37:面接と試験の終わり
筆記試験は予定していたよりも早く終わった。
「次は学園長と四古参の御二人、そして普通科学年主任の教師と面接をして頂きます。勿論付き添い人は無しで行なわれます。面接は声だけで行なわれますので担当の方の顔を見る事は出来ません。ですが、学園長達は貴女の顔を知っています。そして、私は報告者として面接の場に立ちます」
ギーゼラ先生はレイ達にそう言った。
「面接の場所は専門の教室があるのでそこに移動します。待っている方はまたしばらくの間この教室で待機していて下さい」
そう言うと、足早にレイとともにアル達のいる教室を去った。
ギーゼラ先生が立ち止まったのは簡素な作りの扉の前だった。だが、集中してみると扉の至る所に空間を支配する魔術がかけられていて防音対策はバッチリだった。
「ここが面接会場です。全員揃っているようなのでこれから面接を行ないます。注意としてどのような質問をされても、どんな言葉を言われても決して暴れたりしないように。無意味な事ですから」
過去にそんな生徒がいたのか?と思いながらもレイは素直に了解の意を示した。
何を言われても、自分の事であれば怒らない自信はある。
コン コン
二度ギーゼラ先生が扉をノックして、部屋の中に入ると、
「失礼します。特別編入試験受験者のレイと報告官のギーゼラ・ハイムです。面接にやってきました」
そう言って、部屋の隅に移動する。
部屋にはしきりがあり、しきり半分のレイのいる部屋の中央には椅子があった。
レイはまず扉を丁寧に閉めて、椅子の隣で止まると、
「不肖私は、特別編入試験を受験させて頂きました者です。名はギーゼラ・ハイム女史がご紹介の通りレイと申します。姓は持ちません。この度の私の受験に皆様の多大なる御尽力に、この場を借りまして深く感謝いたします」
と型通りの挨拶を行なった。
見える筈は無いのに右手を胸に当て軽くお辞儀をしながらスラスラと紡がれる言葉はとても旅人であった13歳の少女のものとは見えない貫禄と威厳があった。
「まず、座りなさい」
しきりの向こう側から不明瞭な声が掛かった。魔術で声を変えているらしい。
また、座っていない事がわかるという事はこのしきりが幻術であるという証だ。
だがレイは幻術を解く術を今は持たないので相手の顔はわからない。
「はい」
レイは一々律儀に返事をした。
「それではこれから面接を始めます。皆さん準備はよろしいですね?」
またしきりの向こうから声が聞こえた。
「「「「「はい」」」」」
全員の声が重なった。
「まず、レイさん。貴女がこの学園を受験した理由は何ですか?」
これは何処でも良くされる質問だろう。
「前述申しました通り、私は旅人でありました。現在の身元引き受け人の方に引き取られたのはつい最近の事です。そこで提示された学校の中に学園の名があり、総合的に見ても私の興味引かれる学問が全て存在したのがティラマウス学園でした。それが私がこの学園を受験した理由です」
淀み無く答える。本当の事を話すまでだ、何を戸惑う必要があるだろう?相手の顔も見えないのに。
「わかりました。次に、貴女はこの学園の何処に惹かれましたか?」
形式的な質問だった。これもよく聞かれる質問の一つだろう。
だが複雑なのは、理由と惹かれた事を質問するというのは間違えやすい。急いで答えを言おうとすれば焦って混同してしまいやすい。
「この学園に惹かれたのは、まず授業の種類の豊富さです。そして、生徒の自主性。加えて創立からの長い歴史の中で優秀な方を何名も輩出して来たというのも魅力の一つです。最後に、学園が帝国立という事です。帝国立であれば学費が安く、入学費も不要だったという事も惹かれた理由の一つに入ります」
そう、この学園は国がバックアップしているので初等機関からのエスカレーター式の者でなければ安いのだ。その分、受験入学は狭き門だが。
「では、苦手とする教科と得意とする教科はありますか?」
内容が単純な物に変わった。
「いえ、今の所苦手とする科目は特にありません。得意とする科目では無く興味のある学問は薬学です」
これも本当の事だ。
「それでは____」
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面接は長く続いた。
途中でギーゼラ先生が試験の結果や様子を報告した。
レイが心の中で数えていた秒数を時間に直すと30分だ。
「最後に」
しきりの向こうの声がそう言った。
(やっと終わる)
レイはそう思った。
面倒でしかない時間だった。
「仮定として、貴女はこの学園で学び卒業した後、何がしたいですか?」
面接官の言葉はレイにとって愚問に聞こえた。
「未来の事はわかりません。ですが、お世話になった分の恩返しをした後に、また旅に出たいと思っています」
アル達に恩は返そう。だが、それは永遠ではない。ずっとここにいる訳じゃ無い。
(私の居場所はここじゃ無い。こんな生温い世界は私の居場所なんかじゃ無い)
その言葉が面接官立ちには意外だったらしい。
「君はギーゼラ先生の報告では君は優秀な筈だ。才能を生かす道が他にあるだろう?」
何故だ?というような言葉が聞こえてくる。
「仮定の話です。まだ入学してもいませんし、優秀だと言う証拠もありません。未来の事は誰にもわからない筈です。そして、誰しもに決定権はあります。環境や立場によって変わってはきますが。そして、今ある決定の中にまた旅に出ると言う事があって、それが今最有力というだけの事です」
レイは淡々とそう言った。
ギーゼラ先生も動揺を隠せていないようだった。
レイにはその動揺がまるで従順な飼い犬に手を噛まれた飼い主のようだった。
