1 はじまりは眼鏡の破損から
『眼鏡娘とコンタクト企画』に参加作品です。
乙女ゲーム物でよくみられる要素が盛りだくさん……かもしれないです。
でも、悪役令嬢やヒロインは出てきません。
では、お楽しみくださいな。
右手に持ったタクトを、左手で押さえるカイナンの鱗に、慎重に近づける。
パチッ
小さな音がして、鱗の色が変わった。希望通りの薄い青になったのを見て、続けて小さな声で詠唱をして、鱗に術式を定着させる。
フゥ~と息を吐き出して、完成したものを確認する。どうやらうまくいったようだ。ホッとした私は、出来上がったものを箱へと入れた。あとはこれと対になるイヤーカフに、接続させれば出来上がりだ。
だけど今日はもう時間も時間だし、ここまでにしようと作業台の上を片付けることにした。それぞれの工具を所定の位置に戻し、あとはタクトをしまうだけと、手に持った時にそれは起こった。
ビリッ
指先に痺れを感じたと思ったら、電気が走るのが見えた。
バチッ
「あつっ」
遮光グラスを飛び越えて、わずかな隙間から眼鏡のフレームへと、電気が飛んできた。思わず眼鏡を投げ捨てるように振り払った。
痺れた指先を逆の手で押さえながら、タクト、遮光グラス、眼鏡へと視線を移していった。
「あ~あ、やっちゃった」
ため息と共に呟きがこぼれた。気を付けていたつもりなのに、またやってしまった。これは密かな願望の表れなのだろうかと思いながら、痺れが収まった手で落としたものを拾い集めた。
◇-◇
私はカミーラ・ユンテスといい、魔道具の技師をしています。それもコンタクトレンズとイヤーカフのセットでいろいろなことをできるように発明した、発明主でもあるのです。これはもともとは、眼鏡に付随していたものを、コンタクトレンズに応用したものでした。
魔導文明が発達した昨今、現在は既存の物を発展させる研究が進められています。視力の矯正のための眼鏡に録音、録画、はては通信システムまで組み込まれるようになったのは、ほんの数十年前のこと。おかげで目が悪くなくても、眼鏡をかけるのが流行るようになりました。中にはカチューシャ型やイヤリング型というものも作られたのですが、そちらは画像を見ることに対して不具合があり、すぐに廃れてしまったそうです。
だけど職種によっては、眼鏡が邪魔な場合もあるので、それをどうにかできないかと、研究が続けられていたのです。
この研究に劇的な変化が起こったのは今から五年前のこと。海竜の一種である、カイナンの死骸が打ち上げられたことからでした。カイナンは深海に暮らしていて、年間の目撃情報も一件あるかどうかの幻の生物と言われています。だけどカイナンが有名なのは、たまに波打ち際で発見される鱗に関係していました。カイナンが鱗に魔力を溜めることは知られていたからです。その鱗を持っていると困った時に、鱗から魔力を補充することが出来るのです。なので、この鱗は売りに出すと高値で取引をされるのでした。
そんなカイナンが丸々一体、打ち上げられたことで、大騒ぎとなりました。とにかく研究をしたいと名乗り出た機関が多数あり、結局合同チームが作られたのです。
……と、これは私には関係がない話でした。関係があるのは、このカイナンの第一発見者が、私と友人だったことです。
まだ十三歳の子供とはいえ、高額になるお宝の第一発見者です。すぐに国に発見の届け出をしたことや、発見時に氷魔法で腐敗が進まないようにした処置などが評価されて、多額の報奨金をもらいました。それから剥がれ落ちたカイナンの鱗もかなりの枚数もらうことが出来ました。
カイナンの鱗は魔力がありますが、実は研究があまり進んでいなくて、困った時のお守りみたいな使い方しかしていなかったのです。それでも、カイナンの鱗を持っていることは、周りに誇れることでした。
私と友人は村の人たちに一枚づつ鱗を分けました。村のみんなは私達の物だからと……おっと、これもどうでもいい話ですね。
えーと、そうそう。私と友人はこの報奨金で王都の学院に通うことになりました。もともと私と友人は辺鄙な村に生まれたにしては魔力が多く、魔法の扱いにも長けていたんです。
ただ、学院に通うのもタダではありません。国が補助金……奨学金と言ったかな? それを出してくれると聞いていたんですけど、卒業した後に国の機関で働くことと、費用の半額くらいは返さないといけないらしいんですよ。
本当なら十二歳から学院に通う資格があるそうなんですけど、そんなに早く通い始めると、借金が増えますよね。冗談じゃないですよ。なので、一般の人が招集される(というか強制なんだけど)十五歳までは村で過ごし、少しでもお金を貯めてから王都に行くことに決めていたんです。それが報奨金のおかげで、借金……ゴホン、奨学金で通うことをしないで済むのは、よかったことです。
それでも、二年生への編入で悪目立ちして、友人共々絡まれたりしたのは、いい思い出かな~。まあ、一人じゃないのは心強かったですしね。
それに学院に来れてよかったことは、カイナンの鱗の研究が出来たこと。小さい頃に鱗を拾った時に、手に持ったら不思議な感覚を味わったんです。なのでその時、まだ覚えたての魔法をその鱗に使ってみたのよ。火の魔法を使ったら、鱗は銀から赤へと色を変えたの。驚いた私はすぐに家に帰って両親に話したわ。だけど、誰もそれを信じてくれなかった。
赤い色の鱗は珍しいものだと、高額で売れたらしいけど……。