99:近付く冬
セイジが復学してしばらく経ち、定期試験も終了した。後は冬休みまでの学校生活をどう送るかだ。休みに入る前にも学校企画の行事は沢山ある。
「それにしても、レイとシオンが魔術科・普通科で主席とはね。マリとカナタは次席だし」
「努力の結果でしょう?全員前回より成績が上がった」
セイジの言葉にレイは素っ気なく返す。
「レイとシオンの御陰よ。2人とも教えるの凄く上手だった。2人はもう高等機関に行けるくらいの学力はあるのよね?」
サラの嘘偽りの無い言葉と疑問にシオンは、
「家庭教師に叩き込まれたからな。城で役人になる為の試験を受ければ余裕で受かるくらいには叩き込まれた」
と答える。
最近ようやくシオンの身分を意識する事無く話しかける事が出来、シオンも口調が前よりも砕けてきた。それでも、公の場になれば全員が身分に応じた言動をする。
レイは、
「最初は師がいて、ファラルに出会って一緒に旅するようになったファラルに叩き込まれて、他は本や独学」
と答える。レイの言葉に「師?」と皆が首を傾げる。
「うん。私は師匠って呼んでたけどね。全ての学問に精通していて特に薬草学の知識は群を抜いていた」
「会ってみたいわ」
マリアの言葉にレイは微笑を浮かべて「無理だと思う」と答えた。
「どうして?」
「それは秘密」
レイはそう答えると6人の好奇心を無視した。
「それじゃ、ファラルさんとの出会いってどの位前なの?」
出会って数ヶ月だがレイの性格を理解して来ている6人はこれ以上追求してもレイは何も言わないと判断し話題を変える。
「・・・・・・もう、5年くらい経つかな」
両手を使って指を折ったりまた開いたりしながら暫く何かを考えてそう答える。レイの事だからすぐに出て来ると思っていた6人は答える前に出来た沈黙に首を傾げた。そして両手を使った意味も分からない。5年ならば両手を使う必要は無い筈だ。しかも見間違いでなければ両手を使って何かを数えていた気がする。
「出会った頃のファラルさんってどんな印象だったの?」
マリアの質問にレイは即座に、
「居ても居なくても良い存在、かな。先入観もあって、嫌いとまでいかなくても好きじゃなかった。それに、相手が自分の事をどう思っていたかも興味なかったからかなり自由に振る舞ってた。だから、よく苛々させていたと思う」
「・・・意外だ」
「そう?」
カナタの言葉にレイは微笑みを浮かべながら返す。
「最初から仲良かったかと思ってた」
セイジの言葉にレイは少し考えてから、
「成り行きで助けて面倒見なければならなくなった子供に対してする態度としては当然だったと思う。あの頃は投げやりな性格だったから見捨てられても良いやって気持ちで行動してた事もあったしね。見捨てられなかった方がこっちとしては吃驚」
レイの言葉に全員が意外そうな顔で耳を傾ける。
「なら、どうやって仲良くなったの?」
マリの質問には、
「いつの間にか。切っ掛けは一杯あったと思うけどね。私が何かに巻き込まれれば面倒でも律儀に助けに来てくれてたし、無茶すれば怒るし。そんな感じで今に至る」
レイの話はそこで終わった。それ以上は何を聞いてもレイは答えてくれなかった。
(若気の至りと言うか、自暴自棄というか、出会って当初は本当に色々やったな。村幾つか潰したし、国の問題に首突っ込んでみたり、感情制御も面倒でほぼ殺し合いをしたし・・・)
それから話は段々と変わり冬休みの話題になった。
「冬休み、どうしよっか?」
今から少しは計画を立てておこうとしているのかマリアはその場に居た全員に冬休みの予定を聞く。
「俺は冬休みの予定は最初から最後までもう埋まってる」
セイジが即答する。
「俺は一年の終わりに実家に帰るくらいしかまだ計画は立ててない」
「私は今の所全く計画を立ててないです」
「俺は他国の夜会やら年越しの夜会やら新年の祝いやらで予定は一杯一杯だ」
「・・・・・・今は何も言えない」
カナタ、サラ、シオン、レイが答える。
