111:不自然すぎる余裕
残酷表現があります。
苦手な方はご注意ださい。
「危なかったね。平気?ミズノエ」
気がつけば、目の前にレイが居た。突然の変化にミズノエの思考が一瞬混乱した。
「・・・ここは?」
「ミズノエがさっき居た所から3つ位離れた部屋。闇に飲まれる寸前、アイツが意識を変えた所で気付かれないようにこっちに引っ張ったの。カナタは無事よ」
ニコニコと場違いな、無邪気な笑みを浮かべるレイを見て安心しようやく落ち着いて来た時、ミズノエは愕然とした。
「その、姿は?」
「ああ、平気よ。すぐに元通りになるから」
こんな風に、笑っているのが、話しているのが、生きているのが不思議な位に、血に濡れていない場所はない。片手片足はほぼ切断され眼球は左がなくなっている。残った手の指が数本なくなっていて、体中に無数の切り傷、刺し傷がある。
でも何故だか無数の切り傷や刺し傷の多くに既視感があった。でもそのことへの思考を深める前に、
「ミズノエはその辺の死体の処理でもしてて」
と、思考を停止させられる。
暢気に指示するレイを見てミズノエはレイが全てを見越していたのかもしれないという思いに駆られる。そうであればこの余裕にも納得ができる。
「霊血者殿の契約者の言葉なら従わねばならんが、レイ殿はこうなる事を予測しておられたのか?」
「予測だけはね。だったら、貴女の知りたい意味は分かるでしょう?」
子供が秘密を打ち明けるときのような無邪気な笑みを浮かべながらレイが答える。だが、今のミズノエにはその笑みが癪に障った。
「その言葉を聞いてひとまずは大丈夫じゃと思うておこう。じゃが、緋の双黒の事も予測しておったのか?」
「・・・・・・ミズノエ アレを 緋の双黒などと これから たった一度でも 私の前で 口にするなら 殺すよ?」
長い間を置いて、ゆっくり、ハッキリ、細かく区切って言ったレイの言葉には底冷えするような恐ろしさがあった。レイは本気だ。次に緋の双黒と口にすれば本当にレイはミズノエを殺すだろう。
ミズノエを見るレイの目はそれを容易に諭させる憎悪に満ちている。そのくせ口元は笑みを描いていて、何か狂気じみたものがある。
「すまない」
謝罪の声を必死で絞り出す。一気に張りつめた空気を誤摩化したくて、レイの顔を直視する事も出来なくて背を向けて死体の処理を急ぐ。血に汚れた床を操った水で洗い死体を一塊にする。
「この死体は、何故」
「ああ、殺したの。だって、もう手遅れだったから。穢れ過ぎて穢され過ぎてもう生きられない人達。だから、『消えろ』って言ったの。この世から。その辺の血は倒れた時に床にぶつけて頭から流れたりしたものだから外傷は少ない」
消えろ、と一言で人を殺せると言うレイはもう化け物じみている。ミズノエはレイの事を風の噂で聞いているが、それは詳しいものではない。
霊血者であるファラルの契約者、神々との交流がある、レイ自身も強い魔力を持っているがその過去は分からない事が多く、もう1つの大陸からこの大陸へやって来たという事位か。細かい噂はもう少しあるが大雑把にはこの程度だ。
「レイ殿、そなたは何者じゃ?」
死体の処理を終え、覚悟を決めて振り返って問う。
「・・・私は私。名はレイ、契約者はファラル。元旅人。それ以上に何か必要?」
「いや、ただの好奇心じゃ」
「そう。・・・カナタはもう意識を失ってるから、ミズノエはもう必要ないよね?」
精霊は契約者の呼びかけに応えて契約者の元へ召喚される。そして、力を貸したり頼み事をされれば受け入れられるものなら受け入れる。そして、役割を終えれば自分の居るべき場所へ戻る。契約者の力が強ければ暫く契約者の近くに居る事も出来るが召喚して、そしてその状態を維持するという事はかなりの魔力を使う。
学生であれば魔力と体に負担をかけないように学生が意識を失ったり眠ったりした時には契約した精霊は自分の居るべき場所へ戻る契約をしている筈だ。高等機関へ行き申請さえすれば再契約をして契約者の意識の有無に関係なく常時召喚されることもできる。しかし、カナタは高等機関生ではない。従って、ミズノエがここに居るのはおかしい事だ。という事は、
「帰りなさい。自分の場所へ。自分の力を削ってまでここに居られても迷惑にしかならない」
「・・・主を、置いてか?」
「私が居る。帰らないなら強制的に帰すよ?」
「何故じゃ?」
「こちらにも、色々都合があってね。どうせミズノエはここで大した力が使えない。居ても役に立たない。アイツは強い。油断していると、弱いと、負ける。それに、まだ時期ではない。まだ機は熟していない。・・・話し過ぎたね。理解したならさっさと戻って。していなくても戻って。カナタの安全、いや、私の友人達の安全は保証しよう。・・・これが最終宣告だ」
『戻れ』
それは、言霊だ。レイの言葉は一瞬でミズノエに行動を起こさせた。反射的に自分が何を行ったのかミズノエが気付いた時には、もう自分の居るべき場所へ“戻って”いた。
星が見える空。あの、暗い陰鬱な雰囲気の建物の中ではない。
自分は主を置いて戻って来てしまったのだと理解し、再びあそこへ行こうとするが何かに阻まれるように力が弾き返される。
「無駄だ。諦めろ。・・・関わるな」
自己嫌悪に陥っていたミズノエに音も無く近付き、急に声をかけたのは自分よりも上位である水の精霊の長の右腕と呼ばれる方。
(何故ここに?)
そんな質問が浮かぶ前に相手が答えを出してくれた。
「神の御意向。一晩出るな」
単語や意味がギリギリ通じるか通じないかの必要最低限の言葉しか発しない人だ。でも、いくらか付き合いのあるミズノエには容易に理解できた。
「ここから出るな、とは何故でしょう?妾の主がまだあそ」
「関わるな。アレに任せろ。長の命」
全てを言う前に察したらしく遮られ却下される。
「御意に」
相手は自分よりも強い。神の命であり、長の命であれば従うしかない。長と契約者を天秤にかければ長に傾く、いや、傾けなければならない。
ミズノエは内心の不満や苛立を隠し、目上に対する礼を尽くして頭を下げた。
「ミズノエも居なくなったし、後は、マリか・・・」
マリの傷もきているはずなのに致命傷がないのだ。意識を失ってくれない。このままだと、
「嫌な予感、当たったかな?」
それも仕方ないか、と思う。元々予想できた事だ。マリはプライドが高い。死ぬ寸前まで彼は意識を保っているだろう。
「面倒ね」
呟いたレイの声にはまだ余裕が垣間見えた。
レイの緋の双黒に対する異常なほどの憎悪とは?
ミズノエはレイの逆鱗にかすってしまいました。