14:寄り道
結局、レイは昨日も眠れなかった。
だが表情にも体調にも何の影響も無いのでバレはしない。
ただ、レイの手のひらを見れば分かるだろう。
ずっと手を握りしめていたという事が。
馬車は動いている。
レイは昨日と同じように窓から外を眺めていた。
会話は、全くと言っていい程無い。時折レイ以外の三人が言葉を交わす程度でそれでも長くは続かない。
ファラルは昨日の夜から姿を見せない。
(今日の夜は多分、少し姿を現した後は直ぐに消えるだろうな)
料理など食べずに・・・。
(気に入らなかったみたいだからね)
かれこれ三時間以上言葉を発していない。
延々と外を見続けていたレイにロリエが、
「ねぇ、レイ。寄り道したく無い?」
と、唐突に聞いて来た。
「寄り道?どこに」
聞き返すと、
「そろそろね、小さな村があるの。そこに気になる情報と言うか、少し調べておきたい情報があるらしいんだけど、ほんのちょっと寄っていい?」
「私の意見としては、別にいいけど・・・。私は帝国に行くの急いでるわけじゃないから。それはアルに聞いた方が良いと思うけど?」
レイはもっともな意見を返した。
確かに、帝国に行くとは決めたが成り行きなので何時着いてもいいと思っている。
「アル、レイは寄ってもいいってー」
「分かった。それでは寄るか」
どうやら、話しから推測すると必要だったのはレイの意見だけだったようだ。
(無視してくれればいいのに・・・)
馬車は進路を微妙にずらし進んで行った。
村は小さくも無く、大きくも無い人口約千人程のものだった。
これと言ってあまり特徴の無い普通の村だった。
「ここで昼食を食べ、この村で起こってる被害が魔法によるモノかを確かめて、違ったら兵士を数人置いて事態の究明を、魔法の被害なら後で帝国から誰かを寄越すまでの措置をとる。タチの悪いものなら即排除する」
「「了解」」
ロリエとヘルスが返事する。
「レイはもしもの事があれば危険なので昼食を食べる食堂で待っていてくれ」
「分かりました」
レイも指示に従う。
食堂に入ると五人の男と一人の女が出迎えた。
それぞれの自己紹介で、食堂の夫婦、自警団の団長、神父、この村の魔術師、村長という事が分かった。
レイは一人で昼食をとった。
アル達は事情の説明を受ける為に村長達と共に居る。レイは部外者なので聞く必要は無い。
兵士達の昼食が大分終わると、一部を除き調査に出かけた。
レイは出されたお茶をゆっくりと啜っている。食堂の女将さんがサービスで出してくれたものだ。
兵士の集団から離れ隅の方で一人で居ると、神父と女将が近付いて来た。
「一人でどうしたの?」
女将さんが聞いて来る。
「いえ、まだ皆さんに慣れていないので。近寄りがたいと言うか・・・」
レイの本音と建前の言葉に、
「確か、保護されたと聞きましたが?」
「ええ、旅をしていたんです。学校に行かないと行けない年齢という事で隊に保護されました」
女将さんと神父は同情するような表情を一瞬した後、無理に明るく、
「お嬢ちゃんは教会を見た事があるかい?」
と聞かれ、
「旅の途中に何度か・・・。入った事はありませんが」
と答えると、
「では、来てみませんか?教会へ。ここに一人で居てもつまらないでしょう?」
神父がそう言うと、
「そう思って、貴方に声をかけたの」
女将さんも後押しした。
レイは何となく流れに飲まれ、教会に行く事になってしまった。
この村の教会は、そんなに大きなものではなかった。だが庭や井戸があり、綺麗に管理されていた。
教会内はレリーフが中央にあり、その細工は見事なものだった。
レイは内部を軽く見た後、また庭に出てその端の方にあった木の下に座り上を見上げた。
意識を集中させると、この村の異常が分かった。
分かるという事は、これは常人では無い者による被害だという事。
それが分かると意識の集中をやめ、純粋に青い空を見上げた。
それからしばらくたった頃、不意に感じた。
レイは立ち上がると感じた事に集中した。
(来る)
そう思った瞬間数匹の生き物が教会の庭に飛び込んで来た。
レイはその瞬間、そばにあった木に飛び乗った。
生き物は狂ったように鳴き叫び、木の下を徘徊した。
(面倒だな)
レイがそう思っているとアルやヘルスがやって来た。
「レイ!!」
アルが驚いたように叫ぶ。その中には困惑も含まれていた。
レイは冷静に状況を分析した。そして出て来た答えは、
