16:二人の検査
レイとファラルは目の前の男の話を聞き流しながら、会話をしていた。
『どうしよう、ファラル。本気でどうでもいい、むしろ面倒くさい』
『レイが望んだ事だろう?放棄すれば帝国に住む事は出来ない。放棄するのなら止めはしないがな・・・』
投げやりに、好きなようにしろ。どうでもいい。こちらだって面倒だ、と言う事を含んでいたファラルの言葉に、
『どうしよう、真剣に悩む』
とレイが呟いた。
つまり、レイの前回で思っていた目的は別に今でなくても良いと言う事だ。もしかしたら面倒くさいという理由で無かった事になってしまうかもしれない。
ファラルはもう何も言わなかった。
目の前の男は、真剣に話を聞いていない、実は気付かれないように会話しているレイとファラルに気付く事は無く。ただ延々と話を続けていた。
アルはある建物の前でレイ達の乗る馬車を止めた。
「レイだけ付いて来て、後は待機しててくれ」
アルが降りて、レイが降りるのをエスコートしようとした。
だが、アルは固まった。
レイは何となくその理由が分かり、一人で降りようとした。だが、それは叶わなかった。
ファラルが動けないアルの代わりにレイが馬車から降りるのをエスコートした。
「ファラル早かったね、出てくるの。呼んでないのに、もう怒ってないの?」
レイの言葉にファラルは、
「言っただろう?気が済んだと。今回は前回の事も踏まえ呼ばれる前に出て来たまでだ」
と、淡々と当たり前のように言った。
アルは、驚いていたのだろう。ファラルの気配が全くなかったのにファラルが目の前にいた事に。
アル程の力の持ち主だと、知りたく無い事まで知ってしまう。意識しなくても相手の気配を感じてしまう。それを感じなかったのだ。かなりビックリするだろう。
レイ自身も、そんな経験が(ファラルに対しては無いが)何度かあった。
(動けなくなる程ビックリする事は無かったがな)
もしかしたら、昔の経験で慣れたのかもしれない。
そんな事を考えていたが、
「二人とも、付いて来てくれ」
アルに声をかけられた。ショックからは立ち直ったらしい。ファラルが扉を魔力で閉めると、レイの後ろに立ち付いて来ている、レイの前にはアルがいて、レイは真ん中に挟まれるように守られているかのよう周りの者には見えるだろう。
建物内部に入った三人に受付の者が近付いて来た。
「ちょっと待っていてくれ」
アルに言われて、その場でレイとファラルが止まると、アルは近付いて来た者に話しかけられる前に話しかけた。
「____だ________か?_______。_______・・・・・・・」
アルの言葉がよく聞こえないが、明らかに相手は驚いていたし、萎縮もしていた。
アルが何かを受付の者に何かを見せるような動きをした。
受付の者は慌てた様子になった。もの凄い勢いで礼をすると、どこかへ走り去って行った。
「待たせたな」
アルが何事も無かったかのように清々しい笑顔で二人の元へやって来た。
話をつけて来た時間、約四分。そんな短時間で話をつけるのもある意味才能のような気がするが、
(遅い。ファラルなら一分で終わらせる)
レイはファラルの凄さに慣れているので、今更アルを凄いと思えない。
そして、自分だってファラルと同じくらいの時間で話をつける自信はある。
(ファラルはやらせてくれないよね、説得とか・・・)
そんな事を考えていると、建物の職員らしき人が三人の元へやって来た。
「これはこれは、アルシア殿。お久しぶりでございます」
馬鹿丁寧にアルに挨拶する男は幹部クラスの者に見えた。
(なんか、こんな人見てるとイライラする。気持ち悪いな・・・)
レイの心中を察したのか、ファラルがレイの視線を遮りその男が見えないようにした。
レイ以外は、そんな些細な事には気がつきはしなかった。
『あの男っ、ドロドロしてて、気持ち悪いっ!』
レイは表面上は表情を変えずに、ファラルにだけ伝わる言葉を用いて叫んだ。
『耐えろ。いつも耐えていただろう?あの男はレイが毛嫌する人種だとは分かっている。だが、それで分類してしまえばレイが好きになる人種は限りなく少なくなり、嫌いな人種は数えきれない程多くなり、どうでもいいと思う人種はこの世界のほとんどになると思うが?』
