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血の契約  作者: 吉村巡
31/148

30:編入試験当日(朝)

 毎日何となく勉強を続けていたレイは、何時になく緊張しているアル達を後目に黙々と朝食をとる。

 レイにも、その隣に座るファラルにも緊張の色は見られない。

 当事者は全く無関心で気にしていないのに、周りは当人達から見れば無駄に心配し不安に思うのに似ている。

 今日はティラマウス学園特別編入試験の当日なのだ。

 周りが緊張するのは当たり前で、ティラマウス学園は名門校だ。狭き門をくぐる為に必死で勉強し、当日に近づくにつれて夜は眠れなくなり、当日の朝はピリピリとする人が多いらしい。

 そう、合格の保証がある者なんてほんの一握りなのだ。

 しかも特別編入試験は一般の編入試験や入学試験と違いかなり難易度が上がっている。

 アル達のように緊張するのが当たり前で、何事も無いかのように落ち着いているレイとファラルの方が異質と言える。

「緊張してないのか?」

 アルは何も喉に通らないらしく、朝食は半分以上残っている。

 他の三人も同じような状態だった。

「アル達もティラマウス学園を受けたんでしょう。緊張した?」

 四人は一様に目を伏せた。

「私は初等機関からエスカレーター式で上まで行ったから、緊張などした事は無いな」

 アルがまず口を開きそう言った。

「私も」「同じく」

 ロリエとヘルスもそう言った。

 三人はベクターに視線を向けた。

 恐らく中等機関の試験を受けたのはベクターだけらしい。

「大して緊張はしなかったが、家族は私以上に不安だったらしい。俺自身もこの立場に立つと不安を感じている。本人以上にな」

 レイは面白そうにその言葉を聞く。

「ファラルには不安ある?」

 レイはからかうようにファラルに問う。

 ファラルは口の端を上げ笑った。

「逆に問おう、何故不安になる?」

 レイを見つめる目は細められ、妖しさを讃えていた。

「不安無しですか・・・。期待されてる?」

 さも可笑しそうに笑い、含んだような言葉でファラルにまた問う。

「合格だろうが不合格だろうが関係ない。私は合否に囚われていない上、学校自体に興味が無い。離れている時間が増えるだろう?」

 その言葉を聞いてレイは声を押し殺し笑った。

 ファラルは自身の言った言葉に全く恥じ入っている様子は無い。

「・・・堂々と、そんな事を自負した者を・・・見た事は、無い」

 ファラルが堂々としているので逆にアル達の方が居た堪れなくなり、恥ずかしそうにしている。

 レイはただ笑っている。

 ファラルが注いだでくれたお茶がレイの目の前に出されレイはそれに手を伸ばし口に含む。

 何時準備したのかわからないが、注がれたお茶は温かく美味しい。

 ファラルが準備したのは食べ終わっている自分とレイの分だけだった。

「ここを出るのは八時。着くのは八時十分の予定。試験開始は九時だが早めに行く」

 アルが一息ついた頃そう言った。全員お茶を飲んでいた。用意したのはベクターだ。

「近いの?ここから」

 レイがそんな質問をする。いまいち学園までの距離が掴めない。

「いや、馬で行く予定だからな。北の方角に山が見えるだろう?道が整備されていて、山頂に大きな建物があるだろう。それがティラマウス学園だ」

 そう言われると、その山を思い出し距離を考えた。

 一瞬で答えを出した距離としてはかなり近かった。常人がここから歩いていく時間とすれば三十分程度だろう。

 レイなら歩いて二十分。走って十五分、裏技で一瞬。の距離だった。

「ここで子供を見た事無いな」

 レイの疑問にはロリエが答えた。

「うん、ここでは学園の生徒を見る事は殆どないよ?ここは小隊員居住区だから、隊に所属して無い人は許可が無いと住めないから。15歳以下の子は居ないかもしれない。大体がここと反対にある学園地区に住んでると思うし、学園には寮もあるから」