「どうしよう?」
笑いながらそう思ってしまった。下を見れば牙を剥き出しにしている何かに取り憑かれたらしい生き物。
アルとヘルスはレイへの被害を考えて手を出せない。
レイは覚悟を決めると、木から飛び降りた。
アルとヘルスは驚いていた。声も出せない様子だ。
一気に生き物がレイに群がる。腕が喰いちぎられる、と二人が思った瞬間生き物が全て地面に叩き付けられた。
アルとヘルスは呆然としていた。
レイの隣にはいつの間にかファラルが居た。無表情で何の感情も浮かべていないのにファラルが発する気配は怒りに満ちている気がした。
「飲め」
冷ややかな瞳でファラルが一言呟いた。それにより起こった出来事は驚異だった。
地面が憑かれた生き物を飲み込んだ。
辺りは直ぐに跡形も無くなった。
ファラルはレイに向き直ると抱え上げてどこかへ行こうとした。
「ファラル殿?どこへ行くんだ!」
アルが正気に返りどこかへ行こうとしたファラルに叫ぶが、ファラルは、
「今、巻き込まれるつもりは無い」
よく分らない事を言うと、ファラルはレイを抱え再び歩き出した。
「今?」
アルが少し考え込むと、ある可能性に行き当たった。
「ヘルス!木をつけろ!まだ敵は居る」
アルの緊張したような声に、ヘルスもその敵の気配の察知に集中した。
「上か!」
アルの言葉にヘルスも上を見ると、教会の屋根の上に影があった。
何かが何かに食われている。
それは、神父が何かを食べている光景だった。その何かとは、
「あれは、狼?」
神父が狼を食べている。狼は、生きたまま食べられているらしく、尻尾が力なく揺れている。
恐らく狼は先程レイを襲った憑かれた生き物だったのだろう。
そのままずっとその光景を見ていた二人だったが、神父に食われていた狼は完全に神父に飲み込まれた。屋根の上には血が大量にまき散らされている。
常人が見れば気分が悪くなるどころでは済まなくなる光景。だがそれは、まだ序の口だった。
神父が何かを吐き出したのだ。赤黒い何かを・・・。
こちらが吐きそうになる。アルとヘルスは同じような事を思った。
吐き出された何かは徐々に形を作っていた。
「何だ?」
ヘルスが呟いたがその正体はすぐに分かった。
「取り憑かれた生き物、ね。表現がちょっと違ったかな?」
暢気にヘルスが言う。
「油断するなよ?」
「分かってるよ」
軽口を叩きながらそれでも表情は真剣にアルとヘルスは屋根の上に視線を向けていた。
二人は同時に剣を抜いた。
「風の精霊よ 我の元へ集え 地となり足場となれ」
ヘルスの呪文により二人の体は宙に浮かび上がった。
屋根の上に登り神父と神父が作った生き物と対峙した。
「頑張るね〜二人とも。それにしては気がつくのが遅すぎるかな?」
「怪我は無いか」
「会った瞬間分からなかったのかな?神父が人型魔獣だって」
「無いな。一つ聞いておくが何故付いて行ったんだ?」
「あの二人割と強いね」
レイとファラルの会話が噛み合ない。
「レイ」
ファラルに呼ばれたレイは、
「何?ファラル」
と笑って返事を返した。
「何故付いて行った?」
ファラルが再度聞いて来る。レイは笑って、
「成り行きと、力に興味があったから、かな?」
「そうか。だが、無茶はするな。いいな?」
ファラルがレイを諌めた。いつもと変わらない口調と表情。だが、その中に本当の怒りが隠れていた。
レイは一瞬で真っ青になった。
「い・い・な?」
深く、低い、全てを魅了するような声。ファラルの発する声はある意味毒だ。レイは慣れているから平気だが本気で怒った声は本気で怖い。レイは今まだそんなに自暴自棄になっていないから。
「分かりました。すみません、ごめんなさい、しばらくはしないと思います」
ファラルはただレイを見下ろしていた。
レイは何となく正座をしている。二人の力関係がよく分らなくなる瞬間だ。
ファラルが長い溜め息をついた。
レイの緊張は増しくいく。
レイは俯いていた。急な浮遊感があった。ファラルにお姫様だっこされていた。
「ファラル?何で抱き上げるのかな?」
レイはファラルに言ったが、ファラルの表情を見て答えは求められなかった。
(本気で怒っている。決定事とか何もしてなかったから、ファラルは本気で私の事を怒っている)
もう一度謝ろうかと考えているとファラルが声をかけて来た。
「見ろ。そろそろ決着がつく」
