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血の契約  作者: 吉村巡
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36:午後の試験〜待機している人達〜

「頑張ってきます」

 レイは全員にそう言った後ファラルに近づき、

「いってきます」

 と言って微笑んだ。

 ファラルは屈み込んでレイの額にキスをした。その一瞬は一枚の絵のようであり、誰もがその光景に見惚れていた。

「早く帰って来い」

 目線を変えずレイに呟いた言葉はレイ以外には聞こえていない。

 レイが頷き、試験会場へと入って行くのを確認すると体勢を直し、午前中もいた待機所である教室へと入った。アル達はその後に続く。

 ヘルマン先生は校内見学に必要だっただけなので、今は自分の仕事に戻っている。

 ファラルはレイの教室に近い壁により掛かるようにして腕を組んで立っている。その姿は侵してはならない領域にあるかのように神々しいオーラを纏っていた。

 それでも、アルはファラルに近づいて行った。

 食堂でのレイの言葉は未だ全員の心の内に燻っている。

 レイの事を聞こうと思いファラルに近づいて行くアルに全員が視線を向けていた。

 残り2〜3歩という所でアルは歩みを止めた。

(どう、聞けば良い?本人のいない中で探るような真似をしていいのか?)

 アルは自分にそう自問した。幾ばくか迷いはしたが迷いは吹っ切れた。

(例え卑怯な真似であろうと、知りたいと思うのに偽りは無い)

 ファラルは気付いているくせにアルに注意を向けない。腕を組み顔は下に向けたままだ。

「ファラル殿、少し話しをしたいのだが良いだろうか?」

「レイの事か?」

 ファラルが反応を返してくれた。

 まだ何も用件を口にしてはいないのに分っていたとは、そこまでわかりやすい行動をしていたのか、と羞恥がこみ上げて来たが表面には出さず、アルは、

「察しの通りだ。レイの、言ってもらえる範囲で良い。過去が知りたい。ファラル殿の過去も知りたいと思っているが、答えてもらえるとは思えないのでな」

 と言った。選択権は与えた。言わなくても良い、旅人だった、何年旅をしていた、そんなわかりきった情報を言うだけでも良い、という選択肢だ。

「レイと初めて遇ったのはレイも言っていた通り四年程前の夜の事だ」

 ファラルの唐突の言葉にアルは驚いた。無視されるか、下らない、と言われるのがオチだと思っていたからだ。

 アルの表情に気付いたファラルは、

「レイが言っても良いと言ったいた。そうで無ければ本人の許可無く人の身上を語る趣味は無い。聞きたいのだろう?隊長殿?」

 本人は意識していないかもしれないが、ファラルが時折微細に変える表情はどれも妖しく、艶やかだった。そしてその口調には人を見下ろしているかのような冷たさがあった。

「話してくれるとは思っていなかった。続けてくれ」

 アルはファラルの雰囲気に飲まれないように、引き込まれないように、必死に虚勢を張った。

 ファラルはそんなアルの虚勢に微かに笑った。その微笑みの裏で何を思っているのかはわからない。そして、その笑みは下に向けていた顔の影になり、誰にもわからなかった。

「四年前の夜、私がレイを見つけたとき、彼女は既に血塗れだった。レイの血ではなくレイに不用意に近づいた追い剥ぎか人攫いの連中の血だ。レイの目の前で、魔獣がその者達を殺していた。辺りに転がる死体は全く原形を留めてはいなかった。血塗れで眉一つ動かさず、声一つ上げず、その光景を眺めていたレイの腕を取って私はその場を離れた。近くにあった川で血を落とし近くの村へレイを連れて行った。村人は夜に姿を現したレイを見るなり叫び喚いた。私の所へ戻って来たレイが旅の同行を望んだのでそうしたまでだ。村は魔獣の襲撃に遭い滅んだと風の噂で聞きはしたが、戻るつもりも無いのでどうでもいい事だった」

 そこでファラルは言葉を切った。情報を整理させる為に。

 全員の頭が整理された頃、ファラルはまた話しを再開した。

「旅の途中では何度も追い剥ぎや人攫いに遭った。結果的に被害を被る事は無かったが、数えきれない程の人間を殺した。レイが自分の身を守れるように護身術も何処を刺せば殺せるのかも教えた。何度かレイが人攫いに攫われた時、レイが初めて人を殺した。躊躇無く、教えた通り完璧に急所を刺し・・・それは、一種の儀式に思える程の光景だった。私はそれをただ見ていた。勿論レイが傷つくのなら加勢するつもりではあった。だが、それは必要なかった。襲いかかった全員をレイが殺したからだ」

