100:バランドロ国
艶めいた表現があります。苦手な方はご注意下さい。
「あったかぁい。話を聞くのと体験するのは別物ね」
ここについて直ぐのマリアの言葉だ。
転移魔法陣でここまで転移してきたシオン、レイ、マリア、マリ、サラ、カナタの6人はバランドロ国の城の一室にいた。セイジは言った通り来なかった。
「ようこそおいで下さいました、エリュシオン殿下。私どもが殿下方のお世話をさせていただきます」
「わかった」
「では、皆様をお部屋にお連れします」
そう言って使用人が一人一人の荷物を持ち、それぞれを部屋に案内する。
マリアとサラは場違いだと思っているのか緊張している。
対してシオンは場慣れしているので堂々としたものだ。レイは緊張や場違いとは無縁の世界にいるらしく淡々と歩きつつ時折絵や置物にちらりと視線をやっている。マリとカナタは緊張はしているがほぼ完璧に感情を隠している。
それぞれの部屋は近い場所にあった。一番立派なのはやはりシオンの部屋だがレイ達の部屋もかなり広く、しかも高級そうな家具や美術品がある。
「レイは緊張しないの?私場違いな感じがする」
「わ、私も・・・」
部屋に着いて直ぐマリアとサラがレイの部屋へ一緒にやって来てレイの様子を見て開口一番に言った言葉だ。程なくして残りの3人もやって来たが、途中で一人だけシオンがこの国の王族が挨拶に来たと言って抜けた。
「まぁ、こんな場所なんて慣れだと思う。一回帝国の城に行ったんだから平気じゃない?だから、マリとカナタは平静を装ってられるんでしょう?」
「俺は家業の関係でこういう場には多少慣れてる」
「僕はレイの言う通り、一回帝国の城に行ってるから耐性はついてるかな」
カナタとマリの言葉にサラとマリアは羨ましそうに2人を見る。多分サラもマリアもカナタとマリ程自分に自信が持てないのだろう。
「レイはどうしてそんな平然としてるの?」
「私?」
レイは慣れた様子で全員分のお茶を頼んだり、これからの予定を聞いたりしていた。
「経験の差、かな。旅してる頃色々あったから。何度かこんな場所に呼ばれた事もあるし」
「呼ばれた?」
招待された、ではない言葉にカナタが反応する。
「うん。旅費稼ぐのに歌を歌ったりしてたから」
「確かに。レイは歌上手だものね」
サラが納得したように呟く。
「旅してたならこの国にも来た事あるの?」
「ある。でも、その時は欲しい物手に入れる為だったから長逗留はしなかった」
「他にどんな国に行ったの?」
「国の端を移動しただけも含めるなら多分大陸の半分以上の国に行ってると思う」
「本当に!?」
「嘘言ってどうするの?」
悠然とした態度のレイは嘘を言っているようには見えなかった。
「許可を取れば簡単に色んな国に行けるとはいえ、半分以上の国は凄い」
マリがそんな感想を漏らす。カナタが、
「政治が不安定な国もあるだろう?」
と質問すると、レイは直ぐに、
「そんな国は目的終わらせたらファラルがさっさと転移魔法使って国を出るから」
と答える。
(政治不安な所は全部行ったなぁ。アイツの影響が大きくなる前に裏から手回したり、大変だった)
ふぅ、と誰にもバレないようにこっそりと溜息を吐く。
昔の事を思い出すとこれから起こる事を考えて自然と溜息が出てしまうのだ。友人達は気付いていないこの国にある闇と異常性にレイだけが気付いている。その事を今教える事は出来ない。
(愚かな人達のエサには丁度いいからね)
友人はあくまで友人だ。レイにとってはそれ以上でもそれ以下でもない。都合が良ければ躊躇いなく利用するし、友人に危険が迫れば何の躊躇いもなく助けるだろう。
「ねぇ、レイはどう思う?」
マリアが無邪気な顔でレイに答えを求めて来る。多少緊張は解れたようだ。
「私ならマリと同じ事をする」
そう答えるとマリアは拗ねたような顔になる。
「マリアの言った行動だと、相手によっては解釈が異なるから。例えば北の方の国の人なら____」
そんな話をしていると直ぐに時間が過ぎる。
部屋の扉がノックされ、世話をしてくれる女の人が入って来て夜会の準備をする時間、と伝えに来た。
「また後で」
全員がそれぞれの部屋へ戻っていく。
部屋にはレイとレイ担当の侍女が残った。
「本日は学園の制服で夜会に出席していただきます」
「分かりました」
侍女の言葉にレイは素直に返事を返し、新品同然の制服を取りだす。
「まずは浴室に」
そう言われて案内された脱衣所でレイは何の躊躇いもなく服を脱いでいく。最後にはらりと今まで髪を結んでいたリボンを解くが髪は真っ直ぐにレイの体を覆う。
