17:望まぬ訪問者と彼等の迎え
レイとファラルは時折言葉を交わす他、何もしていなかった。
先程のように、誰かを洗脳する事は無いし驚かせるような事もしていない。
ただ、冷えきったお茶を飲んでいた。
この部屋に来てまだそれ程経っていない、迎えが何時頃くるのかは分からないが待つ事に飽きてはいない。
コン、コン、コン
ノック音が聞こえた。だが部屋の外の気配はアル達のものではない。
レイもファラルも扉に近付きさえしなかった。
しばらくして扉が開いた。三人程の足音と気配が部屋の中に入って来たがレイもファラルもそちらに注意を向ける事は無かった。
「おい」
その入って来た者に声をかけられた、恐らく男の者。
振り向かないわけにはいかず、遅すぎるとも言える注意をその声がした方に向けると、そこには三人の男が立っていた。
一人は見るからに貴族というなりで、残りの二人は強いと思われる魔術師だった。
「お前らが、アルシア殿が連れて来たと言う旅人か・・・」
その人が発した言葉には見下すような響きがあった。
レイはファラルに、
『間違っても、この人達を痛めつけないようにね』
その誰にも聞かれない言葉で伝えた事に返事は無く、それでも了解としたのかレイは入って来た者達に尋ねた。
「すみませんが、私たちに何の御用でしょう?」
レイは穏やかに言った。見下されるのには慣れているし、一々相手にしていればキリが無いという事は何年も前に悟っていた。
だが、一番ファラルが気に喰わないと思うのは見下している事の他にレイの容姿を貪欲な瞳で見ている事だ。レイをそんな目で見られる事がファラルにとっては一番怒りに触れる所だ。
「いや、すみませんね。アルシア殿が連れて来た方には興味がありまして。私は第三小隊隊長のガルドと申します。以後、お見知りおきを」
ガルドという男はまだ若いように見える。少なくとも二十代後半から三十代前半だ、アルに何かしこりがあるらしく、アルの名前を言う時に目が一瞬揺らぐ。
差し出された手を見てレイも挨拶をした。
「初めまして、元旅人のレイです。こちらが仲間のファラル」
よろしくする気もないのでそれ以上の事は言わなかったし、しなかった。
ガルドの手は行き場が無い。
レイはガルドの表情を見ると、心なしか先程より固くなっている気がする。
「本題に戻りますが、ご用件は何でしょう?」
ガルドは無視された事と、会話の主導権をレイに握られている事に苛立っているらしく、それを隠そうとはしているが、失敗している。
「いえいえ、ただ単純にアルシア殿が連れて来た方を見たかっただけですよ。それに先程興味深い話も聞かせて頂いた、そちらの方が、アルシア殿の隊に入るとか・・・」
レイは喋らないファラルの代わりに、話す。
「そうですが、それが何か?」
ガルドは嘲笑うかのように、
「失礼ですが、賊の捕り物劇の中で保護されたとか?」
アルシア殿が正気とは思えない、賊の一味かもしれぬ二人を帝国に拘束もせずに連れて来て、その上その一人を隊に入れるなどど。そんな思いが感じられた。
その言葉には明らかに侮蔑の思いが入っていた。
ファラルはレイに言われた言葉を守り、何もしていない。
レイはただ微笑んだ。
「それは私も同じ事を思いました。賊かもしれない私達に何故そこまでするのか?と」
意外な者からの同意だったらしく、ガルドは少し驚いたらしかった。
「ですが、トントン拍子に話はまとまっています。検査も受け、問題無しと判断された私達はこのまま市民登録を得てこの国の仲間入りになります。そこまで来てしまえばもう運命に身を任せるしか無いと思いませんか?」
レイの言葉に反論できないでいるガルドは黙ったままだった。
そこえまた扉のノック音が響いた。扉を開き入って来たのは魔力検査を行った職員だった。
職員はガルドがいるのに驚いた様子だったが、ガルドに一礼した後レイとファラルに紙の束を一束渡した。
「結果報告です。呼んだ後、アルシア殿にお渡し下さい」
そう言って、部屋の隅に立つ。