 ロリエはそう言ってレイに説明してくれた。

「友人が近くに居ない事は寂しいかもしれないな・・・」

「そうよね、遊べないと寂しいかもしれないわ。でも、一人で出かけさせるのも不安だし・・・」

 ベクターとロリエが親のようにそんな心配をする。

 レイ自身は親しい友人を作る気はないが、そう言われると作らないと面倒だ。

「二人とも、心配し過ぎじゃ無い?友達が出来る事が前提になってるってことは、私が入学するのは決まってるの?」

 レイがもっともなことを言う。

 絶対に合格出来る、と公言した覚えがレイには無いが二人の言葉はレイの入学は決まっているような口調だった。

「落ちる可能性はあるかもしれないが、その可能性は限りなく低い。満点を取れば絶対合格になる。特別編入試験の合格ラインは全教科90点以上だったと思う。レイならば余裕だろう?入学試験は80点以上だったと思う」

 ベクターがそうつけ加える。皆それなら大丈夫だろう、という表情をする。

「一番の問題とすれば、面接か・・・」

 四日前から皆の前で模擬面接をしたが、レイの入室から退出までの手順も受け答えも全て完璧で誰も文句は無かった。

 ただ一人、アルだけはそんなレイを不安に思った。 

 “何者なのだろう”

 と・・・。



「そろそろ出発するか」

 アルが皆にそう伝えると、既に準備万端の様子で全員が馬車に乗り込んだ。

 レイはロリエが揃えてくれた服に身を包んでいる。春らしい薄桃色の上着に真っ白な膝丈までのフレアスカート。薄茶色の長い髪は顔に掛らない程度に一部分を黒いリボンで結んでいる。

 髪のセットは全てファラルが行なったものだ。服のコーディネートはロリエが行なったもので、シンプルだがレイの趣味には合わない。だがレイはそんな服をも完璧に着こなしている。

 そんな格好で出て来たレイを外で待っていた三人は驚いたような顔をしていた。

 ファラルの格好は、隊員の制服を着て髪を一つに纏めている。制服は隊で少しずつ型が違うらしいが、隊の中では色以外には男女の違いしかないらしく、隊長・副隊長以外は服の色も自由に選べる。

 ファラルの服の色は黒を基調とし、所々に金色の糸で刺繍がされている。

 ロリエの格好はレイに合わせた淡黄色の上着に、若草色のフレアスカート。肩までの髪はそのまま流している。レイとは姉妹のような格好だ。

 ヘルスは動きやすい隊員の制服のズボンの予備と、白いカッターシャツを着て袖をまくっている。腰には刃を潰している剣を鞘にしまっていた。

 ベクターは民が着るようなゆったりとした服装をしていた。ズボンは濃いめの緑で、白い上着に茶色のジャケットを羽織っている。

 アルの格好はファラルと同じように隊の制服だ。色はファラルとは対照的な隊長を表す白色の上着とズボンをキッチリと着ている。髪にも服装にも乱れた所は全く見られない。

 六人が揃うと圧巻だった。近寄りがたい雰囲気をこれでもか、という程纏っていた。

「では、行こう」

 全員が馬車に乗り込んだのを確認すると、馬車はアルの魔法により馭者無しで動き出した。



 目的地には本当に早く着いた。

 レイは学園内に入る直前に、アルが許可証を差し出している時に学園を窓の外から眺めた。

(大きい、広い)

