教育係シズク
妖精の森に新しい女王が誕生した。
それは悲しい別れと引き替えであったが、きっとアオは喜んでいるだろう。
だからこそ、私達には彼に代わって、女王を守り育てる義務がある。
なのに仲間達ときたら。
「あなた達、普段からこんな風に甘やかしているの?」
私達の苗床でもある大樹が散々たる有様だ。枝は折られるは、葉っぱはむしられるわ、ひどい現状だ。
それは薔薇姫の悪戯心から派生した結果だった。
私は居並ぶ仲間達を見渡す。
「ええ、と」
「だってなあ」
「ね?」
コソコソと顔を寄せ合う仲間達に今度こそ呆れかえる。
「いいわ。私が薔薇姫の教育係になります」
勢い余って、そう宣言した。
後で後悔したが、私から言い出したことだ。やり遂げようと思う。
「それでね。しばらく森を行き来することになると思うの」
私は契約者であるオーリに頼み込んだ。
「それくらい構わないさ。薔薇姫のために尽力したらいい」
オーリは快諾してくれた。
好き!
「でも、実際のところどうなんだ?ナツキ様から離れているのが、悪戯心を起こす要因なのではないか?」
「それはあながち間違いという訳ではないわ」
「そうか、やはりな」
精霊にとって契約とは魂の一部を預けるようなものだ。魂が欠けた状態では不安定になっても仕方ない。
けれど、薔薇姫の責務は大きい。代々の薔薇姫達からの記憶の継承は微々たるもので、真っさらな赤ん坊のような薔薇姫を余所にやるのは不安しかない。
たとえ魂の伴侶であるナツキ様が一緒だとしても。
「彼女らは二人して、この世界に疎いのは仕方がない。レキ様にもう少し甲斐性があれば、ナツキ様を留めておけたものを」
「本当にねえ」
揃ってため息をつく。
「お前ら、本人を前にしてよくもそんなことが言えるな!」
オーリ様にも個人の執務室があるが、大半はここ、領主であるレキ様の執務室で作業している。
「シズクも俺には聞こえないからと、好き勝手言うんじゃない!」
そう言って、机の上を拳で叩く。
「乱暴ねえ。振られたからって、八つ当たりしないで欲しいわ」
「それは違うよ。そもそも相手にされていなかったのだから」
「そう言えば、そうね」
「お、お前らなあ!」
面倒くさくなりそうなので退散する。
移動場所は精霊の森だ。
そして、再び愕然とさせられる。
森の動物達によって花畑が占拠されていた。
「あ!シズクだ」
「また、怒られる」
仲間達が揃って大樹の影に隠れる。
「あれえ?また来たの?」
薔薇姫がオランウータンの上から呑気にそう言う。
「ええ。用事が出来たもので」
「用事ってなあに?」
コテンと首を傾ける。
「用事と言うのはですね…」
あなたを叱りつけることですよ!
それからというもの、森の中で私の怒鳴り声が聞こえない日はなかった。