表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血の契約  作者: 吉村巡
21/148

20:慌ただしい日常の始まり

 まだ、朝日も昇らぬ刻限。

 窓の外は夜のように暗く、生き物の鳴き声が聞こえない。

 ほとんどのモノがまだ深い眠りの中にある。

 そんな中で、レイは目を覚ました。

 身体を伸ばし、服を着替え始めるレイの顔には眠気など元々無いような寝起きとは思えぬスッキリとした表情だった。

 レイは足音を殺し一階へと降りると、浴場に隣接されている洗面所で顔を洗った後、外へ出て行った。

「ファラル」

 レイが一言ファラルの名を呼んだ。

 言い終わるか、終わらない内にファラルはレイの前に居た。

「朝の散歩でもするのか?」

 ファラルの顔にもレイ同様、眠気など忘れてしまったかのような美しい顔があった。

 レイはファラルの言葉に肯定も否定もせず、ただ庭を歩いていく。

 ファラルは気を悪くした風も見せず、ただレイの後を付いていく。

【蓮華館】の庭は綺麗に手入れされており、東屋もあった。

 花壇には植えた球根の跡や種があり四季折々の花が咲くのだろうと考えられる。

 樹木も多く、果物を実につける木や葉や実が薬になる木も多い。

 ゆっくりと庭を見て回る。

(圧倒的に実用的な植物、樹木が多いな)

 だが庭なので、美しく四季を彩る物しか植えられていない。

 暫く歩いていると、【蓮華館】の門の真反対に大きなハウスが見えた。

 ハウスの中は温かく、幾つもの部屋に分かれていた。

 大きな部屋にあるのは、ほとんどを薬草になる物が占めていた。

 他にも食用になるもの、背の低い果物をつける木、使い方によれば猛毒になる実や植物。

 ここには気候上ない筈の植物も多く見られた。

 部屋はその気候に合わせ暖かかったり、寒かったりした。

 ハウスの中もゆっくりと見ていく。だが、不用意に触りはしない。

 奥の部屋には花が沢山植えられていた。飾付け用によく用いられる花、記念日に渡す花などありとあらゆる花があった。

「戻る」

 レイはずっと後ろを付いて来ていたファラルに一言そう呟いた。

 ファラルは現れた時と同じようにいつの間にか消えた。

 もう夜明けになる。朝日は昇り始め、人々が活動を始める頃。

 レイはハウスを出て冷たい、空気に触れた。ハウスの中は温かく、湿度も高かったので外に出るとやや肌寒い。

 そんな事を気にも留めずレイは再び歩き出した。

【蓮華館】でも活動の音が聞こえ始める。

(慌ただしい一日が始まる)

 レイの予感は本能的にそう悟っていた。



 食堂には見知った顔が二つあった。

 レイは近付き、二人に挨拶をした。

「おはようアル、ベクター。早いんだね」

 レイが声をかけると、入ってくるのに気がついていたのか二人は顔をレイの方に向け、

「おはようレイ。レイも早いんだな」

 と挨拶して来た。

「うん、昔からのクセ。ちょっと庭散策してたんだけど良かった?」

「ああ、もちろん。でも、一人でか?」

「うん。そうだけど」

「今度は私達が案内するから声をかけろ。色んな奴が時々魔法で罠を張る時があるんだ。一人では危険な所だ、魔力がないなら尚更な」

「はい」

 レイは素直に返事を返した。

「一緒に朝食を摂ろうか。もう一人分頼む」

 二人に朝食を運んで来た人形にアルが言伝ると、レイに座るように促した。

「よく眠れたか?」

 ベクターの言葉にレイは頷く。

「今日は色々忙しいと思う。今日だけじゃないだろうが、一ヶ月以内にはレイが学校に通えるようにしたいとは思ってるんだ」

 アルの言葉にレイは、

「学校・・・」

 と呟いた。

「候補は色々あるんだが、レイの実力が今一よく分らなくてな。絞り切れなかった。今日はロリエに簡易テストをしてもらうように頼んでるから、その結果を見て絞っていく。これから暫くの間、国外への仕事の予定が無いから勉強なんか時間があれば見てあげられると思う」

 アルの言葉に無難に、

「ありがとうございます」

 と返す。

 レイの分の朝食も来た。

 二人はそれを待っていたらしく、ようやく祈りを唱え食べ始めた。

 レイも祈りは唱えないが、食べ始める。

「おはよう。レイ早いね」

 ロリエが食堂に入って来てレイの隣に座る。

 次にファラルが入って来る。昨日とは違ういつもより動きやすそうな服装で、髪は昨日と同じく一纏めにしていた。レイの目の前に座る。

「今日はいきなり訓練?」

 レイの言葉にアルが、

「いや、実力が知りたくてな。魔術は明日にするので今日は武芸全般をしてもらうつもりなんだ」

「誰が相手するの?」

「暇そうな者を昨日の内に選出して話をつけた。見つからなかった所は専門の者か、その弟子でも借りる」

 レイは内心、

(可哀想だな、その人達。手加減してても強いもんファラル)

 と思いながらも笑っていた。

「おはよう、皆」

 ここでようやくヘルスが来た。館全体なら早い方だが、今日の12小隊の中なら一番遅い。

 レイもアルもベクターも食べ終え、お茶を飲んでいる所だ。

 ロリエはまだまだだが、ファラルはもうほとんど食べ終えている。

 アルは冷静な声で、

「今日は、早く起きろ。と、言っていなかったか?」

 レイには分かった事がある。

 アルはこんな時、笑いながら怒る人なんだ、と。

「ご、ごめん・・・なさい」

 ヘルスは青くして、アルの怒りを恐れるかのよう丁寧に謝った。

「まあ、いい。今日は全員が早かったんだ」

 アルの怒りはアッサリと解けた。

 ヘルスは目に見えて安堵していた。

(本気で怒った所、見てみたいな)

