表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
血の契約  作者: 吉村巡
113/148

112:守りたいヒト

 残酷表現があります。

 苦手な方はご注意下さい。

 マリは自由になった両手を元に戻す。

 幸いな事に繋がれていたのは両手だけだった。片手だけで関節を外すのに手間取って体は仮面をつけた人間のせいで傷だらけだ。関節を外したり戻したりした際の激痛が続いているが我慢できない、動かせないという程ではない。それに、今はそんな痛みが全く気にならなかった。

 肩に刺さった短剣を抜き自分をーー恐らくマリアと自分の友人達もーー傷つけた者達を見据える。

 いたぶる対象が自由になる事を想定していなかったのか仮面をつけた人間達がざわめく。

「そこをどけ」

 短剣を構えて静かに、しかし、気迫を込めた言葉を発する。

 一歩一歩、しっかりとした足取りでこの部屋の入り口へ向かう。仮面をつけた者達の中で女だと思われる者が怯えたらしく後ずさる。逆に男だと思われる者がマリに手に持っていた剣で切り掛かって来る。

 マリは及び腰になっている男の剣を僅かの動作で避ける。無防備になった脇に短剣を滑らせると男は痛みに喚いて倒れ込んだ。

 少し深めに切りはしたが致命傷は避けている。丸一日放置されれば出血多量で死ぬだろうが半日ならギリギリ持つだろう。とりあえず動けない傷にする。

 父が医者であるせいかどんなときも無意識のうちに致命傷を避ける癖がある。

 でも、同情や容赦は一切しない。

 そんな空気を感じ取ったのか他の者は手を出そうとしなかった。

 そのまま入り口まで開けられた道を進む。阻む者はいなかったのはマリとしては都合がいい。時間を取られる訳にはいかない。皆を、マリアを助ける為に。

 部屋から飛び出し廊下を確認すると窓がなく、この階の部屋数は扉から察するに10部屋程度。近くの部屋から順に開けていくが人はいない。

 マリは気付いていなかった。マリが部屋から飛び出したその瞬間カナタが血を流しながらもサラの居るマリが開けているのとは真逆の部屋へミズノエと共に入っていった事を。




 幾つ目かの扉を開けたとき、その光景がマリの目に飛び込んだ。殴られた跡、至る所にある切り傷、所々大量の血に染まったマリアの姿。

 状況を理解するのに僅かに時間がかかった。その情報が頭でようやく理解できたとき、マリはその情報を拒否しマリアの名を叫んで周りの恐らくマリアを傷つけた人間達に見向きもせずマリアに駆け寄った。自分も傷ついていることは頭から吹っ飛んでいた。

 戸惑い囁き合う者達には目もくれずマリはマリアのもとへ辿り着き声をかけるが全く反応を返さない。

 そこで、マリアの体の欠落に気付く。知らず知らずの内にマリは顔を険しくした。認めたくない可能性が再び頭をもたげる。

 蝋のように白い顔のマリアの顔を見て最悪の事態を考えながら脈を測る。それは弱々しい鼓動だった。でも、生きていた。そのことにマリは安堵し、次いで守れなかった無力感に苛まれる。

 でも、今はそんなことを考えている場合ではない。

 マリアの体を縛る鎖を壊そうと近くにあった恐らく拷問器具であろう鈍器を手に取って鎖に打ち付ける。

 近付こうとした者には殺気立った視線を向けて牽制する。その眼光に誰もが動けなかった。

「おやおや、揃いも揃って役に立たぬ人間共が」

 嘲るような、苛立つような、けれど楽しんでいるような女の声がした。

 それは、何時の間にかそこに居た。

 動く度に揺れる地に届きそうな程長い射干玉の髪、闇よりも深い漆黒の瞳。赤い衣を身に纏う美しい女。でも、何処か禍々しい雰囲気を纏う双黒の女。

 その黒い二つの目と目が合った瞬間、マリは一瞬で背筋が粟立った。

 双黒に感じたのは本物の畏怖。本当に、自分は何も出来ずに死ぬのだろう、と諦めにも似た気持ちが急速に思考を占め体の力が抜ける。惰性のような気力だけでその場に立っていた。

