12:馬車に乗って
カーン、カーン、カーン
どこからか鐘の音が聞こえて来る。
今まで喋っていた、レイもヘルスもロリエもベクターも黙ってその鐘の音を聞いていた。
鐘の音が余韻を残しながら終わるとレイが質問した。
「あれが出発の準備終了の合図ですか?」
「そうだ、割と早かったな。もう少しかかるかと思っていた。これから人が大勢来る、早めに乗っておけ」
ベクターがロリエにそう言うと、
「わかった」
ロリエが心得たとばかりに、レイの手を引くと一つの馬車に向かって行った。その馬車の前で止まると、
「これが私達の乗る馬車。私とレイの他にアルとヘルスが乗るわ。ベクターは先頭で後ろの誘導をするから乗らないんだけど」
そう言って扉を開けるとロリエは中に入り、レイの手をとって中に入れた。
馬車の中には四方に窓が有り、全てにカーテンが取り付けられており、襲撃対策用らしい矢を防ぐ板が取り付けられるようになっていた。座席は長時間乗っているのに耐えられるような柔らかい物を使っており、馬車を操る人と話せる工夫もされていた。
一見、外から見れば簡素な作りだが、実際は結構な内装と上質の素材を使っている。
(隊長クラスとなればこんな馬車も使うか・・・)
無感動にをんな事を考えてたレイは、席に座りながら窓から外の景色を見ていた。
ロリエとレイの間には何の会話もなかった。ロリエは手に持っている本に目を落としており、レイは元々他人との会話では、話かけないと喋らない事が多かったからだ。
そんな沈黙を破るかのように、馬車の扉が開いた。
レイとロリエの意識がそちらに行くとそこにはアルがいた。
「居るな」
アルが短くそう言うと、扉を閉めどこかへ去って行った。
「確認に来たって事は、そろそろ出発ね。その内二人が来るわ、鐘の音がまた鳴ったら動き出すからね」
「了解」
ロリエの言葉に、笑って返事を返す。それから会話に発展する事なく、二人の間にはまた沈黙が訪れた。
しばらくすると三人分の足音と、会話をする声が聞こえて来た。ロリエとレイが意識をそちらに傾けると、声は予想通りアルとヘルスのものだった。
どんどんと足音は近付き、馬車の前で止まった。扉が開いた。ヘルスとアルが入って来てレイの前にアル、ロリエの前にはヘルスが座った。
もう一つの足音は馬を操る兵士のものだったのだろう。御者が乗る所に気配がある。
「お疲れ様。仕事も一段落ね」
ロリエが本に栞をして二人に話しかけた。
「ああ、油断は出来ないがな。賊の中には魔法を使える者も居るから・・・」
アルが疲れを見せずに答えた。恐らく彼は人に自分をさらけ出せないタイプだろう、
(それは私も同じだが・・・)
レイがそんな事を考えていると、話を振られた。
「レイ殿は馬車に乗った事はあるか?」
アルに急に話を振られたレイは、ボーッとしながら何かを見ているようで見ていなかった。だが、そんな中でも話は聞いていたらしく、
「そうですね、ファラルがどう交渉したのかは分りませんが二・三回乗った事はありますよ。待遇はもの凄く良かったです。でも、こんなに立派な馬車に乗った事はないですが」
知れば知る程、ファラルがよくわからなくなって来る本当に、彼は何者なのだろう?そんな考えがレイ以外の三人の頭によぎる。
そのとき、
カーン、カーン、カーン
また、鐘の音が鳴り響いた。
鳴り終わると馬車がゆっくりと動き出した。
「出発だな」
誰ともなく呟いた。先程までの会話は中断され、ファラルについての考察も消えた。
「帝国に着くのは三日後だ。疲れたり、気分が悪くなったりしたら言ってくれ」
アルがレイを気遣うように言った。
「ありがとうございます。でも、御気遣いなく。きっと大丈夫ですから」
そう言うレイに、
「レイ、油断は禁物だよ?私も初めの頃は大変だったんだから。無理はしないでね?」
ロリエの言葉に、レイは、
「わかってますよ。でも、言う事に根拠はあるの。ファラルが馬車用意した時に一週間くらい乗りっぱなしだったから。そのとき別に苦ではなかったよ?」
レイが笑いながら言う。
「そうなんだ、レイすごいね、数回しか乗った事ないのにもう酔わないんだ〜」
ヘルスが感心したように言う。
アルが目を見開きポカンとしている。
「アル?どうかしたの?」
ロリエが何故か驚いているアルに質問した。
「いや・・・。いつの間に仲良くなったのか?と・・・。珍しいと思ってな。ヘルスは特に初対面の者に対して親しくなるのに時間がかかる」
「よく分ってるね〜僕の事。アルやベクターよか数倍ましだと思うけど?ま、ベクターも仲良くなってるけどねロリエの次に」
アルはレイの方を見た。レイは何となくアルを見つめ返す。そんな状態がしばらく続く。
口を開いたのはロリエだった。
「アルもレイも何見つめ合ってるの?ただ単にアル以外の皆がレイには呼び捨てされても良い、自分を呼び捨てしても良いというだけでしょう?」
(だから、それがアルにはビックリなんだよロリエ・・・)
アルの内心を分っていないロリエだが、ヘルスはロリエのそんな鈍い所が可愛いと思う。
盲目的な恋だ。
「いや、つまりだな・・・。こんなにも短期間で私以外の者がこんなに早く仲良くなったのが珍しいと思てるんだ」
今一アルの心情を理解していないロリエにアルが説明する。
やっとアルの言っている事を理解したロリエは一つの提案をした。
