロリエが嬉々として選び揃えてくれた服に袖を通し先生達に出された課題に手をつける。
「お弁当。ありがとね、ファラル」
レイは後ろを振り向かず、課題を終わらせていく手を止めずに後ろに立っている筈のファラルに向かって声をかける。
「早速か・・・。お前の側に居られたらとは思うが、レイはそれを望まない。離れていると言うのは心苦しいな」
先程まで居なかった筈のファラルがそう返事した。レイが入って来た時に部屋には誰もいなかった、扉が開いた気配もなければ鏡の道を通って来た訳でも無い。だが、ファラルはレイの部屋に居てレイに対して言葉を返している。
「そんな事言っても、私は言葉を変えるつもりは無いからね?と言うか、居なくても一応は繋がってるから状況は分かるだろうし、私よりも沸点低いんだから居ない方が良い。あそこは弱くて未熟な者の集まりよ?ファラルが付いて来たら今日だけで死人、よくても怪我人が出てる。だから、私が呼んだ時だけでいいからね?」
レイは振り向いてファラルの言葉に苦笑しながら意見を変えるつもりは無い、とハッキリと宣言する。
ファラルはレイに見つめられ眉を顰める。それでもファラルの美しさが損なわれる事は無い。寧ろ人々は彼の憂いを晴らしたいと思うだろう。
「そんな顔しても、ダーメ!」
レイにはファラルのそんな姿に心が動かされる事は無い。一応、主導権を握っているのはレイなのだ。例えファラルが時折暴走しレイの言葉に耳を貸そうとしなくなる事があっても。
ファラルはレイの言葉に溜め息を一つ吐くが、その中に落胆の色は無い。一応レイの意見が変わる事は無いと予測はしていたのだろう。ただ、少し気が変わっていないかな〜?と甘い期待をして言っただけなのだ。
「本当に呼べよ?毎朝髪を結びにくる」
「はいはい。次は夕食の時にね〜」
レイはまた課題に向かうと髪を結わえていたリボンをファラルに解かれる。ファラルはリボンを解くと鏡台の上にそれを置きレイの部屋から消えていった。
程なくして課題を終わらせ、明日の準備を終わらせたレイは立ち上がり、今日学園の図書室から借りた本を手に取り窓際の夕日が入って来ている所に椅子を移動させるとゆっくりと本を開いた。
丁寧に本を扱い、ページを捲っていくレイだがそのページを捲っていくペースは尋常ではない速さだった。
暫く本を読んでいて五冊目を読み終える頃ロリエに扉をノックされた。レイは本を開いたまま顔を上げて「どうぞ」と声をかけた。
「そろそろご飯だよ?」
ロリエの言葉にレイは今気が付いたような振りをして、
「えっ、もうそんな時間?本読んでたら時間経つの早い」
と言った。レイの言葉にロリエは笑って、
「ちゃんと宿題は終わらせたの?」
と、まるで母親の様に聞いて来た。レイはその言葉に微笑んで、
「勿論。皆さんのご好意で学園に通わせて頂いているんです。その期待を裏切る訳にはいきませんし、皆さんの期待に添える様に努力は惜しまないつもりです」
と当たり障り無く答える。ロリエはレイの言葉に、
「そんなに義務的に考えなくていいのよ?私達が好きでやっている事なんだから。もう少し気楽に考えて、学園生活を楽しんでくれたらいいの」
と苦笑しながら言ってくれた。レイが少し戸惑う様に微笑んでいる様子を見て、ロリエは短く息を吐くとレイの顔を真っ直ぐに見て微笑むと、
「そろそろ下に降りましょう。皆を待たせてしまったらいけないし、皆レイの今日の話を聞きたがってるわ。ちなみに、私もその一人」
と言って、レイを促した。レイはその言葉に頷くと促されるままに本を閉じて階下にある食堂へロリエと共に降りていった。
ロリエとレイが階下にある食堂へと降りるとそこには既に二人以外の全員が揃っており、夕食も全員分が用意されていたのでレイもロリエもただ席に着けばいいだけだった。
「初めての学生生活はどうだった?」
食事をしながらアルがレイにそう質問してくる。レイは微笑んで今日あった出来事を掻い摘んで話し、皆に求められるまま詳しく説明していった。