目の前に露にされた色白で玉のような肌や完璧な体のライン、服を着ていても存在を主張する豊かな胸。想像以上に美しく艶かしいレイの裸体に侍女は一時頬を赤らめながらその姿に魅入った。レイの声掛けでハッと我に返ると直ぐに浴室に案内され湯船に浸かる。
レイはその中で全身を洗われ、髪を洗われた。湯船から出ると直ぐさま用意されていた大きなバスタオルで体を包むように拭かれ、バスローブを着ると座り心地の良い椅子に座るように誘導され濡れたままの髪を丁寧に乾かされる。
髪がすっかり乾いてから今日の夜会用の制服に着替える。
侍女がレイの髪を結い上げようと近付いたがレイは「結構です」と答える。困惑する侍女にレイは艶然と笑いながら、
『風』
と自然に呟いた。部屋にあった金属製の置物が侍女の顔に見事直撃する寸前に鼻にトン、と当たって止まる。すぐに落下したそれはそのままだと侍女の足の上に落ちる。因にその置物はかなり重く、足の上に落ちれば運良く骨折しなくとも暫くの間、悶絶し動く事は出来なくなる。
置物は侍女の胸の辺りで止まった。そのままフワフワと宙を移動しやがて元あった場所へと戻っていく。
「裸見て顔赤くする?鼻血出したら笑ってあげるわ」
無表情でレイがそう言った瞬間侍女の鼻からはタラリと鼻血が一筋垂れた。そして、レイは宣言通り笑う。
「用は分かってるのに・・・。来る必要ないのに来るから」
一頻り笑った後、急に無表情に戻ったレイが呆れたように言う。
「うるさいっ!大体鼻血が出たのはレイが置物当てるからだろう!?」
先程までのたおやかな外見に似合う女性らしい声が、低い男の声に変わる。
「反応の鈍い貴方が悪い、レオモンド」
間髪を入れず言い返すレイにレオモンドは返す言葉を失う。
「イシュタルも、ファラルも今のレオモンドみたいに鼻血を垂らすような真似はしない」
「出来損ないで悪かったな!」
「別に悪くない。だって、レオモンドが出来損ないだろうが出来損ないじゃなかろうが私には関係ない」
淡々とした真実を口にするレイにレオモンドは何も言えない。
「どうせその内、何かを残す事もなく奪うだけ奪って居なくなる。そんな存在にレオモンドは関係ない」
真っ直ぐとレオモンドを見つめて言葉を紡ぐレイに何も言い返せない。自分が神の地位を継ぐのはもっと先の事だ。その頃、高い確率でレイはいない。
「神々が美しく高潔な存在なだけではない事も知ってるし私には神なんて意味のない存在だって事も知ってる。だから、別にお前の弱い所を見てもどうとも思わないし愚痴を言われたって聞き流すだけ。頼られればこっちにも目的があるから何でもやるしそれに対して目的を果たしてくれるなら文句は何も言わないし幻滅もしない」
「・・・・・・レイは、相変わらず素直じゃないね。寧ろ、手厳しい。でも、側に居ると安心する」
「頼っても良いけど、甘えては来るな」
レイは自分で髪を一つに纏めながら言葉を返す。レオモンドは一つ溜息を吐いて、今回のレイの考えに対して感想を述べる。
「別に、こっちは依頼がちゃんと果たされるならその為の手段に対して口を挟む事はないけど、良いの?お友達を利用して。寧ろ、そんな事を友達に対してする?」
「利用できるものは何でも利用する。まぁ、フォローしてくれるならして欲しいけど、1人でも大丈夫。それに、私は事前に分かってるからそう言えるだけでしょう?普通は分からない」
「そうだけどね。レイに巻き込まれる人間はたまったもんじゃないと思うよ?」
「知った事か。一応被害が出ないようにするだけマシよ」
そうしてジッとレオモンドの事を見つめて、「いい加減、その姿やめられないの?どうせイシュタルの指示でしょう?」と言う。
そこでレオモンドは未だに女の姿である事に気がついた。父であるイシュタルに言われて嫌々していた格好なのに先程のレイの行動にその事が頭の中から吹っ飛んでしまっていたようだ。
「女体になるの?」
「なるかっ!幾ら変えられるって言っても生まれた時の性を俺は貫く」
侍女の姿だったレオモンドは一瞬にしてレイの見慣れた姿に戻る。
「そう。取りあえず、用が終わったなら帰ってくれない?」
「・・・マイペースだな。ま、俺の独断でこれレイに渡しとくよ」
言いながらレオモンドは指先に光の塊を作り出す。それは段々と実体化し、小さな一粒の玉になった。その玉をレイに放り投げる。レイは振り返りもせずそれを片手で受け止めた。レイが玉を受け止めた手を開いた時にはレオモンドの姿もレイの手の中にあった筈の玉も幻のように消えていた。
「レオモンドも、十分マイペースだと思うけどね」
レイの呟きを聞く者は誰もいなかった。
物凄く久しぶりの投稿です。
久しぶり過ぎて緊張します。
お待ち下さっていた方、申し訳ありません。