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血の契約  作者: 吉村巡
119/148

118:種明かし

 大事を取って2日医療ベッドの上で過ごしたあと、ようやく許可が出たマリアは予想していたよりも長くなってしまった滞在の事情を両親には伝えてもらったと言う事と、自分が気を失っている間に何があったのかの説明をレイから受けた。

「レイは、まだここに残るの?」

 マリアは今、帰り支度を終えて説明を受ける為にレイの部屋に集まっている。マリやサラ、カナタも共にいる。

「うん。事件のこと覚えてるの私しか居ないから、最後にもう少し事情を聞きたいらしくて。最終確認みたいなものだからすぐ開放されるけど帰るのは明日になると思う」

「そっか。私たちは連れて行かれた後のこと、ずっと気を失ってて分からないから・・・」

 サラの申し訳無さそうな表情にレイは笑って、

「覚えてない方がいいよ。私みたいに耐性がないとトラウマ必至だろうし」

 と応えていた。その時、ふと視界に入ったマリの何かを堪えるような表情に驚いた。けれど、その表情は一瞬で消えてしまったせいか気のせいか、と思いマリから視線を外した。




 マリとサラは他の2人よりも一日早くベッドから降りる許可が出て、レイに説明を求めに行った。

「どういうことか説明してくれないか?レイ。どうして、マリアとカナタは事件の記憶がない?大まかに説明された事件の概要は僕達が覚えているモノとは大違いだ」

 開口一番、レイの部屋に来て口にした言葉にサラもレイへ向ける視線で同意する。

 疑問、腹立たしさ、無力感、ごちゃまぜになった感情がすべてレイに向かって放出される。それでも、扉を閉めて大声で叫ばなかったのはマリの恐るべき理性によるものだろう。

 2人の非難と不審の目を受け止めてなお、レイは婉然と微笑み2人に椅子とお茶を勧めて盗聴防止の魔法をかけたのち、2人の話を聞く姿勢をとった。

「どうして、カナタもマリアも、事件の記憶を失っているんだ?」

 レイがいれた紅茶に手をつける事なく、再び質問したマリにレイはあっさりと、

「私が記憶を封じたから。誰だって、殺されかけた記憶なんて持っていたくないでしょう?」

「・・・殺されかけた?」

「どういうこと?」

 記憶を封印する方法は不可能ではない。精度はともかくとして精神誘導で簡単な記憶操作なら魔力のない人間にも出来る。けれど、マリもサラも首を傾げた。

「2人には、思い出したければ思い出せるようにしてるけど・・・よく考えてみて、どうして2人がそんなに苛立っているのか、事実として残っていてもあやふやな記憶があるでしょう?それが、殺されかけた記憶。思い出すのはお勧めしないけどね」

 レイは紅茶に口をつけて2人が記憶を探り終えるのを待っていた。思い出そうと全身全霊でそれこそ文字通り死ぬ気で願わなければ思い出せないようにしている記憶だ、今少し努力してみた所ですぐに戻りはしない。

「そういえば、私の左目はとられていた筈なのに」

「マリアの右手は、無くなっていた」

 しかし、サラの左目はそのままサラの眼窩に収まっているし視力にも問題無い。マリの記憶にある限り、先程一足早いマリとサラの外出許可に羨ましがっていたマリアの右手は変わらずそこにあった。

 レイは内心溜息を吐いていた。どうやら記憶が混乱しているらしい。抜かりなく問題の記憶のみをあやふやにしたつもりが微妙な記憶もぼかしてしまったらしい。これは、自身の力の状態ではなく緋の双黒の体を使っているアフォールに会ったせいで精神状態が少々不安定だったことが原因だろう。

 ちなみに、マリがアフォールに会った記憶は抜かり無くぼかしている。会ったことを自覚するのも、レイが封印を緩めなければ出来ない筈だ。ぼかし過ぎてしまった記憶はレイが口にすれば事実として思い出せるようにしている。