「クラスは12学年のDクラスでした。学校の説明をしてくれる両隣の生徒さんと友達になりました。パリス先生には何故か嫌われていましたが・・・大丈夫だと思います。部員の数は少ないみたいですけどクラブにも入部しました。今の所何も問題は無いです」
クラスメイトに絡まれた事も入ったクラブが少々特殊な事も詳しく聞かれる事は無かったので黙っていた。
「何故パリス先生に嫌われている、と思ったんだ?」
アルがレイの言葉に反応して聞いてくる。レイは包み隠さず、
「そうですね・・・。忌々しげな顔で何故かいきなりどうして試験で満点を取ったのか!?と非難された気がします。後、声高に応用問題を当てると宣言されましたが丁重にお断りしました」
と質問に返した。そこ答えにアルは思い出したような納得したような顔になり、
「変わっていないな・・・。レイ、私もそうだった多分嫌われていると言う程の事ではない。ただの悔しさから来る報復のようなもので暫くすれば諦めるだろう」
というコメントをくれた。レイは微笑んで、
「ええ、同じクラブの部員の方にも言われました。その内治まるとも言われましたし先生もアルの話題を出してました」
と先生の言葉を思い出しながら言った。アルはその言葉に苦笑して、
「言ったのか、あの先生。まあ、経験者の言葉だと思って聞いておいて損は無い。先生に構われるのが嫌になれば問題を間違って答えればいい、後々までネチネチと言われる事になるが授業の度に当てられると言う事は無くなる、と言う事があったらしい。私はそんな事はせず授業に出る事も少なかったので卒業まで被害に遭ったがな・・・」
と少し遠い目をしながらのたまった。レイはアルの言葉にどちらを取ろうかと迷ったがその都度考えればいいか、と一瞬で結論を出した。
「ねぇ、レイ。クラブに入ったって言ったけど、部員は何人なの?数少ないって言ってたけど・・・」
ロリエの疑問にもレイは直ぐさま、
「私を含め5人と言っていました。全員が同じ学年で内3名は普通科、そして残りの2名が魔術科の方でした」
と補足もしながら答えていく。ロリエは更に突っ込んで「どんな事をするクラブなのか?」と聞いて来た。
「活動内容はひたすら本を読むと言った所でしょうか・・・。本が好きな生徒が集まっているみたいです。他よりも自由な活動規約で掛け持ちしている人が殆どです。私は年齢的にも中等機関の運動系のクラブには自信が無いですし、読書は好きなので掛け持ちをしようとは今の所思っていません」
と他の質問を減らす為の工夫として聞かれていない事まで小出ししながらレイは質問に答えていく。
(((あれ?でも試験の日、剣で学年3位に勝ってなかったけ?)))
ベクター以外の思考はそこに向かった。だが何かを言い出す前にベクターが、
「そうだな、普通なら初等機関の年齢だ。中等機関の運動系のモノは厳しい所があるだろうし、それを考えればやはり文化系が望ましいな」
と言ってくれた。そして、アル達は何も言えなくなった。そうレイは13歳飛び級なしで学校に入ろうとするなら初等機関に入る年齢なのだ。
「それなら、選択授業はどうするんだ?確か剣術と体術だったと思うがついていけるのか?」
アルの言葉にレイは当然の事の様に、
「剣術を選びました。ファラルに教わっていたのでまだ体術よりはマシかと・・・」
実際にはどちらも習いしっかりと使えるがサターン先生に言った事と剣技を見せた事が何度かあるので剣術を選んだだけだ。
「そうか・・・。まあ、無理はするなよ、怪我をしたら元も子もない」
まるで兄や父親もしくは恋人のような言葉にレイは笑ってしまいそうになったが元々感情表現を素直に表す事が少ないレイに素直に表情を出さないと言う事は容易い事だった。問題は無表情で他人には何を思っているのか分からないファラルの方だ。先程のアルの言葉に分かり辛いが静かに、そして深く怒っている。
(このままでは館を破壊しかねない。早々に引き上げた方がいいな)
