33:校内見学(魔術科)
「少し、厩舎や飼育場を見に行って来る」
ベクターが唐突にそう言った。
「ああ、落ち合うのは食堂で」
「分った」
「時間は12時丁度だ。忘れる事は無いだろうが、一応忠告しておく」
アルはベクターにそう言ったが、ベクターは軽く笑って、分っている。と返事をした。
ベクターの姿が見えなくなった頃、ヘルスが、
「どこに行くかだけど・・・、魔術科の方に行きたいな」
本当に唐突だった。何の前触れも無くいきなりそんなことを言われて、少しの沈黙があったが全員は賛同した。
「別に良いけど」 とロリエ
「行く所が決まっていないし、良いだろう」 とアル
「私はまだここの事がよく分らないから」 とレイ
「・・・・・・」 ファラル
「好きにしなよ。ただ、魔術科なら僕の力の及ばない所があるからね」 とヘルマン先生
それぞれの言い分は様々だったが全員一応賛成していた。
「それじゃ、魔術科に行くか」
アルが皆にそう言うと先頭を切って歩いていく。
魔術科に入ると、至る所に保護魔法の気配があった。
力が暴走して炎などを飛ばしてしまっても直ぐに燃え広がる事が無い、という程度だったが。
魔法自体は脆弱だったが、何重にも重ねてかけられている。恐らく生徒がかけるモノなのだろう。所々、魔法の力にばらつきがある。
内装としては普通科と変わらなかった。
「ここが魔術科です」
ヘルマン先生がレイの為に説明してくれる。
「特別講師の依頼が時折来るが、受けた事は無かったから来るのは数年ぶりだな。用事や仕事で来るときは学園長や職員室で済ませるからな」
アルがしみじみと言う。
「私も卒業してからは初めてかな」
ロリエもアルの言葉に続ける。
「何処が見たいですか?」
ヘルマン先生がレイに聞いて来る。
「私には魔力が無いので魔法の事は分りません。出来れば一番下の学年と上の学年が見たいです」
レイはしっかりと自分の要求を口にした。
「分りました。実践が良いですか?理論が良いですか?」
授業の内容に、
「おすすめの方でお願いします」
レイは笑ってそう言った。
「それなら実践の方が良いだろうな」
アルがそう言うと、全員が頷いた。
「授業を見学しても良いですか?」
またも先程と同じような言葉を聞いた。今回も先程と同じようなシチュエーションだ。
「・・・許可しましょう」
ヘルマン先生が頼むだけで許可が下りるとは、歴史の先生のくせに何者なのだろう?と考えてしまうと謎は深まるばかりだろう。
四古参と同等か、それより少し下か、というぐらいの権力はありそうだ。それが授けられた物なのか、自ら勝ち取っていった物なのかは少し興味があった。
最初に着たのは一番下ではなく、下から2番目の学年だった。
一番下の学年は、今は魔法の理論の勉強をしているらしいので、実践をしている中で一番下の学年を見に来た。
「今はロウソクに炎を灯し風か水で消す練習をしています。一度にどれだけ炎を生み出せるか、と生み出した物を消せるかを出来ないといけませんからね。それに、これで自分の得手不得手を知る事も出来ます」
実践なので先生にも余裕があるのだろう。わざわざレイの為に説明をしてくれる。
周りを見てみると、炎を生み出せるが消す事が出来ない生徒、生み出すのに時間がかかる生徒、消す方が上手い生徒、もの凄いという程ではない規模でどちらも安定して出来る生徒、全然出来ていない生徒、そしてもの凄いと言えるどちらも完璧な生徒。
それぞれに個性があるんだろう。
魔法の属性は内面や外見に出る事が多い。
本人は気が付かなくても、他人が気が付かなくても、精霊や生き物になら分る。魔法とは、そんな力でもある。
「うわっ!!」
生徒の叫び声がした。
急にロウソクに灯っていた一つの炎が大きくなったらしい。
生徒達は急いでその机から離れた。
『水』
先生が一言そう唱えると、炎は空気中にある水分によって消火された。
「炎から目を離さないように。集中して、大きくなりすぎないように加減しなさい」
先生が厳しく言う。
生徒達は、また魔法に集中していった。
「そろそろ次の学年に行こう。ここから結構遠い所にあるからな」
アルがそう言ったので、全員はまた廊下に出た。
「アルシア君達が居るのなら許可は出来ますが、危険ですよ?最高学年の上に今日は攻撃魔法で相手を倒すまで戦わせるんですから」
