僕の非平凡な日常
お父さんが三年ぶりに帰って来た。しばらくの間、毎日のようにお母さんから、折檻されてボロボロだったけれど、今はとても元気だ。
「ん〜。やっぱり、太陽の光はいいなあ」
大きな鹿の角を頭部に二本生やした、大角鹿の獣人であるお父さんが隣で大きな伸びをする。
「お。ロキか、おはよう!」
僕が隣にいることに、やっと気付いた様子だ。結構、前からいたんだけどね。
「おはよう〜、お父さん。お母さんとは仲直り出来たの?」
「ん?んん?お父さんとお母さんはいつも仲良しだよ?」
相変わらず、とぼけているな…。お父さんは、鹿の獣人なので大きな体をして、一見、おっかなそうなんだけど、中身はのほほんととぼけた人だ。
「ロキは今日、何か予定はあるのかい?」
お父さんが顔をこちらに向け、尋ねた。身長差があるので、僕は、ほとんど真上に見上げなければならない。
「え〜、僕?僕に予定はないよ〜」
僕は、まだ冒険者見習いだ。だけど、索敵能力が高いため、たまに仕事に駆り出される。
前回も湖水竜に会うなんて、大冒険をしたばかりだしね。そこの地下迷路で、なんと三年もの間、さ迷っていた父親と再会した。お父さんも僕と同じく索敵能力があるんだけど、方向音痴なんだよね…。あと、興味があるものを見つけたら、すぐに脱線していなくなっちゃうし。
「今はとくにお仕事の予定はないよ〜。牧場のお手伝いも終わったし」
日頃、騎獣達がいる牧場のお手伝いを僕は双子の妹のロナとしている。でも、それは朝早くから行っていて、既に終えてしまっていた。
そうして、一仕事終えて家へと帰って来たら、家の前で日光浴?をしていた父親と遭遇したのだ。
「それじゃあ、さ。僕とお出掛けしない?」
「はい〜?」
「薬草採集に行こうよ」
満面の笑顔で父が言う。
いや、それはまあいいんだけどね。お母さんにちゃんと許可をとってからにしてね?
「ふんふん、ふふふーん」
結果、僕達、僕と双子の妹のロナの三人で薬草採集に行くことになった。高位の冒険者者である母親も誘ってみたが、
「は?薬草採集?そんなの暇人のする仕事でしょ」
暇人ではない。主に冒険者に成り立て、駆け出しの仕事である。あと、植物の専門家。お父さんがそうだ。
僕らは冒険者見習いだから、それ以前なのだけど、結構、場数を踏んでいるので駆け出しとは違うんだけどね〜。
「ねえ、ねえ。薬草採集って、どこまで行くの〜?」
僕と一緒に鹿の騎獣に乗っているロナが、後ろからピョコリと頭を出して、前を行く父親に問う。
父親が乗っているのは、牧場でも気性が大人しい馬の騎獣だ。二つが揃うと、あれ?馬鹿?ブフフ。
そう言えば、行き先を聞いていなかった。
「うん?ちょっと湖水竜様の棲む湖までだよ―」
「「は〜??」」
いや、それ。ちょっとじゃないよね?最低でも、一泊する距離だよね?
「お母さんには言ったの?」
「言ったよ―。薬草採集に行くって」
だーかーらー!場所をだよ!
「言った…、ん?言ってなかったかも?」
お父さ―ん。帰ったら、絶対に折檻されるよ?
湖水竜様が棲む湖に到着した頃、お昼を大幅に過ぎていた。
あれから結局、家には戻らずに湖を目指した。だって、湖水竜様に会いたかったし!まあ、絶対に会えるとは限らないけどね。普段、湖水竜様がいるのは、湖ではなく、地下水脈で繋がった地底湖だ。たまに地上の湖に出てくるらしいので、運が良ければ会えるかも?ってところだね。
「お父さ〜ん。お腹、空いたよ〜」
「ロナもお腹空いた〜」
湖の傍の木陰に腰を降ろした僕らは、そう訴えた。
「ちょっと、待っててね―」
ごそごそと収納袋から父親が取り出したのは、サンドイッチの入ったお弁当箱。
「もしかして、お父さんが作ったの?」
「の〜?」
恐る恐る、聞いてみる。
「ん?違うよ。ギルドの食堂で作ってもらったんだよ」
そう聞いて、僕ら二人は胸を撫で下ろす。薬草採集好きが高じてか?、父親の味覚は変だ。薬草をとにかく食事に使いまくる。僕も鹿の獣人のハーフだから、どちらかと言うと草食系の食事を好むが、まんま、薬草とかあり得ない。
「うま、うま」
卵とハム。サンドイッチの鉄板だね!僕は三角に切られたサンドイッチを両手で掴んでかぶり付いた。
「美味しーい!」
隣ではロナもご満悦だ。
「そっかー。良かったよ」
と、言いながら食べている父親のサンドイッチの端から何やら緑色の草が見えた。
「お父さんのサンドイッチは何が挟んであるの?」
何だか、聞くのが怖い。
「これ?ケールだよ」
草じゃん!めっちゃ、苦い草じゃん!