 変人と思われるような事を考えているレイは負の表情、例えば憎しみ、悲しみ、怒り、嫌悪等の表情に興味があった。人の醜い部分がもっと知りたいと思っていた。

 逆に嬉しそうな表情、楽しそうな表情、愛おしそうな表情は嫌いだった。

 自分勝手な思い。昔は明るい表情が好きだったのに、今では苦痛に歪む他人の表情が好きになってしまった。

 ファラルはどうなのだろうと、時々考える。

 自分はどうなのだろうと、時々考える。

 心から笑って欲しいのだろうか?それとも、心から誰かを憎んで欲しいのか?

 心から笑いたいのだろうか?それとも、心から誰かを憎みたいのか?

(そういえば、本当に憎んだ事なんて自分にしかないな)

 周りの人達が話しているのを聞きながら、ぼんやりとそんな事を思った。




 食事を終え、レイはロリエに連れられ五階の机と椅子と黒板のある、教室のような場所に連れて来られた。

「取り敢えず、今から簡易テスト始めます。実力を量る物だし、最初は簡単な物から徐々に難しくしていくから。躓く所があればやり方を教えるから遠慮なく言ってね」

 ロリエの言葉に理解力も試すテストなのだという事が分かる。

 説明を聞いてちゃんと理解できるかどうか。

「テストのやり方は、計十枚の問題を時間内にどれだけできるか。終わったら次の問題を渡すから」

 レイは椅子に座りロリエの説明を聞いていた。

 用紙を裏にして配られる。筆記用具も渡された。

「じゃあ、用意。・・・始め!」

 ロリエが時計を見て宣言する。今はまだ朝食時、むしろ今がピークだろうという時間。

 レイのテストは始まった。

 簡単な計算が主で、次に読み取り問題、植物についての問題、有名な神話の問題・・・。

 専門の人に解かせたら馬鹿にしてるのか!?と怒られそうな問題を何の迷いもなく埋めていく。

 ものの数分で十枚全てを解いた。

 ロリエは一言、

「一学年分はしっかり出来てるみたいね。ノーミスよ」

 と言った。

 直ぐに次のテストが始まった。

 一学年を少し難しくしたような引っかけのある計算や、大陸の国土について、詩の文句やその意味、光・水・火についての問題・・・。

 これも、ものの数分で終えてしまった。

「二学年分も完璧」

 先程までと違うもっと高度な問題が多かった。

 だがレイは躓く事なく、十分以内に終わらせた。

「三学年分、完璧よ」

 感心したように、半ば呆れたようにロリエが言った。

 四学年から六学年までレイはミスする事もなく、どれも二十分以内には終わらせた。

「スゴイね」 

 ロリエが感心したように言う。

 普通の学校と魔術学校は習う内容が全く違う。就学する年齢も違うくらいだ。

 魔術学校は10歳から、普通の学校は早くて5、平均で7歳になれば入る。

 なので、レイが13歳ならば六学年分は出来て当然なのだ。むしろ、後半は少しミスしてもいい程。

 六学年が終われば、家の事情で学校を辞める子も居る。

 レイの学力は、それを考慮すれば十分生きていける程はあった。

 休み休みしていたので、もう十時頃になっていた。

「お茶にしよっか」

 ロリエがレイにそういって、食堂に行こう。と言う。

 断る理由もなく下へ降りると、医務室へ入っていく人が居た。

 服は砂埃に塗れ、あちこちに痣や切り傷が出来ていた。

「どうしたのかしら?」

 ロリエの言葉に何となく事情を察しているレイは何も言わなかった。




 ロリエと共にお茶をしていると、アル達が入って来た。ファラルも居る。

 ファラルは相変らずの無表情だったが、アル達の方は疲れたような、呆れたような、苦い表情を浮かべていた。

 皆がロリエとレイの座っている所へやって来た。

 武芸の相手をファラルが全員倒したという事で終わったらしい。アルが頭を抱えて教えてくれた。

「それにしてはファラル、服汚れてないね」

「汚れるとでも思っていたのか?」

「ううん、全く。むしろ相手の人が可哀想だと思ってた。手加減してあげた?」

「そうでなければ相手は死んでるんじゃないか?」

「それもそうだね」

 レイはファラルの言葉に笑った。

 アルは眉間に皺を寄せて、他の三人は呆然と二人の会話を聞いている。

(手加減はしても止め時の分からないファラルにアルは苦労したみたいだね)

 アル達はファラルの実力を計り間違えていたのではないだろうか?

 そうであるなら、御愁傷様。ファラルはきっとアル達よりも強い。

 アルは話題と頭を切り替える為にロリエに簡易テストの結果の報告を求めた。

 報告を受けたアルは目を見開き、渡された結果を見て本当に驚いていた。

「本当に学校に行った事はないのか?」 

「ええ、ファラルに教えてもらってました」

 何度目かのやり取りをする。

 基礎問題ばかりのテストだが、全問正解は凄い。学校に行かずしてなのなら、尚更。

「ところで・・・」

 レイがここで、ある意見を言った。

 それは正論だが、とても悩んでしまう事でもあり、最終的には反対される。






 




 

 20話まで来ました。

 今回は最後にオチが書かれています。レイの言った意見とは?

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