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血の契約  作者: 吉村巡
131/148

130:毒か薬か

パソコン直ったー!!

 家に向かう僕は一刻も早く母さんに小瓶の中身を飲ませようと家までの道を急いでいた。

 その途中、誰かに呼び止められたのに気付いて逸る心を抑えながら足を止めた。母さんと2人だけの生活で、近所付き合いは大事な物だという骨の髄まで染み付いた習い性だ。

「アンタのお母さん、体調悪いって言ってたわよね?だったら近所の診療所に行きなさい。行くだけで診断は出来るから」

「それ、どういう」

「あたしらにもよく分かんないんだけどね。すぐに診断できる魔法陣が出来たらしいのよ。ともかく、行ってみなさい」

「は、はい」

 急いでるとこ引き止めて悪かったね、とあっさり話から解放されるとそのまま一直線に家に帰った。

 すぐに薬を、と思って女の言葉を思い出す。

「流行病の特効薬、だっけ」

 自然と呟いた言葉の胡散臭さは学がなくても分かる。特効薬が開発されたという話は聞かない。毒か薬か、薬だとしても病気でない時に飲めば毒になる、という話はどこかで聞いたことがある。でも、このままでは母さんはただ死んでいくだけだ。

「母さん、診療所に行こう」

 ベッドに横たわっている母さんにそういうと、母さんはそれを困ったように拒んだ。

「お金が掛かるし、駄目よ。私が働けないから家計苦しいでしょう?」

「診察にお金は掛からないらしいんだ。だから、お願い一緒に行こう。だって母さん、だんだん食べなくなってるだろ!?お願いだからっ」

 初めて泣きそうな顔を隠しもせずに叫ぶようにいうと、

「・・・わかったわ」

 迫力に気圧されたように母さんは承諾した。


 家に帰って来た母さんはどこか気落ちしているようだった。

 診断で流行病だと確定し、切り詰めていた生活費をさらに削って僅かな薬を買うけれど、2日も持たない量だ。

「母さん、薬飲もう」

「ええ」

 ぼんやりしている様子で薬を溶かし込んだ水を飲む。

 母さんは、気付いた様子がなかった。

 飲んだ薬が診療所で買ったものではないことに。

 水桶の側に空の小瓶が置かれていることに。




「サラ?良かった、ここにいて。姿が見えなかったから探してたんだ」

「長い休憩を貰ったから」

 本から顔をあげてサラは部室に入って来たカナタに静かに言葉を返した。

「サラは文献調査組だったよね?」

 流行病の特効薬を開発するために、古い文献にそれらしい記述はないかを門外漢だが本好きが高じて大抵の本ならば読み解けるサラまでをも助っ人として使っているということは、開発が上手く進んでいないということだ。

「うん。カナタの方は?」

「学園で出来た試薬を臨床試験会場まで配送する護衛補佐。って言えば聞こえは良いけど、実態は下っ端としてご用聞きだった。次の仕事依頼は最低2刻後」

 そういうと、カナタはサラに近付いて読んでいた本にサラの目の前の机に置かれていた栞を挟んで、サラの手にカナタの手を添えて本を閉じさせ。

「長い古代語の本を割り当てられて明け方まで掛かったって聞いたけど?休憩中なら目を休めるべきだ」

 生真面目な言葉と表情。それでも、その瞳に浮かんでいるのは心配の色だということに気付けるのは幼馴染みだからだろうか。


 それが今は、心苦しい。


「レイならあれくらい、あっという間に読んじゃうんだろうね」

 話題を誤摩化すようにしてつい浮かんでしまった彼女のことを話題に出す。

「読書スピードが速ければ効率が上がるのは確かだが、速いからといってゆっくり読んでいる者よりも素晴らしということはないだろう?読書の究極は本からどれだけの知識と考えを得られるか、そして、本を読むことが好きかどうかだ」

「そう、ね」

 カナタは正しい。カナタは優しい。

 

 そんな目で、私を見ないで。


「本、駄目?」

「駄目」

 キッパリと宣言されてサラは名残惜しそうに本を見つめながら、

「寮に戻って、ちょっと眠ってくる」

 と、小さく笑って言った。

「待って、サラ。その前に食堂だ。最近食欲落ちてるだろう?今は常時、軽食が用意されてるから」

「そう?別に、お腹空いたって気はしないけど・・・」

 きょとん、と首を軽く傾げて心底意外そうに呟いたサラに、カナタは嫌な予感を覚えた。

 飲まず食わずで本を読み解く姿に、強く声をかけることができなかったと情けないことを言った文献調査組の夜食担当に泣きつかれて、泣きついてきた生徒にサラが体調を崩したらどうすると怒鳴りつけたくなったのをこらえて、割り当てられた役目を終えてすぐにサラを探した。

 夜食担当の生徒によると、少なくともサラが食べ物を口にしたのは人数の関係で早めにとった夕食が最後だ。そのときの食事量は少なめだった、と自分と交代に役目に就いたクラスメイトが言っていた。

 カナタの駆られている不安に気付くことなく部室を出て行こうとしたサラの手を直前で掴んだ。

 手で測ろうと思って自分の手の温度が平均以上だと思い出し、掴んでいないほうの手をサラの頭の後ろに回し、自分の額をサラの額に優しく触れさせる。目を閉じてそこだけに意識を集中させる。

(熱い)

 平熱が低いサラが徹夜をしていたなら体温は普段よりも低くなる。一般に、微熱と言われるほど平熱の高い自分よりも体温が高いということは無理をした上に負担をかけて悪化した、ということだ。

「サラ、熱がある。気付いてなかった?」

「ね、熱?」

 驚いたような反応に、気付いていなかったのだろうと判断する。それに、近くでよくよく見ると僅かに目が潤み、頬が赤くなっていた。

「すぐに診てもらおう。薬室に医者は常駐してる」

 がっちりと抱えるようにして部室を出ると、サラに負担をかけないように歩幅を調節しつつも急いで廊下を突き進む。

「カナタ、大丈夫よ?元々体は丈夫だし、寝ていれば治るわ」

 思い詰めたような顔をしているカナタにそういうと、カナタの形相は一変し、

「これ以上悪化したらどうするんだっ!?」

 ピタリと立ち止まって、滅多に見ることのない怖い顔でサラを怒鳴った。

 しかし、カナタはすぐに竦んで動けなくなっているサラに気付き、顔に後悔を滲ませて再び歩き出した。前を向いて歩いているカナタの表情は、身長差のあるサラにはよく見えなかった。

 








 


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