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血の契約  作者: 吉村巡
11/148

10:入浴と眠り

 向こう側が見える。透明で、それでも出られない膜のような物が外には出させないようにしている。

 笑ってる。ロリエがレイの方を見ながら。

 この膜の内側には、水が溢れている。出口は無い、レイの体は水に飲み込まれている。

(どうしてこうなったんだろう?)

 レイは、ぼんやりとする頭で今までの事を思い出そうとした。






「レイ。疲れた?」

 心配そうに聞いてくるロリエ。先程の会話で疲れているんだとでも思ったんだろう。食事の時もわざと、そんな風に言ったので当然の成り行きかもしれない。

「ねぇ、眠るんだとしても体の汚れ落とさない?」

 ロリエが少し興味をそそるような事を言った。

(体の汚れを落とす?どうやって・・・)

 いつも、お風呂に入る時は川とか、湖とか、ファラルに用意してもらったりとかがあるが、もちろんお風呂は持ち運べない。

(川に入るとか?)

 それは無いか。と、レイは自問自答する。

(あの三人が許すはずが無い。むしろ、やろうとしても止めるだろう。ロリエの場合ヘルスが特に。騎士と言っても騎士の自覚の無い者も多いから・・・)

「どうやって、体の汚れを落とすの?お風呂とか無いでしょう」

 レイの質問に、待ってましたとばかりにロリエが答える。

「それは、見てからのお楽しみ」

 ロリエは満面の笑みでそう答えた。



 レイはロリエに連れられ、場所をテントの中からテントの裏に移動した。

「見てて」

 ロリエはレイにそう言うと、呪文を呟き始めた。


「空中に住まう水の精霊よ 我が声に応える者は我が元へ集いたまえ 

 

 熱を持ち 生命の温かな泉となり 全てを落とす水となれ」


 魔術の文句はほぼ適当だ。その時その時にあった言葉を紡ぐ。考えは魔力の量によって反映され、高ければ高い程“水”のような少ない言葉でも術は完全に思った通りに行使される。まぁ、言葉を少なくすればそれだけ使う魔力の量が多いと言う問題点はある。

 ロリエは水に包まれた。球体の膜があり、その中に水が溢れている。

「・・・・・・」

 しばらくして、ロリエが何かを呟いた。だが、声は聞こえない。

 ロリエが口を閉じると水は一瞬のうちに消えた。息を止めていた様子も、服が濡れている様子も無い。

「大丈夫!怖く無いよ?息は出来るようにするし、水はお湯にしてるから」

「怖くは無いよ。むしろ興味の方が大きい」

 ロリエは得意そうな顔で、やるね。と言うと先程と同じ言葉を呟いた。

 不意に温かい物を感じた一瞬のうちにレイは水に包まれていた。

(呼吸は出来る。水、というよりお湯。でも・・・)

 ロリエはなかなか術を解かない。レイはだんだんとお湯の温度にのぼせて来た。

(何で、こんな事になったんだろう?)

 レイの頭が段々とボーッとなって来た。

 温かさが不意に消えた。外のひんやりとした外気がレイの頭をハッキリとさせた。

「さっぱりしたでしょう?」

 ロリエがレイに聞いて来た。確かにさっぱりした。ロリエの言う通り服も濡れていない。

「うん。色々凄かった。と言うか、激しく眠たかった」

「う〜ん、疲れてたらそうなったのかな。あの術、アルのオリジナルなんだけど私がすると、どうしても人によって副作用が出るんだよね」

 申し訳なさそうに言うロリエに、

「ロリエのオリジナルじゃないの?」

「うん、アルが始めたの。詳しく聞きたい?」

 レイはコクン、と一つ頷いた。




 お風呂の代わりをした二人は、テントに戻った。

 二人は服を着替えると、布団の上に座った。ちなみに、脱いだ服はさっきの行為で洗われていた。

「じゃあ、中断した話の続き。あれを考えだしたのはアルで、私じゃないの。私がこの隊に入ったばかりの頃、こんな風に野宿があったの。初めての本格的な任務で、頑張って汗だくになってね〜。気持ち悪くて・・・お風呂は無かったんだけど川が近くにあって、そこで水浴びしようとしたの夜だし誰も見てないって思って。そうしたらアルとヘルスとベクターが服を脱ぎ始める前に声かけて来て、慌てたよ〜」

