131:助っ人終了
レイが少年に手渡した薬が、ちゃんと服用されたのを確認してから診療所に戻った頃には辺りは日が暮れかけていた。
「レイちゃん、良かった。少し遅いから心配していたんだ」
ホッとした様子のジークフリードにご心配をおかけしました、と謝るとジークフリードはこっちが頼んだことだから、と逆に負担をかけてしまったことを詫びた。
「助っ人に来たんですから、気になさらなくて良いんですよ」
簡易依頼完遂証明として、それぞれの依頼状に診療所のサインか印を頼んでいたので全て手渡す。
「若いのに、しっかりしてるね」
「旅人に老いも若いも無知も博識も関係ありませんでしたから」
お金目的ではないので今回はただの信用証明にしかならないが、お金が絡むと依頼をしたかしないかで揉めてお金が払われない、ということが一般人と旅人の中にはあり得る。それでなくとも旅人の社会地位は低く偏見は多いのだ。
実を言うと、レイもファラルも旅人としての苦労をしたことはあまりないのだが・・・。
「そっか」
深くは聞かれず、それ以上語ることもしなかった。
その時だ。
「レイ」
自分を呼ぶ声に振り返るとそこにはファラルがいた。何故ここに居るのだろうか。
驚きは少なかったが、周囲に気を配っていなかったので気配を巧みに隠していたファラルに直前まで気付かず、完全に不意をつかれたレイは咄嗟にどう返すべきか迷っていた。念話しようにもファラルの方がそれを拒否している。
(ほとんど独断で黙って出てきたからかな?)
可能性に思い当たり、じっとファラルを見つめていると、
「迎えに来た。・・・レイがお世話になりました」
登場理由をレイに伝えた後、ジークフリードに向かってそう言って軽く頭を下げた。
一応、一般常識に照らし合わせた保護者としての振る舞いをしてくれるらしいが、とても違和感がある。全く表情が変わらない上に淡々とした口調なので、あくまで一応なのだ。
「いえ、こちらこそ。彼女のおかげでとても助かりました」
そんな言葉を交わしてファラルがジークフリードにもレイを迎えに来た旨を改めて伝えるとジークフリードは惜しがりながらも別れの言葉を口にした。
「ファラルって、やっぱり敬語似合わない」
レイが遠慮会釈もなく、そんな感想を口にすると、「そうか」と全く気に留めもしていない返事が返って来た。
「何で気配消して来たの?」
「呆けているようだったからな。逆に問おう。気付くのが遅かったが、どういうことだ?」
「・・・気が緩んでた。今回の騒動が終われば今よりも厳しい稽古をつけて」
ファラルはレイをちらりと見下ろした後、「分かった」と頷いた。
レイは話の内容を転換するために、
「それより、ファラルはどうして私を迎えに来たの?」
「城にバランドロのネレウスという人間から目録と少量のサンプルが届いた」
「ああ、分かった。ファラルがその配送役に名乗り出たんだ」
「名乗り出る?【蓮華館】に配達物があるとあちらのほうから仕事を振って来た」
自然とその仕事が割り当てられる空気を既に作っていたのか、と若干推察のズレを修正する。それでも、事前に予想していた結果の一つだ。
レイは小さく溜息を吐くと、既に日の落ちて暗くなった空を見上げる。オレンジと紫が混じり合ったような西の方向の空を見つめていると、ファラルが不意にレイの頭をなでてきた。
「疲れたか?」
唐突な問いに、レイは自分のことを振り返り、確かに精神が少しだけ疲弊しているかもしれない、と結論を出す。でも、
「疲れている暇はない。すべきことをしなければ、断ち切れない。取り戻せない。・・・終われない」
決まりきった答えだ。
私は私に止まることも諦めることも、逃げることも許していないのだから。
(仕方がないと割り切れる理由はたった一つだけ。・・・私が消える時)
ファラルだって神達だって知っている、私の存在の不確定性と異端性により、どんな術もない時だけだ。
それは、今この時にきてもおかしくない。
でも、一番早い方法をとることも出来ない。
それが神との契約だ。
「そうか」
「そうよ」
これ以上は何も言わない。
それが、レイとファラルの距離感だった。
【蓮華館】に戻り、ファラルに見せられたサンプルと目録に目を通し、全て状態も良く間違いもない事を確認する。
次にファラルに頼んで庭に出てから小さな猫の土形を作ってもらい、薬を手渡した少年の家の監視役として放って貰う。確認が終わり次第、土に還るように細工をして。
準備は全て整った。
確認が終わったあとは、上手く文献の手筈を整えておけば必死で特効薬を開発しようとしている人達で何とかするだろう。
2、3日もあれば片がつく、と思っていた。
「いってらっしゃい、シーラ」
猫は鳴くこともせず、足音もなく闇の中に消えていった。
「魂もない土形に名前を付けたのか?」
「駄目?」
「無駄だとは思う」
「・・・私は一般的に言えば、現在進行形でいろんなモノを無駄にしているから、今更1つ2つ増えたって構わない」
そう思っていた。
彼が、飛び込んで来るまでは。