「「どうして?」」

 2人の疑問の言葉にレイは穏やかに笑ったあと、まずマリに向かって、

「言ったでしょう?怪我も痛みも全部幻覚だって」

「幻覚なら、どうして記憶を封じるの?」

 サラが切り返した。レイは少しだけ意外そうな表情をしたあと、真面目な顔になって言った。

「これから話す事は、秘密よ?」

 そうして、レイが4人に行っていた本当の防御策を口にした。

「マリにも言ったけど、私は皆を囮に使った。今回、皆が事件に巻き込まれたのは私がそうなるよう仕組んだから。サラにはお節介なことだったかもしれないけど、相手を納得させて不自然なく事件を始めるには4人を巻き込んだ方がやり易かった。相手は帝国の王子の友人を誘拐するという、もうまともな判断力も残っていないのに意外に小心者な所もあったから」

 サラの耳元に顔を寄せて、サラにだけ聞える声で「特に、サラを巻き込んだ方がやりやすかったの。でも、他は誰も知らない」と囁く。

 その囁きでサラには何も覚えていないカナタやマリア、覚えているマリにも言ってない記憶がのしかかって来た。

 それが本当なのなら__もう、真実だと諦めているけれど__皆を巻き込んだ責任の一端はサラにもあるように思う。皆優しいから否定してくれるだろうけど、血が繋がっていると言う時点でそう思ってしまう。

 きっと、血が繋がっているからいつか自分もそうなるのが怖いのだろう。

 自分の中にも、自分が嫌悪するような、誰かを傷つける資質があると。

 母を、孤独に死なせてしまった時のように。

 けれど、その想いを口にする事は出来なかった。マリはレイとサラの秘密の話の様子を訝しんでいたが追求する様子はなく、先を促すようにレイを見つめる。

「皆が、最悪の場合死ぬ程の拷問を受けるのはあらかじめ予想してたから、裏技を使って受けた傷を全てなかった事にしただけ。傷は幻覚であり現実でもあったの」

「なかった事にした?」

「幻覚で、現実って?」

 2人の疑問にレイは少しだけ思案してから、

「傷は全部本当なら拷問で受ける筈だったもの。でも、身代わりの術をかけておいたから受ける筈の傷は全部身代わりに向かったの。でも、バレるわけにはいかないから幻覚で本当に受けたように見せた。それに、傷があるのに痛がらないと不自然だからショック死はしない程度に痛みを残すようにしてたの。身代わりがなんだったのかは言う気無いからね?」

 と答えた。

「「・・・・・・」」

 2人は言葉を失っていた。いや、一言何か言いたかったが言うべき言葉が見つからなかった。

「マリにはあらかじめ言っておいたでしょう?痛みに身を任せれば良いって。誰がどれだけ傷ついてもその傷を受けるのは身代わりなの。バラバラになって死んだとしても、死なないから言っておいたの」

 爆弾が投下された。マリが痛みをこらえて死ぬかもと思いながらマリアを探しまわった事が全部無意味だった、と言われたに等しいのだ。

 でも、不思議とマリの中に真実を知ったからと言って悔しさは生まれなかった。ただ、本当にマリアが無事で良かった、と言う気持ちしかない。

 レイはそんなマリの心を読んだかのように小さく笑った後、姿勢を正して真面目な顔になる。

「それでも、そんな事は言い訳にしかならない。今回の件は、勝手に皆を巻き込んだ私に非があるわ。ごめんなさい」

 レイはそう言って本当に誠意を込めて頭を下げた。

 サラとマリはお互いレイに対してもっと思う所もあったが、誠意を込めた謝罪にとりあえず少しだけ溜飲を下げた。

 けれど、下げてはいけない溜飲もある。

 レイに頭を上げるように言ったあと、追及すべき事を追及する。

「でも、どうしてこの国の人にその情報を話さなかったの?」

「レイが1人で動くような小さな事件でもないだろう?」

 1人で誰にも何の相談もなく無茶をした。危険だと分かりきっているのに助けを求めず。それを、レイはサラとマリに怒られなければいけない。

「言わなかったのは私が情報を仕入れている相手が面倒な存在だから。助けを求めなかったのは、出来るだけ他の人間を巻き込まないという約束なの」

 無表情に、抑揚のない声で、けれど、立ち入る事を許さない揺るぎない態度だった。

 それは、これ以上2人がレイを問いつめることが出来ないうことだった。

 レイと自分達の間にはどうしても立ち入れない壁があった。

 丁度いいタイミングでお茶をかえに城の侍女がやって来て3人の話はそこで終わった。



 レイの建前上の種明かし。

 実際に身代わりになっているのはレイです。

 なのにどうして、レイに身代わりになった跡が残っていないのか?

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