115:双黒との対峙
「はぁ。やっぱり動揺してるのかな?ちょっと本音出しちゃったし」
自分ではこんなときも冷静でいられると思っていたのに直前になってこんなに感情が昂りそうになるのをこらえることになるとは、と小さな溜息を一つ吐く。
これから起こるであろうことはレイの待ち望む時の為に必要な分岐点。冷静になろうとも否応にも感情が昂るのは仕方がないかもしれない。
それに、自己分析を冷静にできるということは、心の何処かでこの瞬間に冷静ではいられないだろうということを分かっていたのかもしれない。
(マリ達の為の結界はほぼ絶対に大丈夫。レオモンドから受け取った力全てと私の守りに使ってる力の半分を注ぎ込んで張ったんだからあっちが瀕死覚悟で壊そうとしてこない限り大丈夫)
レイは自分が友人達に講じた策を思い返し大丈夫、と頭に焼き付ける。今、これから会うことになる存在のことを考えれば酷い暴走をしてしまいそうなので必死に他のことに考えが向くように関係ないことに思考を向ける。
(あと1刻でシオンに頼んだヤツが来るだろうから、その前に終わらせないと)
そう思った瞬間だった。
闇が、蠢く。
意思をもって。
その闇が覆い隠しているものにレイは一瞬で気がついた。いや、この状況で闇を纏える者など私とアレくらいのものだ。何か変則的なことが起こらない限りここで闇を使えるのはレイとアレだけ。そして、そんな変則的なことが起こる可能性はレオモンドが手を回しているだろうから限りなく0に近い。
「初めまして、と言うべきかしら?私の邪魔を何度もしてくれたヒト。会えて嬉しいわ。集めた人間達も、そこに転がってる男も殺してくれたみたいね」
醜悪な会に参加した人間達を殺したり、ヴァンスを殺したこと自体には怒りも興味もないが計画を邪魔されたことが不愉快、と言う態度でレイに話しかける。
その声、姿、纏う力の全てが限りなく緋の双黒、レイの師匠と同じだった。でも、全く違うモノ。
「私も、会いたかった。その体を利用した愚か者に隷属する者。その体はお前が使っていいモノではないの。分不相応という言葉を知っているか?」
「・・・どういう意味?」
表面上はにこやかに笑っていた顔がレイの言葉を聞いた途端無表情になり、その双黒の黒い瞳が何かを見極めるようとレイを値踏みするようにねめつけた。
「お前には知る必要もないことよ。中身はただの低俗悪魔のくせに、何を粋がってるの?」
嘲るような口調と見下す目で双黒の女を見れば案の定、簡単に激昂した。
「その口を閉じろ!ただの人間の小娘が!今まで私の邪魔を出来たからと、粋がっているのはお前の方だ」
「それなら、どちらが本当の思い上がりか試してみましょうか?」
「ええ。良いわ。もう二度とその口がきけないよう殺してあげるから」
先に言葉を紡いだのは双黒だった。
『闇よ 彼の者を 覆い尽くし 永遠の 死を』
ストレートな言葉。それに、レイが期待していた程我を忘れているわけでもないらしい。
『闇よ そのままで在れ』
双黒の闇はレイの言葉によって相殺された。そこで双黒は気付いたらしい。
「闇属性・・・何故お前が使える?」
「そんなことも分からないの?」
笑って応えると双黒は表情を歪めた。
「お前は、何だ?」
「何者でもないよ。でも、お前の名前は知っているわ、アフォール」
「忌々しいが、バレているようだな。ああ、俺の名はアフォール。上級悪魔だ」
「魂の契約者は、双黒の賢人」
「そのことまで知っているとはな。いや、俺の名を知っていればそれを知るのはたやすいか」
双黒の口調ががらりと変わる。顔は笑いを浮かべているがその目だけは油断なくレイを見つめる。
「その体を返せ。魂の契約ならあの男が自分を差し出すのが筋だ。その体は、緋の双黒、レイニングのもの。お前達に使われる謂れはないし、不愉快だ」
「嫌だね。あの男の差し出す他のどんな肉体や魂よりもこの体と魂には価値がある。・・・でも、お前も食べてみたら割と美味いかもなぁ」
その言葉を聞いた瞬間、
(本当に、何も分かってなようね。師匠の体で愚かな発言はやめてほしいのだけど)
レイはついそんなことを考えてしまった。しかし、その思いを表に出すことなく、
「実力行使で取り返すしかないようね」
レイは手に魔力を集め炎の塊を生み出しアフォールに向けて放つ。
「受けて立とう。奪えるものなら奪ってみろ」
アフォールは両手を掲げ竜巻を作り出し炎を消失させようとした。
2人の力がぶつかった瞬間、
ドーーンッ!!
