13:野営
馬車が止まった。辺りはもうすっかり暗くなっている。辺りには何一つ光がない。
アルが馬車を降りる。
「光よ この地を照らせ」
ただの小さな呟き。呪文とも言えない呪文。
そんな呟きだけで、この辺りは明るくなった。
アルの力を初めて垣間見たレイは、冷静に驚くでなく、思った。
(力の強い者だ)
ただ、それだけだった。
辺りが明るくなると、ヘルスとロリエが出て行った。レイもその後に続く。
馬車を降りている者は少なかった。何人かが降りて来て荷馬車から何かを出して各馬車に持って行っている。その中にはオーエンとナイザーの姿が見えた。
「レイ、ファラル殿を呼び出してくれるか?」
アルが唐突にレイに言った。いきなり言われたがレイは慌てず、
「分かりました」
と、答えると、カウントを始めた。
「いーち、にー、さーん、しー、ごー、ろーく、なーな、はーち、きゅー、じゅーう!」
アル達が呆気にとられてレイに注目していた。
すると、
「呼んだか・・・」
後ろでファラルの声が聞こえた。
レイ以外がビックリして振り向くと、フードを被ったファラルがそこに立っていた。
「どのような移動手段を使ったんですか?」
アルの言葉が敬語になる。
ファラルはフードを取ってその秀麗な顔を露にされると、何故か言いようのない緊張感を感じてしまう。
「移動手段は秘密ですよ、アル。それにしてもファラル、何でもっと早く出て来ないの?」
レイの言葉に、
「一の時に出て行こうかとも思ったが、勝手に私の意見無視で答えを言われた仕返しをしてみた」
たったの九秒?とレイ以外の三人が思ったのは無理もない事だ。仕返しが地味すぎる上に軽すぎる。
「その事については謝るけどさ」
レイの言葉にファラルは、
「謝る必要はない。今ので気が済んだ」
とても軽いストレス発散法だ。
レイとファラルが無言で見つめ合う。双方ともに無表情で。
ロリエはその変な雰囲気を払拭すべく、
「ファラルさんも来たし、そろそろ馬車に戻って夕食を待とうよ」
ロリエの言葉にアルがそうだな、と返すとレイとファラルの変な雰囲気も消え去った。
「隊長。五人分の夕食と二人分の毛布を持ってきました」
兵士が扉の外から声をかけて来る。
「ご苦労」
アルがそう言うと、扉に近かったヘルスがその扉を開ける。
そこには料理を持っている兵士と、毛布を持っている兵士の二人の兵士が居た。
五人全員に料理が行き渡ると、五人は黙って食べ始めた。
一番最初に食べ終えたのはファラルだった。次にレイ、アル、ヘルス、ロリエ。
ファラルの料理への感想は、
「保存食か、食べれん事はない。だが、好き好んで食べたいとは思わない」
レイはファラルのその言葉に、
「アル、ごめんなさい。多分ファラル隊に入ったら食事時絶対に居なくなると思う」
ファラルのあれだけの言葉で、それだけの予想が出来るのは一重にそれだけ付き合が長いという事。
アルは意味が分からないらしく、顔に困惑を浮かべていた。
今の所食べ終わっているのはレイとファラルだけ。二人は色々な会話をもの凄い速度で展開していた。
アルは食べる事に集中していたので気付かなかった。二人の交わす会話の中にどうでも良い事から、見過ごせない情報までも加わっている事に。
アルが食事を終えると、ファラルの方に体を向けた。
それに気付いたレイとファラルは話すのをやめてアルの方に意識を向けた。
ロリエとヘルスもそれに気付いて、食べながら意識は三人の方へ向けていた。
「二人が帝国へ来るにあたり、まだ先がどうなるかは分からないが、計画を立てておいた方が良いと思うので少し質問させてくれないか?」
アルの言葉にレイだけが頷く。ファラルはただ視線を向けているだけだった。
「まず、ファラル殿には魔法の知識があるのかどうか?属性は何なのか?だが・・・」
「独学、赤の地使い」
簡潔に、清々しい程端的にファラルが答えた。
アルは苦笑して、
「次に隊での生活の事だが、隊専用の宿舎があるそこに住んでもらう事になるんだが」
「構わない」
ファラルの答えは素っ気ない。
