38:結果が出るまで
「明日が結果発表か〜私の方が緊張してるよ!・・・何でそんなに冷静でいられるの?」
ロリエがレイに向かって聞く。
試験が終わったのは一昨日。結果が出るのは明日だ。
そう思うとロリエの反応が正しいのであり、レイの冷静すぎる程の緊張感の無さは試験を受けて結果を待っている者にはとてもでは無いが見えない。
「終わった事です。結果は今更どう足掻いても変わらないし、焦ったからと言って今すぐに結果が出るわけでもない。今から焦ってたら疲れちゃうので、一応の心構えをしてどんな結果にも対応出来るように準備をしつつ、それでも変に気を張らないのが旅のコツです。旅だって、始めから人攫いや追い剥ぎの事を考えていたら一歩も進めなくなる」
【蓮華館】の裏手にある植物を育てている温室の中で植物達に水をやりながらレイとロリエはそんな会話を交わしていた。
これは館の規則に決められている仕事で仕事は男女別にあるが館に住む者に平等に与えられている。今はロリエに仕事を教わっている最中だ。
ファラルもベクターに連れられて馬の世話をしている。
男女共同の仕事もあるがそれは資料室の整理などなのでレイには与えられる事は無い。
「すごいね、どうやって覚えたの?」
唐突にレイが水をやる様を見ていたロリエがレイにそう言った。
「何をですか?」
あまりにも質問の内容が簡潔過ぎ主語が抜けていたのでレイはもう一度聞き返した。流石に主語無しの質問を理解出来る程レイはロリエの事を知っていない。
「えっと、植物ごとに水をあげる量を調整してるってこと」
流石に自分の問いかけた質問が分りにくいと理解したのか今度はきちんと聞いてくる。
「薬草は特に状態の良い物の方がよく効果をもたらします。人口で育てるのなら尚更その植物に合った水の量を与えなければ良い物は出来ません。昔ファラルが育ててみろ、って言って一時期旅の間に植物を育てていた時期があるんです。その時に頭に叩き込まれました」
「スパルタ教育、ね」
ロリエが本心から呟いた言葉にレイは、
「いえ、そこまでではないですよ?大体一度聞いたら覚えられましたから。覚えられなくても別に罰がある訳じゃ無いし。何よりも、植物も一つの生命体です。自然の中で生きられる物を私達が育てるという事は植物の命を預かるのと同じことですから乱雑な扱いは許されません」
確固たる信念のような言葉でレイはロリエにそう言った。
レイの言葉には一度聞いたら覚えると言うとんでもない発言もあったが、植物に対するその心意気自体は称賛に値する。
「あれ、それじゃあ、育てた植物はどうしたの?」
確か、初めて合った時に植物を持っていなかった気がする。
「薬にしました」
清々しい満面の笑みで簡潔のそう言った。
あれ程の事を豪語していたのに・・・。
とロリエは思った。
「その為に育てていたんですから、勿論薬にしますよ」
ロリエの表情を読み取ってレイはそう言った。
不意にレイの動きが止まった。
ロリエが訝しんでレイの方を見るとレイの視線は温室の一角にある花を植えている方へと向けられていた。
「どうしたの?何かあった?」
ロリエがそう声をかけるとレイはゆっくりとロリエの方を振り返り、
「知っている花があったので、色が違いますが・・・」
と答えた。
「どの花?」
「秘密です」
笑いながらレイが言った。その笑顔には感情があった。
とても儚く、寂しそうに見えた。今にも泣き出しそうな笑顔だった。
ロリエはまたレイの見ていた一角を見たが結局どの花なのかは分らなかった。
「ロリエはどんな花が好きなの?」
レイは唐突にロリエにそう質問した。
「私?何だろう・・・色々あるからね〜」
少し考えた後、ロリエが出した答えは、
「でも、一番なら睡蓮ね」
だった。その口調に迷いは無かった。
「誕生花、とか?」
レイがそう問うが、
「違う違う」
と返された。誕生花が一番好きと言う人は多い。その次に自分の名に由来する花。花言葉が気に入った花。単純に自分の好みに合う花。
レイの場合は親が好きだった花だからだ。親はレイのことをそう形容した。
