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血の契約  作者: 吉村巡
117/148

116:もう一人の漆黒の者

 エリュシオンによって急遽用意された騎士団は妙な破壊音を聞き顔色を変えてこのバランドロ国の宰相ヴァンス・ヒュースターの管理する城の一つへと駆ける馬達の足を一層速めた。

 門前にあるその場にそぐわない異様な何かの山の近くに遠目にも長い薄茶色の髪の少女が一人で立っているのが分かる。

 エリュシオン殿下の最初の指示はレイと言う少女を迎えにここへ行くようにだった。もしも入るのを断られても無理矢理中へ入って見つけて来るように、と。しかし、その指示は夜会の最中に行方不明となった5人を見つけるように、と変わったのは行方不明と分かった直後だった。

 いくら身分がないと言っても帝国の客人が行方不明という異例の事態に朝から使える人間を総動員して、いくつもの捜索隊が組織され国中をほぼ隈無く探した。

 5人を捜しているこの国の人間の頭によぎるのは近年増加した国内の誘拐事件。誘拐された多くの者に共通するのは5歳以上20歳未満の者が多いと言うことと、彼らが見つからないと言うこと。

 国内にある合法の娼館非から合法の人買いのみならず他国まで調査を広げたのに全くその足跡を掴めない。

 地道な調査でようやく容疑者の一人として浮かび上がったのがこの国の宰相であるヴァンス・ヒュースター。けれど、その地位の高さから被害者は力を持たない平民のみであることもあって深い追求がなされないでいた。

 探している5人の少年少女の中のレイと言う少女の願いで夕方までこの城に近付かないように、と言われていたのをどれほど無視したいと思いながらも、今まで忍耐強く待っていた殿下は頃合いを見てずっと待機させていたこの国の小隊一の実力を持つ炎狼隊とこの国の魔術師の頂点に立つネレウスとその数人の弟子そして医務班を数名向かわせたのだった。

 少女が軽快な足取りで近付いて来る。慌てている様子もない。その怪我のない様子を見てホッとし、馬の足を止める。近付いて顔が十分見えるようになってから少女は足を止めた。

「私はバランドロ国騎士団炎狼隊隊長フロス・シーナン。貴女の名は?」

「レイと申します。すみませんが、彼らを運んでいただけませんか?」

 その言葉に直ぐさま頷くと部下と同行させた医者に指示してレイの指し示す方向へ向かわせた。

 殿下から彼女の指示を忠実に聞くようにとの命があったので迷い無くすぐに動く。

「行方不明のカナタ・シルロード、サラサ・ミカサエル、マリウス・クルシューズ、マリアンヌ・クルシューズの行方はご存知ですか?」

 レイはふんわりと笑って、

「今運んでいただいている彼らがそうです」

 と答えた。

「あの山のような物は?」

 そう問うと、レイは一瞬哀れむような目をその山に向け、

「・・・見ていただけば分かりますが、骨です」

「骨?」

「たっ、隊長!!これ、この山!白骨ですっ!!人の白骨です!!」

 先に山に近付いていたまだ新人の叫んだ声に隊全体に緊張が走った。

「この国の、子供の行方不明者リストをいただけますか?」

「・・・子供?」

「骨の発達具合から考えて7歳ほどから10代後半のモノが多いです」

 淡々と言葉にされることに頭の中ですでに繋がりかけていたものが結ばれた。

 もともと、宰相になった当時からヴァンス・ヒュースターにはあまり良い噂がなかった。宰相となれたのも権力を笠に着た裏取引と言われている。

「ヴァンス・ヒュースターが何処にいるか、知っているか?」

「・・・死にました。あの城の地下で。多分、遺体は見つかりません。入るのも危険です。もう、崩れかけていますから。他にも、何十人かの貴族が死んでいます」

「どういう・・・」

「地下にあった武器庫の火薬に恐らく宰相が火をつけたのだと思います。死んだ宰相と貴族達は地下では誘拐した子供を拷問して楽しんでいたみたいです。死体には欠けている所がある子の方が多いですからね」

