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異世もふ SS   作者: NAGI
7/12

ギルドの受付孃

は?あたしが何で冒険者を辞めて服屋なんかやってるのか、その理由が聞きたいって?正確には辞めた訳じゃないわよ。ギルドの受け付けをしているもの。

まあ、冒険に出ることはこの先、決してないでしょうけどね。

えー?あんたも相当な物好きねえ。そんなに知りたいの?随分とまあ、昔の話になるわよ。

ま、いいけどさ。こんな風に粉雪の舞う季節には、あたしも昔を思いだすから。

感傷的だって?似合わない?あー、そう。

全く、それが人にものを尋ねる態度?

やっぱり、話すのは止めようか…。

ん?謝るって?うーん、どうしようか。

そこまで言うんなら、許してあげるよ。

それじゃあ、あたしが冒険者を辞めるきっかけとなった話をしようか。あんまり気持ちのいい話じゃないよ。

それでもいい?

そう、あれは本格的な冬がやってくる、少し前のことだった…。


「おい、見ろよ!これ、成功報酬が10000レーヴェ(1レーヴェ100円)だってよ」

「は?冗談でしょ?そんな金額見たことないわよ!」

あたし達、あたしとマルコとリーネの三人は冬が始まる前に少しでも実入りのいい仕事にありつこうと朝も早くからギルドへと集まって来ていた。

そう考えるのは何もあたし達だけじゃない。他にも大勢いた。

ここ北領では家柄も良くなけりゃ、金もない貧乏人の子沢山の家に生まれた子供はたいてい冒険者になる。

狭い農地にしがみついて、あくせく働く農家に生まれた者は、長男以外に土地は与えられない。

かと言って、鉱山で働くのは常に死と隣り合わせで危険だ。

女の子なら、手先が器用な者はお針子に料理が出来るなら食堂の給仕に、何も出来ず見目も良くない子はやはり冒険者となるか、もしくは花街へと行った。

北領の暮らしは厳しい。生きるために誰も彼もが懸命だった。

そんな暮らしの中でもたらされた破格の報酬を約束した依頼者は、なんと北領の領主その人。

依頼内容の書かれた紙には、

『旧領主館のあった場所から先祖伝令の宝刀を捜しだして来た者に10000レーヴェを与えるものなり』

と、記されてあった。

「呪われた地に行けってか?」

ザワリと空気が震えた。

数百年前、正当な領主の血筋が途絶え、中継ぎの領主となった北領領主家の外戚がその地位に固執した挙げ句、禁断の魔法によって自ら滅んだ。

その者だけではない、家族や多くの親族。そして、彼らに遣えた大勢の使用人達までが巻き添えとなった。

「俺ぁ、ごめんだ」

「ああ。命あっての物種だ」

年配の冒険者達が揃って首を振った。

「はん!呪いだなんて、そんなの迷信に決まってる。俺はやるぜ!」

反対に若い冒険者達は我も我もと依頼に殺到する。

「どうする?」

マルコがおずおずとこちらを窺ってきた。

マルコは生来、気が優しい、言い換えれば臆病な質である。報酬に気は引かれるが、どうしようかと悩んで一人で決断出来ない。

「あたしも呪いとか信じちゃいないけど、そうねえ…。依頼そのものが少し、きな臭い感じなのが気になるところね」

呪いより云々よりも何故、領主は自分達の家臣を使わずにあたし達冒険者を使う気になったのか、そこが気になった。

「やるべきよ!これだけあれば、冒険者を止めて堅気にだってなれるわ!」

リーネが俄然やる気になった。

「リーネ、お前…本気か?」

「マルコったら、気弱なのはあんたの悪いところよ。

あんたってば、いっぱしの剣士になったって言うのに、相変わらず臆病なんだから!」

マルコが剣士、リーネは魔法使い。そして、あたしが密偵と戦士職を兼ねる三人のパーティーだ。

「ミグだって、冒険者じゃなくて服屋をやりたいんだよね?それが夢だったんだよね?」

「まあ、ね…」

あたしは小さく肩を竦める。小さくと言っても、体が縦にも横にも大きくて、あたしと小さいは真逆にあった。

手先が器用だったから、お古の服を繕って新しく見せたり、工夫するのも得意だったから、家族の服はあたしが作っていた。

