101:陰を孕む夜会
平然としているシオンとレイ以外の4人は多少緊張しているように見えた。その様子にシオンが苦笑し、
「そこまで緊張しなくて大丈夫だ。学生という身分であるし、こちらの事情も参加している者達には分かっている。多少の失敗をしても陰口を叩く礼儀知らずの連中は居ないだろう」
とフォローする。
6人は今、王宮で開かれたシオンの歓迎の夜会に出席していた。きらびやかな夜会には多くのこの国の貴族が出席しあちこちで話に花を咲かせている様子がみられる。
ちなみに、マリとカナタは端から見ればほぼ平然としている。(でも、妹・幼馴染みからすれば緊張しているらしい)
近くで聞き耳を立てていたらしい貴族連中がサッと顔色を変える様子をちらりと見た後、
(シオンも、わざと聞こえる声で言うあたりに場慣れの雰囲気が出てるね)
暢気にそんな事を考えながら「飲み物貰って来る」と伝えてその場を離れる。一ヶ所に固まっているとレイの目的が果たせない。
制服姿が珍しいのか、参加している人々の視線を集めながら飲み物を貰うと壁に近付きゆっくりと飲みながら会場に意識を向ける。そしてほぼ完全に存在感を消すと会場に向けていた意識を参加している人々に向ける。
「・・・よ。___ですもの」
「______だろう。・・・・・・なんだから」
「____嬢」
「共に____」
「今日の夜会には____」
「____ねぇ。・・・・・ですもの」
(今日こそは)
(あの爺共めが!)
(あの方に会えるかしら?)
どうでもいい会話、感情が大量に脳に直接流れ込んで来る。それを直ぐさま必要か不必要か判断し取捨選択する。会場に居る人間全員の感情と言葉を処理し終える間に、ジュースの入ったグラスに一度口を付けて味わい、飲み下すまでの時間がかかっている。
(見つけた)
レイは目を閉じて選択した人物達に意識を集中させる。
「アレが始まるのは2日後だ」
「楽しみだな。また彼の城で開かれるのだろう?」
「退屈な日常の良い刺激になりますわ」
「甘美な遊戯ですもの」
(考えるだけで歓喜に震えが止まらなくなる)
(生け贄が足りない!去年と同じではあまりに味気ない。できればもう少しでも生け贄を集めなければ)
暫くそんな声を聞いていると主催者らしい者の感情まで響いて来た。丁度いい、とその者に重点を当てて気付かれないようその頭の中に侵入し情報を全て得た。そこで、意識を自分に集中させ存在感を取り戻す。
視界にうつるだけの夜会の光景を眺めながらまだ少し残っていたジュースを飲み干す時にグラスを持っている方の手ではない手につけている唯一のブレスレットが目に入る。ブレスレットは細い、しかし、しっかりとした銀の鎖に等間隔に色々な飾りがつけられている。
その中でもレイが注目したのは何の変哲もない小さな直方体の光に鈍く光る銀の板だった。
(光が鈍い・・・)
何時もならばこんな白く曇ったようではなく鏡のように表面が反射する。これは昔イシュタルがレイにくれた銀の板でこれから起こる事に対してレイに深く関係する時にこうなる。
(黒幕が、アイツということかな)
その辺を通っていた給仕に声をかけ空になったグラスを下げさせると友人達の元へ戻る為に歩き出した。
「エリュシオン殿下、ご学友の方々も今夜の夜会は楽しんでいただけているでしょうか?」
「ああ、楽しませてもらっている」
「それは何よりでございます」
「紹介しよう、この国の宰相でヴァンス・ヒュースターだ」
レイが居なくなって少し経った時、小太りの初老で身分の高そうな身形の良い男が5人に話しかけて来た。シオンと軽く話した後、シオンがその男を紹介してくれる。
男の顔を見た時、一瞬の既視感がレイ達の間に走った。けれど、すぐに気のせいか、とレイ以外が思考を切り替える。
「初めまして。この国で宰相の地位に就いていますヴァンス・ヒュースターと申します。君達が成し遂げた功績の噂はこの国にも届きました。是非、学園を卒業後は我が国でその才能を存分に発揮していただければと思っています」
にこやかに笑いながらしかし、威厳は保ちつつ握手を求めるヴァンスに全員が応える。
「迷惑でなければ、私にも君達が偉大な功績を成し遂げるまでの経緯を話していただきたい」
「あら、その話ならば私もお聞きしたいわ」
「僕もです」
聞き耳を立てている人は思っていたよりも多かったらしくわらわらと人が近付いて来る。