「大丈夫でしょう。アルシア君もヘルスト君もローリエ君も居るんですから。ファラルさんの実力は分りませんが小隊にスカウトされるとなればかなりの実力の持ち主でしょうし」
ヘルマン先生が相手の先生に対して言う。
「自己責任でお願いしますね。一応、気をつけるようには言いますが」
「ありがとうございます。先生」
笑顔でヘルマン先生が相手の先生に言う。
全員で室内闘技場の中に入っていくアル達とヘルマン先生は、魔力の無いレイを庇うように後から付いて来させる。レイの後ろにはファラルが居る。
ヘルマン先生に魔力があるのかは謎だが、先生は率先して前を歩いていく。
『・・・・・!』
『_____!』
『*****!』
『#####!』
生徒の呪文を唱える声が重なり合い、生徒が呪文を唱え終える度に現れる大きな火の玉や水球、大きな尖った氷の固まりや生えてくる木々。
闘技場は4面に分けられていて、そのどれもで勝負が行なわれている。
中から放った術は外に出て行くが他の勝負している所に入る事は無い。ただ周りが被害を受けてしまう。
今の所術が直接来てはいないが、術が壁にぶつかった時の衝撃は訪れる。
ぶつかった衝撃で砕け散っている魔法のなれ果ては良く飛んでくるが、アル達の手によってレイには及ばない。(因にヘルマン先生とファラルは一度も働いていない)
対戦していない生徒も魔法を張っていたりして怪我をしている様子は無い。
漸く、全ての対戦が終わった。次の組が最後らしく、皆が盛り上がる。
最後の締めは、強い者同士、と決まっている。
「始め!」
先生の声が鋭く開始を告げる。
先程までの対戦とは完全に雰囲気が違った。
最初からその年齢にしてはかなり高度な術を連発する。跳ね返すのも来た力を相手に返す上に自分の力を込めるなどを決めてくれる。
対戦をしていた男子生徒が召還魔法を使う。
『我が声に答えよ 炎の精霊 スペクトル』
名前のある精霊は高位の精霊だ。
呼び出された精霊は炎を身にまとった体格からして男の精霊だった。
術者の実力が不十分なので炎で体を作っている。
「燃えぬ炎で相手を倒せ」
「御意」
生徒の声に精霊が答える。
精霊は腕を振りかざし術を唱えながらその手から炎を相手に繰り出した。
『み、水よ! 炎を消し去る盾となれ』
相手の生徒が焦って水の盾を生み出すが炎はその水を全て蒸発させた。
炎が相手の生徒に当たりその身を包み込むが生徒自身は燃えていない。囲まれた生徒は恐怖とあまりの熱気で気絶した。
「もういいぞ、俺達の勝ちだ」
「呆気無いものだな」
精霊と生徒はつまらなそうにそう呟く。
その様子をレイは弱いもの虐め、としてみていた。
実力が違いすぎる。他の対戦している生徒よりも弱いのに速く勝てたのは負けた相手が弱かったからだ。
目立つ為に弱い生徒と組み、召還術を使ったのは先生に強い、という印象を植え付けておきたいから。
不意にファラルが口の端を上げた。それに気付いたのは近くに居たレイだけだったがその意味に気がつき一瞬軽い苦笑いを浮かべた。
炎の精霊の様子が変わる。他の所で召還されている精霊達を見回し、驚きと困惑の表情で辺りを見回し始める。
その様子に気付いたのか生徒が精霊に、
「どうかしたのか?」
と声をかける。
「否、気のせいかもしれない。気にするな」
精霊が尚も周りを気にしながらそう答えている。
またしてもファラルの魔力が人に分らないように動いた。レイにだけは感じ取れる、精霊には分る揺らぎ。
そして、そこから醸し出される気配は、精霊を狂わせ、恐怖に陥れる。
急に精霊が暴走を始めた。
炎が四方八方に飛散する。精霊自身は狂ったように飛び回る。
先生や対戦を見ていた者には精霊が異常な行動をとっているという事が直ぐに分った。それは呼び出した本人も分っている事だが、今は放心してしまっている。
精霊を呼び出し精霊が暴走してしまった時に放心するなど論外だ。
他の所で対戦していた生徒も精霊を呼び出していた者は異常に気が付いた。呼び出していたのは対戦している全員だったので、戦いは一時中断のような状況になった。
「何が起きてるんだ?ミズノエ」
他の面で対戦していた男子生徒の一人が呼び出した水の精霊に問う。
実態を伴っているほぼ完璧な人型のミズノエと呼ばれた女の水の精霊が独特の言葉遣いで、