「そっか。じゃ、セイジとシオンは冬休み中会えないってことになるの?」
「半日とかなら時間取るんだけど、一日中はまだ不安で」
セイジの言葉には何か変な言葉は混じっているし、レイとマリアの他にはその理由を察する事は出来ないが結論としては会えないという事でいいだろう。
「俺は無理だな」
シオンは嫌そうに答える。冬休みの予定を口にした時からシオンは少々不機嫌だ。今から夜会が面倒らしい。
「そっか、シオンとセイジは休み中は会えない、カナタは休みの始めと終わりにしか都合がつかないってことね」
マリアはメモ帳に何かを書きながら予定がつきそうなレイとサラを見つめる。
レイは周囲の友人達にチラリと視線をやる。
カナタはサラに何かを問いかけるような視線をやっているがサラは気付かないふりをして視線を合わせないでいる。
セイジは申し訳無さそうな顔をしているがその表情には何の迷いもない。冬休み中にミューシカの世話をするだろうというのはセイジが口にする前から何となく察しがついていたので特に何も感じない。友人と愛する人、どちらを取るかは個人の自由だ。
シオンは何かを考えながら黙っている。
マリはマリアの様子に溜息を吐き、皆に色々質問しながらメモ帳を埋めていく様子を呆れたように、でも愛おしそうに見つめていた。
「提案」
急にシオンが声を上げた。全員の注目がシオンに向けられる。シオンの表情は楽しい事を考えついたかのような晴れやかなものだった。
「休みに入ってから直ぐにある他国での夜会、お前らも一緒に行かないか?3日間の予定だからセイジは無理かもしれないが、他は予定大丈夫だろう?」
「夜会?」
「ああ。俺一人でいく予定だが、お前らも来てくれるならつまらん夜会も楽しめる」
ニコニコと笑いながらシオンが言う。
「でも、私達が出ても良いの?」
「問題無い。夏の課題は大陸中で評価を受けているからな。多分、各国の役人達に『我が国に来ませんか?』と勧誘される」
確かに夏の課題の評価は大きい。皇帝に謁見できる程の結果であり、シオンが連れて行くという後ろ盾もあるので例えシオンの我が儘だとしても参加を拒否されるという事はないだろう。
「それ、何処の国?」
レイの質問にシオンは南西の大国バランドロの名を挙げた。
「そう。アル達も一緒に行くの?」
「いや、今回は多分他に仕事がある」
その答えにアルが来ないという事はファラルも来ないだろうという予想が立てられる。レイは一瞬だけある事を考えて、
「分かった。本当に行ってもいいなら行く。アルの許可が出たらだけど」
セイジを抜いて一番最初にレイが答えを返す。次に答えを返したのはマリアとマリで、「両親に聞いて許可が出たら」と答える。サラが、「私は、皆が行くなら」と答えるとカナタは「俺は行く」と参加する意向を示した。
嬉しそうな表情でシオンが「了解」と答える。そしてセイジにも行けるようになれば伝えて欲しい、と言った。
「昼間、滞在場所から自由に出歩いても良い?」
「警護の関係もあるから場所によっては無理な所もあるけど、多分大丈夫。レイは何処か行きたい場所があるの?」
「うん。冬休み中に作ろうと思ってる薬に必要な薬草がバランドロ国周辺にあるからそれを取りにいきたくて。多分山の中なら何処にでもあるから」
「分かった」
そう答えたシオンに今度はカナタが、「俺も一つ」と要望を出す。
「俺の実家、バランドロなんだ。帰りは実家に寄ろうと思ってるから別行動になっても良いか?」
「構わない」
それからシオンは夜会での服装はドレスを用意するが学園の正装の制服も持っていく事、日程、集合場所などを伝える。他に決まった事があれば随時伝える事を伝えた。
鐘が鳴り、迎えが来るシオンが慌てて帰り支度をして部室を後にする。セイジもシオンと共に別れを告げる。次いでマリとマリアが帰り支度をして部室を後にする。レイはサラの授業で分からなかった問題を質問され、それに答えてからまとめていた荷物を持って部室を後にする。部室から出る寸前レイが目にしたのは気まずい雰囲気のサラとカナタだった。