 淡々と紡がれる言葉にフロスは言葉を失った。

「骨は、体と、特に頭は慎重に運んで下さい。行方不明の子供の親も集めて下さい。もしかしたら、何人かは骨を親に返せるかもしれません」

 不思議な言動の多い少女だったが、エリュシオン殿下の友人と言う事もありその要求を受け入れた。

 これ以上何かを聞くのは王城へ帰ってからだと思考を切り替えて、ようやく城に帰った時にはすでに深夜近くになっていた。


 

「レイ!無事で良かった」

 開口一番にそう言ったシオンとバランドロの国王が直ぐさま駆けつけて、国王は今回の事件を心から詫びていた。

 その謝罪をレイが意識をまだ取り戻さない者の分まで受け取ると、国王は今回の件に対処する為に慌ただしく部屋を出て行った。

「私以外は明日まで意識を取り戻さないと思うけど、怪我も何もない。借り物のドレスはボロボロになっちゃったけどね」

「そんなことはどうでも良い!!・・・本当に無事で良かった」

「心配してくれてありがとう。でもごめんね、事情説明もあるしシオンと一緒には帰れないと思う」

「そうか・・・でも、何があったんだ?」

 レイは長くなるけど、と前置きをしてシオンと対面に座り今回の事の経緯を語りだした。


************


 まず、一番始めに王城に一番近いヴァンス・ヒュースターの城に夕刻、隊を差し向けて欲しいって言ったのは元々不穏な噂を聞いていたから。

 詳しくは言えないけど、ご存知のように私にも独自の情報ルートがあってこの国の宰相が子供を誘拐していると言う情報も入っていまして、まぁ、俗世の柵と言いうか城の構造とか抜け道とか隠し部屋とかの情報も手に入れたので、中を調べる事になっていて・・・ああ、この辺りは犯罪行為なんで警備隊の人達には誤摩化すつもりだから、秘密ね?

 それで、子供が誘拐された証拠を集める事になってたんだけどその前に行動を起こされて。私だけじゃなく皆まで攫われるから。事前に対応しておいて良かったって本当に思った。私が城に連れて行かれる可能性は考えていたから別に良かったんだけどね。

 だって、帝国の王子の友人でも他国の身分のない元旅人なんて行方しれずになっても本気で探されないでしょう?・・・そんな顔をしないで、シオン。一般論を言っただけ。それに、ほとんどの人達の間でそれは当然の事。

 城に連れて行かれて、一ヵ所に集められてたけど監視の目をかいくぐって白骨死体になっていた証拠達を集めつつその辺にいた生きてる人達を倒しながら進んで、拷問にかけられる寸前に皆の所へ戻って、皆を助けるついでに拷問を楽しもうとしてた貴族達が動けないようにしたんだけど、逃げる途中で悠々と悪趣味な会に主催者として参加しようとやって来ていた宰相に見つかったから、証拠とか全部突き付けて完膚なきまでに叩き潰したんだけどちょっとハッタリかまし過ぎたのが悪かったのか、城から逃げる直前に自爆したみたいね。

 炎が地下へ続く唯一の階段からも吹き上がってわ。多分、中にいた人間は皆死んでる。


************


 概要を話すとシオンは少しだけ胡散臭そうな目でレイを見たが、真実はそれで良いか、と判断してくれたようだ。

 ちなみに概要は九割方嘘だ。

 真実はこの国の貴族と宰相が子供を誘拐して拷問プレイを楽しんでいた事、宰相に元々不穏な噂がある事を知っていた事、皆には事前に対応した事、貴族と宰相が死んでいる事のみ。

 シオンにとっては政治が不安定になりつつある大きな原因の一つであった宰相への牽制をするのが今回の仕事の目的だった。つまり宰相が多くの貴族とともに子供を誘拐し殺したと言うのはシオン、ひいては帝国の真意にかなっている。

 レイの行動はどうでも良い、何があったのかさえも追求しなくていい。必要なのは宰相の所業。


 実際には、レイ自ら攫われるように行動していたし、操られていると言う自覚を覚えさせない程度に精神に干渉しサラの瞳の色に気付かせた宰相と、カナタ・マリ・マリアに興味を持っていた貴族の精神も少し弄らせてもらって囮として4人を利用した。