ファラルの言葉に、レイは心の中で頷いた。
『それもそうだね』
「レイ、ファラル殿、こちらに来てくれ」
アルの言葉に素直に従うと、
「この御二人ですね。分かりました、最優先で検査させて頂きます」
職員の者達は嘘くさい笑みでレイ達に笑いかけて来た。
「それじゃあ、この者達を頼む。レイ、ファラル殿は言っておいた通り、後で迎えに来る」
アルはそう言うと建物から出て行った。
「それでは、早速準備を始めますので、付いて来て下さい」
言われた通りに二人は付いて行った。
「ここでお待ち下さい。直ぐに準備いたします、それまで検査についての説明をさせて頂きます」
(面倒くさい事が始まりそう・・・)
レイの予感は当たった。
延々と、心底どうでもいい事を語られた。
(ファラルもイライラしてる。そう言えば、ファラルにとっても苦痛だよね、これは・・・。言われなくても分かっちゃう人だから・・・)
何となくファラルに罪悪感を感じた。
(いつも巻き込んじゃうよね・・・私が)
久々の反省をしていたレイに、ファラルが言葉をかけて来た。
『何を悩んでいるんだ?別にレイの望みを苦痛と感じる事は無い。お前の望みを俺は叶えたいと思うからな』
レイは表情を変えたつもりは無かった。それでもレイの変化には敏感なファラルの洞察力には驚いてしまう。
だが、ファラルの言葉は嬉しかった。
『そう言ってくれると、嬉しい』
素直にそう言うと、
『いつになく素直だな、どういう風の吹き回しだ?』
ファラルはからかうように、それでも少し、レイ以外は気がつかない程度の喜びを含んだ声でレイの言葉に水を差した。
それでも、二人のその会話に気付く者はいないし、二人の表情も変わらなかった。
「準備できました」
説明をしていた男が口をつぐみ、近付いて来た別の職員にその場を譲った。
「準備ができましたので私について来て下さい」
職員の言葉に、レイを後に歩かせファラルが職員の後をついて行った。
「この部屋です。先程説明しましたように、まずは血液を調べます。次に記憶検査、そして最後に魔力検査です」
職員の言葉にレイとファラルは、少しは説明を聞いておけば良かった、と思ってしまった。
でもそれは心の準備が欲しかった、という程度で対策はすぐに思いつく。
『ファラル、よろしくね?』
『分かっている』
二人は説明が無くても分かる時は分かり合える。
「それでは、血液検査です。どちらがお先になさいますか?」
本当に馬鹿丁寧に職員が聞いて来る。役人になるという事は頭いいのに。敬語を使う相手が年下の、しかも学も力も無いと思われる旅人で・・・。
ファラルが返事も無く立ち上がった。
(本当にお気の毒。でも、ファラルをなめない方が良いよ?役人さん)
職員の男は丁寧な言葉で二人に話しかけるが、その言葉の中には侮蔑や軽視が含まれていた。
ファラルにはそれが許せないだろう。自分だけならともかく、レイや二人まとめてそんな態度をとられるとファラルは静かに、しかし確実に怒る。
レイだって、ファラルを貶されればファラルと同じように怒るだろう。
(ただでさえ、何となくイライラする事が続いてるからね〜)
レイは内心苦笑しながらファラルの行動を見ていた。
ファラルに注射が打たれ採血している。ように、常人には見えるだろう。
実際にはファラルに操られている職員が自分に打っている。それに気付くのはレイとファラルだけだろう。
血をしっかりと採った、と思っている職員は、次にレイを呼んだ。
レイに打たれる注射は、また職員自身が打つ。もちろん二人分の血液を一人で採ると血液が急に無くなり、貧血になる。
ファラルは近付いているのに気付きはしない職員の持っている血の瓶に指を噛んで一滴の血を入れた。レイもナイフで指先に傷を作ると一滴、血を入れた。
ファラルは自分で傷を治すと、レイの血を口に含み、離すと傷は消えていた。
職員は洗脳から覚めて、これで十分です。と言った。
(本当に、地味に割と手酷くやり返すよね!)