 笑いながらロリエが話を続ける。

「『風呂に入りたいのなら付いてこい』ってアルに言われて、付いて行ったらいきなりあの術かけられたの。初めはすっごいビックリして、術が解けた後も呆気にとられてたわ。そうしたらヘルスに『あんな風に水浴びしてたら危険だよ!』って怒られて、アルには『女性があんな風に水を浴びる物ではない。風呂は無いがこれで我慢してくれ』って、注意されて、譲歩案出されて・・・。術を教えてもらって、自分で使えるようにしたの」

 ロリエの話はここで終わった。レイが少し疑問に思っている所を考えていると、

「でもね」

 ロリエの話はまだ続きがあるらしかった。疑問点を考えながら、ロリエの言葉に耳を傾けると、

「後からベクターに教えてもらったの。アルは私がアルの隊に入るのが決まってから私が隊の中で過ごしやすくするのはどうすれば良いのか?とか、沢山考えてたんだって。お風呂の問題とか、身だしなみとか、寝る所とかその中の一つがさっきの術。この隊では女が私一人だから色々、アル達が優遇してくれてるの」

 皆には申し訳ないんだけどね、とはにかむロリエに、

「じゃあ、ロリエはこの隊の中の紅一点か」

 レイの呟きが聞こえたらしいロリエは、

「あら、違うわ。これからはレイもこの隊にいるでしょう?多分、帝国に行ったら学校に行く事になると思うけど、ファラルさんが隊に入るなら、ちょくちょく遊びに来るかもしれないんでしょう?」

 ロリエが無邪気に聞いて来た。

「うん。多分、ファラルと私の容疑がちゃんと晴れて、ファラルが入隊して、私が学校に入ったりしたらそうなるかもね」

 淡々と素直に言わないレイの言葉にロリエは苦笑したが、

(実際に帝国に行って気に入らなかったら即出よう。ファアルが気に入らないって思ってるの感じてもだよね。無理に入って貰う訳にはいかないし・・・。ファラルに無理させる我が侭は、言いたく無い)

 レイはあくびを一つした。

「あっ、レイもう眠いよね。そろそろ寝ようか」

 ロリエは慌ててそう言って、眠る準備をした。

「電気消すね、レイ」

「うん」

 寝むそうな声を出すと、テント内を照らしていた明かりが消えた。




 外には暗闇が広がっている。何の気配も音もしない。

 レイは眠っていた。レイの隣ではロリエが薄目を開けてテントの天井を見ていた。


 スー、スー・・・


 レイの寝息が聞こえる。そっと音を立てないように、レイを起こさないように起きると、レイに近づいた。

 レイの寝顔を確認すると、張りつめていた気配を緩めた。

「よく寝てる」

 ロリエは微笑みながら愛おしそうに小声でそう呟いた。

 レイを起こさないように気をつけてロリエはテントから月の出でいる暗闇の外へ出た。


 ・・・・・・。

 

 静寂がテント内を包んでいた。ロリエの足音は小さいが聞こえる。その足音が、どんどんと遠ざかって行く。

 ロリエの気配が十分に遠ざかっていた。

 レイが目しっかりと見開いて体を起こした。

 レイは体を横にして眠っていたが、下にしていた手の方には小型のポケットナイフが握られていた。

「ファラル、出て来て」

 レイが消えてしまいそうな程小さな声でファラルを呼んだ。

 ファラルは直ぐに出て来た。

「どうした?レイ」

 優しくファラルが聞いて来る。こんな時はいつもそうだ。ファラル以外が近くにいると眠れない。眠る気もない。眠る時にファラル以外が近くに、同じ空間にいると絶対に眠れない。いつも、ファラルがくれたナイフを持って眠る。

「怖いのか?レイ」

 レイはファラルの言葉に応えない。ただ冷たく、無表情な目をファラルに向ける。その表情の中に甘えを匂わせて。

 ファラルはレイを抱きしめた。優しく、愛おしそうな手つきでレイを抱きしめた。

 レイにはいつもこの時のファラルの表情が分らない。抱きしめられているから。何も言わず、一人ではないと、教えてくれるファラルを無条件に慕った。

 まるで、家族のように。

(悪魔なのに・・・)