「そうだ!アルもレイの事、呼び捨てしたら?レイもアルの事呼び捨てしても良いってことで!」
アルはロリエの言葉に絶句した。口をパクパクさせている。
「アルシアさん、呼び易いもので御呼び下さい。ロリエ、アルシアさんの事困らせたら駄目だよ?」
レイは苦笑してアルとロリエに言う。
「でも、その方が仲良くなった気がするじゃない?」
「ロリエ、呼び方一つで変わる距離はあまりないと思うけど。呼び捨てしたからと言って仲良くなれるとは限らない、逆も然りで、さん付けしているからといって親しく無いという訳でも無いと思う」
レイの言葉には何となく説得力があった。
「でも、さ・・・」
ロリエがレイの言葉に小さく自信なさげなものになる。
ヘルスが少し慌て始めた。アルの脇を気付かれないようにひじで小突く。レイはロリエの方を向きながら盗み見ていた。
レイは何となくこの後の展開が予測できた。自分がするであろう行動を考えれば良い。
「レイ、と呼んでも良いか?私の事もアルと呼んで構わないから・・・。敬語などもなくていい」
予想通りの言葉だった。自発的にはやらないだろうが誰かに進められればやる。何となくレイはアルが自分に似ていると思ったが、それは微かな重なりだという事もわかっている。
(私はアル程、純粋では無いだろうからな。相容れない考えの方がいくつもある)
でも、アルに返すべき言葉は決まっている。
「もちろん、良いに決まってるじゃないですかアル。こちらこそ、よろしくお願いします」
満面の笑みでレイはアルに言った。
時折、短い会話をしながら馬車はどんどんと進み途中で休憩のために一度止まっただけで走り続ている。
ずっと外を見ていたレイだったがいつの間にか辺りが夕方になっていたのには気付かなかった。レイはずっと外を見ていたが夕焼けに気がついたのはつい先程だった。
(もう半日以上たつのか・・・)
無表情でそんな取り留めの無い事を考えていた。
外を見ていて、ずっと景色が変わって行くのを見ていて、きっと辺りがオレンジ色に染まって行くのは見ていたのだと思う。でも、意識はしていなかった。それはきっと必要のない事だったから。
(クセだな・・・)
自嘲気味に思う。
関係のない事には無関心。それは他人でも同じ事、今ここで襲撃されたとしても抵抗するのは偽るためだけだろう。
冷めた頭で考えるのは自分に対する嘲り、でもファラルは言ってくれる、
『そんなお前が嫌いじゃない。お前は優しい、人を殺しても、傷つけても、壊しても。レイはそのままで良い。人間等、変わる時は変わる、例えお前が自分を嫌いになっても私はレイを嫌いにはならない。レイが変わってしまっても嫌いにはならない。今、そんな事で悩んでいるレイが私には愛しい』
本当に過保護。レイはいつも呆れてしまう。悩んだ事も忘れて。
そして、嬉しくなる。どうしようもない事に飲み込まれた時、自分が不確かになった時、それがレイを支えてくれる。
(私も、ファラルに依存しているな。会えなければ寂しい。話せなければ不安)
今話そうとすれば魔力を感じてここに居る誰かが気付いてしまう、使う魔力は普通の魔術師には感じ取れない程微弱なものだが、ここに居る人達にはわかってしまうだろ。
それを危惧して使いはしない。
ファラルが言った事だ。“魔力がないはずの私がそんな事をすれば必ず怪しまれる”と。
分ってはいる。
だが、他人の中に居て苦しいのは変わらない。
ファラルと話せなくて寂しいのには変わらない。帝国に着いて、私がファラルとしばらく離れる事になる選択をしなければ変わらないだろう。
(ファラルは、どう思ってるのかな?)
きっと、レイの心配をするだろう。なにせ、
(過保護だからな)
双方の気持ちを理解出来るくらいには、お互いに分かり合っているし、それを表現し合っている。
そう思うと、何となく心が安らいだ。
辺りは段々と暗くなって行く。
「そろそろ野営の為に馬車は停止する。ファラル殿はその時に呼んでくれるか?大前提としては、ちゃんと付いて来てくれているかなんだが・・・」
アルの言葉にレイは、
「それは大丈夫。私の言葉が信用できないってことは、ファラルの事を信用していないのと同じ事。そんなんじゃ、ファラルも私も直ぐに帝国にもアルの隊にも見切りをつけるから」
レイは自信をもって言い切った。口元には薄い笑みを浮かべている。
アルは何となく緊張してしまった。他の二人は感じていないみたいだが、アルは確かに感じるレイに対しての言いようの無い威圧感。
でも、それは直ぐに消えた。口元だけの笑みが消えた途端その威圧感は去った。
「レイって手厳しいね〜」
ヘルスがアルを見ているレイに言った言葉で、レイは口元だけの笑みをやめたからだ。
満面の笑みで、
「え〜、大切な家族みたいな人を疑われたら絶対に少しはムッとしますよ〜」
レイはヘルスにそう言った。
「まぁ、そうだけどね」
「確かに」
ヘルスとロリエがアルを少し睨む。
アルは分が悪いと感じたのか、
「失言だった」
と謝ってきた。
「もう気にしてないからいいですよ」
レイが律儀に謝って来たアルに呆れたように言った。
その一方で、
(へぇ〜、謝れるんだ)
と、かなり失礼な事を思っていた。
そろそろ、馬車が止まる頃。
ようやく、アルまで呼び方を変える事が出来ました。
今回はレイの思考が多かったですね。それに、書いた通りレイには魔力がありません。ファラルの力を借りている状態です。