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血の契約  作者: 吉村巡
122/148

121:珍客現る

 レイが地下室に籠って作った薬は一人分。

 この薬は今流行っている病を完治させることが出来る。でも、別にレイが開発した薬ではない。作ったのは初めてだけれど、調合はしやすくて調合しようと思うなら学園の生徒でも可能だ。

(・・・誰かに、使いたいな)

 ほんの少しだけ好奇心が疼く。

 一度くらい使わないと効果がどの程度か自分で確認できない。けれど、レイは流行病に罹らないから自分で効果を確かめることが出来ない。

(時期的にも丁度いいか。あの時の口約束もあるし。見越してて良かった)

 妖艶な笑みを浮かべて、レイは薬を入れた瓶を手に持って片付けた地下室をあとにした。

 地上階に出ると先程までレイが居た地下室にしかつながっていない廊下からマーシャルがやって来た。

「レイちゃん。ちょうど良かったわ、今呼びに行こうと思っていたの。学園からのお手紙を持ったお客様がレイちゃんに面会したいって来ているの」

「わざわざありがとうございます。どこで待ってもらっていますか?」

「食堂よ」



 薬をスカートのポケットに入れて言葉の通りレイが食堂に向かうと見知った顔がそこにあった。

「アマリリス先生」

「お久しぶり、レイさん。授業の担当が違うから、こうして対面するのは特別受験の時以来かしら」

 穏やかで懐かしそうな表情のアマリリス先生に合わせて、レイも穏やかな笑みを浮かべて、

「そうですね。だとしたら、先生が私に意味もなく面会に来るのは不自然です。学園は現在流行病の特効薬開発で薬学の先生であるアマリリス先生はなおさら学園を離れることが難しいはずですから。・・・本題に入りませんか?」

 と、やんわりと本題に向かわせる。

「・・・薄々気がついていると思うんだけど、レイさんも言った特効薬開発の件で貴女の力を借りたいと思っています。各研究所の研究員、各学校の教師陣や生徒、そして多くの薬師が一丸となって特効薬の開発に取り組んでいますが開発は遅々として進んでいません。王都では数人、病による衰弱で数人の死亡が確認されています。これから死亡者が増えていくことは確実です。『ヴァルギリ』の解毒薬を完成させた貴女の薬学に対する深い造詣を私達に貸していただきたい。これは、学園の総意です」

「無理です」

 レイは即答した。

 アマリリス先生はすげない断りの返事に言葉を発せられないでいる。それをいいことにレイは続ける。

「私には今回の流行病の特効薬を新たに開発することは出来ません。私がいま学園に開発協力をするのは双方にとって時間の無駄だと言えます」

「それはどういう意味かしら?これ以上、流行病による死者を出さないためには特効薬の開発は一秒でも早く実現させるべき課題です。貴女の先程の発言は病に罹患している患者達に対して失礼かつ不用意なものです」

 薬学の道を進んでいる教師に対してレイの先程の言葉は適切ではなかった。薬学の教師は薬学の知識のみならず薬学を実際に用いるときの心得も生徒に伝えなければならない。それはつまり、患者の命と健康を第一に優先して考えるということだ。

 穏やかな先生ではあるがアマリリス先生は間違いなく教師だ。だから、先程のような発言をすればレイに対して言葉が厳しくなるのは当たり前だ。

「落ち着いて下さい。私は別に流行病に罹患した患者が全員そのまま亡くなってしまえばいいなどと思ったことは一瞬たりともありません。言葉の通り、私は新薬の開発に協力することが出来ないというより、私にとって今回の新薬開発は意味のない事だとしか思えないんです。それに、こちらにも都合があります」

 淡々と言葉を紡ぐと、先生も少し落ち着いたのかそれとも落ち着くために呼吸を整えていたのが功を奏したのかレイの言葉に静かに耳を傾けている。

「・・・レイさんが、新薬の開発を時間の無駄だという根拠は何ですか?」

 つとめて平坦に出された言葉に、

「分かっていただけないようなので、私の根拠を理解することもまた無意味です。・・・仕方のないことなんです。先生にとって私の発言は言葉が足りないでしょう?私も他人に言葉が足りてないということは自覚しているんですが、伝わらなければそれはそれでいいと思ってしまって。他人に理解を求めないことは私の悪癖だと昔ある人に言われました」

