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血の契約  作者: 吉村巡
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104:夜半の思惑

 レイが部屋から出て行った後、シオンは1人小さく溜息を吐いた。

 レイを止められなかったし、ヴァンスに言われた言葉にあれ以上の言葉を返せなかったからだ。

「後悔は、しないんだけどな」

 呟きは誰にも聞きとがめられない。

 夜会という外交政治をしている状況下で帝国の王子があのように感情を露にすべきではない。その国のきな臭いところを調べているならなおさらだ。けれど、自分がとった行動に後悔はない。

 元々第二王子だった自分が現在誰よりも皇太子の素質を持つ兄を差し置いて皇帝候補と目されていたことに対して反発があった。けれど、仕方のないことだと分かっていたから少しだけ王子らしくない振る舞いをしつつも公的な場では次期皇帝候補として完璧に演じていた。

 しかし、兄が皇太子として何の問題も無くなった今、自分の存在は火種になりかねない。自分自身はそんなことを望んでいないと言うのに周囲の人間の野心は自分の意思を無視して事を進めようとする。

 だから、レイに近付いた。

 旅人であったレイに。

 レイ達の研究がきっかけで興味を持ったのは本当。同時に、母方の従兄弟でもあるアルがレイの身元引き受け人をしている上にレイの経歴を知って天啓のようなものさえ感じた。


 吟遊詩人のようにその才覚で行く先々で歓迎されることはない。

 旅芸人のように人の目を喜ばせることはない。

 流浪の民のように仲間と誇りを持たず、時には一部の国に存在する奴隷よりもこの大陸で忌み嫌われる旅人。

 旅人には身分も姓名もなく、ただ名と体と少しの財産が存在するのみ。

 旅人は法に守られることもない代わりに法に縛られることもない。それはつまり、旅人を殺した人間は罪に問われないかわりに旅人が人を殺しても罪に問われないということ。

 ゆえに、旅人は旅人であると名乗る瞬間から人殺しであると主張していることと同義だ。

 旅人となるのは簡単。

 旅人であると名乗ればいい

 それだけで国境は旅人にとって何の関係もなくなる。

 旅人という身分が悪事に利用されないのは旅人がこの大陸で生きにくいからと同時に名乗っている時点で自分は悪事を行っていると主張しているようなものだからだ。

 旅人を名乗るのには複雑な事情がある人間が多い。


 そんな、旅人に対する常識が頭に浮かんだ。旅人の特徴は他にもあるが大体こんな存在だ。

 旅人への反応は気位の高い貴族や聖職者、裁判官ほど忌み嫌う傾向にある。それぞれ理由は様々だが裁判官は大体分かりやすい。自分の領分をどれだけ荒らされようが相手を断罪することが出来ないからだ。

 一般人でも彼らに殺されないようにと旅人をタダで泊まらせるような宿があり、大体のそういう宿で旅人が泊まっている間は警戒を強め自警団を宿に何人か送り込んだりする。

 けれど例外もあって、同情などから手厚くもてなしたり、気にしたりしない地域も多くはないが少なくもない。旅人が国指定の町や村で戸籍を取得できる制度もきちんと存在する。

 しかし、それほど警戒される存在だった者に近付くと自分の評価は下がる。下らないと思うことでも、利用しない手はない。

 全部計算だった。

 ワガママで縛られた分自由にさせろと主張する裏でこんなことを考える自分のことを王も、兄もアルも、そしてレイも気付いていると思う。

 他の友人達はレイと親しくしていたので自然と距離が近付いた、という感じだった。けれど、

「いつのまに・・・」

(こんなに、大切な存在になったのだろう)

 帝国は身分の壁はさほど厚くないがそれでも身分の違いというのは存在する。学園で考えれば学科の違いもある。それなのに、彼らはそんな違いを越えて対等に付き合っている。

 一部の者以外みんな最初はぎこちなく、退屈を覚悟した学園生活は数日もすれば居心地の良いものになった。それは、レイを中心とする友人達のおかげで、その順応性には驚嘆したものだ。

「失いたくない」

 口にすると友人との関係性を維持する覚悟が決まる。

 自分に友人を作る。それはつまり、彼らの命を危険に晒すということ。

(それがどうした。危険なら守る。失わないように、出来るだけ、傷つけられないように)

 そういえば、自分はワガママだった、と思い出し今までその事実を忘れていた自分に対して薄く笑みを浮かべた。





 男は与えられた部屋で焦燥を感じていた。

 あの目を、あの瞳を見た瞬間、嫌な想いに囚われた。

 誰も気付かなかっただろうか?

 いや、夜会最中に自分を見ては密やかに囁き合っていた他の出席者達。

 普段なら気にも止めないが、今日はやけに多くなかったか?

 ジトリ、と背中を嫌な汗が流れる。

 上に居た人間を引きずり降ろし、脅かす者を排除してようやく手に入れたこの地位を脅かす存在。

 少しでも可能性があるのならばいつものように消してしまえばいいのだ。

 王子の学友とは言っていたが結局、身分は何の力も持たぬ平民。

 ただでさえ王位継承権から遠ざかり、この国へは外交に来ている王子がただの平民のために騒ぎを大きくするだろうか?

 答えは“否”だ。

 そうだ、せっかく人が集まっているんだ。もう少し新規の客を増やそうか。

 となると、もう少し人間が必要になるな。

 ちょうどいい。

 他の平民達も連れて行くか。

 少し騒ぎにでもなれば死体だけでも持っていって盗みを働いていたので賊と思い兵が殺してしまったことにしよう。幸い、何人か処分したい兵士が居たな。 

 そんなことを思う男の横顔を蝋燭の灯りが煌煌と照らす。

 歪んだ笑みをたたえた男の目は深い深い紫がかすかに朱色に光っていた。

 

 

 


 





 

 旅人について少し分かっていただけたでしょうか?

 補足としては、1話で旅人だったレイがお世話になったのは旅人に友好的な人達だったのです。

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