「私の思い通りにならぬ役立たずの駒は必要ない。使えぬ者共なら生かしておく価値もない」

 双黒はマリとマリアではなく周りの人間に向かってそう言った。

 人間達は恐怖に息を呑む。全員が蒼白な顔で許しを請うような視線を双黒の女に向ける。しかし、雰囲気に呑まれてか声一つ上げることは出来ないらしい。

 双黒はそんな何処までも利己的な人間を、笑った。

「我が名はレイニング・ブラウン、緋の双黒と呼ばれる者。ありがたく思え、簡単な命さえ守れぬお前達が私の糧となれるのことを」

 双黒はパチン、と指を鳴らした。

 闇が蠢いた。体を侵食し周りの人間達が苦しみだす。暫くもしないうちに人間だったモノがそこら中に散乱した。

 僅かな時間でミイラのようになってしまったモノ達。

 マリは、目の前で起こったことを現実のものとして受け入れることに時間がかかった。

「少ない上に質も悪い」

 双黒の不機嫌そうな言葉に凝視していたモノから無理矢理目を離し黒い瞳を見つめる。

「貴方達の魂は、瑞々しそうねぇ。・・・私の一部となれるのよ?感謝なさい」

 笑っていない顔、ただ笑顔を作る為に上げられた口角。目に見えない禍々しいものを纏っている双黒にマリは圧倒的な差を感じ、体の力が抜けるのが分かった。

 

 敵わない。


 そう思ったとき力が抜けた手がマリアの手に触れた。

 瞼は閉じていて意識のある様子はない。

 けれど、その手は小さくて温かかった。

 生きている。

 自分の守りたい、大切な存在は生きている。

 なら、するべきことは決まっている筈だ。

 失いかけた気力を取り戻す。もう、どんな威圧にも屈しない。

 例え自分が双黒に敵わなくても、最後の瞬間までマリアを守る。

 強い意志をもって黒い二つの瞳を見返す。

 すると、双黒の顔が一瞬忌々しそうに顰められた。

「この私に向かって、生意気な目ね」

 ゾッとする程冷たい声だった。でも、マリは全身全霊で恐れる素振りを見せずマリアを守るように立ち位置を変えた。

「僕は、貴方に屈したりしない。双黒の外見をしているからといって崇めたりしない諦めもしない。その外見が何だというんだ?生意気な目というけど、そんな目を向けられる心当たりはあるだろう?それとも、それすら分からない程愚かなの?誰もがお前を恐れ崇めると思うならそれはお前の思い違いだ。完全なる自惚れ、滑稽だね」

 憤怒の形相。弱いと思っている存在に恐れられることもなく逆に見下されコケにされたのだ。

「フ、フフッ、ハハハッ、アーハッハッ」

 急に双黒は狂ったように笑い始めた。暫くして

「それがお前の最後の言葉か?脆弱な人の子!!」

 憎悪と殺意の入り交じった叫びに、それでも怯むことなく、マリは言い返す。

「そうだな、俺は弱い。でも、お前に屈する程弱くはない」

 見下したように吐き捨てる。

 もっと怒れ。もっと憎め。マリアではなく、自分にその怒りを向けろ。

 長く、長く自分を苦めればいい。殺されても良い。その間、マリアを守れるならそれでいい。もしかしたら、助けが来るかもしれない。これ以上自分に取れる策はない。

「そんなに死にたいなら、せいぜい苦しめて殺してやる!!」

 かかった!

『闇よ この者に 永遠の 苦しみと 死を!』

 体を闇に絡めとられる。ゆっくりと体を侵食する闇。

 痛みを感じると覚悟した瞬間、マリの体から自分を絡めていた闇が消えるのが分かった。

 これが何を意味するのかは分からない。それでも、反射的にマリアの体を守るように抱きしめる。

 目を瞑ったマリは自分とマリアを包む光に気がつかなかった。そして、驚愕に目を見開いている双黒の姿にも。

 


 

「・・・・・・限界かな、これ以上は。不吉の予兆の花、嫌な予感は当たる、か」

 レイは残っている方の手を床について力を入れ片足で立つ。その立ち姿はバランスをとっているわけでもないのに微動だにしない。片足ではなくまるで両足で立っているかのような姿だった。しかし無理をしている様子はなく、ただ少し何かを考えている様子で自分の体を見下ろして、小さく溜息を吐いた。

『あの 愚かな 男のもとへ』

 小さく呟いた言葉によってレイの体は霧のような闇に包まれそれが体を全て覆うと後にはもう愚かな人間だったモノ達が折り重なるように残っていた。


 マリとマリアはどうなってしまうのか。

 レイの言葉は何を起すのか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