6章 サックスパート
今回は少し文章が長めです……
階段を上り、さっきの部屋の向かいにある部屋に入った。さっきの部屋よりも広くて、机と椅子が大量に並んでいる。前にはステージみたいなところがあって、そこでギターを弾いている人がいる。私がいる、この部屋の後ろの方にはたくさんの箱があった。
「ここは視聴覚室。でも、視聴覚室としてはもう使えないんだ。軽音部の活動場所兼吹部の楽器庫なんだ」
この箱は楽器のケースだよ、と春花さんは言い、そのうちの1つをとんとん、と叩いた。
「これがバリトンサックスのケース。持ってごらん」
春花さんに言われて、私はそれを持った。
「お……重たい……!」
「でしょ?楽器も重いけど、これはケース自体も重いからね。早速中身を出してみよっか」
「はい!」
そこには、金属でできた金色の楽器があった。春花さんは、それを手際よく組み立てて見せてくださった。
「おっきい……」
これが、バリトンサックスなんだ。
私が生前に吹いていたという、楽器なのだ。
「まあね。でも、これよりもチューバの方が重いし大きいよ。試しにこれ、持ってみる?」
なにやら幅太の黒い紐のようなものを首にかけられた。その紐の先には、フックが付いている。ストラップ、というらしい。春花さんは、説明を続けた。
「ここに、これを通すんだ。……手を離すよ。ちゃんと持ってね」
楽器にフックがかけられる所があって、そこにストラップのフックをかけた。春花さんが楽器から手を離した瞬間、首に重みがかかった。重たいけど、違和感はない。なんだか、なんというか……
「……懐かしいです」
「思い出した?」
私は首を振る。春花さんは微笑んだ。
「多分すぐには思い出せないよね。でも、きっと大丈夫。必ず、思い出せるよ」
その言葉が、とても嬉しかった。
「ありがとうございます」
「さ、パート部屋に行こうか。琴音ちゃん達も待ってるしね」
「あ……琴音さんって、誰ですか?」
「あ、そうだったね。さっきうちが階段で話してた女の人だよ。野上琴音って言うんだ。咲希の一個上だよ。パート部屋には、琴音ちゃん以外にも、浅沼湧真っていう咲希の一個上の男の人と、西野楓っていう咲希と同い年の女の人がいるよ」
楽器は春花さんが持った。私はお守りをしまった。私は春花さんの後ろについて歩いた。
そして、部屋についた。2年2組、と書いてある。
「お待たせ、みんな」
「春花先輩、よろしくお願いします!」
「何の曲をやるの?」
「今日は……」
と、そこにいる全員が楽しそうに話していた。
えっと、さっき春花さんと話していたのが野上さん、あの男の人が浅沼さん、あの女の人が西野さん、か。
そのうち、みんなで曲を吹き始めた。
わ、かっこいい!
上手か下手かは分からないけど、かっこよかった。
でも、その音はなんだか暗い音をしていて……。
……そうか。
不意にその理由に気付いた。
昨日までここに私がいたんだ。
多分、私が死んでしまったから、みんな、音が……。
と、その時。
ブーッいう音とともに、内ポケットが揺れた。
え?何か入ってるのかな?
見てみると、携帯電話が入っていた。
『吹奏楽部45th&46th
千尋:午後の予定を変更して学指揮合奏にします!』
部活の予定変更の連絡らしい。
ちらりと春花さんの方を見ると、そこにいる4人全員が楽しそうにしていた。携帯を見る人など、もちろん1人もいない。
みんなのところに連絡は行くのかな。
連絡がいっているとしても、みんな、気付くかな。
うーん……そうだ!
黒板に書いておこう。誰かしら、黒板は見るだろう。
『午後の予定 学指揮合奏に変更』
……よし。
書き終わって、文章に一通り目を通し、大丈夫だろうと思って後ろを振り返った、その時。
西野さんがこちらを見た。
そして、目を丸くした。
「……先輩!あれって……誰が、書いたんですか?」
「あれ!いつの間に!千尋かあっこが来たのかな?」
「……にしては静かすぎる。扉が開く音なんてしなかったよ?」
「あっこならやれそうな気もするけど……」
「でも、あっこ先輩はそんなことしたことないじゃないですか、違うと思います!」
「じゃあ、誰が……」
しまった。私の姿が見える人は、この中には1人もいないんだった。しかも、私は死んでしまっている。もし見えたとしてもそれはそれで大変な騒ぎだ。
ああ、肝心なことを忘れていた……。
「……この字、咲希の字じゃない?」
「えっ⁉︎ そんな、ことって……」
「でも、そうだよね……これ、咲希の字だよね……」
しばらくの沈黙。
「……もしかしたら、咲希は心配で、この世から旅立てていなかったりして」
ポツリと呟いたのは、野上さんだった。
「えっ?どうして?」
「なんとなく、そう思ったの」
「……俺は違うと思う」