「詳しい事は帝国に着いてファラル殿が正式に隊に入ったらもっと詳しい説明を聞く事になると思う」
アルはそう言ってファラルへの質問を終えた。
そして、レイへの質問に移った。
「レイは学校に行っていたか?」
レイは笑って、
「行ってない。でも昨日ロリエに少し教えてもらったし、ファラルからも習った事があるから一年生分くらいは出来てるかな?」
と答えた。
「読み書きは?」
「大丈夫。ファラルに習った」
アルはそうか、と呟くと真面目な表情で、
「レイには・・・レイは、魔法が使えるか?」
レイはちょっと意外そうな顔をすると、
「分からないんですか?」
と聞いて来た。
アルには判断がつかない。有るのか無いのか、ただ魔力の気配は感じられない。
それでも、使えそうな気がしてしまう。
「無いですよ。かなり微力には有るかもしれないですが、そんな力をこんな自分に感じた事無いから。いつもファラルが何とかしてくれるし、魔力が無い方が良かったと思うし」
レイの言葉には少し引っかかる事があった。だが、学校に行っていないのなら仕方の無い事なのかもしれない。
「では、学校は普通の学校になるな。何にせよ入学試験がある、帝国に着いたら勉強を教える者が必要だな・・・」
それから少しアルは考え込んでいたが、誰も何も言わなかった。
ロリエとヘルスはもう食事を終えていた。
アルが顔を上げてレイの方をまた向いた。
「取り敢えず、学校によっては寄宿舎がある所もあるが、学校は着いてから調べよう」
何となく、時々感じる事。
一応年下だからなのか。
この中で多分一番年下だという事は分かる。
アルは17歳で、レイは13歳。4歳の歳の差は大きい。
やっぱり、
(アルは、私の事を子供扱いしているな。言い方が甘いと言うか、優しいと言うか、多分私が多少の無理を言っても聞くだろうな)
レイはそんな事を考え、ある事を言い始めた。
「アル、一つだけお願いがあるんだけど・・・別に駄目なら諦める程度の」
「何だ?」
アルが意外そうに聞き返す。
「あのね」
ファラルは言う事が分かっているらしくレイの方に意識を向けているが聞き入る感じはしない。
むしろ、分っていないアル、ロリエ、ヘルスはレイの方に意識を向けると何を言うのだろう?と言う表情でレイの言葉を待っていた。
「出来る事なら寄宿舎のある所へは行きたく無い。それと、ファラルと一緒に住みたい」
ファラルはその言葉を聞いて、
「レイがそれを望むなら私は構わないし、その隊専用の宿舎、とやらに部外者が立ち入れないのならレイと共に住める所を探す。それが無理ならば即刻帝国からは立ち去る」
と、つけ加えて言った。
アルは、悩んでいると誰から見ても分かるような表情をすると、
「だが、レイは仮にも年頃の娘だろう?」
諌めるように説得するように言った言葉は、レイの言葉に一蹴された。
「そんな事考えていたら旅なんて出来ないよ?」
もっともな意見だ。
アルはまた考え込むと、
「分かった。レイも宿舎に住んでいいだろう。ただし、ニ階のロリエの部屋の隣だ。三階に私やヘルス、ベクターの部屋がある。ファラル殿は三階の私の部屋の近くが空いているのでそこに。ちなみに、その宿舎は魔導士専用の宿舎になるので、魔力を持たないレイにはきついかもしれないぞ?」
と、レイの望みを飲んでくれた。
(予想通り)
レイはそう思うと、嬉しそうに笑いながらアルにお礼を言った。
夜。今日は曇りで星も月も見えない。
アルの力で明るかったこの一帯は、アルが術を解くと一瞬で闇夜に飲み込まれた。
ファラルはまた姿を消した。いつの間にかに居なくなるのが得意なんだと思うし、そうでなければあの外見は目立つ。
レイは眠っていなかった。昨日も眠っていない。手にはいつものようにナイフが握られている。
外を見ても一面の闇。常人であれば飲み込まれるような錯覚に陥ってしまう出歩く気を失ってしまう程の闇夜。
(こんな夜に出歩きたいと思うのは、こんな夜が愛しく一体になれる気がするのは私だけかと思ってしまう。
私は、狂っている。どうしようもない程壊れている。そう考えるようになったのは何時からだったか?
