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異世もふ SS   作者: NAGI
8/12

カイルの観察日記

物心ついた時には既に私の行く道は定められていた。レーヴェンハルトの要である神殿の守護騎士。それが私の目指すべき道であると信じて疑わなかった。

何よりも私には憧れの先達が身近にいたせいで、その思いはずっと強くなった。

「叔父上!お帰りなさいませ!」

「む。カイルか。今、戻った」

父の弟である叔父とは同じ家に住んでいる。と言っても、年がら年中、叔父は神殿内にある騎士棟に詰めているので、この家には滅多に帰ってこない。

「今回の魔獣討伐はどのようでしたか?見たこともない種類だったと父上から伺いましたが」

「そうだな。新種と言ってよいだろう」

「では、では!どのように討伐なされたのですか?強かったですか?」

帰ったばかりの叔父の側にまとわりついて離れない自分に母親が強い口調で注意する。

「カイル。叔父様はお疲れなのですよ。そのようにお邪魔をするものではありません」

同じく守護騎士の家系に生まれた母親は、いつも能面のような顔で笑顔らしい笑顔をカイルは見たことがなかった。父親も同様で似た者夫婦で波風が立つことはないが、それだけだ。子供には窮屈な両親であった。

「邪魔などしておりません」

むっとして反論する。

「姉上、私は構いません」

甥の頭に手を乗せ、母親に意見してくれた。たったそれだけのことなのにカイルには嬉しくて仕方ない。ともすれば、父親よりもこの叔父に親しんでいると言える。

「ちちうえしゃま」

小さな足でヨタヨタと近づいて来たのは、叔父の息子だ。カイルにとっては従兄弟にあたる。

「オリエルか。今、帰った」

厳つい叔父の顔にほんの少しだけ暖かみが増した。

「おかーりなしゃいませ」

まだ幼いのでうまくしゃべれない。叔父がオリエルの脇に手を差し入れ、抱き上げる。

「む。少し重くなったのではないか?」

「ええ。日々、成長しているようで。私など、ずっと抱いていると腕がしびれてしまいます」

「そうか。世話をかけるな」

当人はどこ吹く風で、きゃっきゃと喜んでいる。

「私も弟が出来たようで嬉しいので。あ!…すいません」

「弟と思ってもらって構わん」

「…はい」

久しぶりに父親に会えたオリエルはご機嫌だ。それでなくとも片親しかいないのだから、当然だろう。母親がいない訳ではない。ただ、頻繁に会える人ではないのだ。

何故なら、オリエルの母親は我々守護騎士の家に生まれた者がすべからく崇める、レーヴェンハルトの聖女ヒルダ様だからだ。

けれど、このことを知る者はあまりいない。レーヴェナータの血筋は女系で男子は父親の元で養育され、表舞台に出ることはない。もちろん、その血筋は重要だから尊重されるが。

