19:部屋変えと歓迎の夕食会
レイとファラルはアルの部屋を退出した後、一旦自分の部屋へ戻った。
ファラルと別れ部屋へ戻ったレイは部屋の扉を開けた瞬間、安堵のような微笑みを漏らした。
「早いね、相変らず」
レイは扉を閉めて開口一番にそういった。
ファラルは当然のようにレイを見ていた。
「お互いの部屋の隔離はもうしてるのよね?」
「あぁ、完了済みだ」
「リミットは誰かが私の扉を叩いたら。出来るよね?」
答えは分かっているのに質問するレイ。そしてその問いに律儀に答えるファラル。
「私を誰だと思っている?レイの契約者の私がレイの命令を違えるとでも?」
ファラルはレイに目線を合わせ逆に質問した。何度も繰り返される会話。レイの答えも変わらない。
「分かっている。ファラルは私の契約者、血の契約者だ」
レイが淡々と呟くように言う言葉に満足したのかファラルは合わせていた目線を外すと部屋を見回した。
「部屋の配置は私の所と変わらない。レイ、何処に道を造る?」
「そうね・・・、人が触らない物が良いわよね・・・」
レイも部屋を見回す。ファラルは決定権をレイに委ねているので口を挟む事はない。
「鏡」
レイがハッキリと呟いた。
「承知した」
ファラルが不敵な笑みを浮かべた。レイの良く知る命令を遂行する時の表情。美しく、畏怖を感じてしまう程の迫力。
『場所と場所 空間と空間を繋げる道よ 鏡と鏡の間に 創造されよ』
ファラルが呪文を唱え始める頃から周りは光と闇が入り混じり、唱え終えるとそれは鏡の中に凄い勢いで吸い込まれて行った。
「もう通れる?」
レイの質問に、
「無理だ、まだ定着しきれてない。あと15分程かかる。」
ファラルは淡々と答える。空間と空間をつなぐ魔法は移動よりも難しく、定着させるのに時間かかる。普通の魔術師ならば、例えどんなに小さい道でも出来ない者がいるし、出来ても定着に十年以上かかる者もいる。
定着しきれていない空間に入ると何処に飛ばされるか分からない。もしかしたら狭間の空間から二度と出られないという事もある。
レイはその事を知っているのですぐに納得すると、次の命令を下した。
「次は部屋に結界を張ってくれ。周りが不審に思わないようにする結界を、な」
魔力の強い者でなければ魔力を使い果たし、死んでしまう程の道を呪文一つで一人で作ったファラルに強力な結界を頼むレイは普通の者から見れば鬼畜だが、ファラルはレイに厳しいようで甘く、命令されれば断る理由も無い。
無茶な願いでも、叶える力があるのなら叶えるのがファラルという悪魔だ。
二人の契約では、断りたければ断っても良い。と言う決まりがあるのでファラルも疲れているのなら断れるのだが、生憎とまだピンピンしている。
加えて、レイの命令や頼みなら断りたく無い。とも常日頃から考えているファラルにはレイに対しての見境が無い。
「結界だな」
一言そう呟くと、
『我と主の部屋 全てを覆う結界に閉ざされよ』
レイの部屋の中心から膜のような者が広かっていくのが見えたが、やがてそれは透明になり部屋全体を覆った。
ファラルの部屋にも同じことが起きている筈だ。
これで外からの魔法の干渉を受けないし、中の気配を察知させない。
音を外には漏らさない。どんなに力の強い魔法もこの結界を壊せない。
「寝てるとき、一番強力になるよね?」
ファラルは無表情で頷いた。
レイは自分の事をよく分ってくれるファラルが大好きだ。
「ねぇ、道もう通れる?15分くらい経ったけど・・・」
ファラルにレイがいうと、少し考えるように黙ったファラルは、
「ああ」
と返事をした。
どうやら道の定着具合を調べていたらしい。
「ファラルの部屋に行くよ」
レイは既に鏡に触れている。鏡はある筈の冷たい感触は無く、レイの手は鏡を通り抜け鏡の向こう側の空間に到達している。
完全に通り抜けると、そこにはレイの部屋と全く同じ配置の部屋があった。ファラルの部屋だ。
ファラルもレイの後を追い、自分の部屋へ戻って来た。
「同じ内装だね」
レイは笑いながら言った。
「そうそう。道って人だけじゃなく物や言葉、意思の伝達も出来るようにした?」
レイはファラルに当然なっているよね?と言うかのように聞いた。
「やらなければレイは怒るだろう?」
レイの性格を熟知しているファラルは、“一を聞いて十を知る”でなければならない。
レイはファラルの言葉を聞き、微笑んだ。魔性の微笑みとも、純粋な微笑みともとれる曖昧で引き込まれるような微笑みだった。
道を通り、またレイの部屋へ戻った二人はそれから又、色々と部屋をいじり、変えていった。
レイの部屋もファラルの部屋も、もう前のような部屋ではなくなっていた。
「こんなモノか」
ファラルが一片の疲れも見せず淡々と言った。
「そうね、こんなモノよね。必要なら後で足せば良いし」
レイも同意し、つけ加える。
こうして部屋変えは終わった。