部室に残ったのは変な雰囲気のカナタとサラだった。
実際には何かを問いかけるような目でカナタがサラを見ていて、サラがその視線に気付かないふりをしているのだ。
長い沈黙があった。先に折れたのはカナタだった。
「サラ、帰らないのか?」
静かな何気ない問いかけだった。でも、カナタの目は何処までも真剣だ。
「・・うん。でも、毎年の事じゃない」
最初の不自然な一瞬の沈黙はサラの迷いなのだろう。
「今年は、一緒に帰らないか?どうせ、近くまで行くんだし」
「・・・私が帰る家なんて、もう何処にもないのに?」
自嘲するように笑いながら紡がれた言葉にカナタは何も言えなくなった。
沈黙の中でサラが荷物を手にして黙って部室を出る。
部室に一人残されたカナタは顔を歪ませてサラの事、生まれ育った町の事を考えていた。
ダンッ!! と苛立をぶつけるようにテーブルに強く拳をぶつける。丈夫な素材なのかテーブルは揺れるだけだ。ジンジンとかなり痛む筈の手が全く気にならない。痛みに対する感覚が麻痺している。
テーブルにぶつけた方の手で顔を覆う。
自己嫌悪に染まり見ようによっては泣きそうな顔をしたカナタを見る者は誰もいなかった。
「バランドロ国に?」
マリアとマリの両親は帰宅して唐突にマリアからお願いされた旅行計画を聞いてそう聞き返した。その言葉にマリが頷いてマリアよりも詳しい説明を始める。
「・・・そう、分かったわ。本当にご迷惑でないならいってらっしゃい。2人にとっても良い経験になると思うわ。貴方の意見は?」
「僕も賛成だよ、何事も経験だしね。反対はしない。それに、バランドロなら冬でも暖かい気候なんだろうから行けるのが羨ましいよ」
両親は思っていたよりもあっさりと許可を出した。
「そう言えば2人とも宿題は済んでるの?終わってるなら今日も家の仕事手伝ってもらうからね」
「はーい」
「分かってるよ」
母親であるセリナ言葉にマリアとマリは素直に返事をする。両親の帰宅を待っている間に宿題はとうに終わらせていた。セリナの言う仕事とは毎年恒例、もう年中行事と言ってもいい程この時期には当たり前になっている事だ。
「助かるよ。今年は風邪の流行が早くて予想以上に薬が減っていくから本格的に冬になった時の備蓄が足りなくなって来てるんだ」
父親のジークフリードの言葉には本当に焦りの色が見られる。
ジークフリードの職業は医師だ。時には軍医として城に緊急招集される程腕が良く、巷でも評判の診療所には多くの患者が彼の治療を求めてひっきりなしにやって来る。
それ故に患者が増えるこの季節、ジークフリードはまさに休む間もなく働いている。そして、この時期はいつもセリナが舞の仕事を断り、夫を手伝って毎日のように診療所を手伝いに行っている。
2人の子供であるマリアとマリも父親を手伝い薬作りに協力している。毎年恒例の事なのでこの時期には夜や休日には出来るだけ予定を入れないようにしている。
「多分今年は去年より早く家に帰ってこられなくなるから」
申し訳無さそうに言うジークフリードに例年の事、と分かっている家族は寂しく感じるが納得しているというように笑う。
ジークフリードは風邪が流行して来た頃になると診療所に泊まり込むようになる。診療所には一応医師が何人か泊まれる生活設備が整っているので流行が安定するまで家に帰ってこなくなる。四六時中病人に接する事になるジークフリードを経由して家族に病気がうつる事を避ける為だ。
「無理だけは、しないでね?」
「うん」
マリアの心配そうな言葉にジークフリードは微笑みながら返事をする。セリナは、
「大丈夫よ、マリア。いざとなればお母さんがお父さんを殴ってでも休ませるから」
と笑って言葉をかけた。
「薬作りくらいなら協力できるし、それで父さんの負担が少しでも軽くなるなら幾らでも手伝うよ」
ぶっきらぼうで淡々としたマリの言葉にジークフリードはその頭をグシャグシャと撫でる。その子供扱いにマリはジロリ、と父親を睨みつける。