「ちーさま、いつまで?」

ちーさまとは父上様の意で、いつまでとは文字通り、家にいる期間のことを言っているのだろう。それぐらい叔父がこの家にいることは稀だった。

「聖領を悩ませていた魔獣の討伐が終わったからな。しばらくは家でゆっくり出来るぞ」

「しばりゃく?」

こてんと首を傾げる。

「ふん。一週間くらいだな」

「あしたも?あしたもいる?あしゃっても?」

オリエルが興奮して、叔父の腕を叩きながら尋ねると、

「ああ」

と、答えた。

「ではっ!では、私も剣のお稽古の相手をしてもらえますか?」

私も滅多にない長期の休みに幼い従兄弟同様に興奮していた。

「構わんぞ」

わあっ!と、従兄弟と喜び合う。

その後も二人は揃って、叔父の左右に陣取って夜遅くまで話をした。とは言え、幼児のことだからオリエルは早々にお眠となったが。

私も、もう遅いと両親に諌められ、乳母に引き摺られるようにして寝室へと放り込まれた。

明日もいるのだから、また明日、話せばいいだろうと父上はおっしゃるが、話は尽きることはない。

乳母の監視のもと、私は不承不承寝床へと横になった。

けれど、明日が楽しみすぎて、なかなか寝付けなかった。長い休暇は久しぶりのことであったし、剣の指南をしてもらえると約束してもらえたのだ。なおのこと嬉しい。

その夜はなかなか寝付けず、翌朝、乳母に小言を言われながら、起こされる羽目となった。


残念ながら、結局、叔父上の休みは三日しかなかった。騎士団長である叔父でなければ処理出来ない案件が持ち上がり、神殿への帰還を要請されたからだ。

オリエルが寂しそうに見送る横で私も叔父を見送った。

「では、行ってくる」

「行ってらっしゃいませ」

「いってらっしゃ…」

神殿までの道程を愛騎である虎形の騎獣の背に乗り出掛けていく、叔父の後ろ姿をいつまでも見送った。

「…ぐす」

手を繋いだオリエルがグズグズと鼻をならしている。

「泣いては駄目だよ。叔父上、オリエルのお父上は大切なお務めに出られたのだから」

「たーしぇつ?」

片膝を付き、幼児と視線を合わせてから、そうだと頷く。

「我々守護騎士の家系に生まれた男子は神殿にお仕えし、神殿長様や巫女様をお守りするのが役目なんだ」

「しんでん?はーさま?」

「そうだ。オリエルの母上様をはじめとする、神殿にお仕えする方々とこの聖領を守るのが使命だ」

「…よくわかりゃない」

幼い子には少し難しかったようだ。唇を突き出した。

「いいさ。もっと大きくなったら、オリエルにもきっと理解出来るさ」

伝え聞くレーヴェナータ様と同じ、輝くような金色の髪をした従兄弟の頭を優しく撫でる。

幼い日、私が叔父上から教わったように今度は私がオリエルに伝えるのだ。


その後、私は順調に騎士見習いを経て、正式な神殿の騎士となった。騎士の仕事は単に神殿を守るだけではない。聖領内を見回ったり、他領の情報を得たり、する事は山程ある。忙しいが、日々、研鑽の毎日でやりがいのある仕事に私は満足していた。

まあ、騎士としての職務に没頭するあまり、結婚まで考えがまわらなかったので、帰宅する度に両親から結婚をせっつかれるのに辟易しているが。

そんなある日、異世界から巫女様が召喚された。普通は十分な準備期間を経てからお迎えするのだが、今回は完全なイレギュラーで私は最初にお迎え出来なかった。

それだけが悔やまれる。私の代わりにヴァン騎士長が巫女様をお迎えする役目を与えられた。その縁から彼と部下の二人が異例の抜擢を受け、守護騎士となった。

守護騎士の職務は何も側近として側に侍るだけではない。多少の嫉妬はなかったとは言わないが、騎士長の一人として神殿にお仕えすることに何の代わりはない。

ただ少し、気にはなった。私は叔父上のように巫女様と男女の関係になりたいと大それたことを思ったことはないが、そうした可能性がゼロではないので。

幸いにも巫女であるナツキ様は気さくなお人柄で騎士棟にもよくいらっしゃる。

私も何度か言葉を交わしたのだが、何と言うか、ナツキ様は変わったお方だ。

決して、悪い意味ではない。異世界からいらっしゃったのだから、こちらの常識に不馴れで早く慣れたいのだと仰った。

努力を惜しまない、その姿勢には好感が持てたし、素朴で明るいお人柄であった。

ただ、何と言うか…。言動が時々、おばさ…、失礼。私の知る、下町の中年女性のようなのだ。

神殿の騎士は街中を巡回することもある。警備の兵が別にいるのだが、彼らの上司にあたるのが我々だからだ。

彼女らは好奇心旺盛でどこにでも首を突っ込みたがるし、生活のために節約する意識が高いのですぐに「もったいない!」と言ってものを捨てたがらない。

ナツキ様は贅沢を好まない質で質素を旨とするのか、騎士棟の食堂で食事をする姿が度々目撃される。

それはいいのだが、食堂の係に余ったものをねだる姿を目撃することがある。もったいないから頂戴!と、周りの視線を気にもとめない。お付きの神官が笑顔なのに怖いと、感じるのは私だけではないだろう。

ナツキ様はその余った食材を持って騎獣に餌を与えに行かれる。ガオガオ、キューキュー、ワウワウとそこいら中の騎獣に寄って来られ、嬉しそうだ。

でも、何故だろう。その姿がおばさ、いや、おっさん臭い。姿は成人直後で多少の幼さも残す少女だと言うのに、どういう訳だ?

「よーしよしよし!いい子、いい子だねえ!」

と言いながら、騎獣を撫でくり回している。

うーん。理解不能だ。

後日、その謎が溶けた。

騎士団長である叔父上から異世界とこの世界の時間が異なると聞いた。畏れながら、ナツキ様は少女の容貌であるが、中身は叔父上と同じか上。下手したら、父上と同じくらいの年齢なのだそうだ。

謎が一つ解けた。しかし、おっさん臭いと感じるのは何故だ?その謎はいまだに解けないでいる。

今回、聖領に水をもたらす湖水竜の調査でご一緒する機会を得ることが出来た。しばらくの間、身近で接することとなるので改めてナツキ様と言うお人を観察したいと思う。

実のところ、私は観察が趣味なのだ。僭越ではあるが、興味深い対象を得て、私の日々は益々充実している。

もちろん、周りには内緒だ。

そんな中で従兄弟のオリエルだけは私の性格を熟知していて、

「いい加減になさったらどうですか?」

と、窘める。

幼児だった従兄弟も、そんな風に苦言を呈するまでに成長していた。私の従卒として騎士棟で一緒に生活しているのだ。

まだ、騎士見習いなのだが、もうすぐ正騎士となる予定だ。

私も年をとったものだ。少しばかり、しみじみとする。

けれど間違うなかれ、目下の目的は湖水竜の調査だ。そして、合間にナツキ様を観察する。

うん。やっぱり、私は騎士となって正解だ。こんなにも心踊る毎日なのだから。













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