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血の契約  作者: 吉村巡
137/148

136:急転直下

 レイが土人形ゴーレムとして作ったシーラから受け取った猫の観察記録は、レイの欲しかった記録を持ってきてくれたらしい。

 あの小さな家の貧しい母子は驚くほどの幸運に恵まれなければ、貧しい生活から抜け出せない。それでも、あの小さな少年は一人きりになることを回避した。

 ファラルが操る馬上でレイはあの母子と、炎とともに土へと還ったシーラのことを無表情に目を瞑ったまま考えた。

「シーラは、かわいそう?」

「人形に何故そんなことを思う?」

 問いかけとも、ひとりごとともつかないつぶやきに答えたファラルに、レイはまたつぶやく。

「炎は熱い?」

「燃やさなければ込めた魔力が消費されない」

 きっと、この不安定な少女は傷ついているのだ。

 背負えない、命もないモノに。

 そうだと分かるほどに、ファラルはこの少女と共に時を重ねた。

 くだらない、と切って捨てるにはレイの感傷は彼女にとって近すぎて、尊重するにはレイをレイたらしめる意志が強かった。

 そうして、瞑った目を開いたレイはつぶやきを漏らしたことなどなかったかのような笑みへとかえた。

「この冬はもう、大人しくしてる」

「そういって何度、騒動を繰り返した?」

 凄まじく妖艶なファラルの笑みに、レイは動じることなく答えた。

「阻むモノを除いただけよ」

 あの頃から精錬はしたものの成長することのないこの娘の本質は、変わらない。

 変わることを許していない。

 許さないまま、終わる。

 終わってしまう。

「そうか」

 笑みをおさめたファラルは感情を乗せない声で相槌をうった。




 アマリリス・シュトルムはカナタ・シルロードが医務室を出て行った気配を察知しながらサラサ・ミカサエルの看護のために製薬室に出ばっている保健医を魔道具で呼び出す。しかし、これはついでだ。

「はい、すぐに来て下さい。そしてできれば、ヒアネオ先生にも来ていただきたいとお伝え下さい」

 後半が本音だった。

 アマリリスはこれからやってくる2人にどう説明したものか、と頭を巡らした。

 呼び出した2人が到着する前に説明のための整理を終えると、余裕のできた頭にある思いが浮かぶ。

 それはレイと言う先程までここにいた女生徒のことだ。

 あの礼儀正しさは時に慇懃無礼と思えるのに、彼女の握る場の空気がすべてを許させる。いや、許す前にそれが当然だと、受け入れさせる。

 並外れた頭の良さは鬼才と呼ぶべきで、それは魔力にさえ及ぶ。

 けれど、普段は全く感情を読ませない彼女が故意にか不意にかアマリリスに見せた感情。あれは、

(神殿への嫌悪?)

 神殿ーー教会ともよばれるーーの敬虔な聖職者や信者の中にも現世の中には派閥があって、その中の少なくない流派には旅人をよく思わないところがある。

 彼女が神殿を嫌う理由は充分だ。しかし、彼女がそれだけで他人に感情を見せるほどの嫌悪を抱くだろうかと問われれば違うような気がした。

 それに、どうして彼女は閲覧禁止資料の中に特効薬のレシピがあると断言できたのか。

 記憶に残るのに不思議と印象には残らない。そんな彼女に対する疑問が次々に浮かんできたとき、医務室の扉をノックする音が聞こえた。 

 入室を願うこともなくそのまま一番に入ってきた人物は、白衣を着た初老の紳士。この医務室の本当の主。

 続いて、なぜか同じ四古参であるブフナー・グイノスと彼に抱きかかえられているアマリリスの直属の上司で、学園では四古参の教師として揺るぎない威厳を備えているーーつまり、抱きかかえられていることになぜか違和感はない雰囲気なーーヒアネオ先生の両名。

 最後に、次代の学園長と名高いヘルマン・メルヴィルが入室して扉を閉め、鍵をかけた。

「患者に何かありましたか?」

 真っ先にサラの眠るベッドに向かった白衣の紳士、サルト・ムーナンの代わりに、ブフナー先生の恭しいエスコートで床に足をつけたヒアネオ先生が真剣な顔で問う。

「レイに協力を要請し、これを手渡されました」

「これは?」

「この度の流行病の特効薬、と彼女は言っていました」

 一瞬でその場に緊張が走る。

 それが本当であれば、騒動が一気に終息にむかう。

「・・・それで、まだ確証も得られていないソレを患者に飲ませたのですか?」

 サルト医師は前に診たときよりも劇的に症状が緩和されている患者にホッとした様子を見せながら、アマリリスを穏やかな声で糾弾した。

「はい。すべての責任は私が取ります。ですがその話の前に、今回の流行病でレイに指摘されたことを、そして私が受け取った彼女が作った特効薬についてお話すべきだと思っています」