断る状況ではなくなり、ほぼレイの功績である夏休みの課題の話をマリが代表で語りだした。
レイは友人達の周りに出来ている人集りを見て一瞬で状況を把握した。
「それで、どちらのグループも死傷者は無く戻る事が出来たのですか」
穏やかだがどことなく人の上に立っている、人の上に立つのが当たり前だ、というような男の声が聞こえて来た。それが先程聞いていた意識した人間、と気付いたのは一瞬だった。
(重畳。ちゃんと引っ掛かってくれたね)
そんな事を思いつつ、友人達に近付く。
「レイ」
まだ周囲を見る余裕が十分にあるシオンが真っ先にレイに気付き声を掛けた。
「殿下。申し訳ありませんが、私は御前を下がらせていただいても宜しいでしょうか?」
唐突なレイの言葉に全員の視線がレイに向かう。
「何故だ?まだ夜は長いぞ」
「ええ。ですが少々人に酔ってしまって」
「良いだろう。先に下がれ」
「ありがとうございます。では、無礼を承知で御前を失礼させていただきます」
シオンの問いかけにレイが答えるとシオンはレイに許可を出した。優雅な一礼をしてレイが会場から出て行こうとするが、
「殿下のご学友の一人でしょうか?是非、お名前だけでも教えていただきたい。私はヴァンス・ヒュースターと申します。この国で宰相の地位に就いています」
とヴァンスがレイを引き止めた。差し出された手を、
「ヒュースター様のような身分の高い方に私のような若輩者がお声をかけていただけて、光栄です。私の名前はレイと申します。現在は学園の生徒ではありますが元旅人でしたので姓はありません」
と答えて握り返す。一瞬、レイの言葉が聞こえた者達のお喋りと動きが止まった。何人かが一瞬、見下すような目でレイを見る。顔に出さない者も多いがレイがシオンの学友としてこの場に居る事を不快に思う者が殆どだろう。
握手を交わしているヴァンスも一瞬にこやかな表情と態度を崩し、目を細めてレイを値踏みするかのような目で見つめた。
周囲の考えを理解しつつ、レイはただ笑っていた。しかし、その内心ではある事に少々驚いていた。
(この男がアレの1人だって事は分かっていたけど・・・。生身に触ると、やっぱり情報量が違う)
少しだけ静かになったその空気の中でレイは自然体で笑い言葉を幾度か交わしてからその場を辞した。
会場を出る直前、レイは一度友人達の方を見た。特に、サラに注目する。レイに対する貴族達の態度に不愉快だ、と思っているのが表情に少し出てしまっている。
何時もはしないその表情が少し珍しくて、何でそんな表情をするのか考えて、少しだけ口元に笑みがこぼれた。
(傷ついたりなんてしないのに)
寧ろ、そうやって軽蔑され差別され見下される方が良い。その方が仕事がやり易い。
(傷つくのは、きっとサラの方)
自分とサラが似ているとは思わない。でも、サラは余りに親との縁が薄い少女だ。
レイは、自分がサラの事を考えて同情している事を知り、一瞬戸惑った。でも、すぐに受け入れた。
(サラは、きっと皆の中で一番強い)
友人達の中で一番強い、と思った。でも、自分と比べたらどうだろう?
そう思うと、考える時間が必要だった。歩みを止めて、その場に立ち止まって考える。
でも、答えは出なかった。
立ち去っていくレイが自分たちの声が聞えないくらいに離れると貴族達はヒソヒソとレイの事を見つめながら口々に何事かを囁き合う。先程まで聞いていた課題の話よりもレイの身分の方が貴族達の関心の的になるらしい。
そんな者達の様子に友人であるサラ、マリア、マリ、カナタ、シオンは不快感を覚えた。
「殿下は身分の違う者達とも分け隔てなく接しておられるようですが、時には身分の違いを考え友人との交流を控える事も必要ですよ」
幾度か友好的な言葉を交わし、去り際にヴァンスがシオンの耳元でそう囁いた。
「貴公の身分に対する忠告には感謝する。だが、交友関係に口を挟まれるのは不愉快だ」
全員の注目が一気にヴァンスとシオンに注がれる。ヴァンスは思わぬ反応を返されて慌てて非礼を詫びようとしたが、
「気分が悪くなった。悪いが私は部屋へ下がらせてもらう」
感情のない表情と声音でそう宣言すると友人達を連れて足早に会場を後にした。
伏線がちょいちょいと入っています。
旅人の身分というか、社会的地位についてはそのうち説明があります。




