108:執念の反撃
流血・暴力表現があります。
苦手な方はご注意下さい。
カナタは手に違和感を感じて目を覚ました。
「な、ん」
最後まで言う前に頭に衝撃が襲った。脳が揺れる感覚だ。ダラリ、と生温かい液体が頬を伝う。
しかしその御陰でぼんやりとしていた頭が冴え渡った。
「ここは、何処だ?」
妙に腕が痛いと思えば両手は鉄の枷に嵌められ体は宙ぶらりだ。全体重が両腕にかかっている。足を下につけられるかと試してみたが精一杯伸ばしてつま先が微かに届くだけで両腕にかかる負担は全く変わらない。
カナタの言葉にカナタを取り囲んでいる仮面をつけた老若男女達がどこか楽しそうに、
「知る必要はない」
「そうね、本当に必要無いわ」
と口にする。嫌な予感がカナタの頭をよぎった。そしてそれは現実となる。
「だって、直ぐに死んでしまうのですもの」
「おや、おや。直ぐにお楽しみを終わらせてしまうのですか?それでは満足できる会になるか、心配ですね」
聞き覚えのある男の声。
「お前はっ!!」
視線を声のした方に向けるとそこには仮面をつけたヴァンス・ヒュースターが居た。
「既に始められている方々も居ますので。どうぞ存分にお楽しみを」
そう言って出て行こうとしたヴァンス・ヒュースターに向かって、カナタが叫ぶようにある最悪の予感を問いかけた。
「俺と一緒に居た者達は何処に居るっ!?」
その言葉にヴァンスは出て行こうとカナタに向けた背を振り返って、
「君と同じ立場で居る。元旅人の娘はそろそろダーツの的になっている頃だ」
と言い残し、部屋を去った。
「私、ダーツはあまり得意ではありませんの」
「おや、そうなんですか?では、コツをお教えしましょう」
「ルールはどう致しますか?」
口々に語らいながら取り出しているのは全体的に細く鋭い刀身を妖しく光らせた短剣。瀕死の相手にとどめを刺す為に用いられる短剣スティレットに似ているがそれよりも小さく急所に当たってもすぐに死ぬことが出来ない。まさしく、嬲り殺しにする為の道具だ。
しかし、カナタにはそう易々と死ぬ気はなかった。
『我が契約者 清流の主 ミズノエ 我が契約に 応えよ』
口を動かさず、声も最小限に留めて契約者であるミズノエを喚ぶ。しかし、言葉が届かないような工夫がされているのか近くにいる水の精霊が微かに動くばかりでカナタの契約霊であるミズノエには届いていない。
声をどうやってミズノエに届けるか、カナタは必死に考える。
(魔力はかなり制限されている上に、魔力が異常に高い者が居て魔法を使ってもすぐに察知されてすぐに阻まれる。何か、意思を届ける媒介は)
そう思って周囲を見回そうとした瞬間、左肩に熱い衝撃が走った。
かろうじて叫び声を上げるのは留めたが、もたらされた衝撃は神経を伝って全身に伝えられる。
(貫通はしていないし、神経も骨も傷ついていない)
刺された箇所を見て冷静にそう判断し、そこであることに気付く。
(この短剣・・・)
手作りなのだろう。邪魔にならない程度に細かな細工がなされた短剣の柄を見てあることに気付く。
(使える)
首を伸ばして自由な口でその柄を口にくわえるようとする。この状況で口でくわえられる程細いことに感謝したのにカナタ自身も驚く。
そんな端から見れば異様な行動をとっているカナタにまた短剣が投げられる。今度は太股に刺さる。生温かい血が流れ、足をつたい床に血溜まりを作り始める。
痛みに屈することなく、諦めることなくカナタは肩に刺さる短剣をくわえようと努力し続ける。
次々に短剣が投げられその内の何本かが骨に当たったらしくカナタは我慢していた呻き声を上げた。その反動で後少しで届きそうだった短剣から顔を遠ざけてしまう。
もう20ヵ所以上、体のあちこちに短剣が刺さっている。そこから流れる血は一つ一つはまだ大したことないが一気に、となると既に結構な量になっている。このまま続けばあと十数分もすれば意識を失い、1時間以内に大量出血で死ぬだろう。
そう考え、それは嫌だ。という結論に達しカナタは痛みをこらえまた肩に刺さった短剣を抜こうと努力する。
短剣は相変わらず飛んで来るが投げる方は慣れているのか喉から上や心臓などの急所にはまだ飛んでこない。しかし、苦手だと言う者が居たように手元が狂った者が居たらしい。
その2本の短剣のうちの1つはまず耳を削ぎ落とした。次いで2つ目が首の肉少し深めに断つ。
今度の痛みにカナタは少しだけ声を漏らしただけで顔を動かさずやり過ごそうとする。しかし、切られた首は大動脈に近かったらしくかなりの出血がある。溢れる血に周りの者達が手元を狂わせた者を咎める。
しかし、カナタにはもうその声が聞えない。片耳がなくなり周りの音が聞えにくい上に痛みによる全身の疲労感に出血により霞み始める意識。
もう無意識に首を伸ばし続けていたカナタは意識が落ちかけた瞬間それを阻止しようと反射的にもっと首を伸ばした。そして、
(やった)
歯に当たり微かに届いた金属音。しっかりとそれを噛むと一気に引き抜く。刺さるのとはまた違う痛みに顔を顰めるが引き抜くのをやめることはなかった。
