122:口約束を果たしに
お待たせいたしました。数年ぶりの更新です。
※初っ端から話数のミスをやらかしました。
修正済みです。
「で、結局レイちゃんには流行病の原因が分かってるの?」
「はい。でも、先生にももう分かってますよね?」
当たり前のことを確認するような態度のレイに、ジークフリードは表情を変えず淡々とした口調で、
「患者を診ている限り、精神に多かれ少なかれ打撃を受けている人が発病している。理由は個人個人によって異なるが、配偶者の死から友人との諍い、家族の不仲から恋人との不和など多岐に渡る。このことから原因を推測するなら精神に何らかの打撃を受けた際、もしくは受けている最中に普通は与えられない何かが起こり、患者の魂が徐々に欠如していく。それによって魂と体との間に不和が起こり体に影響を与え始める。顕著な例を挙げるとしたら自分の体に対する感覚の欠如。この感覚の欠如によって魂と体の不和を自覚させるための体の防衛反応として体温が上昇したり、体は栄養を必要としているのに食欲がわかなくなったりする。魂と体は密接に関係しているため、魂が弱っていけば体も弱っていく。流行病による患者の死亡は魂が限界以上に欠如したためだと考えられる」
と、まるで紙に書いてある内容を読み上げるように淀みなく推察を口にする。
患者を診てその人の私生活のことまで分かるのは町の診療所らしいと思う。
「その通りです。これで、私が病を気にすることなくここに来たわけは分かってもらえましたか?」
「理解はしたけど、それ以外にも普通の風邪は流行ってるんだよ?」
「タチの悪い風邪ではないですし、虚弱体質でも栄養状態が悪いということもありません。従って、罹っても問題無く完治します」
「強情だね」
「・・・少し、帰るのが憂鬱なんです。皆忙しくて、私はすることがなくて、しようと思うことにも時期が少し早いですし」
13歳の寂しさを紛らわせようとする無鉄砲だが普通の女の子にしか思えない発言に、ジークフリードは少しだけ態度を軟化させた。
「年末は、どこも色々忙しいからね」
「ええ。旅をしているとあまり感じなかったんですけどね」
この、なんだかワザとらしいほどしおらしいレイの台詞選択の裏にある意図にジークフリードが気付けなかったのは、レイの人となりをあまりよく知らない事とレイの演技力の高さにあるだろう。
レイは完璧に寂しがりで、でもそれを我慢している少女を演じた。この相手が多少なりとも素を見せている友人達だったならば激しい違和感に固まっていただろう。もしかしたら熱があるのかと心配し始めるかもしれない。
「・・・許可さえ出るのなら我が家に来る?流行病の原因だけは分かったし家族に感染する心配もない、患者もスムーズに診やすくなって職員が順番に家に帰る余裕も出て来た。僕が今日帰れるから、その時一緒に」
「・・・いいんですか?」
「勿論。歓迎するよ。僕の奥さんは今みたいにあんまり外に出歩けないようになると料理に凝る癖があるんだ。しかも大量に作り過ぎる。ま、そのお陰で忙しくて精神面がギリギリの状態になることが多いここの職員も、差し入れの食事が喉を通るんだけどね」
レイは逡巡し、けれど、
「お世話になります」
と頭を下げた。
下を向いたのでレイの顔が見えないジークフリードはレイの口角が企みが成功したときのように上がっていることに気付けなかった。
「ただいま」
「お邪魔します」
夕方、ジークフリードに連れられてクルシューズ家にやって来たレイは、その家族から歓待を受けた。
「いらっしゃい、レイ」
マリアがニコニコと歓迎の挨拶をした。
「話を聞いてから【蓮華館】に行って、頼まれてた荷物は預かって来てる。客室の数はあるし好きに選んで。荷物はもう客室がある廊下の前に運んでるけど勝手に荷解いてないから安心して」
マリは事務的に伝えるべきことを伝える。
「いらっしゃい、レイちゃん。どうぞ上がって。外は寒かったでしょう?今日の夕食のメインはボルシチよ体が温まるようにスパイスを加えてるからレイちゃんの口に合うといいんだけど。手を洗ったら、すぐ食事にしましょう」
セリナはお客が嬉しいのか活き活きと言葉をかけている。
「……」
ジークフリードの存在は完璧に無視されていた。ただいまに対する返答すらしない。
マリとマリアは意味深な視線を父に向け、
「「おかえり、(お)父さん」」
とすぐにその視線をそらして短い返答を素っ気なく返すとレイの手をとってさっさとその場を離れた。
ジークフリードの身に食事までの間に起こるのはセリナとの修羅場しかない。