ファラルの言葉に教会の屋根に視線を向けると、アルが自身の銀色の髪を風に舞わせ神父であったモノにトドメを刺していた。
「本物は、もう死んでいるな。あれは人の体を媒体とする種族だから」
レイの言葉に、ファラルは何も返事を返さなかった。
「まだ怒ってるの〜許してー」
変に間延びした言葉。それでもファラルは何も言わない。
いつの間にか教会に戻っていた。ファラルは庭でレイを下ろすとまたどこかへ消えてしまった。
「レイ!」
気付いたらしい二人が駆け寄って来た。
遠から何人もの気配が教会へ向かって近付いて来る。
寄り道は終わった。後は帝国へと向かうだけ。
〜おまけ〜
「レイ、何故食堂を離れたんだ?食堂に居ろと言っただろう?」
レイは馬車の中でアルのお叱りを受けていた。
ヘルスとロリエは視線を逸らしている。アルもファラルと同じ無表情で怒るが、怒りが全身から滲み出ている。
本日二度目のお叱りだ。
それでも、ファラルの怒りの方が恐かったレイは、アルの怒りごときでは動じない。
「ごめんなさい」
レイは素直に謝った。
「理由は?」
アルの尋問が続く。
「その、ボーッとしていたらいつの間にか腕を掴まれて教会に連れて行かれていました」
アルは頭を抱えたくなった。
「もういい、分かった。今度からは気をつけるように、そもそも襲われなかったから良かったようなものの・・・。ファラル殿が居なければレイの末路はあの狼だったんだぞ?」
レイは神妙にしている。何も言わない事に決めたのだろう。
それからしばらく説教は続いた。
夜、レイの説教を終え、馬車を移動したアルはある事を考えていた。
(ファラル殿の力・・・。何なんだ、あの力は。魔力が消耗しているような気配は無かった。呪文を唱えるのもあまりにも短い。レイにしても、魔力は感じられないが普通の人間とも思えない。あの二人は、本当に何者なんだ?)
アルは、眠らずそんな事を考えていた。
不意に差し出される手があった。その手にはお茶があり、手の持ち主はベクターだった。
「考え事か・・・。レイとファラル殿の事か?」
何となく鋭い。誤魔化しが効かない事も知っている。
「まあな」
素っ気なく答えるアルは、ベクターから受け取ったお茶を飲んだ。
「ファラル殿は俺にも掴めない。でも、レイには思う事があるんだ」
ベクターの言葉には興味を持った。聞き入っている様子を見せると、
「レイは、本当のレイではない気がする。笑っていても本当に笑う事が無いような気がするんだ。冷静に何時も自分を見ている。もしくは、線を引いていると言ってもいい。レイは普通の13じゃないと俺は思う。彼女は、アルに似ていると思った。親しい者以外には決して本心を見せない、仮面を被り、演技をしているそれが俺の印象だ」
アルはただ黙っていた。ベクターは何も言葉を発しない。
アルはゆっくりと口を開いた。今までと全然違う口調で。
「それがお前の見解か・・・。それには信ずるに値する理由があるか?俺は、お前の洞察力も信頼しているつもりだがな」
私が俺になっている。まだ完全にではないが本性をちょっと現した。
「理由か・・・。一度、浅かったがレイの本当の笑いを見た。俺が見たレイの笑いの中で一番小さな笑いだったが、それだけが本当の笑いだった気がする」
アルは妖しく笑った。暗闇の中で見えないはずのアルの瞳が、琥珀色の瞳がまるで夜空に浮かぶ月の様になっていた。そう、アルの瞳が黒に染まって行く。
「久々だな、その目を見るのは」
「俺も、こんな所であんなに厄介な魔獣に遭うとは思ってなかったし、あれほど力を使うと思っても無かった」
ベクターが軽く笑った。その気配を感じたアルは、
「何だ?」
とぶっきらぼうに言った。
ベクターは笑いを噛み殺しながら、
「いや、それ程まで頑張るのは、レイの為か・・・と、思ってな」
アルは何も答え無かった。
「明日も早いぞ。もう寝ておけ」
ベクターは年上らしくアルに忠告した。
立場的にはアルの方が上だが、年齢的にはベクターの方が上だ。そして、その言葉は年下に対しての響きを持っていた。
「ベクターも寝ろよ」
アルはベクターに同じ言葉を返すと、全てではないが意識を手放し、眠るのとほぼ同じ状態になった。
今回はあまり出番の無いベクターをおまけに出してみました。
レイは一応、全員に怒られました。一番レイを怒ったのはアルですが、一番レイが恐かったのはファラルです。