 腐敗の兆候が見られるこの国で、宰相達も少しずつ大胆になってきていたのだろう。楽に事を運べた。

 爆発は火薬も何もかもあとで偽装したが爆発を起こしたのはレイなので階段から吹き上がる炎など見ていない。

 むしろ、神に目を付けられる事をした自業自得の結果とはいえ宰相は自爆というよりレイが殺した。

 白骨死体は城の外の土に埋まっていたのを魔法で掘り出して土を流しただけだが、誘拐された子供達の者である事に違いはない。

 言わなかった事も多くある。その最たるものが緋の双黒の体を奪っているアフォールの事だ。

 

 

 次の日、意識を取り戻した4人に申し訳無さそうに先に帰らなければならない事と、この城で落ち着くまでの数日を客人として過ごせるよう言っておいた事、転移魔法陣を自由に使えるようにはからった事を伝えてこの後も政務が詰まっているシオンは一足早くけれど後ろ髪引かれるような視線を友人達に向けて帰って行った。

 皆、仕方のない事だから気にしないで、と言ってシオンを送り出した。

 4人がシオンを見送っていた頃、レイは詳しい事情聴取をされていた。

 尋問官は昨夜レイ達を捜索に来たフロスとその部下2人。

 昨夜シオンに語ったのとは少し内容を変えて、でも大筋は同じ話をより詳しく語っていた。

 シオンのときよりも真剣に話したので不審に思われる事もなく、逆に被害者の1人として少しだけ気も遣われていた。シオンのときも事情聴取の時程に真剣に話せば不審に思われる事もなかっただろうが、多少不審に思われてもシオンはレイを見逃すだろうと言う予想は容易に出来たのでしなかったのだ。


 

 事情聴取が終了し、昨日頼んだ行方不明の子供のリストを白骨の安置場へ移動した時に準備していてもらう。尋問官3人もついてきた。

 骨を安置している部屋は広かった。恐らく戦争などで死んだ者を運び遺族が見つかるまで状態を保つ為の部屋なのだろう。その為に設計されているような内装だった。それに、部屋中に染みついた悲しみの声と無念が入りまじっている。

 安置所の隣には広い控え室があるらしく、素早い対応で近郊に住んでいる行方不明の子供を持つ親が既に何組か集まっているらしい。もしかすると今日で何人か骨の引き取り手が見つかるかもしれない。

「親御さんへの説明は・・・」

 レイがこれからする事を考えて心構えをして貰う必要があるなと思いそう言おうとすると、

「今、神官と僕の弟子がしてますよ」

 物腰柔らかな声が聞えてきた。レイもフロス達も驚く事なく振り返るとそこには紫色の穏やかな瞳に片眼鏡をかけた40代前半位の優しげな雰囲気を身に纏う、まだ若々しいその美貌を自然に垂らした長い黒髪で縁取るこの国の魔術師の頂点に立つ男が立っていた。

「ネレウス」

 フロスの言葉に穏やかに笑う彼とは昨日のうちに自己紹介を済ませている。

 アルと同じ漆黒の者。髪か瞳のどちらかに黒を宿す者の総称。アルは瞳だが、ネレウスは髪だ。アルは普段その瞳の色を変えているが普通の漆黒の者は自身に宿る黒を隠そうとすることはほとんどなく、その色のまま生活する。

「僕には何となく、レイさんのしたい事が分かる気がします。お手伝いさせて下さい。それに、少しだけ貴女の事が気になる」

 正直、今から行う術の真価を十分に理解できるネレウスとするのは面倒だし、彼は年齢的にも漆黒の者としての立場から言っても緋の双黒の事を知っているだろう。

 でも、ここで逃げるつもりは毛頭ないし、予想も出来た事だ。それに、全てが露見する可能性は限りなく低い。

「ありがとうございます。漆黒の方に協力していただけるなんて、光栄です」

 そう返すとネレウスは微妙な顔になって、フロスに行方不明者リストを持って来るように頼んだり、控え室にいる人達への説明の状況を聞いて来るよう言ったりして周りにいた人間を体よく追い払った。