今回、セリナは例年通り何度か診療所に泊まり込んでいる人達のために、そして患者のためにも泊まり込みで本格的な食事などの世話をしようとしていた。けれど、ジークフリードは流行病への警戒を強めていてセリナの泊まり込みの協力を良しとしなかった。
そんな訳で、セリナの機嫌は最高に悪かった。
セリナも夫の心配は理解できるだろう、でも、納得できないのだ。
何日もまともに顔を合わせることのなかった夫婦、(仕方がないとはいえ)原因は夫に有り。
舞で自然に鍛えられた筋力によって繰り出されるセリナの鉄拳や平手、蹴りによって喰らうダメージは大きい。
((平手一回で済めばいいんだけど……))
流石にお客様であるレイに修羅場を見せるのは躊躇われるのと、一応客商売である医者の顔が変形していれば患者が怖がる。更にマリは巻き込まれるのを危惧してそんなことを考えながら早々に避難した。
「さあ、冷めないうちに召し上がって」
セリナはニコニコとレイに食事を進めた。
「ありがとうございます。いただきます」
レイも微笑んで冷めないうちにスープを口に運んだ。
マリとマリアも同じように食べ始めて、セリナはその姿を嬉しそうに眺めたあと自分も食べ始める。
ボコボコとはいかないまでも明らかに平手の痕があり、けれど誰もがそれを華麗に無視していた。それに、セリナもジークフリードもお互いにスッキリした顔をしているのでわだかまりは消えたのだろう。
「それにしても、レイがお父さんの診療所に手伝いに行ってたなんて知らなかったわ。何で?」
「口約束を守りに。少しくらいなら協力できることがあるかも、って思って。雑用とか」
「でも、流行病のことがあるし軽率だと思うよ?」
マリがレイを窘めるが、レイは笑ってその意見を受け入れるだけでその意見に反省する様子はない。
「そのことだが、レイちゃんの協力で流行病の原因は判明した。だからこそ、父さんも家に戻って来たんだ。原因の情報は流行病対策本部にも連絡を入れたけど、特効薬がすぐに完成するかと言われると一概に言えないんだけど。レイちゃんにはこれからも協力してもらわないといけないんだけど、マリもマリアも今まで通りあまり外出はしないように」
「原因、分かったの?」
「ああ。恐らく精神の問題だ」
マリが不審そうな表情になる。
「おかしくない?それが原因で流行病になるなら今までにもなってるはずだ。だけど、そんな事例僕は聞いたことない。何で今年だけ急にそんなことが起こるの?」
「そこはまだ不明だ。それに、原因の最有力候補になっているだけで本当にそうなのかはまだ検証段階でもある」
「それにしても、レイはどうして流行病の原因が分かったの?」
男2人の会話を聞き流していて、ふとわいた疑問をマリアがレイにぶつけて来た。
「・・・原因が分かった理由は意識してなかったから自分でも上手く説明できるか分からないけど、今回の流行って広がり方が変だと思ったの。確かに寒い地域を中心に流行しているように見えるけど、どこから発病が始まったのか特定できない。だとしたら寒い以外に何か要因があるはずで、軽く調べてみたら内戦や不作や他国との戦争なんかで死者が多く出ている国が中心だった。死体や商人なんかが病気を運んでいるとも思ったけど、ほぼ他国の人間の受け入れをしない鎖国体制の国でも流行病が流行してたから他の要因がある。そう思って、寒さ以外に共通する要因を考えると精神面しかなかった。豊作でも他国との戦争があった国では流行してるしね。寒い地域に重なったのは偶然だと考えられるけど、ここ数年寒い地域を中心に凶作が続いてるせいか戦争や内乱は当たり前みたいだったから、そういう意味では必然だとも思う」
レイは淀みなく自分の理由を口にしたが、核心にはわざと触れずにいた。しかし、
「その仮定が正解だとしたら、どうして急に精神が肉体に影響するようになったのかが問題だね」
と、ジークフリードが核心への疑問を口にしてしまった。
「今は病気のことを考えないで!この状況では考えても分からないのよ?せめて食事中くらいは仕事から距離をとって欲しいの。ずっと緊張状態だとあなたが患者さんより先に倒れるわ」
「心配してくれてありがとう。でも、そこまでやわな体はしてないよ」
「それでもです」
「父さん、分が悪いんだから言い訳しない方が良いよ」
「お母さん本当に心配してるんだからね?」
セリナの言葉に息子と娘も加勢する。
マリの分が悪い、と言う言葉を思い知ったジークフリードは愛妻の手料理を食べることに意識を向けて、随所にセリナの惜しみない手間と思い遣りを感じる味に舌鼓をうった。