 レイが思ったのはそんな事だった。

 馬車を止め、降り立った六人はまず最初の目的地、教職員室に向かった。

 周りの生徒の注目を浴びる。

 ファラルはレイを隠すようにして歩く。レイが皆の中心を歩くように隠せるように皆も歩いていく。

 レイは周りの生徒の視線を気にせず歩いていく。笑い声や会話、怒るような声や苛ついているかのような声、一度爆発音まで聞こえて来た。

 耳を覆ってしまいたかった。

 自ら大声で叫び、周りの音を掻き消したい衝動にも駆られた。

 他人が怖くて、全てを壊したいと思い、沢山の声を鳴き叫ぶ見苦しい姿に変えたかった。

 自分が周りに潰されない程強いんだ、という事を証明したかった。

 そして、その全ての衝動はレイの理性によって全て抑えられるものでもあった。

 表面にはそんな素振りを完璧に見せはしなかった。

 ただ、興味深そうに周りを見渡すだけ。

 沢山の生徒の視線を意にも介さず、ただ周りを見ている。

 “目は口程にものを言う”

 という言葉があるが、レイはその瞳さえも完璧に感情を隠していた。

 応接間、と扉に文字が彫られている。

「特別編入試験受験者と保護者、身元引き受け人の方達がいらっしゃいました」

 職員が扉をノックし用件を告げる。

「どうぞ」

 穏やかな男の人の声が入室を許可した。

 構内に入る前に、事務員らしき人に用件を伝えるとその係の職員が出て来て、六人は応接間に案内された。

 部屋の中には穏やかな微笑みを浮かべた白髪の老人が立っていた。

「久方振りですね。元気にしていましたか?アルシア君」

 老人はまず、アルにそう挨拶した。

「先生も御壮健そうで何よりです。今回は無理を言ってしまい申し訳ありませんでした」

 皆の先頭に立ち、礼をした後そんな言葉を口にした。

「学園至上同率首位の一人で卒業した君が、見つけた逸材をこの学園に入学させたい。と言って来たからね。期待させてもらうよ。そちらのお嬢さんが君が見つけた逸材かい?」

 先生、と呼ばれた老人は目をキラキラと輝かせながらレイを見つめた。

「初めまして、挨拶が遅れてしまいましたね。私の名前はフォール・ルカビナーと言います。この学園の四古参と言われる者の一人で、歴史の教師でもあります。貴女のお名前は?」

 差し出された手を握り返し、レイも名乗った。

「この度は私の特別編入試験を認めて下さり、ありがとうございます。その御尽力に感謝いたします。私の名はレイと申します。先頃まで旅人でありましたので名字を持ちません。学も何も持ってはいませんが、試験の為に御尽力を尽くして下さった方々の期待と努力を裏切らぬよう、全力で臨みたいと思っている所存です」

 レイの口上は彼女の年齢を忘れてしまう程、大人びたものだった。

 言い終えたレイは軽く一礼し、アルの半歩後ろに下がり誰かが何かを言い出すのを待った。

 誰もがレイの言葉に呆気にとられていたが、フォール先生がそんな中嬉しそうに笑い出した。

「アルシア君、とても良い人材を発見しましたね。レイさんのお歳はいくつでしたかな?」

「13と聞いております」

 アルが言った答えに、フォール先生はまたも笑った。

「その年齢でこれ程しっかりとしているとは。入学してからが楽しみですね」

 目を細め、本当に嬉しそうに言う。

「おや、そろそろ移動をした方が良いですね。今回の試験監督はギーゼラ先生に頼んでいます。会場は特別講義棟三階の数学数学第二講義室。付き添いはその右隣の美術第一講義室です」

 そう言って、アル達に後を付いてくるように促した。

 アル達の通っていた学校なので、その足取りに迷いは見られない。レイとファラルはそんな皆の後ろをはぐれてしまわないように付いて行く。

 校内に居る生徒から否応無しに注目を浴びる。

 あらかさまに指を差され、囁く生徒の声が聞こえる。

 レイにはただの雑音に聞こえる。

 聞こうと思えば会話を全て聞けただろうが、会話の内容に興味が無いレイは周りの声をシャットアウトした。



 学園内に何棟もある建物を幾つか通り過ぎ、階段を上り廊下を歩いている先に人の姿が見えた。

 壁に寄りかかるかのようにして立っていたその人影は、レイ達が近づいていくと気が付いたらしく、壁から背中を離して全員の到着を待っていた。

「ギーゼラ先生。首尾は上々ですかな?確か一昨日パリス先生が漸く問題を作り始めたようですが」

 レイ達を迎えたのは試験監督のギーゼラ先生だった。

 ギーゼラ先生は、どちらかと言うと中性的な女性だった。格好も男性用の軍服のような物を着ていて堅苦しく、深緑の髪は短く揃えられ、露草色の切れ長の目は冷たい感じを与えるが印象的だった。