レイは心の底からそう思った。でも、やり過ぎだと責めはしない。
職員がファラルの洗脳から解かれると、血液を持って部屋を出て行った。青い顔をして。
外に出た職員と入れ替わりに人が入って来た。その人が扉を閉める直前、誰かが倒れる音と、何かが割れる音が聞こえて来た。
入って来た職員が慌てた様子で閉めようとした扉を逆に開けると、そこには先程レイとファラルの採血をした職員が倒れていた。
採血をした血が入った容器は見事に割れていた。
そこからの職員の慌てようは見事なものだった。二度も一気に血を採れば貧血で倒れた職員のようになってしまう。
だが、瓶は割れて血液は当たりに血溜まりを作っている。他の人がここを通りかかれば大騒ぎになるだろうその光景は、記憶検査の為に来た職員を慌てさせるには十分だった。
「なんて事したんだお前はっ!!」
その声で意識が戻ったらしい職員は現状を見て状況を悟った。
「す、すみません!」
職員は青い顔をもっと青くしてレイとファラルに謝った。記憶検査の職員も一緒に。
きっとこれは大失態だろう。クビになるかもしれない程の失敗だ。そんな状況を作ったのはファラルだが・・・、アルにはこの事を伝えないでいようとレイは決めた。
「気にしていませんよ。それよりも、血液検査はどうなるのでしょうか?もう一度採るんですか?」
レイの言葉に職員は、
「いえ、一日に二度も多量の血を採血をしてしまえば、人によっては死に至る危険もあります。瓶は割れていますが残っている血が少量ありますし、血が混ざっている事はありません、少量でも検査には事足りるのでもう一度採血する事はありません」
だったら何故、多量の血を採血するのか?
そうしなければならない理由でもあるのか?
レイの疑問が無くなる事は無かったが、仮説はいくつか建てた。
(まず、多量の血液が必要な受けなくても支障のない検査。次に、血を何かに利用する。単純に輸血用の血が欲しかった。
正解があるか、無いかは分からないけど、大体この三つかな?)
レイもファラルも血を採られたく無い、と思っているが、検査の為には少しは必要だろう。
それが血、一滴。
(ほぼ全てがあの職員の血だし、今ではほんの少し残っている程度だから何かに利用される事は無い。一度、床に落としたものだしね)
レイがそんな事を考えていると、職員は今度は慎重に、落とさないように血を運んで行った。
「御二人とも、すみませんでした。どうかこの事はご内密にして頂きたいのですが・・・」
「分かりました」
レイは優しく微笑んだ。
「ありがとうございます。お慈悲に感謝いたします」
職員は二人に深々と頭を下げた。
「それでは、記憶検査に入らせて頂きます」
今回の職員は、血液検査の時とは違いレイとファラルを見下すような口調は無かった。恐らく町人出の者なのだろう。
「記憶検査とは、洗脳されていないか。この国の害になる事を考えてはいないか。を判断する為の検査です。ですが、本当に記憶に踏み込む事はありませんので、ご心配は無用です。どちらがお先になさいますか?」
これは、またファラルが先だった。
職員がファラルに手を出すように促すと、その手に触れ目を閉じた。
一介の魔導師がファラルに干渉できる筈が無い。逆に洗脳されるのがオチだ。
職員が目を開けると、
「問題ありません」
と笑顔で言った。
次にレイの番になり、手を差し出すと職員がその手に触れた。
悪戯心を出して、埋まっている記憶の一つを出すと職員が叫んだ。
『レイ』
ファラルが諌めるように言葉を伝えて来た。
『ごめん、ごめん。でも少しくらい良いでしょう?こんな記憶は見せておく方が、後々有利になる事があるもの』
ファラルは何言わなかった。慣れたとも、諦めたとも悟ったとも言える。レイの気紛れは日常茶飯事なんだ、と。
それでも毎回律儀に注意するファラルはある意味マメだ、とレイは思っている。
そんなマメな所も、レイがファラルを好きな部類に入れる理由の一つだ。
(何度も注意してくれる、家族みたいな人)
そんな事を考えながら、レイは職員に声をかけた。
「あのっ、何ですか?どうしたんですか?」
不安そうな声を職員へ向ける。
職員の男は、目を見開き胸を押さえている。
レイが声をかけると、弾かれたようにレイの顔を凝視し、しばらくして、
「すみません、取り乱したりしてしまって。御二人には何の問題もありませんでしたので、気にしないで下さい」
職員の言葉にレイが食い下がる。
「ですが、先程の叫びは・・・」
「本当に、何でもありませんから。気になさらないで下さい」
職員はやんわりとそう言うと、すみません。と一言謝り部屋を出て行った。その時に視線がレイの方へ向き、同情の眼差しを向けられている事が分かった。
入れ替わりに、最後の検査をする職員がやって来た。最後は魔力検査だ。
職員が、丸い水晶玉を取り出し台の上に置いた。