そんな家族の時間を過ごした後、夜遅くまで薬作りに協力したマリアとマリは明日の学校に備えて床についた。
「ちょうど良かったわね、ジークフリード。2人からあんな事言い出してくれて」
「うん。バランドロ国なら多分あの病気は広がってない。今の研究では病気は寒さに関係してるらしいという事までしか分かってないし、不確かな推察でしかないけど薬師が連日あの病気を治す薬の開発と研究をしてる。少しでも帝国を離れられるならその間に薬が開発される可能性もないとは言えない」
ジークフリードとセリナの意味深な会話を2人の子供であるマリアとマリが聞く事はなかった。
隙間風が入るようなぼろぼろの家。
その家の中で冬であるにもかかわらず継ぎはぎだらけでぼろぼろの薄い服を着た子供が寒さに震えながら母親の看病をしていた。
「母さん?大丈夫?」
「うん。ごめんね」
最初はだだの風邪だと油断して無理をしたのがたたり風邪をこじらせた母親が子供に向かって謝る。
「大丈夫だよ!それより、薬がこれだけしか買えなくて、ごめん」
「良いんだよ。風邪を少しこじらせただけよ。数日もすれば良くなるわ」
母は子供に対して笑いながらそう声を掛ける。
子供は安心したように微笑んだが何故か一抹の不安が拭えない。
(お母さん、本当に良くなるよね?)
不安を言葉にする事はできず抱え込む子供の予感は的中する。
母親は数日経っても良くなる事はなくむしろゆっくりと悪化していった。
それでも母親は意識がハッキリしていて起き上がって会話も出来るからと一度だけ往診してもらってからは、子供が再三勧める医者の所に行くのを断り続けたのだった。
「・・・それは、厄介な病気ね」
ティラマウス学園四古参の一人で薬学を担当するヒアネオ・ウレットは他の薬学の教師とともに今北の国々で流行っている病気について説明を受けていた。その病の流行は徐々に帝国にも迫り、現在数人の感染者を帝国内でも確認している。
「風邪と同じく症状に個人差があり悪化しても、多少の倦怠感だけというのは患者自身に油断を与えますね」
同じく薬学の教師のアマリリス・シュトルムが意見を述べる。
「はい。その所為で手遅れになってしまった患者も・・・。今分かっているのは、北でも地熱の関係で暖かい所では感染が確認されていないことから恐らく寒さに関係する病気であるという事くらいで」
研究機関から派遣されて来た男が説明を付け加える。
「現時点では有効な薬の開発はまだ、と?」
「はい。病気の原因の特定も出来ていない状況です」
その場にいた全員が重苦しい溜息を吐く。
「分かりました。これ以上状況が悪くなることがあればこちらも協力をお約束します」
「ありがとうございます」
ヒアネオ先生の言葉に派遣された男はホッとしたような表情になり、頭を下げた。
冬の初め。
忍びよる危機に気付く者が現れ始めた頃、レイは夜の空を見つめていた。
「レイ、何をしている?風邪を引く」
「アル。帰って来てたんだ」
「ああ、たった今」
そう言いつつアルは着ていた外套を脱ぎ、冬用の制服ではあるがその上に何も着ていないレイの肩にかける。
「もう一度聞くが、何をしてるんだ?」
「空を見てただけ」
「そうか。そう言えば、シオンと共にバランドロに行くと聞いたが」
「うん。行っても良いよね?」
「ああ。シオンにも許可を出すよう釘を刺された。でも、私もファラルもこちらに残る」
「知ってる」
アル達とも半年近く一緒同じ屋根の下に暮らしているうちに最初の頃よりも打ち解け合って来た。でも、警戒は完全に解かれていない事をレイは知っている。
「それにしても、バランドロか・・・あの国には現在不穏な噂がある。杞憂になる事を願うが、気をつけて」
「心配性ですね」
アルの言葉にレイはバランドロで何かが起こる事を確信した。
前にマリアとマリの事を書く予定と書きましたが、サラの話になると思います。マリアとマリの話はその後になりそうです。