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血の契約  作者: 吉村巡
103/148

102:名無き者達の叫び

 残酷な表現があります。

 苦手な方はご注意を。

(なんか、もう痛みとか麻痺してきた)

 体に力も入らない。

 ただ、僅かな呼吸だけが自分がまだ生きようとしていることを教えてくれる。


 どうして、自分はここに居るんだろう?

 どうして、こんな目に遭わなければいけないんだろう?

 どうして、この人達は笑っているんだろう?

 

 数刻前までは見えていたはずの両目は既に見えなくなっている。

 最後に見たのは、蝋燭が僅かに照らす薄闇の中、身形の良い貴族らしい男女が愉快そうに自分をいたぶっている光景。

 小さなスプーンが自分の、残された目に近付き、世界に光は無くなった。

 嗅覚は血の生臭さとキツい香水以外に何の情報も教えてくれない。

 口の中に広がる血の味に吐き気を覚える頃はもうとうに過ぎた。

 泣き叫んでいたのがもう遥か遠い時間のことのように思われる。

 時間の感覚も既にない。けれど、体感時間よりも短い時間であるだろうことは、何となく分かる。

 残されたのは聴覚と触覚。

 けれど、それが何の役に立つと言うのだろうか?

 耳は自分の体が破壊されていく物音とそれを笑い楽しむ人間の声しか伝えない。

 触覚はもう感覚が麻痺して来ているが、それでも鈍い痛みを伝える。

(死ぬんだろうな)

 纏まらない思考の末、漠然とそう思う。

 まず、生きていることの方が奇跡だ。

 両目を無くす前に行われた両手両足首の切断。

 何故ショック死しなかったのか不思議だ。

「もう、反応が無くなりましたわ」

「不要品になってしまったモノは始末しなければ、ね」

「どうしましょうか?今回は首でも落としましょうか?」

 ただ通り過ぎていく音を聞き流していた耳が信じられない言葉を拾った。

(首を、首を落とす?)

 もう状況把握さえマトモにしたくなくてぼんやりとしていた頭でもその言葉の意味が理解できた。

 そうすると、頭がはっきりして自分がどうなっていくのかが分かる。

 体が浮き、何かの器具に体を固定される。

 目が見えない分鋭敏になった聴覚が自分の死が近付くことを教えてくれた。


 キリキリ、と音がする。

 何かが取り付けられているような音。

(叶うなら)

 ザッザッ、と音がする。

 滑るかどうか試しているかのような音。

(父さん、母さん、姉さんに)

 静寂が満ちる。

(会いたいっ!!)

 それが最後の心から叫んだ願いだった。


 静寂の一瞬ののち、辺りには鈍い音が響いた。




 

 鈍い音がして、飛ばされて来たその物体がなんなのか、無くなった片目の痛みを紛らわせる為に考える。

 赤黒い色で丸い。

 糸のようなモノが沢山ついていて凹凸がある。 

(これは、何だろう?)

 考えるな、と頭のどこかで警鐘が鳴る。

 怖くなって、考えることを止めた。

 丸いモノを視界に入れないように残った目を瞑り、別のことを考える。

(あのお姉ちゃんは何処にいるんだろう?)

 自分は孤児だった。

 家はなく、路上で生活していた。

 でも、いつの間にか誰かにここへ連れてこられた。

 状況が全く分からなくて不安で、心細くて泣いていた時、あのお姉ちゃんが現れた。

 自分と同じ、いつの間にかここに連れてこられたと言っていた。孤児仲間の一番年上のお兄ちゃんくらいの年で、泣いている自分を優しく抱きしめてくれた。服を見ただけで孤児の自分とは違い家族が居る人だと分かった。

(髪の長さは、そう、あの丸いモノについていた糸と同じ位で)

 辿り着いた答えに、思考が一瞬で固まった。

 気になったら止まらなくなって、予想を信じたくはなくて、思考を否定する為に一瞬の躊躇の後、目を開いた。

 目に入った丸い物体が人の顔にーーーお姉ちゃんの顔に見えた。

 

 叫んだ。


 恐ろしさ、気持ち悪さ、汚いでも当たり前の感情で反射的に。

 衝撃のあとの順応は、ただただ悲しさと恐怖と絶望で引きつったような声しか漏れず、息も上手く出来ない。

 自分もこうなるのかな、と衝撃で半ば狂った頭で思った瞬間、心が保たなかった。

 遠ざかる意識に自分は安堵して身を任せた。

(これは、悪い夢なんだ。だから、いつか目が覚める)

 

 けれど、その目が覚めることはもう二度とない。

 

 

 

 「心地いい。人の生命力とはこんなにも私に力を与える」

 高い塔の一室、上から下まで真っ赤な衣装に身を包んだ何者かが通る高い声を歓喜に声を震わせて呟く。同じ部屋にいた男がその言葉にあぁ、と声を漏らし、

「今流行っている病はお前のせいか」

 まだ若い男の声だ。

「そうだ。だが、お前の指示だろう?もっと強く!もっと強大な力を!」

 楽しげな口調の相手に男は妖しく笑う。

「ああ。だが、まだ事を荒立てるな」

 目の前の赤尽くめの相手を見る男の目はこれからの計画に思い巡らしているのか、欲望と復讐に爛々していた。

「俺はもうあの女よりも強くなった。だが、まだ足りない。もっと力を、もっと権力を、全ての人間の羨望と憧れの存在となり、あの女の名声を徹底的に地に落とすまで!」

 その契約は、男の願望。

 その宣言は、心の叫び。

 女はまた笑いを漏らす。

「私は契約通り動く。だが、それまでは自由にさせてもらうよ」

 赤尽くめの者は何度目かの言葉を男に投げかけその場から掻き消えた。最後の一瞬、月明かりに照らされた赤尽くめの者の顔にあった瞳は闇のように黒く見えた。

 男は荒ぶった心を鎮める為に夜空を見上げる。

(俺はあの女を越えた。だが、私の計画を邪魔する者がいる)

 その正体は分からない。しかし、力を得る為に大規模な計画を立てても必ず入る邪魔。何度かその正体を暴こうとしたが手がかりは全く掴めない。

「忌々しい」

 苛立った呟きはそのまま夜の闇に消えていった。


  




 

 

 

 時間軸からすればレイ達がバランドロ国に来るより前の出来事です。

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