両親がそんなあたしをお針子として雇ってくれるよう町の工房に頼んだが、店主は拒絶した。

「こんな男みたいななりの女がつくった服を誰が買ってくれるって言うんだ」

あたしはたいして食べてもいないのに、巨漢だった。鍛える気がなくても筋肉がついて、普通のお針子のような繊細さとは無縁だった。それが店主の気に入らなかったらしい。

別にあたしが売り子になる訳ではないのだから、誰が作ったってよさそうなものだが、町で一番大きな工房で断られたことで他の工房をあたっても結果は同じだった。

そうして、あたしの将来への道は早々に閉ざされた。両親はその足でギルドの養成所に向かい、あたしを置いていった。なけなしの支度金と引き換えに。

あたしは否応なく、冒険者となる道を歩むしかなくなった。

そこで出会ったのが、マルコとリーネの二人だ。マルコは子沢山の口べらしのため、リーネは両親を流行り病で亡くし、叔父から娼館に行くか冒険者になるか選べと言われて、冒険者となった。

血の繋がらない叔母さんは器量のいいリーネを娼館にやりたかったが、叔父さんが反対したのだそうだ。

「せめてもの償いよ。あの人は両親が残してくれた土地も財産もあたしから全部取り上げたんだから」

優しさからではない。罪の意識からだと、リーネは叔父を心底軽蔑していた。

「私達が、これまで貯めてきたお金とこの報酬があれば、聖領に行って領民権だって得られるはずよ!」

聖領は望めば誰でも住める訳ではない。厳しい審査とある程度のお金が必要とされた。

「寄付として神殿に寄進するのですって!聖女様もお金に困っているのかしら?」

偉大なる創造主であるレーヴェナータ様のお血筋で当代の神官長様であるヒルダ様を聖女として民の多くが崇めていた。

「下世話な言い方は止せよ!ヒルダ様がお金欲しさに寄付を募っているんじゃなくて、聖領の維持費として寄進を求められておられるんだ」

聖領には動く階段や真冬でも雪が積もらない街道など、他の領にはない魔法具が数多く用いられている。

その管理や維持費、その他諸々を領民も負担しているに過ぎない。便利さの代わりに対価を差し出しているのだ。

「そうね…。この報酬があれば、三人で移り住むのも夢じゃないかも…」

あたしの夢、それは女性向けの服屋をやること。もちろん、服はあたしの手作りだ。

あたしは、自分がこんななりだから、かわいいものが大好きだ。自分で着られなくても、誰かが喜んでくれたらそれでいい。

「行きましょうよ!ジャン達も一緒なら、心強いし」

養成所の同期生達五人もパーティーを組んでいた。いつもは競争相手だけど、今回は味方だ。

これほど頼もしくて信頼出来る相手はいない。

「俺達は機動力はあるが、その分、戦闘力に欠ける。それをお前とマルコが補ってくれたら助かる」

あたしは拳闘士として魔力を全身に纏い、肉体を極限まで高めることが出来る。人によっては狂戦士だって言われもするが、常に冷静だ。

マルコは本格的な剣士だ。引退した神殿の騎士を師匠に持つ。

「あと、弓使いのトニーだろ。それから、アニとマオの二人を入れて、リーネと魔法使いが三人もいれば、完璧だ」

前衛(ジャン達五人)と後衛(あたしとマルコ)、そして、サポート(魔法使い三人と弓使い)の合計11人のパーティーだ。

「絶対に成功させようぜ!」

あたし達は拳を突き出し、互いにぶつけ合った。

この時、誰も不安なんて覚えていなかった。誰もが破格の報酬を得て、新しい人生を歩めると信じて疑わなかった。

けど、それは大きな間違いだった。

あたしを含めた11人のうち、生き残ったのはあたし一人だけ。他は皆、死んでしまった。

呪いは本当にあったのだ。そして、領主はその呪いを鎮静化する生け贄として、あたし達冒険者を選んだのだ。

あたしは仲間達の死と引き換えに手に入れた宝刀を持って、領主館に殴り込みをかけた。

無礼を働いたかどで処罰されても構わなかった。

死んだ仲間達の無念を領主にぶちまけてからなら、あたしは死んでも構わなかった。

「あたし達は生け贄の人形なんかじゃない!生きている、いいえ、懸命に生けていた人間なのよ!