レイとファラルは受け取った紙束をチラリと見ると、ガルド達に向かって、
「すみませんが報告書を読みたいのでお相手が出来ません。御用が無いのでしたらつまらないと思いますのでお引き取り下さい」
レイに要約すると出て行け、と言われたガルドは貴族の自分が旅人などに自尊心を汚されたと思ったのか、顔を真っ赤にして怒りを抑えているようだった。
レイとファラルはそんな事に構いもせず、報告書に目を通した。
《検査報告》
血液検査・・・・ファラル殿 希少血液の可能性無し、病原体の確認無し。(詳しい報告は4枚目から)
レイ殿 希少血液の可能性無し、病原体の確認無し。(詳しい報告は12枚目から)
記憶検査・・・・ファラル殿 特に問題無し。(詳しい報告20枚目から)
レイ殿 記憶に悪魔関係の物が有り。だが、問題は無しと判断。(詳しい報告に25枚目から) 魔力検査・・・・レイ殿 普通の者と変わらない程度の魔力を所持。(詳しい報告30枚目から)
ファラル殿 魔力は未知数。一般魔力検査用水晶を一瞬にして粉々にする程の魔力を所持。 (詳しい報告は四十枚目から)
レイとファラルはササッと結果を目を通して行く。五分とかからないうちに細部まで報告書を読み終えた。
「問題無しか、良かった」
レイのファラルに言わせればワザとらしい呟きにファラルはレイが見ていた報告書を受け取る事で答えた。
「あれっ、まだいらしたんですか?」
レイが相手がとても傷つくことを言った。邪魔と言われているも同然だ。
ファラルはレイの言葉に何も言わなかった。
ガルドの顔は抑えていたのから本格的に赤くなって来ている。耳まで到達している。
(タコみたい)
レイの思考は本当に失礼な所に行く。流石にそこまで思っている事は言うことは無いけれど。
「すみません、お相手できなくて。そろそろ私達の方は迎えが来ると思いますが、そちらは私たちに会う以外に何か御用があったのでしょうか?もしかしたらアルシアさんに御用でも?」
「あっ、ああ、アルシア殿にも用はある。君達には少し興味があったので会いに来たまでだ」
「そうなんですか。私達は外で待つ事にしますのでこれで失礼いたします」
レイが全てを魅了する微笑みで退出して行く、ファラルは報告書を持ってレイの後ろを守るようについて行った。
部屋から離れるとレイとファラルは聞こえて来るガルドの悪態を聞きいていた。
「アルより弱いみたいだね、立場も力も・・・」
「浅ましい奴らだな」
「それが人でしょう?」
「そうだな」
レイとファラルの会話は続かなかった。
建物の外に一台の馬車がやって来て止まった。
「迎え、来たね。アルと・・・ヘルスだ」
馬車から降りて来たのはアルとヘルスだった。真っ直ぐに建物に入って来る。
「レイ、ファラル殿、検査はもう終わったようだな。ここで待っていたのか?」
レイとファラルを迎えにやって来たアルとヘルスは二人を見つけると即、二人の元へとやって来た。
「いえ、先程までは用意して頂いていた部屋にいたんですが、何となく居辛くなってしまって」
笑いながら居辛くなった原因は説明せずに、レイはアル達を誤魔化した。
「あっ、検査結果を渡すように言われてた。ファラル、持って来てるよね?」
「・・・・・・」
ファラルは無言で検査結果をアルに差し出した。
アルも無言で受け取った。
「問題は、無いようだな。これで市民登録の申請が出来る」
アルはそう言いながら、検査結果に目を通して行く。パラパラとレイやファラルと変わらない早さで読み進めるアルは、二人と同じように速読が出来るのだろう。
ものの数分で全てを読み終えたアルは満足そうな、そして同時に戸惑っているかのような表情をレイとファラルに向けていた。
「レイの昔語りの裏付けはとれたな、後は事実確認を探すだけだ。それにしても、ファラル殿は漆黒の者ではないのに魔力がこれ程とは・・・。一瞬で粉々・・・」
アルの呟きには少しの困惑と驚き、そして歓喜が含まれていた。
確かに、ファラルが味方につけば大抵の者は太刀打ちできないだろう。
だが、 . .
