6 少し現状確認していただけなのに
◇-◇
「お前は人の話を聞いていないのか」
おおバカの言葉にハッと我に返った。どうやら一時記憶の彼方へと、意識を逃避させていたようだ。一応王族だから、さっきの二人みたいに、ぞんざいに扱うわけにはいかないから、どう対応しようかと考えていたはずだったのに。
というか、またミポルが何かしそうで、うかつなことはしたくないと思っているだけなんだけど……。
それなのに、このおおバカはフンと鼻息を飛ばすと、私にいつもの暴言を言い始めた。
「お前は魔法しか取り柄がないくせに生意気なんだよ。貴族でもなんでもない平民の癖に、首席なんかとりやがって。これで見た目が可愛けりゃ許せるってもんだが、人並みどころか劣っているじゃないか。それをフードで顔を隠そうとするのは殊勝な心掛けだが、貴人に対する礼をしない時点でダメだろう」
……はあ~? お前、本当にバカだな。いや、こいつはおおバカだったんだ。ここをどこだと思っているんだ。中庭、それも生け垣で仕切って散策するようにしているところだぞ。廊下と違ってこんな狭いところで礼なんかしたら、すれ違うのに邪魔になるじゃないか。もう少し先の噴水がある開けたところなら、いくらでも頭を下げてやるよ。
というか、お前の目は節穴か? 私はお前と出会ってすぐに、後退して生け垣に身をつけて、頭を下げただろう。確かにすぐに頭をあげたけど、それは庭園を利用する時の暗黙の了解なんだぞ。いつまでも頭を下げている方が……って、こういう常識がわからないから、おおバカだったのだった。
本当にミルキア様が可哀そうすぎる。ミルキア様はもちろんこういうことは弁えていらっしゃる。それどころか、こういった礼儀に関することを教えてくださったのは、ミルキア様だ。貴族に対する礼儀作法なんてわからなかった私と友人に、根気よく教えてくれたのよ。自分も王子妃としての勉強が大変だったはずなのに。それをこのぼんくら……おおバカ野郎は微塵も感じたりしないでいやがって~!
大体このおおバカは自分の立場をわかっていなさすぎだろ。クレメンス公爵家はミルキア様しかお子様がいらっしゃらないから、ミルキア様の婿となる方が次期当主になる。つまり、ミルキア様と婚約破棄したら、おおバカは公爵にはなれないのだ。
……えっ? それは何故かって? そう簡単に公爵家を増やせないからに決まってんだろ。いくら第二王子の母が一番の寵姫だとしても、正妃である第一王子の母親を蔑ろに出来るわけはないし、第一王子を王太子の座からおろすわけにはいかないからだ。
えーと、一応語った方がわかりやすいか。この国は今の王様の父親の時に、王国を揺るがすようなことが起こったんだ。それは王様と王太子様が暗殺されたということだった。その時の王妃様や側妃様や王女様方も怪我をなされて、その怪我が元で王妃様は一月後に亡くなられてしまった。それで第三王子だった前王が、急遽外交先の隣国から戻られたそうで、葬儀後に諸々あって暗殺を企てたのが第二王子だったことがわかり、第三王子の即位が決まったとか……。
で、その後も国内が安定しなくて、息子である今の王様の正妃に大国の王女を迎えることで、やっと安定したんだよ。そんなわけだから、第一王子を蔑ろにはできないというわけだ。どんなに第二王子の母親の側妃様のことを愛していたとしてもさ。
……ん~、と、そうそう。公爵家を増やせない話だったよな。これはミルキア様に教えていただいたんだけど、実はあの暗殺事件は第二王子が犯人とされたけど、実際はどうだったのか疑わしいものがあったそうだ。
ただ、第二王子は側妃様の子供で、第三王子は正妃様の子供だったことと、同じ正妃様の子供である王太子様のことを第三王子が慕っていたことと、他に疑わしい人物がいなかったから、第二王子が犯人だと思われたんだ。
で、この時に他の公爵家や侯爵家なんかが反対したのに、第二王子の処刑を強行したらしくて、怒らせたんだとさ。それで有能な人物ほど、仕事に出てこなくなったとかで、一時は国の機能がマヒしてしまったんだって。
そんで、この時の条件で王家は勝手に公爵家を増やさないと約束させられたそうなんだ。つまり、子供を公爵にしたい場合は婿に入れるしかできないことになったそうなんだ。
だから、このおおバカはミルキア様と婚約破棄したら、よくて侯爵家しか起こせないというわけだ。
◇-◇
「本当にお前は失礼な奴だな。返事すらしないだなんてな」
また思いだしたことに気を取られてしまい、ハッと気がつくと、怒りを含んだ声と共におおバカの手が目の前に見えた。避ける間もなくバカの手がフードにかかり、頭から滑り落ちていった。
「「あっ!」」
本当に女性に対する礼儀がなっていないな! と、ギッと睨みつけてやったら、おおバカの表情の変化は見物だった。馬鹿一号、莫迦二号と同じように、目を大きく見開き大口を開けて、間抜けな顔を晒した後、若干頬を染めて潤んだ目を向けてきた。それから蕩けるような笑顔まで浮かべやがったんだ。
「僕の妖精!」
キラッキラッの笑顔を向けてくるけど、あの二人と同様に、自分が少し前に何を言ったのか忘れてんのか。
……というか、妖精? これって私のことなのか。
えっ? もしかして……本当に?