「何で生で食べるの!苦いから、普通、搾って飲むよね!」
「生ではないよ―。茹でてもらったから」
いや、一緒だよ!
もしゃもしゃと美味しそうに食べる父親にどん引きだ。鹿の獣人を父親以外に見たことがないから何とも言えないが、冒険者ギルドには草食系の獣人も多く存在する。
俊敏さを重宝されているウサギの獣人であるトロイさんは普通に人の食事を食べているよ?
お腹が満ちたら、今度こそ、薬草採集だ。父親に教えてもらいながら、僕らは黙々と薬草を採集する。
うん。やっぱり、貴重な種類が多いな。聖領もヒルダ様の神聖な空気に包まれているからか、穀物も薬草もよく育つ。
けれど、こちらは段違いだ。やはり、神聖な湖水竜様のご加護が厚いからかな?
もちろん、人が気軽に訪れる場所ではないから、取り放題になってしまっているせいかも知れない。僕らがこうして訪れることが出来るのは、ナツキ様と冒険者ギルドが密接な関係にあるためだ。
こうして採集した薬草は、聖領に新しく出来た治療院に卸すことが決まっている。薬師の皆さんによって薬となって、民が無料で施療してもらうためだ。
そんな高潔な事業に関わることが出来て、僕ら、冒険者達は誇らしく思っている。
もう間も無く、陽が落ちるかな?と言う頃、突如、湖の中心が渦を巻き、大きく盛り上がった。
「「な、な、なにー!!」
もしかして、魔獣!いや、魔魚?
ロナと抱き合って、プルプル震えていると、煌めく水面を割って現れたのは湖水竜様だった。
「「あー!湖水竜様だー!」」
「おー。本当だねー」
驚いて叫ぶ僕らとは正反対に、のほほんとした父親が右手を目の上にかざして見る。
落ちかけた太陽の光を反射してキラキラと輝く鱗、長く伸びた竜頭をもたげた湖水竜様が、僕らに気付いた。
『ん?何だ、お主か』
僕らと言うか、父親にだね。三年も地下で生活していたからか、面白い人間だと湖水竜様に覚えてもらっているようだ。羨ましい。
長い年月を生きる竜種は、あまり記憶力がよくない。いや、物覚えが悪い訳ではなく、些末なことまで覚える気がないと言うか。よほど気に入った、もしくは印象深い人間しか記憶に残らないのだそうだ。
まあ、何千年も生きていれば、そうなるよね。
『どうしたのだ。小さいのまで連れて』
スススと湖を横切って、僕らの前までやって来てくれた。湖は深い崖の下にあるが、湖水竜様はそれでも見上げるくらいに大きかった。
「いやー。子供達と薬草採集にね!この湖の周辺には珍しい薬草がとれるから!」
『ほう。そうか』
湖水竜様はへーって感じだけど、珍しい薬草が育つのは、湖水竜様がいるからだから!
本人、本竜?は全然、関心がないみたいだけど。
「そう言う湖水竜様は、どうしてこちらに?あまり湖に姿を現さないと聞いていましたが?」
『うむ。それはな…』
チラリと湖水竜様が視線を向けた先に、こんもりと土が盛られ、その上に輝く大きな岩?が乗せられている。
あれ?あの石って、もしかしなくても宝石の原石だよね?売れば、一生、暮らしに困らないくらいの価値がありそうだ。そんなこと、怖くて絶対にしないけど。
「あれは…。もしかして、お墓ですか?」
『…ぬ。そうだ。ニーニャの墓だ』
お墓の前には小さな花が数本、置かれていた。
ニーニャとは、思念体となって湖水竜様と共にいた猫型騎獣のことだ。
遠い昔、冒険者だったニーニャの主人が湖水竜様と友達になり、交流していた。主人の死後、寂しがった湖水竜様と共に生きることを選択し、亡くなってからも思念体となって見守っていた、らしい。
前回の冒険で出会った聖領の巫女ナツキ様によって、ニーニャは実体化し、それが判明した。
しかし、思念体も永遠にもつ訳ではなかった。
「…ニーニャは、逝ってしまったのですね?」
『ああ。つい先日な』
湖水竜様は、寂しげに瞳を曇らせた。
「湖水竜様、かわいそう」
ロナがグシグシと泣き出した。僕は、そんな妹の頭を撫でる。
すると、湖水竜様は慌てたように、こう言った。
『それは違うぞ。人間の娘よ。我は幸せだ』
「…?どうして?」
それは僕も聞きたい。
『それはな、思い出はずっと残るからだ』
小さな花を咲かせた一本の花の枝が、フワリと湖水竜様の方から空を飛んで来て、お墓の前へと供えられた。
『こうして花を手向けることで、ニーニャを思い出すことが出来る。それが嬉しいのだ』
ナツキ様が来なければ、分からないままだったニーニャの存在。
見えなくても、いてくれた。優しい友達。それを湖水竜様は言いたいのだろう。
「ニオー」
僕の耳に、ニーニャが嬉しそうに鳴く声が聞こえたような気がした。
双子の獣人ロキの、ある日常のお話。短編スピンオフ、異世もふSSですが、前回から随分と時間が空いてしまいました。覚えてもらってますか?忘れた方は本編をどうぞ!