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「先程の薬の作り方と、材料を教えていただけますか?」
「・・・何故ですか?」
アマリリス先生の問いにレイは少しだけ目を見開いて、心から不思議そうにそう聞き返した。
その返答はつまり、教えることの拒否だった。
「私は申し上げたはずです。特効薬は既に開発されている、と。材料や作り方もレシピとして明文化されています。だとすれば、どうしてそちらを探し出そうとしないのですか?いいえ、どうして探し出せなかったのですか?私は、私が開発したわけでもない薬を私の文字で、さも私が作り出したもののように扱われることが我慢できません」
責める眼差しでも、非難の顔つきでもなく、嘲りすら感じさせない表情で、淡々とけれども痛烈な言葉を口にした後、レイはふっ、と緊張させた空気を哀れみとも言うべき小さな笑みで緩めた。
「探し出せなかったことの原因がすべてそちらにあるとは思いません。全てが全て努力不足というわけではないのでしょうから。ただ、常識を疑うことをしなかっただけです。それを責めるのは他人に対して私が求め過ぎているということになってしまう。しかし、私は一度実演しましたし、これ以上関わるのは私の本意ではありません。私は私が果たす役割をほぼ終えました。おんぶにだっこ、と言うほどではないですが私はこれでも甘い対応をしているつもりなのです」
レイの表情は小さな笑みのまま崩れない。アマリリス先生はレイに対する説得の言葉を考えているらしい。射るような視線にレイは説得の言葉を聞く前に再び口を開いた。
「ですが、私の存在を公に一切口外しないことを条件として特効薬のレシピの所在をお伝えします。どうしますか?」
レイはアマリリス先生にそう問いかけた。
「その条件をのみます」
レイの気が変わることを恐れるかのように、答えはすぐに出された。
「カナタは?」
「口外されたくないって言ってることをわざわざ吹聴するほど、友人としての良識を捨ててない」
こちらもすぐさま答えが返って来た。
「では、すぐに神殿の閲覧禁止資料を適当な理由を付けてでも探して下さい。・・・さて、これで私の役目は終わりましたが、カナタは今日の見返りとして明日の朝10時に城の転移門の窓口に体力自慢と筋力自慢を数人ずつ連れてバランドロからの荷物を受け取って来ること。この間の、バランドロからの迷惑料ってことで全部寄付として学園宛にしてるから、ちゃんと学園に運んでね?」
レイはカナタに腹に一物あることを隠すことなく笑いかけて言った。
「じゃあ、私はファラルと帰るけど、カナタは荷物運びを手伝ってくれる人達を探したほうが良いよ?アマリリス先生は私の存在を口外しないためにも、ヒントは学園の資料室で見つけたとでも言って下さい。あそこは神殿にとっても未開の巣窟です」
レイはそう言って残りの薬の入った小瓶をサラの分だけ残して、アマリリス先生の臨床用に幾つか欲しい、という希望に逡巡を見せた。
「レシピと同時進行で臨床実験は出来ませんよ?」
「辻褄が合わないことは分かっています。けれど、今は実験を待つ時間すら惜しい。信頼できる人間以外には明かさず、効果に確証が得られれば私の責任で実験なしに行き渡らせます」
「分かりました。お好きにお使い下さい。そのかわり、貸し一つです」
「いいでしょう。私の借りの精算方法はレイさんが考えておいて下さい。私にできないこと以外はのみましょう」
「勇ましいですね、先生」
レイが浮かべたアマリリス先生への笑みに冷笑の気配はなく、ただ純粋な感心だけがそこにあった。
「さて、交渉はこれで本当に終わりです。もしもサラが急変すればすぐに連絡を下さい。快方に向かえば、そこからはカナタの手腕になるから」
後半はカナタへ向けての言葉だった。まっすぐな目に怯むことなく頷いたカナタを確認して、レイはファラルの背に、なかば隠されるようにして帰っていった。
「さあ、ぼんやりしている暇はありませんね」
アマリリス先生の言葉にカナタは「はい」と決意を込めて短く返事をした。
容態が落ち着いてきたとはいえ、まだまだ不安の残るサラに対して後ろ髪引かれる思いはありながらも、アマリリス先生がこの医務室の本当の主達を呼び出すのを最後に聞きながら、カナタは医務室をあとにした。