「この検査が最後です。この水晶の上に両手をかざし、両手に集中してください。色が変わると魔力がある、という事になります。まずは、どちらから?」
これはレイが先にする事にした。
手をかざし、集中する。すると、透明だった水晶が白く煙った。
「白は、一応魔力はありますが、とても小さい力です。ごく簡単な術なら必死に努力すれば使えるようになりますが、自由に使役する事は出来ません」
レイはその説明に満足した。
次にファラルの番になった。ファラルが無表情で(レイから見れば面倒くさそう)透明になった水晶に手をかざした。
その瞬間、水晶が粉々に砕け散った。
職員が絶句している。ファラルの表情は変わらない。レイは苦笑いを浮かべる。
「あの、何故割れたんでしょう?」
レイが言葉もでない様子の職員に聞いた。
職員はショベレ無い様子で、口をパクパクとしていた。しばらくすると、声が出るようになったのか動揺を隠しきれないまま説明を始めた。
「あの水晶は、よっぽどの事が無い限り、割れる事はまずあり得ません。落としても、術で壊そうとしても割れる事は無い筈なのです。それでも、極稀に割れる事があります。その理由は魔力の力が水晶に耐えられない程大きい場合です。それでも、かざしただけで割れた事例は漆黒の者ぐらいしか聞いた事がありません」
職員はファラルに畏怖の念を抱いているらしい。そんな視線を向けている。
「だって、ファラル。そんなに力強かったんだね〜」
レイが暢気にファラルに話しかける。職員はそんなレイを青い顔で見ている。
きっと、何と恐れ多いと思っているのだろう。レイはそんな事を思った。
(当然の事だと思うし、今更驚かないんだけど・・・。普通の人にはそうでもないみたいだね)
レイは思いながら、ファラルの側に寄って行って隣に立った。
「これで、検査は終わりですよね?」
レイの言葉に頷かない職員に、レイの為にファラルが助け舟を出した、
「終わりか?と問うているんだが、聞こえないのか?」
ファラルの淡々とした言葉に職員は、
「はっ、はいっ。これで終了です」
職員はレイとファラルを外にいる案内役に預けると、粉々になった水晶を放ったらかしにしてどこかへ走って行った。
「それでは、迎えが来るまでしばらく小部屋で休ませて欲しい、と言われていますのでそこへ案内いたします。どうぞついて来て下さい」
案内役の人は穏やかな雰囲気を持った老人の方だった。
レイとファラルは、大人しくその老人の後を付いて行った。
記憶操作を行った職員は、結果報告を書きながら先程見てしまったレイの記憶について考えていた。
痛ましく、おぞましく、恐怖を感じる事の出来ない記憶。
動けない自分。真っ暗な闇。遠のく足音。風に揺れる葉に怖がる自分。
突然現れた真っ赤な目。触れられた首筋、開かれた口・・・。涙が頬を伝う。
絶望
そこで、記憶が終わった。
あの後、どうやって生き延びたのかは分からない。
ただ、記憶を少し見ただけで悪寒がする。動悸も激しくなる。
(情けない・・・。自分の記憶ではないのに!!)
記憶操作を行った職員は少し記憶に触れただけでこうなってしまう自分が情けなくて自分自身に憤っていた。
「レイ、何故あんな記憶を見せた?ただレイが受け取った疑似記憶だろう?」
ファラルがレイに問う。小部屋に案内され、お茶とお菓子もある。周辺には誰もいない。
「言ったよ。アルにその話。あの人、結局悪魔に体半分乗っ取られてた。そもそも二人を殺したのは私達だ、記憶は魂を壊されないように受け取った。それを利用して何が悪い?」
レイの言葉にファラルは、
「間違った判断ではないな、そうか、その記憶にしたのか」
ファラルはあっさりと話を受け入れた。
色々な場合を想定して、幾つもの対処法を考えている二人は、こんな時の為の対処法も考えていた。
「血の検査は終わったらしい。問題は無い、血は利用価値無しで捨てるらしいが入れた分は持って来よう」
ファラルがそう言うと、手のひらを上に向けた。
しばらくすると、赤いものが見え始め、それは球体になった。触っても液体のような感じはしない。固まっているのだ。
ファラルは無言で一つをレイに差し出す。ファラルはもう一つを口に含む。
レイもファラルが食べたのを見届けた後、自分に渡されたものを口に入れた。
固まっていた血は、口に含むと同時に液体に変わり、レイは飲みこんだ。
そして、二人とも、血の余韻を味わうと、同時に冷めきっているお茶を飲んだ。
ファラルを怒らせると恐いですね。でも、怒る理由がレイの為。という事が優しいと、作者自身思ってしまいますが、皆さんはどう思いますか?
ファラルが、水晶を壊してしまいました。弁償はどうなるのでしょうか?踏み倒すか、アルが代わりに払うか、弁償しなくても良い、のどれかでしょうね。
最後に書いた血を飲み込むシーン。あれは双方相手の血を飲んでいます。