マルルの新しい家族
ノアが養護院を去ってから、数日後、なんとマルルを養子に迎えたいという夫婦が現れた。
奥さんが人で旦那さんが兎系獣人だと言うから、驚きだ。
そんな都合のいい養子縁組があろうかと、養護院院長のエドナは訝った。
案の定、裏があった。
「お恥ずかしい話ですが、私の妹が旅芸人の役者にいれこんで聖領から出奔した挙げ句、子供を身ごもりましたが、相手の男には妻子があったことが分かり、別れることになったそうです。
家族の反対を押し切って駆け落ちした手前、実家には頼りたくない。そこで身二つになってから、知り合いに頼んで養護院の前に置いて行ったのが一年ほど前だと、今になって手紙を寄越してきたのです」
灰褐色の毛並みの額をハンカチでしきりと拭いながら、男は妹のこれまでの所業について説明する。
曰く、とにかく惚れっぽくて飽きやすい。次から次へと「今度こそは最後!」と相手を連れてくるが、結局、長続きしない。
それでも領内の男達だから、またかと思いこそすれ、大事にはならずに済んだ。
しかし、この度の相手は素性の知れない旅芸人だ。彼らは流れと呼ばれ、定住先をもたない。
そこそこの身代のある商人の娘とは不釣り合いだ。むろん、反対した。
「両親が早くに亡くなって、私達夫婦が親代わりをしてきたのですが、特に家のことを任せている妻と妹ではお互いに遠慮みたいなものがあって、妹のワガママをある程度容認してきたところがあって、そうしたところが悪かったのかも知れません」
妹が出て行ってしまった。
「手紙では別の男性と所帯を持って、落ち着いた暮らしをしているようです。自分だけが幸せになるのが後ろめたかったのでしょう。子供のことを頼むと」
「事情は分かりましたけれど、お二人は本当に甥御さんを育てる気がおありなのですか?外聞が悪いからと嫌々引き取られても、あの子にとって良い結果にはなりません」
「もちろんです!甥を引き取ることを心から希望しています」
万事、夫に任せていた奥さんが勢い込んで言う。
「私達夫婦が結婚して二十年になりますが、ずっと子供が欲しくても出来なくて」
だから、この話を聞いて神様の贈り物だと喜んでいるのですと真摯に訴える。
「では、本日は会ってみるだけと言うことで」
マルルは部屋の隅で丸まっていた。ケンカ友達のノアは母親と共に去って行き、時折、やって来ては自分を存分に構ってくれるナツキ様は旅に出たとかで会いに来ない。
周りは目もろくに開いていない乳飲み子か、自分よりも大きな子供ばかりでつまらない。
そんなこんなで、ふて腐れていた。
後ろ足で壁をげしげしと蹴りつけると言う、一人遊びを丸くなって地味に行う。
あまり強く蹴ると壁に傷がつくので、あくまで軽くだ。
どんな時でも、気遣いは忘れないのが僕だ。
ん?初めてのニオイ。マルルは鼻をひくつかせる。
体を急に持ち上げられた。
「まあ!なんてかわいいの」
誰だ、このおばさん?
脇の下から持ち上げられて、足がぷらーんぷらーんする。
「やあ、こんにちわ」
ん!驚いて、耳がピンとなった。
僕と同じ兎だ!
それは初めて見た、大人の同種だった。
「真っ白なんだね」
優しそうに笑う。
驚きと興奮で知らず知らずに、後ろ足をワタワタさせてしまった。
「ははは、駆けっこかい?」
そう言って、僕の頭を撫でてくれた。
優しい!好き!
気持ちがあふれ出す。
おじさんが僕を抱っこしてくれた。
僕は嬉しくなって、鼻をピスピスと鳴らした。
「おじさんの家に来るかい?」
僕を家族にしてくれるって言うの?いらない子の、この僕を?
僕はおじさんの胸に頭を擦りつけた。
「ピイ!」
こうして僕は家族を得た。
しかも、大きな商会を経営する商人の子供となった。
やったね!僕の将来の夢、商人になることに一歩近づいた。
ノアのヤツに自慢してやろう。でも、どこにいるんだろう?
程なく、僕はノアと再会する。
叔母さんが忙しい時に預けられた幼稚園?にあいつはいた。
呑気に昼寝していたから、しっぽで鼻をコショコショとしてやるとでっかいくしゃみをした。
<あれ!マルルじゃんか。何でここに?>
<ふん。のんき者め。僕が教育し直してやろう>
<はあ?>
それからしばらくして、ナツキ様が兎の獣人を連れて帰ってきた。
ノアといい勝負ののんき者だ。
全く、ウサギと言うのは呑気で困ったものだ。
まとめて僕が教育してやる!ありがたいと思うがいい!