刀身が完全に姿を現す。
それを口にくわえたままカナタは祈る。
(『我が契約者 清流の主 ミズノエ 我が契約に 応えよ』)
そして、変化が起こる。
レイは次々に体に出来る傷を無感動に見続ける。しかし、それはある時に唐突に止まる。
(結構、血が出てる。流されればその内終わるけど・・・)
抵抗しないこと、それが今の状況で一番大事なこと。我慢しないこと、それが最善の策。
(なのに・・・)
レイは自分の周りに出来た血溜まりを見て溜息を一つ吐いた。
その時、ポロッと何かが落ちた。レイはそれが何故起こったのか、誰が傷ついているのか容易に察することができ、もう一度何度目かの溜息を吐いた。
(まだ、動けないけど・・・何か、一部失敗した気がする)
レイは雫の垂れる左目を閉じて残った片目で目の前に現れた闇色を見つめた。
「主っ!その姿はどうしたのじゃ!?」
カナタの肩に刺さった短剣はミズノエの管理している川の源流の山から掘り出した鉱物を使って銀器などを作っているメーカーの刻印がしてあった。この国内で有名なメーカーで実家が商家のカナタはその刻印をよく目にしていた。
そして、幼い頃見学に行った工場ではミズノエの管理する川の水を精製の過程で使っていた。ならば、短剣に染み付いたミズノエの気配を媒介にミズノエを喚ぶことが出来るかもしれない、と考えたカナタはその為に今まで行動していた。
「ミズノエ、こいつらが死なない程度に身動きがとれないようにしてくれ」
カナタはミズノエの疑問に答える前にそう命じた。
冷静になってミズノエが周りを見ると、妖しげな人間達が並んでいる。
「汝等の、せいか」
断定形だった。
「主を傷つけたのなら、それ相応の報いを」
冷ややかな目で、そう、下等生物を見るかのような目で仮面をつけた人間達を見る。
ミズノエは自分が気に入らない、と判断したものには何処までも冷酷で非情で好戦的だ。そんな者に自分の契約主を傷つけられたとなればカナタが厳命しない限り容赦はしないだろう。そして、カナタも容赦する気はしなかった。
ミズノエが手を一振りする。
急に人間達が苦しみだした。部屋の中が白い霧に包まれる。それは一ヵ所に集まり水の玉となる。
よくよく見ると仮面が隠していない人間達の唇を見ると口紅を差していても分かる程ガサガサだ。ミズノエが何をしたのか理解したカナタはミズノエに、「殺さない程度に、と言ったが?」と問う。
「体の水分を少々奪っただけじゃ。そんなことより、何故もっと早く妾を喚ばなかったのじゃ!?主っ!!」
「すまなかった。だが、ミズノエを喚べたのは奇跡だと思う」
ミズノエは奪った水を使ってカナタの手を縛っていた鎖を断ち切り、ふらついた体を支えた。そして、少しだけ顔を顰める。精霊には人の作る結界が殆ど効かない。カナタの言葉に、ミズノエはそうか、と顔を曇らせただけだった。
「サラ達も、捕まってる。助けないと」
「主の命には従わねばならぬが、その体でか?」
「ああ」
カナタは足に刺さったナイフを抜き止血すると乾きに呻く者達を振り返ることなく、ミズノエの介助を断って部屋を出た。ミズノエはその後に続いたがその部屋から出る寸前、奪った水で部屋中の汚れを洗い落とし、床に水をぶちまけた。
残された者達はあまりの乾きにぶちまけられた汚水を啜っていた。
一歩進む毎に激痛が体中を駆け巡る。
「ッ!」
「主っ!無茶じゃ!」
カナタは既に大量の血を流している。下手をすればこのまま出血多量のショック死だ。
「それでも、行かないと・・・。皆を、サラを、助け、ないと」
「主、妾を頼ってくれ」
「駄目だ、力を、上手く、使えて無い、だろう?」
「そんなことは気にするべきことではない!」
「駄目だ。ミズノエには、皆を、助けて、もらわないと」
「主・・・」
確かに、ミズノエは完璧な姿を保っていない。喚ばれた声に緊迫感を感じ取って急いでここに来たのだが建物の結界に阻まれ力の一部しか中に送ることが出来なかった。水を操るのは容易いが実体化が出来ていない。ここでカナタの体を支えようとすると実体化が必要になる。しかし、それには今ある力を大分注がなければならず先程のように水を操ることは難しい。
精霊に効く結界は少ないがないことはない。しかし、色々な条件が必要だ。
魔力が大量に必要、才能、属性、地理的条件、どれだけの強さまでの精霊を阻めるかなど、全てがなければという訳でもないが天賦の才が必要な物も多い。
何処に誰が居るかは分からないがあんな悪趣味な戯れを四方八方で行うことはないだろう。恐らく、この近くに仲間達が居る。
「まず、この部屋だ」
心を落ち着けると音が立たないように、そしてミズノエの魔法に守られながら扉を開く。
ゆっくりと開いた扉の向こうに先程見たような妖しげな集団はいない。しかし、人が、2人居た。
「サ、ラ?」
「誰だっ!?」
カナタの目の前に居たのはボロボロで、血だらけで、ピクリとも動かない誰よりも愛しい少女と、恐らく自分たちのこんな目に合わせた元凶の男、ヴァンス・ヒュースターだった。
これから数話は視点があちこちに飛びます。