ファラルは自分の部屋へと帰っていった。
リミットである夕食への呼び出しはまだ当分来ないだろう。
レイは自分の部屋でようやく一人になった。
「もう慣れた」
自身でも少し意外そうにいうレイは部屋を見回した。
「相変らず、慣れるのが早いな〜。状況への順応も早いってファラルが言ってたっけ・・・」
ベットに倒れ込みしみじみとレイが言う。
部屋変えの一つで、望まないとレイの声はファラルの部屋へ届きはしない。それにファラルはこちらの部屋を探れない。むしろレイが探らせない。
レイはそのまま深い眠りに落ちた。
まだそんなに眠ってからの時間は経っていないだろう。
だが、レイは目を覚ました。誰かの気配が近付いて来ている。こちらから外の気配を読む事は出来る。
大方、夕食に呼びに来たロリエか、と予想をつけるとベットから降りて伸びをした。髪に寝癖は無く服にも皺一つ無かった。
顔を顰めたり眉間を押さえたりしながらレイはその訪問者を待った。
コンコンッ
部屋の扉をノックする音が聞こえレイは扉を叩いた者に、
「どうぞ」
と声をかけた。
入って来たのはレイの予想通りロリエだった。
夕食ならマブゼルやマーシャルなど身の回りの世話を任されている者はそちらの準備に忙しい。
加えて、女の寝室(権自室)に男が入るのは理由がなければ失礼な事だ。アル達はそんな事をしないだろう。
よって、レイの迎えは必然的にロリエとなった。
「レイ、ずっと起きてたの?疲れてない?」
ロリエは心配そうに聞いて来る。レイは、
(そういえば、私は疲れているんだろうか?自分では分らないな、自分の限界が)
そんな事を考えながら、笑って、
「さっきまで寝てたんだ〜。でも目が覚めて外の景色見てたところ」
といった。
馬車の中で散々外を見ていたのが功を奏したのかロリエはあっさりと信じた。あまつさえ、
「レイは景色見るのが好きなの?」
レイは言葉の代わりにコクン、と一つ頷いた。
それと同時に思う、
(こんなに人に騙されやすいんじゃヘルスも大変だね)
ロリエの素直で純粋な所は良い事だと思う。それに、少しは芯の強さも見受けられる。
だが、レイはそんなロリエが正直苦手だ。手放しの信頼や愛情なんて裏を返せば寂しさと見捨てて欲しく無いと言う恐怖で、結論を言えばただの偽善者だ。
それは、レイがそうだったからそういえる。全てを諦めた今となっては、そんなモノどうでも良くなった。
でも、ロリエは違う。
無償の愛情、信頼。見返りを求めない優しさ。全てが正反対。
それは育った環境が違うからとも言える。
だが、それは違うだろう。レイもロリエも魂からその資質なのだ。そしてレイは思う、
(彼女と分り合える事は無いだろう。全てが、違いすぎる・・・)
その証拠に、レイの心にロリエの言葉は伝わら無い、ロリエの愛情はレイにとって無意味なモノであると言う証明。
そんな事を考えていたレイは、そんな事を考えているとは露とも白ぬロリエは本題に入った。
「アルに言われて夕食のお迎えに来たの。ファラルさんの方はベクターが言ってるから食堂で会えるよ」
ロリエは微笑みながら言った。
レイはこうして、行きたくも無い夕食会に行く事になった。
食堂に入ると、中はもう殆どの人が集まっているらしかった。
レイの予想では、屋敷は大きくとも住んでいるのは魔法小隊の10・11・12の三小隊。屋敷に住んでいるのは人数的にも二十人弱だと思っていた。集まっている人も数えれば二十人丁度。
そして、レイはその中にファラルを見つけた。ロリエはファラルの方にレイを連れて行ってくれる。
「アル!これ以上は多分来ないよ?」
ファラルの近くにはアルとベクター、ヘルスがいた。近付いていくとヘルスが何かを言っているのが聞こえて来る。
「他の人達は研究中だったり、面倒くさい。って言って来ないよ、皆の注目もレイとファラルさんに集まって来てるし、そろそろ始めた方が良いんじゃない?」
ヘルスの言葉にアルは鷹揚に頷いた。
「レイ、ファラル殿。こちらへ」
アルの言葉に従いレイとファラルはアルの隣に立った。
さっきまでの囁きによる喧噪は既に静まっていた。
「これより、新たにこの【蓮華館】の住人となる二人を紹介したいと思う」
アルの声は落ち着いていて威厳に満ち、そして従える力を持つ。
「我が12小隊新隊員にもなるファラル殿。年齢は17」
ファラルは周りに向かい優雅な一礼をした。
ファラルには年齢不詳な所がある。ファラルの礼はそれを浮き彫りにする程の慣れが見受けられた。
「そして、特例として住む事を認められたレイ殿。年齢は13」
レイもファラルに倣い昔ファラルに教わった礼をする。
それは13とは思えない程の流れるような美しい所作だった。
そして、全員が二人に魅入っていたのに気が付いた頃、囁きは至る所で交わされた。
アルはそれを話しを続ける、という事だけで封じた。
「これで二人の紹介を終える。今日は二人の歓迎の意も込めた晩餐だ。羽目を外しすぎないように気をつけろ」