 いつも、そう考える。

「ありがと、もう大丈夫」

 レイは平静さを取り戻した。ファラルはレイのその言葉を聞いくと、そうっと抱きしめていた腕をほどいた。ファラルの表情は、いつもと変わらなかった。

「怖いのか?レイ」

 ファラルがもう一度聞いて来た。レイは笑って、

「怖い。でも、ファラルは私と一緒に居てくれるでしょう?抱きしめてくれるでしょう?それなら、私は平気なの」

 縋るような目で、でも無表情で威圧的でそんな感情を秘めた瞳でレイはファラルを見ていた。

 ファラルはそんな目如きで動じてしまう器じゃない。でも、それでも彼は、

「分っている。私はレイを裏切りはしない、傷つけもしない。レイを傷つける者が居るのなら私の力を持って排除する。だから、不安になるな。泣くな」

 いつも、こんなことを言ってくれる。

「私は泣いてない」

「ああ、でも心は泣いているだろう。表情と内心は必ず一致するとは限らない。レイは表情を封じただろう?ならば泣いていなくてもレイは泣いてる」

 正論なんだか、持論なんだかよく分らない理屈を言われ、

「は〜い。じゃあ、行こう」

 レイは、いきなりそう言うとテントを出て行った。ファラルはその後を付いて行く。レイが何をしたいのかは心得ている。

 二人の足音は、全くしない。

「どうするんだ?」

「うん。作るか、余りがあるか、ファラルに出してもらうか、のどれか」

「はっきり言っておくが、出す気はないぞ?レイに触ろうとしたからな」

 レイは考えた。

(本当に出してくれなさそう・・・決めたら頑固だからなぁ。そういえばさ、ファラルの怒る基準も何か変なんだよね)

 そんな事を考えていると、料理を作っている所に来た。

 夕飯の残りが無いか探していると、見つけた。

「パンが二つ、鍋に夕飯の残りのスープ、野菜の余りがキュウリ・トマト・レタスか・・・。十分だね」

 レイは妖しく笑うとファラルに目で合図をした。ファラルは承知しているらしく、表情一つ変えず、何も喋らず炎を出した。

 レイはその炎の上に鍋を置くと鍋は空中で浮いていた、レイはその様子を見た後、野菜を切り始めた。

 メニューは、残っていたパンとスープと余っていた野菜で作るサラダ。おかずは無いが、ご飯が無いよりましだろう。

 皿に全てを盛りつけると、レイは、バスケットに載せてそれを彼の所に持って行こうとしたが、ファラルがレイからバスケットを奪ったので、ファラルが運ぶ事になった。

 遠くで、数人の人がここへ近付いて来る気配がする。皿は、あの人達が彼の所へ行っている間に返せば良い。



 レイは、あるテントの前に立っていた。そのテントからは誰かが出て来る気配がする。

 レイの顔はファラルの術で変えられていた。髪の毛の色も、瞳の色も、服装も違う。

「誰だ」 

 声が聞こえた。気配は明かしているので当然だ。声の主は分っている。

「黙って抜け出して〜、盗み食いでもするつもりだったんですか〜?」

 からかいを含み彼に問う。

「誰だお前は、隊長の差し金か?」

 忌々しげにいう男は、月明かりに照らされて顔を露にした。夕食前に騒動を起こした兵士、ナイザーだった。

「差し金なんて、ひどい言い草ですね〜」

 いつもの口調とは変えてレイは他人になりきる。

「せーっかく、御夕食を持って来たのに〜。要らないんですか〜?」

 レイは誘惑の言葉を呟く。

「何の目的だ?彼奴の方ならまだ理解できるが何故わざわざ俺の方に?」

「あれ〜?自覚あったんですねぇ〜びっくりですぅ〜」

 妙にイライラさせる口調でレイがそう言うと、

「何しに来たんだっ!お前は」

 とイライラした様子を隠さずナイザーが小声だが怒鳴った。

 まあ、これから恐らく盗み食いでもしに行こうとしていたのだ。声をちゃんと落としている。

「だから〜、夕食をー、届けにー、来ました〜」

 そう言って、レイはバスケットをナイザーに差し出した。

 ナイザーは、一瞬考えたが、よほどお腹が空いていたらしくレイが持って来た夕食をすぐに平らげた。

 食べ終わった皿を受け取ると、レイは帰ろうとした。

「待て」

 ナイザーに呼び止められた。レイが立ち止まると、少し黙った後ナイザーは、

「礼を・・・言う、ありがとう。それと、何故俺にそれを持って来た?夕食を禁止された俺に、それに、自分でも俺の言った言葉は、反感を買う物だと分っているが?」

 レイはナイザーに見えない事を承知で微笑むと、

「オーエンさんの方は、私が行かなくても他の方が夕食を届けますよ〜。なのに貴方には私以外、来ないでしょ〜?それに隊長さんは、周りの人に持って行くな、なんて言わなかった。だったら差し入れは平気だよ〜」

