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血の契約  作者: 吉村巡
124/148

123:寝静まったあとに

 セリナの大量に作られた料理は完食されることはなかった。ボルシチはまだ鍋に3分の1残っている。

 デザートは夕食のあとに食べても胃に重たくないブラマンジェが出された。

 食後はマリとマリアとともに学園での宿題の進み具合を報告しあったり、軽い近況を話し合ったが、レイは学園からの特効薬開発の要請を拒否したことは口にしなかった。

 クルシューズ家は一軒家ではなく一軒一軒がそれぞれのプライベートを保てるが一部の通路で大浴室など共同で使える場所に繋がっている廊下が建物の中にある。近所との付き合いを深められるように、との事らしい。もちろん男女別であるし、集団で入ることがどうしても駄目だという人のために各家に備えつけの浴室もある。

 建物の入り口である門はメイン道路に面し、そこから中に入って中央と両サイドに階段がありそれぞれの家の玄関に向かえるというちょっと複雑な構造だ。慣れていない人なら、どの家が誰の家か少し迷いそうにも思えるが、一軒一軒家の趣が異なっていてよほど周りを見ていない人間でなければ迷うことはない。

 建物全体に対して一つ一つの家が大きいせいか戸数は少なく、一つの建物に6戸だ。そんな建物が近所に向かい合ったり隣接するようして10軒。

 10軒にそれぞれ異なった趣や個性がありつつも、周囲から異彩を放つというよりも自然とそこに溶け込みながら存在している。

 建物は一番最初に建てられたものでも、築18年と首都の平均的な居住建築物の平均築年数からしたら最近のものだ。立地条件や住み易さ、デザイン性その他諸々の魅力が着工前から噂になっていて、完成した10軒の建物の家は世帯主募集を出してから、それぞれ一年足らずで60戸が全て埋まった、という伝説的な記録を持つと大浴室でマリアに聞いた。

 普通はどんなに人気の物件でも一年足らずで全世帯が埋まることはほぼない、というのが世間の常識で、この建物はその常識を打ち破る功績を叩き出したのだ。

「私達は子供達が生まれる前にここに引っ越してきたんだけど、ちょっと伝手があって事前予約をしていたおかげで、すんなりと入居が決まったのよ」

 と、セリナが補足した。


 お風呂から上がって、全員が夜着姿で我が家に戻る。冬場でも廊下は建物内にあり、なおかつ体が冷えないように室温を変化させる術式が随所にあるので風邪を引く心配はない。

 マリアがカードを何処からか出して来て一般に普及しているゲームを行う。酒場などでは金品を賭けることも多いがここではそんなことはしない。

「レイ強いっ」

 ほとんど文句のような主張に、レイは苦笑して、

「場数が違うからね。イカサマする相手の身ぐるみ剥がしたこともあるし」

 と答える。結果は7回のゲームの内6回の勝利。レイの圧勝だった。

「このゲームは確率計算と心理駆け引き、弱くても出し方を考えればよっぽど酷い手でない限り大体勝てるのよ」

 最初に勝ちを譲った以外は一度も負けなかったレイが揃った手札をテーブルに広げている。

「純粋な運の勝負なら勝敗の確率は平等よ」

 勝った人間がカードを混ぜる。レイは手慣れた手つきでカードをくって、中央に置く。しかし、

「はい、今日はもうゲームは終わり。子供は寝る時間だよ」

 とジークフリードがそのカードの山を手に取ってケースのなかにしまった。

「「「はい」」」

 子供3人は素直に返事をして就寝の挨拶をするとマリアとマリは自室へ、レイはあてがわれた部屋へ向かった。




 冬の夜は長い。

 まだ深夜と呼ぶべき薄暗さの中でジークフリードは目を開けた。

 連日続いたほぼ徹夜の激務のせいか長く眠ることに体が慣れない。普段はセリナと寝室で眠るのだが、この時期はーー帰って来ている時点であまり意味がないと分かっているがーー自分を隔離するために3つある客室の内の1つを使う。今回はあまり使ったことのない部屋だ。以前にもよく使っていた客室は3つの中でも掃除が一番行き届いているので今日は子供達の友人であるレイが使っている。

 目が冴えてしまってもう一度眠ることは難しいが、だからと言ってこれから変に薬でも作ってしまうと疲れがとれない。

 そんなことを考えていると忍びよってきた寒さに体がブルリと震えた。とりあえず起き上がってゆっくりと床に置いた履物に足を入れる。

(何か飲むか)

 寝起きのせいか自分の体温が低いので、何か温かい物でも飲もう、と思い立って出来るだけ音を立てないように台所へ向かった。

 向かう途中にある廊下の窓から見えた空は雲がないにもかかわらず月や星は見えなかった。しかし、朝日の姿もまたなかった。夏であれば東の空が薄ぼんやりと陽の光が見えたかもしれないが、今眺める限りはそんな兆しは欠片もない。

 今日はそう酷い寒さにはならないだろう。たぶん雪も降らない。

(何を飲もうかな。ホットミルクはちょっと、コーヒーは休めなくなる、お酒は駄目、お茶も控えた方が良いか)