でも、動かしてくれるファラルがいるから、生きてる。
望んだわけではない命に生かされている。
子供が集う学校とは、何だろう?だが、興味など無い。
行きたくも無い、いつもこの突発的な衝動は、持て余してしまう。考え無しに何かを決定する。
どうでもいいから、何でも良い。何時、こんな答えを出したのだろう?
殺したい。殺して、楽になりたいと願うのは罪だろうか?
ここに、私の居場所など無いのに。どこにも、居場所など無かったのに。
神、お前は本当に意地悪だ。逝きかけたのに生き返すとは・・・そんなに私にそっちに行って欲しく無いのか?
お前の息子を殴ってトラウマを与えてしまった事は謝るが、お前の息子は私よりも遥かに長い時を生きている。
そんな事で機嫌を損ねられてもこちらが困る。
早く楽にして下さい、もしくは早く全てを終わらせて下さい。
いいでしょう?
だって、今の私には力など無いのだから)
無茶苦茶な思いがレイの頭の中に入り乱れる。
頭が痛くなる。
だから、他人の中に居られないんだ。
『本当の望みを叶えた事は無いくせに。どうして、どうでもいい事ばかりを叶えるの?』
お前に、神に質問した。だけど、答えてはくれなかった。だから、諦めたのに・・・なのに、神の息子なんか寄越すから殴った。たった一発、手加減はして、殴った。
神の意志は理解していた。神が人に出来る事も知っている。でも、
(今更、どうでもいい)
いつも、諦めで終わる思考。
必死になる事を拒否する私。
自分でも、情けないと思う。醜いと思う。狡いと思う。
でも、そんな風に育ってしまった。生まれながらの気質は変わらない。
(私の存在意義は、私の産まれて来た意味はあるのだろうか?)
あの日から、いつも考えていたこと。
人は皆、それを探しているのかもしれない。
人は皆、そんな事で悩んでいるのかもしれない。
死にたいとは、誰もが考える事なのかもしれない。
苦しいとは、誰もが思う事なのかもしれない。
それでも、自分の苦しみは自分にしか分からず。
人の苦しみなんか分からない。
人は誰かの為に生きれるようには出来ておらず、だからこそ誰かの為に生きようとするのかもしれない。
偽善という名の仮面を被って。
それは優しさであり、同情であり、愛情であり、慈愛であり、慈しみでもある。
それを否定しない。
愛はあるだろう。
それを否定しない。
好意もあるだろう。
それを間違いだとも思わない。
ただ、私がそれを知らないだけで、私がそれを忘れただけで・・・。
だからこそ、私が全てを偽善と呼ぶ。それは、ちゃんと分かっている。
私は、人だから。
誰に、何と言われようと人だから。
人で、あり続けたいから。
なんだかよく分らない文章ですが、これから頑張って繋げて行きたいと思っています。(設定忘れてしまいそうですが・・・)
レイは神様に会っているという事です。その息子を殴っています。かなりの罰当たりです。でも、それぞれに色々な事情があります。
それを書いて行ければいいな、と思っています。