あんた達の都合で生き死にを定められるなんて、真っ平よ!」

あたしは宝刀を領主の座る椅子の前に放り投げた。叩きつけなかっただけましだ。あたしの忍耐力を誉めてもらいたい。

「ほら、これがご所望の宝刀よね!これがあれば、代替わりが出来るんだってね?感謝しな!」

「貴様っ!領主様に向かってなんと言う口の聞き方を!」

左右に居並ぶ騎士ともが吠えるのを、あたしは聞き流した。

「報酬は一人につき10000レーヴェだったね。あたしを含めた11人分、きっちり払ってもらおうか!」

「…死んだ者が勘定にはいる筈があるまい?」

「ふざけるなっ!これを手にするためには生け贄が必要だった。それをあんたは知っていたはずよ。

あたしの仲間達の死によって、あんたは念願の宝刀を得られたんでしょうに。

だったら、全員に報酬を受け取る権利がある!」

怒鳴るように声を荒げた。

「道理の分からぬ、おなごよ」

「道理なんて、そんなものくそっくらえだ!あたし達はちゃんと仕事をした。報酬を得るのは当たり前よ」

黙りこんだ領主の真正面に立ち、あたしは動かなかった。きちんとした答えを聞くまでは動くつもりはない。

その時、きしむような音とともに扉が開いた。現れたのは氷の彫像のような、冴えざえとした美貌の貴婦人だった。

「お話は隣で伺っておりました」

廊下側とは別の扉の向こうにいたらしい。

「亡くなった方の報酬は一人5000レーヴェ支払いましょう」

ちょうど半分だ。

「あなただって全額貰えるとは思っていなかったでしょう?これは亡くなった方の遺族への見舞金です」

北領の領主は添え物、真の当主は奥方であると囁かれていた。聖領の神官長ヒルダ様の妹姫、それが奥方の出自だ。

「宝刀を持ち帰ってくれたことは感謝します。これでわたくしの子が領主を継ぐことが出来るのですから」

奥方が領主の横に佇む。他者を圧倒する魔力の持ち主であることが一目で見てとれた。

「ジノン、この者に正当な報酬をお支払なさい」

「はい、奥方様」

ジノンと呼ばれた老爺が畏まって答える。どうやら領主館の執事のようだ。

「他に望みがあれば言いなさい。無茶な申し出でない限り、叶えて差し上げましょう」

あたしは拳を握りしめた。彼女はあたしを、ううん、あたし達を評価してそう申し出ているんじゃない。ただの義務として、そう言っているのだ。

「あたし達は…聖領で暮らすのが夢でした」

奥方の片眉がピクリと震えた。あたし達と言った、言葉の意味に気付いたのだろう。

「よろしいでしょう。叶えてさしあげるわ」

「…感謝します」

「心にもないことを言わなくて結構よ。あなたは正当な報酬を手にするだけなのですから」

さあ、もうお帰りなさい。奥方がそう言った。

あたしは背を向ける。そして、二度とこの地を踏むまいと決意した。こんな、人間の命を軽んじる人達が治める領地なんて。

その日は北領の地に今年初めての粉雪が舞い落ちる、寒い冬の一日だった。


さあ、これであたしの昔語りはおしまい。

え?冒険者を辞めた理由をまだ話していないって?

あらま、口に出して言わないと分からないの?

そんなの、あたしの大切な仲間達がもうどこにもいないからに決まってる。

マルコとリーネの二人以外と組む気はないの。

え?もし、一緒に冒険に行きたいと思える人に出会えたらどうする気かって?

そうねえ。もし、そんな相手に出会ったら、その時、決めるわ。













本編で一回しか出ていない冒険者ギルド聖領支部の受付孃ミグ姉さんのお話です。え?誰かって?本編をお読みください。

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