 選択肢がどんどんと消えていく。

「どうかしたんですか?」

「うっ」

 急に声をかけられて思わず驚きの声を上げそうになったのを無理矢理ねじ伏せる。

「・・・驚いた。レイちゃんこそどうしたの?もしかして起こしちゃったかな」

 一瞬で上場した脈拍数が状況を理解してすぐ穏やかなものに戻る。

「いえ、元々眠りが浅い方なんです。旅をしていると寝溜めも出来るようになりますし。起きたら喉が渇いていたので水でもいただこうかと思ったんですけど」

「そっか。眠りが浅いのは今は仕方ないけど、しっかり眠った方が体にはいいよ。僕は最近睡眠時間が短かったせいか目が冴えちゃってね。何か温かい飲み物でも作ろうかと思ったんだけど何にしようか悩んでる」

「台所を使わせていただけるなら、何か作りましょうか?」

「使うのは構わないけど、お湯沸かして自分で何か作るから別に良いよ」

「いえ、私も水より温かい物が飲みたいので。そこのレモンと蜂蜜、あと生姜を使わせてもらえれば簡単に出来ますから」

「だったら、お願いしようかな。正直言うと料理は苦手で」

 レイは笑って礼を言うと小さめのヤカンに1.5人分の水を入れて火にかける。沸騰するまでの間に瓶に入った蜂蜜を律儀にジークフリードに許可を取って戸棚から持って来た2つのマグカップの中に適量落としたあと、生姜をすり下ろしてもう一度蜂蜜を入れたカップの中に入れる。鮮やかで手際よく、なによりも早い。

 レモンを半分に切って絞り器で果汁をたっぷり搾ったあと、それを均等にカップの中に注ぎ込む。小さなレモンだったのでもう半分も同じことを繰り返す。

 残ったレモンの皮は生姜をすり下ろしたおろし器で軽く擦ってカップに入れる。

 丁度いいタイミングで沸騰を知らせるボコボコという音が鳴り始める。火を止めてヤカンを持ちあげて、また均等にカップに注ぐ。

スプーンでそれをしっかりかき混ぜたあと、味を確かめるようにスプーンで液をすくい口に運ぶ。

 納得のいく味だったのか小さく頷いたあと、味を確かめなかったほうをジークフリードの元へ持って来た。

「ちょっと熱いかもしれませんから、気をつけて下さい」

「ありがとう。これは、ホットレモネードか」

 先程の自分では飲み物候補の中にも入っていなかった一品だ。

「はい。蜂蜜を入れてますけど甘ったるくはなってないと思います。生姜を入れたのでちょっとピリッとするかもしれませんけど。レモンの皮は香りつけです」

 この帝国では珍しい作り方だったが、どこかの地域では一般的なレシピだという記憶が頭の片隅にある。

「久しぶりに飲むよ。いただきます」

 職場でのいれたてコーヒーの一気飲みによる耐性で熱い物が平気なジークフリードは手の中のホットレモネードも息を吹きかけて冷ますことなく口を付ける。

「おいしい。甘さ控えめだけどレモンの酸味はあまり感じないね」

「お口にあっていたなら幸いです」

 社交辞令ではない賛辞と感想に、レイは儀礼的に返事を返す。沈黙がその場を支配するが、それはお互いがレモネードを飲んでいるからだ。

 寝静まった家の中での奇妙な交流。けれど、あまり違和感を感じないのは何故だろうかとジークフリードはかすかに思う。その答えは急にレイの口からもたらされた。



「マリとマリアは双子じゃありませんよね?というより、兄妹ですらない」

 レイがいささか突飛に口にした言葉にジークフリードは飲んでいたレモネードを吹き出しそうになったのを無理矢理留めた様子だった。無理をしたせいで気管に入ったのか、出来るだけ音を立てないように咽せる。

 咽せる度に揺れて不安定な手からカップを受け取ってテーブルの上に置いていると、落ち着いたのか失態を見せて気まずく気恥ずかしそうな表情の中にレイの真意を測ろうとしているジークフリードの冷めた瞳がその挙作を見つめていた。

「マリが言ったのかな。マリアってことはないと思っているんだけど。見た目で気付けるような違和感はないよね?」

「2人にはそれらしい会話を今まで一度も聞いたことはありません。どうして気付いたのかと言われると確かな根拠にはなりませんが、マリのマリアに対する態度ですね。常識的なマリが実の妹に対する接し方には思えませんでした。これでも旅人でしたから他人の感情の機微には鋭いと自負しています」

 その答えを聞いてジークフリードは探るような雰囲気をおさめて困ったように笑った。

「そっか、やっぱりマリは覚えてたか」

「マリアは全く気付いてないと思いますよ」

「うん、それも何となく分かってる」

 少し考えるような沈黙が続いたあと、ジークフリードはテーブルの上に置かれたレモネードに手を伸ばす。飲みやすい温度になっていた。心を落ち着かせるような温かな熱をもったそれを一気に飲み干すと、覚悟を決めたように少し大きな音を立てて空になったカップをテーブルに置く。

「どうせ眠れそうにないし、僕の話に、少し付き合ってもらっていいかな?」

 問いかけるようでいて、断ることが許されない圧力がその言葉にはあった。

 レイは予想していたかのように綺麗な笑みを浮かべると、

「夜は、まだ明けませんから」

 と自身も中身を飲み干したカップを音もなくテーブルに置いた。

 


 

 

 

 

 

 




 

 

 

 

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