 喋り終えると、レイは調理場に戻って行った。ナイザーは、明日ちゃんと動けるだろう。

「甘いな、レイ。どこまでも他人に甘い。どこまでも、他人を恐れているくせに」

 ファラルがいつの間にか隣に居た。

「ファラルも、私にはとことん甘いじゃない。他人にはとことん冷たいくせに・・・。それに、私は甘いんじゃないよ、怖いんだよ、きっと。だから、見捨てられないように何かをしてしまう・・・」

 ファラルは何も言わなかった。

 顔も服も元に戻った。ファラルはレイが何も言わなくてもして欲しい事をしてくれる。

 調理場には誰もいなかったが、料理の残り香がした。誰かが帰って来ない内に、皿を洗うと、ファラルに乾かしてもらって、元の場所に置いた。

 目的を達成したレイはテントに戻って行った。

 ロリエが居る限り眠れないあのテントへ。



「どうだ?レイ殿は。変わった様子は?」

 ロリエはアルのテントに来て早々そんな質問をされた。

「うん、別に変な様子は無いよ今も寝てる。アル」

 アルのテントには、ベクターとヘルスが居る。皆、アルに呼ばれるて来る。いつもの事だ。

「そうか、それにしても・・・」

「ファラル殿の事?アル」

 ヘルスがからかうように言った。

「ファラル殿も、レイ殿もだろう」

 ベクターがつけ加えた。

「ああ、正直苦手なタイプの二人だ。ファラル殿が隊に入ると言う事は嬉しいが、腹が読めん。本当に入る気があるのかどうか・・・レイ殿が勝手に答えたような物だからな」

 アルが本当に何を考えているのか分らないと言うのなら、本当に分らないのだろう。

「でもさ、アル。ファラル殿も了解してたよ?」

「レイ殿に言われて渋々のようだったが?」

 ヘルスの楽観的な慰めは、アルの悲観的な指摘によって一蹴された。

「確か、レイが言ってた。この隊にレイがちょくちょく来るようになるね、って言ったら、回りくどく答えられたような気が・・・」

 ロリエが不安を煽るようなことを言う。

「確かに、レイ殿が答える時も、やめたくなったらやめる、と言っていたな・・・」

 ベクターも煽る。

 アルは長い溜め息をついた。

「溜め息付くと幸せが逃げるって」

 ヘルスがどうでもいい事を言った。

 アルが軽く睨むと、ヘルスは青ざめ、ごめん無駄口たたかないから。と慌てて言った。

「取り敢えず、様子見か・・・」

 アルはそう呟いた。

 それしか出来る事は無いだろう。

 説得しても意味が無いだろうと言う事は本能的に悟っていた。

「ロリエ、明日は集まらなくていい。テントに居てくれ」

「了解」

 ロリエがそう言うと、アルは、

「だが、二人はいつも通り集まれ」

「はい」

「了解」

 ヘルスとベクターが返事した。

「それでは、もう帰っていい。明日のためにしっかり寝ろよ?」

 アルのその言葉を聞いた後、三人は自分達のテントに戻って行った。

 

 

 ロリエがテントに戻ると、レイは出て来た時と同じように眠っていた。

 出て行く時と同じように音を立てないように自分の床に戻ると、ロリエは深い眠りについた。

 ロリエの寝息を、聞きながらレイはそっと薄目を開けていた。

 無意識に力の入ってしまうナイフを持っている手を何度も緩めながら、朝を待った。

 これから数日間、こんな夜を過ごす事になるのを予想しながら。 



 最後の方で、アルは何となくネガティブ思考だと言う事になってしまいました。やる時はやる子だと思うのですが・・・。悪い方にばかり考えるのは良く無いですよね?

 それと、レイの苦手な物が出てきましたね。“他人”です。(ファラルは平気なんですけど)レイは対人恐怖症という設定になりましたね。何か違う気もしますが。

 ファラルは本当に読めませんが、レイへの愛情はあります。むしろ愛情はそれだけ、という気もしますが・・・。

 きっと、本当にレイを裏切りはしないんじゃないでしょうか?

 話の展開を考えてはいませんが、予定は未定という事で。

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