「炎霊の暴走じゃ。術者は何をしておる!?力を使い果たしてしまうぞ」
と怒りを含みながら叫んだ。
精霊が力を使い果たすと、小さくなる。つまり、ランクが落ちるという事を意味する。
それを避ける為には術者が精霊の力を止めなければならない。もしくは精霊界に送り返すか・・・。
『クッ、ハハッ』
レイの頭にファラルの笑い声が響く。
『どうして、そんな事するんだ?』
レイが尚も笑い続けているファラルに問う。
『あの炎霊、スペクトルとか言ったかな。嫌いだからだ、気に喰わん。あのような実力も中身も無い人間に使えるなど、力を搾り取られ打ち捨てられるのが落ちだ。それを考えればこれは親切な事だと思うぞ?』
レイは矛盾に気が付いた。
『それって、結局あの男子生徒が気に喰わないんでしょう?』
ファラルはレイの方を向き口を歪ませて笑った。ストレスが溜まっているらしい。レイはほんの一瞬だけ八つ当たり対象にされた彼らを哀れに思ってからその感情を捨てた。
アル達の視線は全て暴走している精霊に向かっており、レイ達を気にしているものは居なかった。
「結界の中から出たっ!」
生徒の一際大きな叫び声が聞こえる。
見てみると本当に精霊が結界の外に出て来ている。
「流石に大事だな・・・。生徒がどう対処するのかには興味があるが、こちらに被害が及ぶなら、返り討ちにするぞ」
アルが冷静にそう言う。
「生徒の方も対戦も中断して精霊出して来てるね」
ヘルスがそう言うので見てみると、対戦で召還していた精霊を暴走した精霊を止める為に外に出している。
「ハ、ハハッ ハハハハッ」
狂ったように笑って、精霊は見境無しに周りを攻撃する。
まるで火事場の馬鹿力のような威力だ。そのせいで、迂闊に攻撃に入れない、捕獲も隔離も出来ない。
「皆の者っ!一旦収まるのを待つのじゃ。その内隙が出来る、それまで防御に集中せい!」
水の精霊の凛とした言葉が響く。
生徒はその言葉で協力しながら集団で入れる強力な魔法の盾を作った。
アル達は盾を作りはしないが緊張感を持ち精霊の行動を見ていた。
「あの男子生徒、まだ何とかしようとしないの!?」
ロリエが少し苛ついているような声で言った。
「・・・・・・」
レイは無言を貫いた。そうしないと笑い出してしまいそうだったから。
暴走した精霊に対して何の対処も出来ず、腰を抜かしてへたり込んでいる男子生徒が余りにも間抜けだった。
呆然と精霊を見つめている目は信じられないと思っている生徒の頭の中を如実に語っていた。
急に精霊の動きが止まった。精霊の意識がレイ達の元へと向く。
『ごめん、耐えきれなかった。気配、出しちゃったみたい』
レイがファラルにそう伝える。
『こっちに来るな。まあ、しかたがないだろう。始めたのは私だ』
ファラルがレイを庇ってそう言う。と言う事は、今回はファラルが対処してくれるという事だ。
炎霊が動き出した。レイの元へ襲いかかってくる気なのだ。アル達が術の構えを取る。
「今じゃ、掛かれ!」
水の精霊の声も響いた。
一斉に生徒の起こす魔法の嵐が起きた。
魔法は全て捕縛系の物だ。
炎霊の動きは一瞬止まった。だが次の瞬間その拘束を振り切った。
「来るっ!」
アルが叫んだ。3人で術をかけようとした瞬間、炎霊の動きが止まった。
「「「え?」」」
全員の魔法は不発に終わった。
「何が起きたのじゃ?」
水の精霊の言葉が響く。
急に炎霊の上から水が降って来た。
降った水は大きな音を立て蒸発し、精霊の纏っていた大きくなった炎が小さくなる。
「頭が冷えたか?」
ファラルが口を開く。
アル達が驚いたようにファラルの方を振り向く。
「貴方は・・・」
炎霊の瞳が恐怖に揺らぐ。頭は冷えて来たようだ。
「スペクトル、と言ったか・・・。ランクが落ちるのと死ぬのと、どちらが良い?レイに手を出そうとした罪は重い」
ファラルが炎霊に語りかけるが、炎霊は言葉も出せない様子でファラルとレイを見つめる。
いつの間にか水の精霊が炎霊の近くに来ていた。
「一旦、精霊界に戻るのじゃ。そのままでは力が果ててしまうぞ?そして、当分はこちらの世界に来ぬ事じゃ」
「ミズノエとか言う精霊、邪魔するな。消されたいのか?」
ファラルの冷たい無機質な言葉が精霊達に投げかけられる。