 そして穏やかな雰囲気のまま、

「レイさんの後見はアルシア君でしょう?僕は貴女にとって珍しい存在では無いはずです」

 と、2人にしか聞えない声量で話しかけてきた。

「ええ。特に緊張も珍しさも気負いもないです。でも、こう言うのが人前での礼儀ですよね?」

 ハッキリとものを言いますね、と小さく苦笑して呟いてから、

「そうですね、貴女は誰かの下で大人しくしているような器じゃない。貴女の本質は自由、が僕の中にある言葉で一番近いんでしょうか。貴女を見ていると、その身に纏う雰囲気も顔立ちも、どことなくあの方に似ている」

 レイは笑った。異常なほど踏み込んで来るネレウスは無意識に事実に気付いている。でも、確証がなく理性でもって全てを口に出せないでいるのだろう。

 自分の印象を薄くする術をかけているが経験を積んだ力のあるもの、特別な能力を備えているものにとっては、その術も意味の無い物に変わる。ネレウスは前者だ。漆黒の者であり、アルよりも長い時を生きている。術の効果が半減するのも仕方ないだろう。予想していた事なので動揺はしないし、バレても構わないと思っている。

「ティラマウス学園の四古参の1人、ヒアネオ先生にも言われました。私は、緋の双黒に似ている、と」

「・・・ヒアネオ先生は、相も変わらず直球のようです」

 どちらからともなく笑い合うとフロスと控え室に使いにやった彼の部下が戻ってきた。

「これが行方不明の子供のリストだ。こっちが今日親や親類が集まっている者の分、そっちは来てない者の分だ」

「控え室にいる人達には説明が終わりました」

 ネレウスは礼を言うとレイに準備は良いか?というような視線を向けてきた。レイは笑顔で応える。

『『微かに残りし 魂の残滓よ 記憶されし姿を ここに現せ』』

 言い回しは多少違ったがレイもネレウスも似たような言葉を紡ぐ。

 並べられた白骨がぼんやりと光ったかと思うとその光が宙に集まり人形を形成する。

 半透明な光に色がつき始めた。

 幽霊、が一番近い表現だろう。けれど、現れたそれらは幽霊ではなく魂の残滓に記憶されているものをレイとネレウスの魔力を使って半具現化簡単に言えば視覚映像化したものだ。

 術を使った二人以外が言葉を失う。レイはネレウスは使った事がなかったのだろうか、と思い、それが真実だと言う事をフロスの「こんな術が使えるんなら、前にも・・・」と呟きで知る。

 見た事がないのも無理はない。残された魂の残滓から形を形成できるまでの記憶を無理矢理引き出し具現化できるまで魔力を注ぐと言うのは言う程簡単にできる事ではない。適性がなければ残された残滓を消失させてしまうか無理に引き出そうとして残された記憶を壊してしまうかのどちらかだ。この場合の適性というのは魔法構築の繊細さのことを指す。

 使った事がないと言う事はネレウスには適性が少ないのだろう。それでもレイの意図を理解し、乗って来たのは私が神に認められた悪魔憑きという事実からだろう。

 漆黒の者であればアルから秘密裏に連絡がもたらされている筈だ。

 神に近しい者であれば魂の扱いの適性が高い。それは常識なのでネレウスもレイの意図に気付いたのだろう。ちなみにネレウスは魔力を提供して来ただけで魂の扱いには関与してこなかった。

「控え室にいる方を呼んできて下さい」

 呆けていた兵士の一人を正気に戻し、指示を与える。

「は、はいっ」

 ハッとして先程控え室の説明は終わったと報告したフロスの部下が答え、慌てて控え室に戻って行った。

 ほどなくして緊張の面持ちで、はやる心を抑えながら。でも、足取りにその心が少しだけ表れている大勢の人が部屋の中に入って来た。

 

 ネレウスは穏やかで物腰柔らかで器用そうに見えて、繊細な術が苦手な力任せタイプ。

 ちなみに、

 アルはバランスの良いタイプ。

 レイは細かい作業が苦ではないが、感情的になると力押し。

 ファラルはパワー型に見えて随所に小技を効かせる。

 カナタはやや力押し気味だが全体的にはバランスが良い。

 サラは力が弱いぶん丁寧にを心がけている。

 ベクターは対象と場合によって柔軟に対応。

 ヘルスは基本力任せだが得意なのは繊細作業。

 ロリエはバランスが良いが、水気が近くにあるか否かでどっちか決まる。


 今、即興で考えてみたのですがこんな感じかな、と思います。

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