(あの花を好きと言われる度に、私の事が好きと言われている気がした)
レイは花を見ながらそんな事を考えていたのだ。
「睡蓮って水生植物でしょう、私の属性は水だからなんか親近感が湧くの。私の契約してる精霊の名前もスイレンだから尚更好き」
レイはロリエの言葉に耳を傾け、そう言う理由もありか。と思った。
「確か、アルは自分の誕生花のサワギキョウで、他の二人は無いって言ってたな〜」
ロリエがそんな情報をくれた。
(サワギキョウ、花言葉は高貴・特異な才能か)
アルにぴったりの誕生花だ。
会話はそこで終わり、二人は仕事に戻った。
水やりの仕事はまだ三分の一程度しか終わっていない。
レイやロリエが本気になれば既に終わっているが温室で魔法を使うのは魔力に反応する植物があるので禁止されているし、レイは学校で周りに合わせて行動する為に何時も以上にゆっくりと仕事をしていた。
「レイ?」
夜、ファラルがレイの部屋へ来た。
レイベットの上に座った体勢のままはファラルの方へ顔を向けた。
ぞっとする程美しく凄絶な程の無表情だった。そして、瞳には何も映していない。
ファラルはレイのそんな顔を見て、レイにゆっくりと歩み寄りレイに目線を合わせると愛おしそうに抱きしめた。そして頭から背中にかけてゆっくりと撫でレイの髪を一房手に取るとその枝毛など無い光沢ある艶やかで美しい髪にそっと口づけをした。
レイの髪を名残惜しそうに離し、レイの顎を上げるとファラルはレイの額に口づけをした。
「正気に戻れ、今は夜だが暗闇ではない。今、ここに絶望は無い」
真っ直ぐ瞬きもしないレイの瞳を見ながら言ったファラルの言葉はレイにちゃんと届き、
「ファ、ラル?ど・・して?・・・・そっか、今日あの花を見たから記憶に飲まれたのか」
最初は混乱していたレイは時間が経つにつれ正気にも戻った。
「絶望の花か?」
ファラルが揶揄するように笑いながら言った。
彼の表情はレイと二人きりの時と誰かがいるときでは随分と違う。
「私でもある」
すっかり正気に戻ったレイはファラルの言葉にそう返す。
その顔にはアル達に見せるような笑顔ではなく自分の感情がちゃんと入っている。
「明日からまた忙しくなる。契約の対価を貰う」
ファラルがそう言うとレイは心得ているとばかりに頷き自らの手をファラルの差し出した。
ファラルはその白く細い手を取り、一本だけ長く鋭く伸びた指の爪でレイの人差し指を傷つけた。
浅い傷口から血が滲み出てくる。レイは表情を変えない。
ファラルは血のにじむレイの指を口に含みその血を綺麗に舐めとった。
血を舐めとったレイの指には傷があった痕跡など全く見られなかった。
だが、レイには感じ取れる確実な変化があった。ファラルにも分っている。ファラルの力が増したのだ。
力が暴走しないように定着しきれていない魔力を苦もなくコントロールしながらファラルはレイに、
「明日は結果発表だ。合格は間違いないだろう」
とファラルが告げた。それだけ言うとファラルはレイの部屋から自分の部屋に帰ろうとしたが、
「・・・・・・」
レイは無言でファラルの服を掴む。
「・・・明日からまたずっと一緒にいられないから側にいて?」
小さくレイが呟く。気にしなければ聞こえない程の声をファラルは正確に一字一句違えずに聞いた。
自分の部屋に戻るのを止めると、ファラルはレイのベットの側に立って、指をクイッと動かした。
部屋にあった椅子が移動してファラルの後ろに止まる。
ファラルの服を掴んでいたレイの手を取ると、
「レイが眠るまでここにいよう」
と言った。
レイは知っている。自分が眠った後もファラルがずっと側にいる事を。
今回はロリエとの会話とファラルとの夜の出来事です。
ファラルの口づけはレイが気付いていない事を知っての上でやっています。
口づけ自体にレイの意識を正気に戻させると言う意図はありません。ファラルがやりたかったからした事です。
された事はレイの記憶には残っていません。(ですが、思い出そうとすれば思い出せます)