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血の契約  作者: 吉村巡
134/148

133:先生の怒り

「・・・知っていて黙っていたとはどういうことですかっ!?あなたはっ、何人の命が犠牲になったと思っているの!?」

 学園全体に温厚で通っているアマリリス先生は先生である前に薬学を志した身だ。純粋に人の命を救うために。だから、この怒りは当然である。

 怒りで体を震わせるアマリリス先生を凪いだ目で見つめたレイは、

「細く、長く、搾り取るような病気ですから意識障害による外傷や持病の悪化を除けば、純粋に流行病のみの死者はまだ1000にも届いていないと思います。あと2週間もたてば何倍にも膨れ上がるとは思いますが」

 と手元に視線を落として淡々と返した。その手は淀みなく調合の準備を進めている。

「私は、多くの人間を救いたいと思ったこともなければ、多くの人間が死んだからと悲しんだこともありません。沈黙を咎とおっしゃるのなら無知も罪ではないのでしょうか?」

 問いかけているのにレイは答えなど求めていないようだった。アマリリス先生が答える前に、レイはさっさと自分の答えを出した。

「どちらも状況による、と私は思います。知っていて黙っている理由によります。無知ゆえに何が起きるかによります。今回私は知っていて黙っていました。黙っていた理由はたった十数年前に一部地域で流行し、特効薬によってすぐに収束した病で私に何の関係もない人がいくら死んでいこうと興味はありませんでした。それを咎だといくら言われようと私は歯牙にもかけないでしょう。そして、誰かが私を罰することもまた出来ません」

 準備を終えると同時にレイは言葉を終えた。

「先生の糾弾は、私の心に響きません」

 顔を上げ、アマリリス先生を見つめ返す場違いなほど穏やかな笑みとともに。




 始めます、と準備が済んですぐに薬作りに取りかかったレイにアマリリス先生もカナタも声をかけられなかった。

 目にも留まらぬ早さで調合が行われていくさまは圧巻だった。

 魔法も同時に使うことで2つしかない手の代わりにレイが持ち込んだ薬草などをすり潰し、混ぜ合わせていく。何人もの人間が協力して行う調合をレイは一人で進めていた。

 焦りも、余裕さえも見せない変わらない表情のままにレイは真剣な気迫を全身で発していた。

 長いような、短いような曖昧な時間を、ただ調合とサラの微かに乱れた息遣いの音だけが部屋の中の音を支配していた。やがて調合の音が少なくなっていき最後には消え去った。

 コトッ、とレイが液体の入ったビーカーを机に置き、アマリリス先生とカナタを振り返っていった。

「これで完成です。小分けできるこのくらいの蓋付きの容れ物はありますか?」

 レイが左手の人差し指と親指で3〜4センチを作る。はっとした先生がすぐさま先生が医務室の中にある戸棚を物色して未使用らしい薬瓶から丁度良さそうなものを幾つか見繕って持てるだけを持って調合した液薬の入っているビーカーの側に無言で置く。

「ありがとうございます」

「・・・持ってきすぎたかしら」

 先程までのやりとりを忘れられなくても努めて当たり障りのない言葉を先生が口にし、レイも当たり障りなく返す。

「足りなくてまた行くよりは良いですよ。先生にとって、この薬は試薬でしょうし」

 僅かに残しておいた薬の材料を確認してほしい、といってアマリリス先生に見せている間にレイはカナタに薬の小分けを頼み、自身は機材の保守点検と手入れ、そして簡単な片付けと掃除を人力と魔法で丁寧に素早く終えた。レイが終えると同時にカナタもアマリリス先生も作業を終えた。誰かが計ったようなタイミングだった。



 小分けを終えたカナタはちらりとサラの様子を見た。レイの調合中に何度か様子を見たが悪化していくばかりだった一時に比べると安定した様子に、レイはカナタのいない空白の時間に何をしたのだろうか、と何度も疑問が頭をもたげた。けれど問いかけることも出来ずにただ直感に従ってレイを信じた。

 他人がいくら死のうと興味がない、と言ったレイ。けれどそれは、もしかしたら裏を返すと友人に対しては違う、ということにもとれるのだ。

 レイは捻くれているが問いかけられたことに対しては素直に答えを返す人間だ、とカナタは思っている。勿論、黙秘や聞かれないことには答えないという側面もある。

 でも、レイは言った。「サラを助けて欲しい」と言ったカナタの言葉に「いいよ」と。

 カナタはその言葉を信じる。



「あ」

 レイ、カナタ、アマリリス先生の3人で顔を突き合せて薬の使い方と効能について話し合い(といってもレイが説明するだけだが)をしようとしたときだった。レイが何かに気付いたようにそんな声を上げたのは。

「先生、すみません。部外者が校内に無断立ち入りしています。ですが、今回は見逃していただけないでしょうか?」

「それはどういう」

 先生がそう口にしようとしたときだった。

 医務室の扉が開き、完璧な整った顔立に無愛想と無表情を貼付けて、左手に猫をぶら下げたファラルが入って来た。

 

 

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