 答えを返すついでに、苦笑とともに弁解をしてみた。

「つまり、今までのレイさんの発言の中に貴女の発言の根拠は含まれているということね?」

「そうとっていただいて構いません」

「・・・今も理解は出来ないけど、貴女が協力できないことは分かったわ。本当に無理なのね?」

「そうですね。ですが、薬作りが始まる時にはぜひ私にも協力させて下さい」

「気が変わったらこの手紙を持って学園に来て。寮生でなくても中に自由に入れるようになっているから」

「はい」

 差し出された手紙を素直に受け取る。少し気がかりなこともあるので直感に従ってこういう機会に特権は手に入れておくに限る。

「そういえば、レイさんの都合って?あ、立ち入ったこと聞いてしまったかしら」

「問題ありませんよ。私の都合は私個人の口約束を実行するだけですから」

 レイは思う。やっぱり自分は遠回しな言い方しか出来ない、と。

「口約束?」

「診療所のお手伝いです」

 邪気のない笑みを浮かべて質問に答える。

 豊穣祭の時にマリとマリアの父ジークフリードと交わした何気ない口約束。

 レイはそれを実行する。

(薬の効果を試したいし。対象に困らない場所で探すのが一番手っ取り早い)




「で、冗談だと思ってた口約束を果たすために本当にここまで来たんだ・・・。いや、助かった。すっごく助かったんだけど、ある意味では困ると言うか」

 ジークフリードは嬉しいと困惑がないまぜになった表情でレイの対面に居る。

 連日のように患者が診療所の待合室の収容人数超過が朝から晩まで続いていた。診療所の職員は交替で数時間の仮眠をとり休む間もなく動き回っていた。今この時までは。

「判断ミスはしていませんよ先生。だって、明白だったでしょう?」

 笑って答えるレイに、ジークフリードは真面目な顔で、

「あんな選別法があるとはね。いつ気がついたの?」

「・・・知っているはずのことです。少なくとも、知ろうとした人間が居るのなら」

(特に、神殿にいる人間なら)

 レイの内心が分かるはずもないジークフリードは少し考えるように口元に手を当てると、

「君は、自己基準で物事を考えているのかな」

 二児の親らしい、やわらかくも真剣な顔でレイを見つめながら言われた言葉に、

「そうかもしれません」

 レイは穏やかに答えた。


 話は、今日の朝に遡る。

 ジークフリードが仮眠から目覚め、眠気を飛ばすために診療所の外で冷気を吸い込んでいた。

「おはようございます」

 そんな挨拶とともに診療所の中にやって来たのはマリとマリアの同級生である少女、レイだった。

「・・・レイちゃん、だよね。どうかしたの?体調が悪い?」

 驚きから我に返り、すぐに彼女がここに来た理由を聞く。

「いえ。お手伝いに。約束しましたよね?」

 あまりにも予想外の返答に一瞬言葉を失った。

「帰りなさい。医師として、君にここを手伝ってもらうわけにはいかない。感染したらどうする?」

 厳しい言葉にレイは無邪気に笑うと、

「今の流行病は、人から人へと伝染するものではありません。ですからご心配なく。役に立てなければすぐに帰りますから」

 そういってジークフリードの制止の声と手を無視して待合室にスルリと入っていく。

「これから少し術をかけますが、害のあるものではないので心配しないで下さい」

 通る声で宣言するとレイは短い術を唱えた。

『魂の 光を』

 言い終えるか終えないうちに待合室中に居た人間一人一人の胸の前にぼんやりとした淡い光の球体が現れた。

 小さなざわめきが起こる。

「クルシューズ先生、光の違いが分かりますか?」

 隣に立ったジークフリードに囁きかける。

 球体を見つめるジークフリードの瞳には医師としての患者を観察する鋭さがあった。ジークフリードならばすぐにその明白な差異による違いに気付くだろう。

「確かに、明白だね。とりあえず、君の協力がとても有用なことは証明された。・・・あんな冗談みたいな口約束を義理堅く果たしに来てくれてありがとう。これから忙しくなるけど、覚悟のほどは?」

 この流行病を解決することは出来ないけれど、現状でジークフリード達が分かる唯一の光明を指し示してくれたレイに尋ねると、

「覚悟していなければ来ませんよ」

 レイは笑って冷静に切り返し、腰のポーチから用意していたらしい白のチョークを取り出す。

「患者さんが来る度に術を発動させるのは効率が悪いですから、診療所の入り口に紋章描いてもいいですか?効果の注意書きも紙に書いて置きます」

「構わないよ。そのあと、患者の選り分けをしないとね。これで、患者を見逃すことはなくなった」

「こっちが終わればお手伝いします」

「期待しているよ」

 その言葉のあとレイは入り口へ向かい、ジークフリートは先程の眠気など忘れたように活き活きとした様子で患者と職員達に指示を飛ばし始めた。

 


 


 

 

 


 


 

 これから色々設定を詰め込んでいくつもりなんですが、そうなると今回も話数が多くなりそうです。

 そして、レイは変わらないマイペースで策士。

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