カナンの主様
あたしの名前はカナン。大空を誰よりも速く駆ける、鷹の騎獣よ。
騎士が持つ騎獣には二通りある。調教も終え、成長しきった状態で騎士と番う場合と、卵から育てる場合だ。
あたしは後者、あたしの主はヴァンという最高の騎士だ。
とにかく格好いいんだから!
番としての欲目なんがじゃないわよ?事実だからね!
「カナン」
主であるヴァンに名前を呼ばれ、あたしは小さく羽ばたいて見せる。ここは神殿の敷地内にある獣舎だ。
あたしは普段、ここで生活している。
ヴァンはよほどのことがない限り、毎日顔を出してくれる。優しいでしょ?
「こっちへおいで」
ちょこちょことヴァンの元へと歩いていく。鳥の騎獣である、あたしの地上の歩みは遅い。
間仕切りされた獣舎の一角で、あたしはヴァンから丁寧なブラッシングを受ける。
うーん、気持ちいい〜。
本来、騎士長という職責にあるヴァンが騎獣の世話をする必要はない。騎士見習い達か、獣舎の専属調教師などの仕事だ。
だけど、ヴァンはあたしの面倒をこまめに見てくれる。
あたし達の絆をより深めるために。きゃっ!
「近々、東領に行くことになった」
ふーん。
「悪いが、今回はお前は留守番だ」
えええええー!
「ピイエエエエエー!」
(やだー!絶対に嫌だ!)
あたしは置いていかれたくなくて、獣舎内で暴れまくる。
バッサバッサと人よりも長くて大きな翼で、土煙を上げる。
獣舎内にいた、鹿や馬などの草食系騎獣や狼や虎などの肉食系騎獣なんかが、
(やーん!埃っぽい!)
(カナン。てめー、人?の迷惑を考えろや!)
最大に文句を言ってきたが、そんなの知るもんか!
あたしは絶対にヴァンから離れないもん!
「何の騒ぎ?」
そんな時にひょっこり現れたのが、ナツキだ。
巫女様だから敬うようにとヴァンからは言われているが、あたしは認めてない。
これのどこが、ヒルダ様と同様に尊いのかが、さっぱり分からないからだ。
「ナツキ様、汚れますから」
ヴァンが慌てたように言う。
「平気、平気。普段着だよー」
確かに普段着だ。いわゆる、調教師達も着ているツナギ(作業着)だ。それでも巫女か?
「どうしたの?カナンが暴れているみたいだけど」
不思議そうに問う。
あんたなんかお呼びじゃないっての!
レロレロレー!
「こら!」
ヴァンに叱られた。しょんぼり。
「ふんふん。なるほどねー。東領に付いて行きたいって?」
暴れてる理由を聞いたナツキが、
「連れていってあげれば?」
と、言った。
「いや、しかし…」
馬車を使っての移動となるから、必要はないと説明する。
「上空から偵察するものがいたら便利じゃない?困るものでもないし、連れていってあげなよ」
ナツキ、あんたっていいヤツ!
あたしはナツキに擦り寄った。
「ちょっ、強いって!」
あたしを押し返す。
ぷんだ。折角、擦り擦りしてあげたのに。
感じ悪うー。
結局、ナツキの一声であたしは旅に同行することとなった。ヴァンには乗ってもらえないが、離れ離れになるよりマシだ。
「おおー。羽毛はふかふかだねえ」
旅の途中、ちょくちょくナツキがあたしに触ってくるのがアレだけど、じっと我慢する。
こいつはあたしにもそうだけど、暇を見つけては騎獣に触りたがる。
(ナツキ様って騎獣、好きだよね〜)
馬系騎獣のソーイなんかは、撫で回されてもあまり気にした様子はない。
(だねー)
馬の奴らは総じてのんびりだ。おおらかとも言う。
ただの馬は臆病で神経質だけど、こいつらは力も強いし、飛んで逃げることも出来るので、とにかく鈍い。
ナツキの触り方はとにかくゾクゾクするのだ。
邪な何かを感じる。
そう思っているのはあたしだけ?