部屋中に爆発したような炎が生まれた。熱風の風圧により部屋が吹っ飛び衝撃によって地響きがおこる。更に瞬間的に広がった炎によって屍となっている人間も生きている人間も関係なく守られている人間以外にこの階にいる人間は一瞬にして灰と変わる筈だ。
レイの細工だった。炎が少しでも何かにぶつかった瞬間大爆発を起こすように。
爆発が収まるとレイは自身に張っていた結界越しにアフォールを見る。アフォールは結界を張るのが一瞬遅かったらしく赤い服が所々焦げ付いている。けれど外傷はない様子だ。
レイとしてはそうであってもらわなければ困る。どれだけ受け入れがたくてもアフォールは師匠である緋の双黒の体を使っているのだから。
レイの目的はアフォールから“緋の双黒”の体を取り戻すことだ。
大きな炎を見ると、あの時、火の海の中にいたの母を思い出す。
母はあの日、消された。
私とあの男以外に、もう消えた母を求める存在はいない。
私にとってはどちらも同じだけかけがえのない大切な存在だったのに。
他者に望まれるのは、いつも緋の双黒だけ。
嘲るような笑みで、したり顔を浮かべるアフォール。得意げに、
「人間のくせに無茶苦茶だな、お前。今にここは崩れ落ちるぞ?」
とレイに指摘するが、
「ふふっ、怖じ気づいたの?崩れ落ちないよう威力が抑えられているのも気が付かない上に、もう一つの目的も分からない?」
「!!・・・俺が人間を食わないようにか」
大人にとっては当たり前で簡単な問題に悩んでいる子供が答えに辿り着いたのを褒めるかのような微笑みを浮かべたレイは、
「よく出来ました」
と返した。
「嵌めてくれたなぁ!」
低く凄みのある、でも緋の双黒のものである声に、一瞬レイは無意識のうちに自分もアフォールも気付かない程微かに顔を顰めた。
「あと10分もすれば他にも人間が来る、その時、人間からも私からもお前は逃げられるか?」
「・・・こちらの分が悪いようだ。まだ目立たないようアイツにも言われているしな」
表面上は平静を装いながらアフォールは闇を纏い始めた。
「お前はみすみす俺を逃がす気か?」
「こっちも、時期が来てない。お前の飼い主には言いたければ言えば良い」
「今回は失敗した。だが、聞かれたこと以外に答える気はない」
そうしてアフォールは闇へと消えた。何処の闇に移動したかはレイにも分からない。
意外と、冷静でいられたと思う。
私も、相手も。
アフォールはまだ力が全開ではなかったし、緋の双黒の体を使いきれているとも言えない。
精神の乗っ取りもまだ未熟で、緋の双黒の認める冷静で理知的な部分だけがその精神を侵食しているのみだ。
しかし、悪魔の本性が徐々ににじみ出てきてもいる。
でもまだ。
まだ、手を出すわけにはいかない。
神達の準備が整っていない。
今回、私が冷静でいられたのはアフォールがまだ表面しか緋の双黒の侵食していなかったのと、平静を欠きながらもまだ冷静さを完全に失っていなかったことがあるだろう。
山場が終了しました。
あとは事後処理と、ある人との対話です。