8章 不思議な人
1時間後、私は昼食を済ませた4人と一緒に部屋を出た。楽器は春花さんが持ってくださった。私はお守りをしまった。
階段を上って、朝にミーティングをしていた部屋に戻ってきた。『音楽室』というらしい。
部屋に入ろうとした、その時……
私の肩を、誰かの手がすり抜けた。
「!」
私とその人物は、同時に息を飲んだ。
後ろを振り返ると……かわいいというか、大人っぽいというか……素敵な女の人がいた。青い上履きを履いている。女の人は戸惑いの表情を浮かべた。
『上履きで学年が分かるよ。赤が1年生、青が2年生、緑が3年生なんだ』
さっき、昼食を食べながら西野さんが教えてくれた。
ならばこの人は、2年生だ。
そう思った、その時。その人は手を叩いた。
それだけだった。
その音は、長い長い余韻を残し……時を止めた。
なんと、その場にいる人たちが、全く動かなくなったのだ。私とその女の人を除いて。
「そこにいるのは、咲希でしょ?信じられない……咲希、本当に……」
立て続けに質問され戸惑ってしまった私は、事実だけを話した。
「私は……昨日、人身事故に遭ったんです。それで私は死んで、何故かここに来ていました。私には、記憶がなくて……分からないことだらけなんです。あの、あなたは……」
私が言ったことに驚く様子もなく、その女の人は微笑んで、話し出した。
「うちは、中村顕子。2年生で、フルート担当だよ。学生指揮者なんだ」
「中村さん、ですね」
「そう!うち、実は生まれつき目が見えなくて。でもその代わりに、たくさんの不思議な力を使えるの。例えばこんな風に時間を止めたり、持っているものだけは目に見えたりするんだ。あとは、魂に触れるとその人の今の状況が分かったり」
「えっ!……ということは……」
「咲希が記憶を無くした事も、触れた時に分かったよ」
私が記憶をなくしたことを話しても驚かなかったのは、すでに知っていたからなのか。そう考えると、納得がいく。
「ところで、学生指揮者って……」
「あ、そうだね。学生指揮者は、生徒だけで行う合奏を仕切って曲作りをする人の事だよ。略して学指揮っていう事が多いかな。私と千尋が学指揮なんだ」
なるほど、と納得してうなづいた。
「さ、そろそろ元に戻すよ」
「あ、はい」
私が前を向くと、中村さんが手を叩いた。
すると、再び時は進み始め、その場にいる全員が何事もなかったかのように動き出した。
驚きながらも私は部屋の中に入り、お昼の時間に教えてもらった席に着いた。
音出しをした。
なんだか懐かしく、違和感もない。
前に座っていた中野さんが手を叩く。
「チューニングしまーす」
「はい!」