110:闇を纏う者
カナタは、倒れているサラに駆け寄った。
全身が痛むがそんな事は気にならなかった。
「サラ!サラ!!」
サラはピクリとも動かない。薄暗い中でみるサラの肌は蝋人形のように血の気がない。脈も微弱だ。サラの意識を確認しようと顔を軽く叩いていてある場所から何かが流れている事に気付く。嫌な予感がして目の部分に触れる。一方はある。もう一方に触れた時、カナタは頭が真っ白になった。そこに、あるべき丸みがなかった。恐る恐るその感触のなかった方の瞼を開ける。その眼窩には見知った目の色はなくなっていた。
サラの体をしっかりと抱き、こんな原因を作った男に憎悪の視線を向ける。
ヴァンスはミズノエが足止めしていてくれている。
「お前がっ!!サラにこ、ん・・」
不意に、カナタが倒れた。気を失ったのだろう。それでもサラを庇うように倒れたのは流石と言える。
カナタの異変に気付き、ヴァンスを足止めする水で縛り上げる為に向けていた視線をカナタがいるはずの方向に向けた。勿論、縛りの力は緩めない。苦痛を与え抵抗力を削ぎつつも殺しも叫ばせもしないように口の動きを封じる為に口内を氷で固めている。
「主!?・・・っ!!お前はっ!?」
「割と位は高いんだね」
急に倒れたカナタ達の近くにいつの間にか現れた人物がいた。
それは黒の髪に黒の瞳を持つ妙齢の、双黒の女だった。十数年前、一度だけ見たことのある女、
「緋の、双黒!?」
ここまでミズノエが動揺したのは久しぶりだ。
(緋の双黒は死んだ筈じゃ!)
纏う魔力の大きさも密度も濃すぎる。冷たい汗が流れ、体が鉛のように重く感じる。
圧倒的な威圧感。
「へぇ、私の事知ってるとはね」
艶やかな、見惚れるような微笑みに時間が一瞬止まったような気がした。息をするのも忘れて緋の双黒の顔を見つめる。
「主に触れるなっ!!」
カナタに近付こうとした緋の双黒にハッとして反射的に叫ぶ。つまらなそうにな表情を浮かべたのを見て、カナタが倒れたのはこの緋の双黒のせいだろうと思った。むしろ、
「全ての原因は、貴女か?」
「そう、と言ったら?」
「許さぬ。例え、双黒であろうと!」
その言葉を聞き堪えきれない、という風に緋の双黒は高笑いをした。
「お前が?許さない?フフッ、弱いくせに、何を言ってるの?」
緋の双黒はカナタにまた触れようとした。
ヴァンスに使っていた力を解き、自分が使える最大の力で緋の双黒を攻撃した。
ミズノエは緋の双黒に殺す気で力を使った。しかし、
「ほら、弱い」
渾身の一撃は闇に溶けるようにして緋の双黒に届く前に消えた。それどころか、
「フッ、グッァァアッ」
黒い何かが一瞬にしてミズノエの体を包んだかと思えば物凄い力で圧迫され、ミズノエはそのまま闇に消えた。
ヴァンスは急に解かれた縛りに茫然とし、目の前の光景を見ていたが協力者である緋の双黒があの自分を縛った精霊を排したのだと分かると歪んだ安堵の笑みをこぼした。
緋の双黒に労いの言葉を掛けようと、立ち上がって言葉をかけながら近付く。
「ああ、助かったよ。よくやっ・・・」
「この子達はこのままにしておきなさい。他のを回収して来るから」
言葉を遮り、ヴァンスの方を見る事もなくそう言うと緋の双黒は現れたときと同じように不意に消えた。
黒幕登場です。
彼女の目的とはいかに。