「いいでしょう。ここに居る者すべてに、学園幹部会統括責任者として今からアマリリス・シュトルムの話すことに守秘義務を課す」

 ヘルマンが早速そう宣言すると、

「剣術畑の俺には、難しいことは分からんぞ?」

「ブフナー、黙ってお聞きなさい」

 雰囲気を壊しかねない発言をしたブフナー先生に年齢はいくつかの差があれど飛び級により、かつての同級生でもあるヒアネオ先生がぴしゃりと言った。


 レイとの先程のやりとりを要点をかいつまんで説明すると、それぞれに浮かんが疑問はともあれ、まずは行動しなければ、とすぐさま役割分担のための話し合いが始まった。

「神殿への対処は、ブフナーに割り当てましょう。私はあちらの上層部からは嫌厭されていますからね。閲覧禁止資料の開示を求めても時間が掛かるばかりです」

 ヒアネオ先生は状況踏まえて冷静に判断を下す。

「しかし、俺には閲覧禁止資料のどこを探せば良いのかなんぞさっぱりだが」

 頭をかいて困惑を現すブフナー先生に、ヒアネオ先生は呆れることなく、

「見当はついていますよね?アマリリス。貴女はブフナーについて神殿へ向かいなさい」

「はい」

 迷いないアマリリス先生の返事に、ヒアネオ先生は鷹揚に頷く。

「でしたら、私は臨床実験を進めていましょう。ちょうど、町の病院から現状では回復の見込みがないと重症患者を数人任されました。薬の安全性は確保できずとも構わないと確約済みです」

 サルト医師は真面目な顔で役割に名乗りを上げる。

「ならば私は、今までと変わらずに対応していましょう。ヘルマン先生、貴方には」

 ヒアネオ先生に、みなまで言わせず、

「裏で、人員の調整をしておきます。状況が整い次第すぐにでも情報開示と量産態勢に移れるように」

重畳ちょうじょうです」



 各自の分担が終わると早かった。

 医務室の看護助手を3人呼び出したサルト医師は、そのうちの1人にサラの様子を看ているように指示し、小瓶を大切そうに持って残りの2人と連れ立って臨床のために部屋を足早にあとにする。

 ヒアネオ先生はヘルマン先生に人員配置についての確認を行ってすぐに自分の持ち場へと戻り、ヘルマン先生は学園中を駆け回って現在の状況と調整について巧妙に話をつけていく。

 アマリリスとブフナー先生はそれぞれに学園長や各部署に根回しを行ったり、大神官宛に早馬を送ってもらったりして学園に設置されている大神殿への転移陣の使用許可が下りるのを待って学園から大神殿へと移動した。

 閲覧禁止資料は大神殿の立ち入り禁止区域にあるが、一定の条件を満たせば結界に阻まれることなく中には入れる。

 学園関係者の中では学園長と2人以上の四古参もしくは5人以上の学部長の推薦を受けた学生や研究生、一般教員。そして、学部長以上の人物ならば鍵つき以外の本棚はフリーパス。

 けれど、鍵つきの本棚の閲覧禁止資料を見るためには神殿側の許可の証である鍵が必要で、その許可()は普段よりも少し早くに渡された。

 しかし、

「さすがに、一級資料」

 苦々しいつぶやきが漏れる。アマリリスは目的の分類を見つけるのに予想以上に時間がとられてしまったことに焦っていた。

 鍵を受け取る前に目的の資料があるであろう場所を確認しようにも、盗難防止用に分類配置図があるわけではないし関係者に聞くわけにもいかない。

 恐らく今回への神殿への協力要請は“特効薬開発の手がかり”を見つけ出すため、としているだろう。だとすれば、アマリリスが探している文献は警戒される。

 本棚の鍵を開けては本を何冊か手にとっては目的の系統でないことに落胆して、それを元に戻すことを何度繰り返しただろうか。まだ本棚は目眩がしそうなほどある。

 アマリリスが探している本、それは、

(悪魔系統の本だけは、閲覧禁止資料とは違う場所に置かれているのかしら)

 そう思ったときだった。

「うおっ」

 焦ったような声にバサバサと落下音が続く。

「ブフナー先生!?」

 振りむくと嫌な予感通り、本が床に散乱していた。

「貴重な文献がっ!!」

 ほとんど悲鳴を上げるようにして(ここは結界による完全防音なので叫んでも問題ない)落ちた衝撃で開いたりしている本の状態を確かめるために、一番近かった題も何も書かれていない本を急いで手に取る。

 これは少し古い型のノートだとすぐに気づいた。ヒアネオ先生にこっそりと見せてもらった表に出せない先生の資料の中にあったのと同じ、ノートにしては装丁が整っている上に分厚すぎて本のように見えてしまうのだ。

 ページが折れていないか確認した瞬間、アマリリスは“奇跡”を知った。


『高山地域で発生した原因不明の病について。原因は歪みと精神状態と推測。対処法は向精神薬の投与が有効と思われるが、依存症に注意。向精神薬に特に有効と思われる材料と精製法は以下の通り』

 

 形式的ではない。粗いくらい簡潔に、けれど神経質なまでに1つの取りこぼしもみられない。そんな覚え書きのような内容の、美しい筆致で書かれた文章。

 どこかで見たような気がするのは、覚えのある筆致で連想される人物がいるのは、どうしてだろうか。

 ほんの少し予想していて、考えないようにしていた事実。

「・・・何が正しいのか、わからなくなりそうです」

 本の扉のページに書かれた人の名を見て、アマリリスは途方にくれたようにつぶやいた。

 アマリリスの母と兄弟は“あの日”に死んだ。

 同じく、その名を覗き込んで全てを察したブフナー先生はアマリリスの頭をグシャグシャと慰めるには乱暴な手で不器用に撫でた。

「物事に事実はあっても何が正しいかどうかなんて個人で違う。同じ人間でも、赤ん坊と大人とでは違うのと同じことだ。物事は、変わっていくんだよ」

 ブフナー先生は四古参ゆえに教師陣の簡単な経歴を把握している。そして当時、まだ四古参ではなかったものの在学中に“彼女”とも関わることは幾度かあった。


『レイニング・ブラウン』


 流麗な筆記体で書かれた名前。

 彼女の本名を知る人間は一握り。

 

 

 

 




 

 

 

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