「主は何者じゃ!?我らを害すなど無礼千ば・・・《霊血者》何故、貴方がここに居られるのだ?」
ファラルは無表情に、
「居ては悪いのか?力があるからと言って旅に出てはいけない、という決まりは無いだろう。何時も精霊の血を浴びなければならないのか?」
《霊血者》とは、100以上の精霊の血を浴びた者のことを言う。
《霊血者》は精霊や人間からも恐れられる存在でもある。だが、その一方で気の狂ってしまった精霊を狩るという意味もある。そうなので、恐れられる一方で尊敬される事もある。
そして、霊血者には幾つかの権限がある。精霊のランクを変えられる・精霊は《霊血者》を敬う等々、《霊血者》に対して有利な権限を持てる。
ミズノエは頭を垂れてファラルに謝罪した。
「申し訳ない。見苦しいモノを見せてしまった」
「私は、お前に謝罪して欲しい訳ではないぞ?欲しいのは暴れた者の方の答えだ」
炎霊はミズノエに頭を下げさせられていた。ファラルの問いには答えられ無い。言葉が出て来ないらしい。
周りの様子としては、ファラルに意識が一点集中している。
精霊は精霊界の言葉で話しているので、アル達には何を話しているのか分らない。他の精霊や、レイ以外には。
「では、もう一つの選択肢をやろう。あの見苦しい生徒の声に応えるな、不愉快だ。家柄は良いんだろうから無理に才能のない者が魔術師になる必要は無いだろう」
「受け入れるか?スペクトル」
ミズノエがスペクトルに問いかける。
「はい」
スペクトルはそう答えたが、次の瞬間にはランクが落ちていた。
「《霊血者》殿!何と言う事を・・・」
ミズノエが叫ぶ。
スペクトルは小さくなってしまった。小さな精霊になってしまった。
「すぐに契約を止めるようならば最初から契約などするな。軽々しい契約が一番吐き気がするな。レイに手を出そうとした上、軽々しい契約の破棄。殺されなかっただけましと思え」
ファラルは吐き捨てるようにそう言った。
レイは答えを予想出来ていたので、呆れたように溜め息を一つ吐いた。
『早く帰った方が良いよ、ファラルの機嫌を損ねたく無ければね』
レイがミズノエ、スペクトル以下ここに召還されている精霊全員に意思を飛ばした。
精霊全員がレイの言葉に少なからず驚いていたが、直ぐにその言葉に従いミズノエが召還されている炎霊の一人にスペクトルを任せ、速やかに精霊界に帰っていった。
「あの、何があったんですか?」
レイはずっと困惑の表情を浮かべていたので、精霊が全員消えてしまうのを見てアル達に質問したのは当然の事だと思われるだろう。
「悪い、私にも何が何だか分っていないんだ。ファラル殿、何があったのだ?」
ファラルは何時もと同じ淡々とした声で、
「レイに被害が及びそうになったので止めただけだ。結果的にランクは落ちたみたいだがな」
もの凄く掻い摘まんで説明される。
だが、そこでファラルが口を噤んだので疑問は多々残るがそれで納得せざるを得なかった。
「さて、ここではもう見学どころじゃ無いから他に行こうか」
ヘルマン先生が口を開いた。
言うなりさっさと歩いて行ってしまうので、アル達もその後に続いていく。
出て行こうとするアル達に気付く者はいたが、それよりも精霊が精霊界に帰って行ってしまった方が重要で止めようとする者は居なかった。
先生は、生徒が混乱しているのを収束に向かわせる為に動き回っていたのでアル達の様子には気付いていないだろう。
闘技場を出て、またアテもなく廊下を歩いて行く。
『ファラル、口止めは出来てるの?』
レイが頭の中でファラルに問う。心配していたのはそこだ。
『言う訳が無いだろう?悪魔の《霊血者》の事は人間には語らないのが掟、逆もまた然りだ。神にならば言うだろうがな。そしてその時にあった事は何も語らない。破ればどうなるかも分っているだろう』
ファラルが声を出さずそう答える。
『そう、なら良い』
表情は変えずにそんな会話を交わしながら、レイ達はアル達の後ろを付いて行く。
水の精霊ミズノエは精霊界の中でも地位が高いです。水霊の一種族の後の族長に決まっているので統率力もあります。
そんなミズノエを召還出来る生徒も優秀で強い才能溢れる青年です。
実は、一応アル達にも守護者としての精霊が居て契約しているのでいつでも呼び出せます。
契約して良い精霊の数に決まりは無いですが、基本的に一対一が多いです。