(アルも、そうなんじゃないのかな)
レイは口にする事は無かったがそんな事を思った。
普段は隠していても、レイには分かる。ファラルにも分かっているだろう。アルは封印して隠しているようだが、一目見た時から分かっていた事だ。なのに何故ファラルの事を嬉しがるのか?
レイはその理由が分からなかったが、別段知りたいとも思ってはいなかった。むしろ、深く付き合う気は無かった。
同じ屋根の下に住むのなら否応にでも関わる事にはなるが、利用する気はあっても寄りかかる気はなかった。
「それにしても、レイの魔力は微力か・・・」
アルの呟きはとても小さかったが、レイもファラルも気がついた。その上で聞かなかった事にした。
恐らくアルは、レイがファラル程ではなくても魔術が使えるとでも思っていたのだろう。そう思わせるような事も何度かあったが、レイに魔力が少ないのは事実でレイ自身は魔術が使えない事も事実だった。
アルは何かを考えているかのように黙り込んでいたが、急に納得したかのように軽く微笑むと、
「レイもファラル殿も、待たせてしまい悪かった。これから城内にある宿舎に向かう。ロリエとベクターが部屋を整えているので今日から住めるだろう。二人の申請も完了済みで、着いたら規則を覚えてもらう。ファラル殿の入隊申請は明日になる、レイは学校を決めないとな」
アルがレイとファラルに謝罪とこれからの予定を言った。
レイもファラルも了解の意を示す為に無言で頷く。
「それでは馬車に乗ってくれ。早く出発しよう、今日から暫く忙しくなるだろうからな」
そう言うと、来た時と同じように受付へ行き職員の者と話し、何かを書いて戻って来た。
戻って来たアルに何をしたのか、と思いながらレイが視線を向けていると察したように、
「今、レイとファラル殿の市民登録の申請をして受理された。さあ、早く馬車に乗ろう」
と言って、アルがヘルスにも声をかけ建物から出て行く。レイもファラルもヘルスもその後を追う。
レイは馬車に乗って思った。
(そういえば、あのガルドって人アルに用事があったみたいだけど、良いのかな?)
一瞬そう思いはしたが、親切に言う気も起きなかったのでアルに言う事はなかった
レイとファラル。二人は市民登録で本当にこの帝国の一員となった。
例え二人がそんな物に縛られていなくても、ほとんどの人間にはこの帝国の一員という意識を持たれるだろう。
“二人は、もう旅人ではなくなった” それが大衆の意見だろう。
だが、二人には違った。
二人はまだ、旅を続けている。
何時終わるとも知れない旅を続けている。それは帝国に住むと決めた今も続いている。
永遠に、終わりなど来なくても良い。
レイが言う永遠とは、レイにとっての永遠だ。
それは自らの死を指す。
ファラルはレイの言葉に何も言わない。レイの言う永遠の意味を知っていても。
レイの考えをを否定し、改めさせる事もしない。
レイの旅を辛く寂しいものにする気がファラルには無いからだ。
孤独に死なせるつもりは毛頭ない。
きっと、レイはファラルよりも先に逝ってしまうからレイを悲しませる事も無い。
だが、人は違う。
だから、旅をしていた。
そして、これからもしていく。
レイの永遠が終わってしまう時まで・・・。
何となく、ガルドは嫌な人になってもらいます。一応悪役として出しているので、これからも悪役として頑張って頂きます。