アルの言葉はそこで終わり、
「二人は私達と食べよう」
アルにそういわれ、隊ごとに違うらしい席に腰掛けた。
周りをファラルやロリエが囲んでくれたので落ち着いて食べる事が出来た。
今回の料理の感想としては、おいしかった。
ファラル程ではないけれどバランスのとれたメニューと、絶妙な味付け。
きっとファラルもこれならば食べるだろう。とレイは思った。
食べ終えた後にはデザートも出て来た。運んでくるのは魔法で動く人形だ。
「驚いたか?」
アルの言葉に、レイは笑って、
「ええ。でも、それ以上にとても興味があります。これを動かしているのは誰なのか?という所に」
と答えた。
アルは少し意外そうな顔をすると、レイの疑問に、
「その内作った者が分かるだろう。だが、12小隊の者ではない事だけは確かだ」
と曖昧な答えを出した。
レイは大して気にせず、
「それじゃあ、楽しみが増えますね」
と無邪気に言った。
そして、全てを食べ終わりアル達と話をしている時にレイが少し眠そうな素振りを見せた、
「やっぱり少し疲れてるんじゃない?レイ。部屋に引き上げた方がいいんじゃない?」
レイの様子に気がついたロリエが周りの者に言った。
皆何となく気が付いていたらしく、誰も反対の意を唱えなかった。
アル達以外の小隊の人と話しをしていないが興味深そうな目を向けてくるだけで話しかけて来ないので放っておいてもいいのだろう。
「浴場の位置分かる?一階の中央階段の奥。着替えは私がタンスの中に入れておいたから使ってね」
ロリエがそういうと、レイはファラルに連れられ食堂を後にした。
自分の部屋に戻って来たレイはファラルが鍵をかけたのを確認するとしっかりとした口調で、
「料理の味は、まあまあだったね。これならファラルも納得できるだろうって思ったけど、どうだった?」
レイには先程までの眠そうな気配など一片も見られない。逆に夜になり生気に満ち溢れているようにも見れる。そんな口調と表情だった。
レイにとって夜は味方なのかもしれない。
「そうだな、不味くは無い。及第点には届いている」
淡々とファラアルが言うが、レイはその言葉に満足した。
(不味かったら料理食べないからね、ファラルは)
内心、少しその所を心配していた。食事中にはファラルがいて欲しい。
「それにしても皆さん本当に騙されやすいね。こっちには敵意が無いし、警戒してないからだろうけど・・・。甘すぎる。平和ボケした魔術師共が」
レイは本当に眠たかったわけではない。ただの演技だ、体に眠ろうと差せる事など訳は無い。そうして生きて来たのだから。
どんな時にも逃げ道がある、レイの場合それは眠りであったり、諦めであったり、抵抗であったりした。殆どがそうだろう。血にしがみつく者もいたし、誰かに助けて貰う者。夢や希望のような美しいとされる物もあるだろう。
(筆頭は妄執かもしれないがな)
レイは冷めた頭でそんな事を考える。夢や希望のようなモノは妄執と言ってもいいかもしれない。
そんな事を考えながらレイはロリエに言われた通りタンスの中を改めた。言っていた物はすぐに見つかった。
「お風呂入って来る」
ファラルには必要ないだろう。気紛れに入る事はあるかもしれないが、ハッキリと言うとファラルにお風呂は必要ない。汗を流すような事を余りしないし、ファラル自身の力でどうとでもなる。
例えば、ロリエが帝国に着く前にしてくれたお風呂の入り方とか・・・。
そんな事を考えながら、一人お風呂にやって来たレイは誰も浴場にいない事に気がついた。
そして当然だろう、とも思う。
レイが食堂を出たとき、まだ食事を終えていない人も多く居たし、出て行った人も見ていない。今頃は話に花を咲かせる頃だ。
(どうでもいいがな。他人は苦手だし)
服を脱ぎ備え付けのタオルを持って体を洗い流した後、湯船に浸かり今更な事を考えた。
(そういえば、結構な大きさの浴場だけど女性用だよね。女の人、何人居るんだろう?)
レイは食堂に入った時に人数は数えたが性別を意識してはいなかった。意識していない事にはとことん無関心なので女はロリエだけかもしれないし、もっと居たかもしれない。逆に男はファラルを入れた四人だけかもしれないし、他にも何人も居たかもしれない。
本当に思い出そうとすれば思い出せるだろうが、そこまで気にしている事でもない。
そう結論づけるとレイは湯船から上がり、身体を拭くと外に出て服を着た。タオルは指示されているカゴに入れ、自分の部屋に戻った。
こうして、レイとファラルの宿舎生活は始まりを告げた。
夕食会の件があまり書けていないのにタイトルに入っています。
女性は何人なのか?
男性は何人なのか?
むしろ住んでいる人は何人居るのか?
が疑問ですよね。これから書いていきたいです。
(ちなみに、お手伝いさんは数に入れていませんが、住んでいるのは一応【蓮華館】です)