 ク、クク、ハハッ ファラルが小さく笑った。まるで面白いものを見たかのように、それが滑稽で嘲るように笑った。

「叫んでいた“助けてくれ 殺さないでくれ!”まるでそれしか言葉を知らないように。レイは躊躇無く殺していた、なんと言われても、“化け物”と言われても・・・」

 ファラルはようやくそこで目を開けアルの方を見た。

「隊長殿はどう思う?汚れを知らない純真無垢のように見える少女が、その白く細い腕で数えきれない程の者の命を奪っているという事に。深紅の血を浴び全身を赤黒く染めながら眉一つ動かさず、時には狂ったように笑いながら人の命を奪って行く様を、どう思う?」

 ファラルの深緑の瞳を真っ直ぐに向けられアルは目を逸らせなかった。逸らす事は許されなかった。

 全員の衝撃は大きすぎ、誰も何も答えられなかった。レイは人を殺していない、そう思い込んでいた。旅人であってもレイは人を殺したりなどしていない。そんな事は出来ない少女だと・・・。

「・・・・・・私も殺した。義務であれば、何人でも当然の事のように眉一つ動かさず殺せるだろう。だが、誰かに私と同じように人を殺して欲しいとは思っていない。・・・レイをここに連れて来たのは正解だったな。そんな世界とは切り離せる。普通に暮らして行けるように、私達で守る事が出来る。そう思う」

 アルは精一杯の意思を込めてファラルの瞳を見返した。

 ファラルはまた笑った。馬鹿にした風でもなく、ただ笑った。認めるように。

「レイは狂っている。否、歪んでいるんだ、心が。自分でも自分が屍同然だと思う、本人がそう言った。隊長殿の言葉に答えを返そう。レイは守られる事を良しとはしない。自ら向かうだろう、危険な道へ。止める術を自分でも持たない、まるで私がレイにしか止められないように。私がレイを側に置いた理由の中には、そんなレイが危うく、美しかったからがある」

 ファラルはそれだけ言うと口を閉ざし、何も語ろうとはしなくなった。先程と同じように腕を組み、顔を下に向けて目を閉じて、まるで何も話していなかったかのように。

 アルはファラルがもう何も話す事は無いとわかるとそこから離れた。




『ねぇ、私の気配を薄くするのは良いけどファラルの魔力は強くなってない?』

 ファラルの頭にレイの言葉が響いて来た。

『余裕だな、レイの事を語ったんだぞ?』

 

 アハハッ 


 本当に楽しそうな笑い声がファラルの頭に響いた。

『あれはマリアの記憶で私には関係ない。狂っているのも本当、自覚があるもの。それに、今のうちに予告していた方が良いでしょう?だって、心の準備も無しには可哀想だもの。・・・まぁ、私には予告何て無かったけどね。生まれた時から、生まれる以前からだったから、準備も何も追いついてなかったみたいだけど』

 レイの声は変わらなかったが、自分をそうやって傷つけている事をファラルは知っていた。

 何度も泣いた事をファラルは知っていた。

 出会う前から知っていた。レイの事は、名前も声も顔も出会う前から知っていた。だが、知りはしなかった。今も知っている訳ではない。

 だが、これだけは言える。

『私がレイの一番近くに居る。レイが狂っているのなら私も狂っている、マリアという娘の事も私には関係ない。準備はなくとも、それでは不満か?』

 レイの答えは何時も一緒だ。

『十分のはず。それでも私は貪欲だから、不満よ?』

 何時もと同じ答えが今回は何故だか酷く子供のようで愛おしかった。アルの言葉が関係しているのかもしれない。

(あんなガキに言われずとも、守るさ。レイは、私が守る)

 守れなかった分も、守る。

(大切で、愛しい、私の契約者)

 伝える事は無いが、ファラルは何時もそう思っていた。

 実はアルもロリエもヘルスもベクターも、レイの狂気にまつわる話には引いています。それでも突き放したりはしません。引き受けたのなら最後まで面倒を見なければならない。アルの思いにはそんな責任感も含まれています。

 ファラルもレイもそれには気付いています。

 もしもレイが狂ってしまったなら切り捨てられるのだ、と。

 

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