126:惨劇の日
ジークフリードが真夜中に叩き起こされたのは兄が設計した我が家について契約して、両親達が初めて泊まっていた、その日のことだった。
ダリアードとマリナは仕事が山のようにある、と泊まるのを断ってマリアを抱いて帰っていたが、兄夫婦が建ててくれたの扉を、文字通りの新築の扉を壊す勢いで叩かれる音と尋常でない誰かの叫び声によって起こされた。
セリナも親達も飛び起きて来たが、ジークフリードが代表して異様な雰囲気の訪問者の正体を確かめるべく玄関に向かった。
「どちら様で、」
誰何したジークフリードの言葉を遮って、音の主が叫ぶ。
「ジーク先生っ!!大変なんですっ!人がっ、人がっ!・・・棟梁達もっ」
「ニック!?落ち着けっ、一体どうした?」
昼間、家具の搬入を手伝ってくれたジークフリードとも長い付き合いのダリアードの一番弟子のニックが凄い形相で何かを訴えて来たが、かなり気が動転しているのか要領を得ない。
「何があった?兄さんに、何が起こったんだ?」
同じ言葉を繰り返し、支離滅裂な言葉を繋げて兄一家の身に何かが起こったんだろうと漠然と感じ取り、そう聞くと、
「アッ、アレはっ・・・棟梁達も、死んでるっ!!」
ブルブルと青ざめて震える姿に正気は感じられない。けれど、その動転した様子がニックの言っていることが異常な事態だと伝えてくる。
「セリナ、父さん達も家の中に居て。兄さんの家には僕が行ってくる。絶対に、緊急以外で家から出ないで」
ジークフリードが動揺で凍っていく頭で家族にそう伝えると、彼らの答えを待たず、脇目もふらず兄の仕事場兼自宅へ走った。
ダリアードの仕事場の出入り口に到着すると、体当たりと同じ勢いで中に飛び込んだ。
あちこちに散乱した書類と設計図。割れた窓は不思議と室内には落ちていない。
そう、あたかも部屋の中で嵐が起こったかのように滅茶苦茶な有様だった。
そしてそこに、人間の姿は無かった。
歪な形の1つの球体と4つの棒のようなものが突き出した、つい数刻前に見た記憶のある服に覆われた、大きいほうが小さいほうに折り重なるような大小2体のソレをジークフリードは人間とは認めない。
「・・・・・・」
どうしようもなく震えてくる体を無理矢理動かしてそれに近付き、膝をつく。
球体の部分に触れようと手を伸ばすと、その前にその一部がボロっと砂のように陥没する。
触れる寸前だった手を止め、そのまま見つめ続ける。
「っ!」
ジークフリードが見つめている中で気付いたのは、大きいほうの棒の1つの先に落ちていた見覚えのある指輪。
「っ・・・兄、さん」
それは、はめていると危険な職場以外では常に兄が身につけていたセリナと対になっている結婚指輪。
これを人間だと認めない。
これを死体だとは認めない。
けれど、これは疑いなく兄夫婦の骸だった。
ダリアードとマリナの、蹂躙され、尊厳すら踏みにじられたあとの姿だった。
何を思ったかなんて覚えていない。
ただいろんな感情や思いや考えがグチャグチャになって、それから新居に居るはずの父親がジークフリードを正気に戻した。
「ジークっ!しっかりせんかっ!!」
頬への衝撃とともに意識を取り戻したジークフリードは目の前にある骸に、今度は覚悟をして視線を向けた。
最初は骨と皮、そんな形容がぴったりだった。
血という血が抜き取られ、干涸びたような姿。
それが、ボロボロと砂のように崩れていく。
病や毒で、こんな死に方をする人間を知らない。
これが、殺されたのだとしても、ただの人間にこんなことは出来ない。
「・・・どうして、こんなことに」
つい漏れた言葉に、父親は何も答えなかった。
覚悟していたのに心が揺れる。父親も見たことの無い厳しい顔をしているが、数年前まで自警団の団長を務めていた経験からか経験の無い事態にもジークフリードのように取り乱す様子は無かった。
淡々と膝をつき、そっとダリアードの腕であったであろう場所に触れた。けれど、触れた瞬間に脆い砂のようになってそこから崩れていく。
父親はすぐに手を引いたが連鎖するようにそこから2つの骸がボロボロと崩れ落ちていくのを父親もジークフリードも止められない。
ジークフリードはどうすることも出来ずに父親とともに茫然とその光景を見つめた。
崩れ落ちたあとには、大きな砂のようなものの山とダリアードとマリナが着ていた服、そして、床に落ちて転がって来たダリアードの指輪が残っているだけだった。
そこで気付く。
「マリアは?」
マリアはどこだ?ここにはいない。小さな骸なんてここにはない。
「マリアっ!?マリアっ!?いたら返事をしてくれ!!」
声を張り上げて家中を探しまわる。でも、一通り探しても見つからなかった。
いやな考えが頭をよぎる。
「マリアっ!!お願いだから、返事をしてくれっ!」
全室の扉を開け、張り上げた声でそう叫ぶ。
カタッ、という小さな小さな音が聞こえた。
最悪の可能性に占められていたジークフリードのなかに、一筋の希望の光が射した。
たった一度だけのその音は兄の仕事場から聞こえた。
まだ中にいた父親がやって来たジークフリードの顔を見て頷き、戸棚を指差した。
そこには兄が仕事場を作った当初に一度だけ口にしていた子供しか入れない中から外が見える隠し部屋がある。マリアが大きくなれば書類をいれる部屋にしようとも言っていた。
徹夜で仕事をしなければいけない時に夜泣きをするマリアに気付けないのはまずい、と作られた物だ。
「・・・」
昔見た手順の通りにそこを開けると、音もなく無き震えていた、マリアの姿があった。
「マリアっ!よかった。よかったっ、マリアだけでも、無事で」
差し出したジークフリードの手に一瞬怯えた様子を見せたが、すぐに自分から抱きついて来た。
「うっ、ふっ、ふええぇん、ええぇぇん」
しっかりとしがみついて声をあげて泣きじゃくる。
一体、何を見たのだろうか。
でも、この幼子に何かを聞くことは出来なかった。