飼い犬が本当に飼い主に懐いているのかは飼い犬にしか分らないのに。
「一つよろしいですか?」
レイがずっと思ていた事を言おうと決心した。
「どうぞ」
しきりの向こうから、また声が聞こえてくる。
「先程の御質問で最後と言われましたが、まだあるのでしょうか?」
本心では早くこの意味の無い問答を止めたかった。
「そうですね、質問は終わりました。宣言通りこれで面接を終了します。合否の結果は、三日後《蓮華館》に知らせが行くでしょう。合格でしたら入学は二週間後です」
レイはその言葉を聞いて、
「分りました。それでは退出してもよろしいでしょうか?」
と言うと、許可が出たので静かに立つと、入って来た時と同じ格好をとると、
「長々とお手間をとらせてしまい、申し訳ありませんでした」
と終わりの文句を言うと、
扉の方へ歩いて行き、その前でしきりの方を向くと、
「失礼します」
と一言いってから、ギーゼラ先生に一礼するとドアノブを回して扉を開けた。
外に出たレイは空気を深く吸い込んだ。
そして気付いた。
(ギーゼラ先生を中において来たな〜)
道順は覚えているのでどうという事は無いが、少しはまずいかもしれない。
(まぁ、いいか)
そう結論を出すとレイはファラルを呼んだ。
『終わったよ〜』
その言葉が言い終わるか終わらない内に、
『迎えに行く。待っていろ』
とファラルからの返事が頭に響いた。
レイは待っていろ、と言われたが歩き出した。
授業を終える鐘の音が学園中に響き渡る。
その途端、学園中が生徒の喧騒に包まれる。
「待っていろと言っただろう?」
咎めるような言葉が窓の外から校庭を見ていたレイの後ろから聞こえる。
レイは笑って振り返った。
「この方が、早くあえるでしょう?アル達には何て言って来たの?」
「何も言わないに決まっているだろう。何故言わなければならない?」
そんな所がファラルらしい、とレイは笑った。
噂をすれば、という所でファラルを追いかけて来たらしいアル達の足音が聞こえる。
「勝手に出歩かないでくれ。迷ったらどうする気だ?」
アルがファラルを咎めたが、
「レイの迎えだ」
ファラルは簡潔に出歩いた理由を述べた。
「レイっ、面接はどうだったの?」
ロリエが焦ったように聞いてくる。
「分りません。結果は三日後だそうです。合格出来ていれば二週間後に入学だと言われました」
全員は一抹の不安を抱えながら、その言葉に安心した。
(試験は終わったが、忙しさはこれからも続くだろう。だが一事を終え一区切りついたという所だ)
アルは窓の外と仲間の姿と仲間に取り囲まれている自分が身元引き受け人を申し出た少女をぼんやりと見つめながらそんな事を思った。
胸の奥に燻る想いには目を背けて、
「全てが終わったんだ。そろそろ帰るぞ。当分長期の仕事が無い代わりにやる事はある、ただでさえ小隊専門の《蓮華館》には人がいないんだ。来月か再来月まで私達以外に人はいない。“働かざるもの 食うべからず!!”館の規則だ。ロリエはレイにベクターはファラル殿に仕事を教える事。さあ、長居は無用だ」
と全員に言った。
率先して前を歩いて行くと、その後ろに皆がついてくる。
上に立つ人物が迷う事があれば、頼りなければ下は不安になる。
例えやろうとしている事に正しいという自信が無くとも自信を持たなければならない。
虚勢を張らなければならない。中身を曝け出してはいけない。部下を不安にさせてはいけない。
(何時でも、そんな事を思ってしまう。自由が羨ましく無いと言えば嘘になる。・・・だが、私は上に立つ者。甘えや私情を挟む事は出来ない。自由に一人の為にその者に仇を為す者を斬る事は出来ない・・・・・・・)
真っ直ぐと前を向いて毅然と歩くアルの心にはそんな思いが浮かんだ。
そこではたと気付いた。
(一人の為とは誰に対しての事だ?)
その問題に直面しアルの歩みは止まった。
「どうかしたのか?」
ベクターが声をかけて来た。皆を見ると全員が心配している表情を浮かべている。
「いや、何でも無い。少し考え事をしていただけだ」
慌てて取り繕うと全員がホッとした表情になる。
いや、それはベクター達だけの事だった。
ベクター達の後ろに居るレイとファラルがファラルは感情の見えない目でレイを見つめレイはファラルの少し後ろでファラルの服の袖を掴み窓の外を見つめていた。
アルの視線に気付いたのかレイはアルの方を振り返り何時もと同じ目で笑った。
アルはそこで初めて気付いた。
レイの目が何も映していない事に。ただ、周りの感情を映しているだけだと。
レイの瞳に映っている物は雑多であり、無でもあった。
今のレイの瞳に映っている物は校庭に居る生徒達の想い。森のように静かで好奇に満ちたものではなく、大樹のように悠然と生命の輝きに満ちている物では無く、校庭に居る生徒のように何かに悩み今を楽しみ苦しんでいる生徒の感情を全て反映させたものだった。
その中で、レイの感情を映す物が分らなかった。
アルは初めてレイに不安を覚えた。
今回は面接です。これで試験終了です。
割と長く書きましたね。試験とはあまり関係ない事を。
最後の部分はアルの視点です。初めての想いとレイの危うさに漸く気が付きました。
〈少しネタバレです。知りたく無い方は注意〉
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→レイは学校が嫌いです。かなりの偏見を持っています。
そして実は昔からティラマウス学園の事は知っていたんです。昔の知っている時とは体勢は変わっていますが、裏の本質は変わっていないとレイは直感で感じ取りました。