 まさしくクールビューティー。女だと確実にわかるのは、線の細さと胸の膨らみだ。

「パリス先生なら、先程問題用紙を提出して頂きました。ざっと目を通しはしましたが不備はないと思います。絶対に解けない問題を作った、と言っていましたから学年基準以上の問題もあるかもしれません。私ではよく分らないのでルベーク先生にも見て頂いた方が良いでしょうか?」

 ギーゼラ先生の声は、そんなに高くは無く、澄み入るようなアルトで淡々と事の次第を説明する。

「その必要は無いでしょう。アルシア君に見てもらえばいい、不備があればギーゼラ先生が新たに問題を作って下さい」

「わかりました」

 ギーゼラ先生はその助言に一礼するとレイ達の方に向き直った。

「今回の特別編入試験試験監督を務めるギーゼラ・ハイムです」

 簡潔な挨拶を聞いているといっそ清々しい。

「ギーゼラ先生の担当は化学よ」

 ロリエがそう耳打ちして来る。

 それならば彼女の格好に説明がついた。動きにくいスカートなどもっての他。安全で動きやすい男物の服は安全面で考えると最適の物だろう。髪も長くては危険な場合もあるので短く切っているのだ。

 ギーゼラ先生の徹底した所にレイは好感を持った。

 勿論、個人の趣味という可能性もあるかもしれないが。

「受験者は私に付いて来て下さい。付き添いはフォール先生に付いて行って下さい」

 ギーゼラ先生の言葉にレイは素直に従った。

「頑張ってねレイ」

 ロリエに最後に一言そう言われた。

 レイはただ頷くだけに留めた。



「席は一番前の中心です。座ったら私語を慎み、用紙が配られるまで待っていなさい」

 淡々とした声には厳しさが無かった。冷たく無機質な言葉なのに嫌だ、とは思わなかった。

 レイは言われた通り、一言も言葉を発しなかった。

(この先生の取り乱した姿って、どんな顔してるんだろう?叫ぶ声は?行動は?)

 そんな事を考えるのは面白かった。

 ギーゼラ先生はレイがそんな事を考えているとは露知らず、試験の準備を続けていた。









「問題ないです。かなり複雑な問題ばかりですが、学年基準以上にはなっていません」

 アルはフォール先生にそう言った。

「そうですか、それは良かった」

 フォール先生は安堵の溜め息をついた。

 アル達が連れて来られたのは、最初に言われた通り試験会場隣りの美術講義室だった。作業をする部屋ではなく、資料や作品の展示、作品の講義についての部屋だった。

 全員心配しながらも、凄いという程の緊張感は無かった。皆落ち着いているのだ。

 その中でも一番落ち着いているのはファラルだろう。全てに興味無さげに壁に寄りかかって目を閉じている。不安や緊張感など微塵も感じられない。

 だが、ファラル程ではないにしろアル達もそこまでの不安を抱いては居なかった。それはレイの実力を知っているからだろう。

 例えどんな問題が現れたとしても、一分以内に解いてしまいそうな気がしたからだ。

 アルは、数学の問題用紙をフォール先生に返しそんな事を思っていた。

 それでも、早く試験が始まり、終わりが来るのを待っていた。

 

  

 




 見て下さった方が1万人を超えました。

 自分では快挙だと思っています。話の進行は遅いですが、もう30話を超えました。

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