レイは即座にそう判断すると直ぐさま行動に移した。
カチャン
不意に響いた金属音にその音が聞こえたレイの方向へ全員の視線が集まる。
「あっ、何でも無い。ちょっとスプーン落としただけだから・・・」
レイは少し小さい声で慌てて言い繕い床に落ちたスプーンを拾う。そんなレイの行動に全員の目が不審そうにレイを見つめてくる。
ファラルは意図に気付いているのかレイが椅子から立ち上がりスプーンを変えてもらおうと動き出す前に、席を立ちレイの腕を掴んだ。アル達にはファラルが何時立ち上がったのか分からなかった。
「疲れたのか?」
淡々と呟く声にレイははっきりと返事せず口ごもる。
アル達の方は得心したらしく口々に、
「確かに初めての学校生活には疲れるものだ。集団生活を余りした事が無い者は尚更な。ここ最近も忙しかったんだ、これからに備え今日はもう寝た方がいい」
アルの言葉を皮切りに他の三人も、
「そうね、疲れてるに決まってるのに引き止めてごめんなさい。ゆっくり休んでこれからに備えて、レイ」
「疲れてるような素振り全然見せないから気付かなかった。無理させたかな?」
「疲れているのなら素直にそう言ってくれ、無理をさせるわけにはいかない。遠慮は要らない、今日はもう休め」
レイはそう言われて少し困ったような顔をして、少し遠慮がちに、
「・・・先に、休ませて・・いただきマス。お先に・・・失礼、しマス」
少し途切れがちに、ちょっと片言に不器用に慣れない甘えをする様なレイの口調にアル達はその様子を初々しく思いながら微笑んだ。
ファラルは既に食べ終わっていたのでレイの付き添いで眠たそうにしていたレイを俗に言う“お姫様抱っこ”してレイの部屋へと連れて行く。
レイは抵抗する元気も無いのか大人しくされるが侭になっていた。アル達の方はファラルの行動に驚きはしたもののレイとファラルの身長差とその時のレイがとても幼く見えたのとで違和感は感じなかった。
逆にその時の二人は別世界に居るような、アル達とは違う空気を纏い。食堂から出て行った。それまでの一挙一動までもが見惚れる程美しかった。
ファラルはレイの部屋に入ると抱いていたレイをゆっくりとベットの上へと座らせた。レイの顔には眠気など全く浮かんでいない。
「どうして所構わず不穏な空気を垂れ流しするの?」
淡々とレイはファラルに向かって呟く。ファラルは表情も変えず、
「あの若造に何が分かると言うんだ?まるで私がレイを守れていないとでも言うかの様に。無理をしなければ、怪我をしなければ、レイは・・・」
「死ぬ、じゃ無くて・・・消滅、する?『元も子もない』か、私は今何かを持っていたかねぇ」
レイは年寄りの言葉を語尾に付け過去を思い出すかのような口調になる。ファラルはレイがそんな結論に至る事を予測していたのだろう。ただ少し顔を顰めてレイから顔を背ける。
「別にいいんだ。もう十分にアルの言った事態には陥ってる。もう『元も子もない』んだから、既に傷だらけになってるから、別にいい・・・」
その言葉とは裏腹にレイの表情はどんどん抜け落ちていく。気にしていないと言いながら気にしている。そんなレイをファラルは抱きしめた。
泣きそうな顔になっているレイの目に涙が浮かぶ事は無い。
『枯れ果てたのかもしれない、元々無かったのかもしれないとも思う時々自分の流している涙が涙ではないと思う事があったから。流していた涙が涙で無いって思うから。だって、私はヒトじゃ無いって思うから』
レイが以前、本当はとても弱く脆い虚勢を張った少女に対していっていた言葉がファラルの頭をよぎる。
レイは暫くファラルに抱きしめられていたがファラルの腕から抜け出すと夜着を用意した。
「お風呂、行ってくる」
レイの呟きにファラルは返事を返さなかった。相変らず小さく腕の中で誰かの存在を確認し安心している。だが、甘える事はしない、結局守る事が出来ない。
やり場の無い憤りを抱えながらファラルはその感情を抑えようと努力した。